カシオが現在まで続く時計製造の分野を開拓したのが、1974年のこと。それからちょうど半世紀が経過したこのアニバーサリーイヤーにおいて、カシオはその歴史を振り返り、次の時代へと繋げるためのさまざまな仕掛けを用意している。そのひとつが今年2月に発表されたカシオトロンことTRN-50-2だ。当時世界初のオートカレンダー搭載機として登場し、その後の同社の時計製造の流れを決定づけた名機の復刻モデルは古参のカシオファンを中心に広く受け入れられ、世界限定4000本は瞬く間に完売となった。
そして5月、カシオの時計製造を顕彰する二の矢として、50周年記念コレクションが発表された。G-SHOCKにプロトレックなどカシオを代表する6ブランドが並び、そのいずれもがコーポレートカラーであるブルーにゴールドを合わせた共通のカラーリングを纏っている。このカラーリングについてカシオは“変化と普遍”を表したものとしており、それぞれブルーでは常にそこにありつつも形を変え続ける空と海を、ゴールドではそのなかで移ろいゆく光を表現したという。なお、このコンセプトに則り、本コレクションに選出されるモデルはすべてソーラー機能を備えていることが条件となった。
その記念コレクションのなかには、TRN-50-2のバリエーションモデルであるTRN-50SSも含まれている。アイコニックなダイヤル外周のフルーテッドパターンのフランジや1974年のオリジナルを3Dスキャンすることで忠実に再現されたケースなど、本コレクションにおいて印象的なカラー以外の要素はTRN-50-2同様に初代を踏襲している。
初代カシオトロンはカシオとして初めての時計であっただけでなく、当時の同社の製品開発を象徴したようなモデルであった。カシオの時計製造の根幹をなす技術のひとつに高密度実装がある。内部パーツの小型化と最適化、省スペースを突き詰めた構造により製品の耐久性や機能性を維持しつつスリム化を実現する技術だが、2019年のオシアナス発表時に名付けられる以前からカシオ内部にはその源流となる考え方があった。それが、5つのコア・テクノロジーと呼ばれるものであり、“デジタル技術・省電⼒・耐久性・⼩型化・使いやすさ”というカシオの製品において重要な要素を表している。時計製造に着手する以前から同社のものづくりの軸とされており、1957年の世界初の小型純電気式計算機「14-A」、大ヒットを飛ばした1972年の世界初パーソナル電卓「カシオミニ」なども同様の発想をもとに開発されている。
1974年に発表されたカシオ初の腕時計、カシオトロン。
その後を追う初代カシオトロン、すなわちカシオにおける初めての腕時計は、当時電子技術が急速に進化していた計算機の分野において、業界をリードしていた同社の技術の粋が盛り込まれていた。デジタル技術による精密な計時とフルオートな日付表示を、わずか直径39mmの小型ケースのなかに封入した時計。コア・テクノロジーを踏襲しつつ、使用者の利便性を第一に考えられた設計は、現在のカシオの時計製造にも通じるものがある。
今年2月の復刻モデルにおいても、初代カシオトロンのフォルムはそのままに、スマートフォン連動による自動時刻修正やワールドタイム、独自の発電システムであるタフソーラーを搭載するなどカシオの高密度実装の技術が存分に生かされており、それはそのまま新作TRN-50SSにも引き継がれている。
今回の記念コレクションのコンセプトに則り、STN液晶の縁とロゴ、ダイヤル外周のフルーテッドパターンのフランジはゴールドに変更された。このフランジの意匠は本コレクション共通のディテールとなっており、放射状に広がる光を表現するものとして各モデルに沿ったアレンジを加えながら組み込まれている。ベースカラーのブルーはTRN-50-2と同様ながら、ゴールドを取り入れたことで前作で特徴的だったシャープさに加えてエレガントな趣も感じられる。
カシオが持つ各ブランドのアイコンたちをベースモデルとして選出した今回の記念コレクションだが、G-SHOCKからはORIGINのデザインをフルメタルに昇華したGMW-B5000がピックアップされた。ステンレススティール製のケースはベゼルの天面のみにブルーIPが施され、その内側にはゴールドのあしらいが配された。今作GMW-B5000SSにおいては、フルーテッドを立体的に強調することが全体のデザインバランスの崩れにつながると判断され、液晶を覆うガラスの裏面にフルーテッドパターンを模した蒸着と透明印刷を施すことでメタリックな共通ディテールを表現したのだという。
初代カシオトロンは“1秒1秒を足していく”ことで時間を計測するという、計算機製造を下地とした独自の考え方から誕生した。そして、GMW-B5000のルーツにある初代G-SHOCKことDW-5000Cもまた、腕時計はデリケートな精密機械であるという前提から覆す、“落としても壊れない時計”という夢を形にした型破りなプロダクトだった。モジュールを小さな点で支える画期的な中空構造によって1983年に形となったORIGINは、2015年のDREAM PROJECTで公開された金無垢モデルを原点とするフルメタル化によりさらなる進化を果たす。それまでの耐衝撃構造を見直し、フォルムはそのままにファインレジン製の緩衝材を実装したGMW-B5000は、もはや単なるORIGINのバリエーションとは言えないだろう。ブランドの時計製造の歴史のなかで、カシオが誇るコア・テクノロジーをもとにした2度のイノベーションのうえに存在するこの時計は、まさに周年を祝うコレクションにふさわしい。
2018年に登場したフルメタルモデル、GMW-B5000。
カシオウォッチ50年史におけるエポックメイキングな時計といえば、2004年誕生のオシアナスも欠かせない。2000年代初頭に流行していた電波時計と、メタルのアナログ時計が当時の主流であったことを受け、カシオの外装技術を結集したエレガントウォッチを実現するべく初代オシアナスは開発された。しかし5つのコア・テクノロジーに則れば、ただ外装が美しいだけではカシオの製品たりえない。電波による時刻修正機能を有したモジュールを搭載しつつ、耐久性や使いやすさも叶えるために、オシアナスでは本来電波を遮断する素材であるチタンが採用された。ただでさえカシオでは、電波受信レベルの社内基準が高く設定されている。ゆえにチタンケースは開発のうえでの鬼門となったが、受信部の開発だけで1年以上の時間をかけながら、少しずつ改良を重ねていった。そうして完成した世界初となるフルメタルのクロノグラフ電波ソーラー時計、初代オシアナスでカシオは“Elegance、Technology”のコンセプトを確立し、以降、外装の磨きや象徴的なブルーの発色、さらなる薄型化に注力していった。
そして2007年には、当時世界最薄のクロノグラフ電波ソーラー時計としてオシアナス マンタの第一作目が登場する。しかしそれに満足せず、開発チームはさらなる美観の向上、高機能化に薄型化を推し進めてきた。進化の途上には、高密度実装技術によりブランド最薄のモジュールを実現した2019年のOCW-S5000のほか、江戸切子や蒔絵といった日本の伝統工芸を取り入れたものなど、オシアナスが多様なアプローチでブランドの深化を図ったマイルストーンとなるモデルがいくつも存在する。それらに共通するのは、カシオにおける高価格帯ブランドとしての矜持と時計製造へのプライドであり、今作OCW-S7000SSにもその一端が垣間見える。
OCW-S7000SSも他の50周年記念コレクションと共通したカラーとディテールを備えているが、その取り入れ方は少し異なる。同コレクションでは、各モデルに使用するブルーの色味をデザインに合わせて少しずつ調整したという。そしてオシアナスに関しては、2023年に登場して好評を博したOCW-S7000のサファイアガラスベゼルへの蒸着による、“海”をイメージさせる透明感あるブルーにこだわった。また、フルーテッドパターンのフランジも、今作のために型から起こしたのだという。最終的にOCW-S7000SSは同コレクション内の他モデルと比べて一線を画す、リッチな空気を纏うに至った。
今回の50周年記念コレクションには、このほかにもプロトレック、エディフィス、BABY-Gが並ぶ。いずれのブランドも、それぞれ異なるユーザー層に向けてカシオが機能を追求するなかで生まれてきた、“用の美”を体現するものだ。その歴史を顕彰するかのように、ダイヤルやベゼル以外にも共通したディテールが見られる。ケースサイドのボタンやリューズにはゴールドIPが施され(オシアナスはブルーのサファイアガラスのカボションを装備)、裏蓋にはブルーで蒸着されたパーツに50周年記念ロゴが配されている。また、ストラップモデルは尾錠と突棒が、メタルストラップモデルはバックルの内側のパーツに記念ロゴとゴールドIPがあしらわれた。なお、バックルの表面までゴールドにしなかった理由についてカシオの担当者は、これらのモデルを日常使いの1本として愛用して欲しかったからだと語る。プロダクトの機能性と実用性を第一に考える、カシオらしいエピソードだ。
ブランドの時計製造50周年を祝うこのコレクションは、カシオの過去と未来を象徴するものとして企画されたものだ。この記事の冒頭で、カシオが空と海、そして未来を照らす光をモチーフとしたデザインで“変化と普遍”を表したと説明した。ここでいう普遍とは、A-14、カシオミニを製造していたころから頑固なまでに貫かれているものづくりの考え方とコア・テクノロジーであり、変化とはその技術をイノベーティブな製品へと昇華するための大胆な発想である。今回カシオは、そんなメーカーのあり方をデザインとして象徴的な6本のモデルに落とし込んだのだ。そこには、まだ見ぬユーザーのために理想に立ち向かい、独自の価値を放ち続けようとするカシオの姿が鮮明に映る。