CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ(以下、CODE 11.59)の開発に参与し、今回オンラインでのインタビューに応えてくれたオーデマ ピゲ ミュージアム&ヘリテージ ディレクターのセバスチャン・ヴィヴァス氏は、この時計の誕生についてこう語った。
「当初は、クラシカルな丸型時計を作ることが目的だった」
「そこに八角形のミドルケースで、ひねりを加えたのです」
オーデマ ピゲを象徴する八角形のケースは、メゾンのアーカイブに散見することができる。CODE 11.59は過去のタイムピースを精査し、オーデマ ピゲらしさとは何かを抽出・選択することから開発がスタートした。ヘリテージの中からモデルをピックアップしたのは、セバスチャン氏だ。
「いくつもの時計をセレクトしましたが、なかでもデザイナーたちの反応がよかったのが、1940~50年代に作られたスリムなベゼルのモデルでした」
CODE 11.59の極めて薄いベゼルはこれらがモチーフ。結果、開口部は広がり、ダイヤルは巨大なキャンバスとなった。まず2019年の登場時のダイヤルには、ラッカーを幾層も重ねて磨き上げた艶やかな質感が与えられ、その翌年には、繊細なサンバースト仕上げと巧みなスプレーワークを組み合わせたスモーキーなグラデーションダイヤルが登場。以降もスケルトンやジェムセッティング、グラン・フー エナメルなど、さまざまな表現が試みられてきた。そのいずれもが手間とコストとをたっぷりとかけ、極めて上質なニュアンスや表情を各モデルにもたらしている。
CODE 11.59にはほかにも、アベンチュリンガラスやオニキス製のダイヤルをラインナップする。そして今年も新たな天然石ダイヤルが発表された。採用されたのはソーダライトと、フライング トゥールビヨンにしかなかったオニキスダイヤルも新たにオートマティックとクロノグラフで登場している。さらにアベンチュリンダイヤルの新作では、あの「スターホイール」が復活。古くからのオーデマ ピゲ ファンが待ち望んだ伝説のメカニズムが、CODE 11.59によって現代に蘇ったのだ。
1960~80年代、オーデマ ピゲのレディスモデルで多用された天然石
「オーデマ ピゲは、1960~80年代にいくつものストーンダイヤルのモデルを作っています。塗装などでは得られないダイヤルカラーの新たなクリエーションが目的でした」
なるほど今回新たにCODE 11.59のダイヤルに用いられたソーダライトは、ブラック単色のオニキスとは異なり、ブルーの濃淡が入り混じる今までにないニュアンスをコレクションにもたらしている。
「ダイヤルは、真鍮のプレートに極めて薄くスライスしたソーダライトをはめ込んでいます。天然石は割れやすいので、作るのには特別なテクニックが必要です」
その製作を担うのは、ラ・ショー・ド・フォンにある独立系のダイヤル・針メーカーであるソメコ社だ。オーデマ ピゲの古くからのパートナーであり、過去のストーンダイヤルの製作も委ねてきた。
スライス後、入念に研磨されたソーダライトが呈する、しっとりとした艶感が実に美しい。CODE 11.59を特徴付けるひとつである幅広のインナーベゼルは、ラッカーによってソーダライトと完璧な色合わせをかなえている。さらに植字のバーインデックスには、バゲットダイヤモンドを採用。ダイヤルでふたつの天然石が美の競演を果たした。
1960~80年代、オーデマ ピゲでは天然石は特にレディスウォッチで多用されたという。タイガーアイやラピスラズリ、オパール、ルビー、アメジストなど、使われた石の種類も実に多彩だった。
「1971年にはダイヤルに加え、ブレスレットの一部にもグロスラーガーネットを用いたレディスウォッチがバーデンバーデン ゴールデンローズ賞を受賞しています」
またCODE 11.59にもラインナップするブラックオニキスダイヤルも、この時代から作られており、2000年代以降もロイヤル オークや、今はなき横長楕円ケースのミレネリーにもオニキスダイヤルがあった。その開発には、ロイヤル オークの産みの親であるジェラルド・ジェンタがかかわっていたという。
「2017年のインタビューで、彼はストーンダイヤルを導入しようと、オーデマ ピゲにアドバイスしたと答えています。そしてジェンタは自らサプライヤーと交渉したそうです」
オーデマ ピゲらしさを抽出し生まれたCODE 11.59は、ストーンダイヤルのレガシーも現代に受け継ぐのだ。
オーデマ ピゲによる天然石ダイヤルの代表例
オーデマ ピゲに天然石ダイヤルの使用を進言したジェラルド・ジェンタは、初代ロイヤル オークのダイヤルにも並々ならぬこだわりを持っていた。現行モデルにも使われるプチタペストリー模様のギヨシェをかなえるために、彫り込み模様を大きな原盤からパンタグラフで縮小しダイヤルに再現する19世紀の彫刻機を7台、ダイヤルメーカーのシュテルン・フレール社に導入させたのだ。今も同じ機械が、オーデマ ピゲのファクトリーで活躍中である。ギヨシェダイヤルを自社でかなえるブランドは、スイスでも十指に満たない。オーデマ ピゲは、ダイヤルの美の創出に一切の手間を惜しまないのだ。
表現のキャンバスとしての存在感を強めるCODE 11.59
石と同じ天然素材であるマザー・オブ・パールも、これまでオーデマ ピゲの各コレクションのダイヤルを彩ってきた。また溶けたガラスに黒い銅酸化物とコバルトを加えたアベンチュリンも、ミレネリーのダイヤルやロイヤル オークのムーンフェイズディスクに使われていた。そしてCODE 11.59にも、2019年からアベンチュリンダイヤルをラインナップする。
そして今年、前述したようにアベンチュリンダイヤルが伝説のスターホイールを従えた。これは、3枚のアワーディスクが一緒になって回転し、現在時刻を示す数字が120°のレトログラード式ミニッツインデックスを順に指していく仕組みだ。ヴァガボンド(放浪する)アワーやサテライトアワーとも呼ばれ、今では他社にもあるが、腕時計で最初に実現したのはオーデマ ピゲであった。
待望されたスターホイール復活
1991年に誕生したスターホイールの原点となった、懐中時計。ワンダリング(ヴァガボンド)アワーは、17世紀に開発され、20世紀にいたるまで謎に包まれたメカニズムによって動作していた。
「スターホイールの開発は、1989年に時計師の一人がスイス時計ジャーナル誌の記事で、ヴァガボンドアワーの記事を見付けたことにはじまりました。当時は機械式時計が再興し始めた頃。機械式ならではの新たな表現を探しているなかでの発見でした」
記事には機構の説明はなく、開発陣はその秘密の解明から着手した。そして1991年、最初のスターホイールがリリースされる。
「機械式であることを主張するため、3枚のアワーディスクを透明なサファイアクリスタル製とし、その下にある星型歯車(スターホイール)を見せていました。スターホイールは、実に多くのバリエーションが作られ、なかにはミニッツリピーターと組み合わせたモデルもありました」
スターホイールは、オーデマ ピゲにとって機械式時計再興の象徴であった。そして機械式時計が完全に市場を掌握した2003年に、その役目を終え、姿を消していた。
「ただ復活を望む声は、ずっと寄せられていました。そして2019年にCODE 11.59が発表された際、かつてのスターホイールのダイヤルをCODE 11.59に合成した写真が、いくつかのマーケットから我々のもとに送られてきたのです」
これをきっかけに、復活プロジェクトがスタートしたという。モジュールは再設計され、各ディスクの位置決めを行っていた3つの板バネが歯車に置き換えられ、耐久性が高められた。
「機械式であることは、現代においてはもう主張しなくていいわけで、アワーディスクは見やすいドーム状のアルミ製としました。CODE 11.59のサファイアクリスタルのダブルカーブは、内面の空間が広くなるため、アワーディスクをドーム状にするのに都合がいい。スターホイールは、CODE 11.59に向いた機構だったのです。またダイヤル素材に関しても検討を重ねましたが、サテライトアワーとも呼ばれるスターホイールには、満天の星を想起させるアベンチュリンがピッタリと結論付けられました」
また議論の末、かつてはなかった秒針も取り付けられた。結果、ダイヤルに生き生きとした動きが創出され、アワーディスクの存在もより引き立った。CODE 11.59は、ヴァガボンドアワーというメゾンのテクニカルアイコンを、新たなカタチで継承したのだ。
CODE 11.59という時計は、真正面から見ると丸いケースをわずかに傾けると、八角形のミドルケースが姿を現す。大振りなケースと中空の大型ラグはモダンでスポーティな印象だが、一方で細身のベゼルと針はクラシカルでエレガント。セバスチャン氏が冒頭で述べたように、クラシカルな丸型時計として開発が進められたCODE 11.59は、結果的に見方によってさまざまに印象が変わるまったく新しいスタイルが構築された。
見慣れぬ姿に多くの人が戸惑い、やがてその美しさに気づく。誕生当時のロイヤル オークも、まさにそうであった。そしてあとにいくつもの模倣が生まれ、ラグジュアリースポーツウォッチという新たなカテゴリーを生むに至った。
「我々は、新しいカテゴリーの時計を作ろうとしたわけではありません。CODE 11.59をどのようにカテゴライズするのかは、マーケットやコレクター、ジャーナリストの皆さんが決めることです」
現況ではCODE 11.59のスタイルは、唯一無二の存在。何年かのちにこの時計のフォロワーが増えたときこそ、今までになかったカテゴリーが生まれるはずだ。
Photographs:Fumito Shibasaki(2S) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Norio Takagi