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「エッセンシャルな腕時計」とは何か。ファッションディレクター金子恵治氏と作り手が語らう、グランドセイコー エボリューション9 コレクション

はたしてその進化はどこへ向かうのか。「エッセンシャルな腕時計」を切り口に、ファッションディレクター金子恵治氏のもの選びの視点と、デザインに込められた思想から、「グランドセイコー エボリューション9 コレクション」の現在地を読み解く。

金子恵治氏とは?
1973年生まれ。ファッションディレクター、コンセプター。エディフィスでバイヤーを務めたのち独立し、セレクトショップ「L’ÉCHOPPE」(レショップ)の立ち上げに携わる。現在は同ショップのコンセプターを務めるほか、自身の店「BOUTIQUE」(ブティック)を運営。ブランドやレーベルの監修など、ファッションを軸に多岐にわたる活動を行っている。

大手セレクトショップでバイヤーを務めたのち、現在は自身のブティックをはじめ、ファッションディレクターとして幅広く活動する金子恵治氏。ヴィンテージウォッチを愛用し、服と同じように、腕時計にも独自の審美眼を向けてきた。今回、グランドセイコー エボリューション9 コレクションを見てもらう前に、まず聞いたのは「金子さんにとって、エッセンシャルなものとは何か」ということだった。

 「最初にモノを手に取る瞬間は、じつはエッセンシャルとは違う部分に惹かれます。機能重視とも少し違いますが、結局使っていて残っていくものには、機能が伴っていますね」。そう語りながら、金子氏は持参したベルナール・ザンスのパンツを手に取った。特徴的なのはL字型のポケット。創業者がポケットに手を入れることを好み、1980年代に愛用した仕様だという。

 「通常のスラックスに比べてポケットに手を入れやすく、リラックスした雰囲気がある。その人らしさが伝わる逸話と、実際の機能が結びついているところに惹かれます」。見た目に惹かれ、使ううちに機能やつくりの良さを実感する。そうしたものが、結果的に長く手元に残っていく。

  「必要最低限、これでもう十分というところで止めている美学に惹かれます。足すことは簡単ですが、いかに足さずに持続するか。僕も服をつくるうえで、すごく意識していることです」


金子恵治が見た、エボリューション9 コレクションの第一印象

グランドセイコー エボリューション9 コレクションのスプリングドライブモデル SLGB015(左)とメカニカルモデル SLGH031(右)。

 自分にとってエッセンシャルであり、長く身につけたいものの共通点を問うと、金子氏は「まだゴールしていないこと」と即答した。「手に入れた時がゴールではなく、そこからスタートし、徐々に自分の色や味が深まっていくと思います。使ってきた痕跡が経年変化となっていく楽しみであり、そういう意味では未完成のものを作ることに若干こだわっています。こうなったらかっこいいってゴールは見えているけれど、あえてそこまでやらない」

 そんな金子氏に、さっそくグランドセイコー エボリューション9 コレクションの2本を手に取ってもらった。「自動巻き 白樺(SLGH031)」と「スプリングドライブ U.F.A. 水面(SLGB015)」の第一印象をこう語る。「時針がこんなに太いのは見たことないですね。それと腕時計のダイヤルはこれまでブラックのイメージが強かったのですが、SLGB015のネイビーがパッと目を引きました。いずれもテクスチャーが強調されていますが、見やすく、時間も直感的に読み取れます」

 愛用するヴィンテージウォッチに比べて、フィッティングの感覚の違いにも新たな発見をする。「重さもあるんですが、手首にまとわるというか、吸いつくような感じが意外ですね。普段つけているのが34mmなので、それと比べるとサイズは大きめですが、それでもフィットします。とくに37㎜は見た感じも違和感がありません。いつもつけているサイズよりも大きい腕時計は自分には合わないと思い込んでました」

 そう思い込んでいる人は、実は少なくないのかもしれない。しかし決めつけるのではなく、自分に合うかどうかはつけてみなければわからない。それはファッションにも通じるのだろう。素材によってもその印象は変わる。金子氏はチタンの軽さや実用性に惹かれつつも、「見た目はステンレスのほうがいい」とも語った。今回のSLGH031とSLGB013に採用されるエバーブリリアントスチールは、従来のステンレススチールを上回る耐食性と白く美しい輝きを併せ持つ素材。その美しい金属の表情は、ケースやブレスレットの面構成をよりシャープに際立たせる。


「見る人」と「作る人」が語る、エボリューション9スタイル

 ここで対話に加わったのが、セイコーウオッチ デザインセンターのグランドセイコーデザインディレクター、酒井清隆氏だ。グランドセイコーを長年担当し、エボリューション9スタイルを基礎から立ち上げたひとりである。

 金子氏がまず着目したのは、太く力強い針とインデックスだった。「針の太さやダイヤルの個性がとても印象的でした。こうしたグランドセイコーのデザインは、どのように生まれたのでしょうか」

 酒井氏はその源流として、1967年に登場した44GSを挙げる。このモデルによって、平面を主体にしたケース造形、歪みのない鏡面を生むザラツ研磨、そして高い精度を視覚的にも伝える太いインデックスなど、グランドセイコー独自のデザイン文法が確立された。

 「当時は薄型の手巻き式が全盛でした。薄く、作りやすく、それでいて美しい腕時計を目指した結果、平面を主体にケースを構成することになりました。その平面を美しく見せるために、ザラツ研磨による歪みのない鏡面仕上げが生まれたのです」

 一方で現代のグランドセイコーには、自動巻きやスプリングドライブといった高性能なムーブメントを搭載するための堅牢性や、日常で使うための装着感も求められる。そうした時代の要請に合わせて、グランドセイコースタイルを現代的に発展させたものがエボリューション9スタイルだ。

 酒井氏は、金子氏が最初に反応した時分針についても、単なるデザイン上の個性ではないと説明する。「金子さんが注目された時分針も、視認性に紐づけて大胆に太くしています。針は時計の中でも特に重要なパーツのひとつで、グランドセイコーではこれまで、過去のモデルからその印象を大きく変えることなくデザインしてきました。エボリューション9 コレクションでは、そうした造形文法をしっかりと受け継ぎながら、あえて大胆な造形にも挑戦しています。ただ目立たせることや新規性を追求したのではなく、機能性を突き詰める造形を検討した結果として生まれた進化だと考えています」

 そして酒井氏は、エボリューション9 コレクションが目指すものをこう表現した。

テーマのひとつに、“時代を超えて残る、本質的な美しさ”があります

– 酒井清隆氏

 その言葉に、金子氏は自身のモノ選びとの共通点を見出す。「先ほど“足さない美学”という話をしましたが、時代に合うバランスや質感はありますよね。素材や加工技術は進化しているからこそ、どれを選び、どこで止めるかが重要になる。細部にはモダンな要素がありながら、どこかクラシックさも漂う。見た目の佇まいと機能がしっくりくることは、僕にとってエッセンシャルであるための条件でもあります」

 エボリューション9スタイルは、視認性、審美性、装着性という3つの要素を掲げる。しかしそれは、単に機能を積み上げるための考え方ではない。必要なものを残し、必要以上に語りすぎない。そのバランスにこそ、金子氏が語る「エッセンシャル」との接点があった。

 

光と陰を、デザインする

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGB015

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGH031

 金子氏が次に目を向けたのは、光の角度によって表情を変えるダイヤルだった。「ぜひ伺いたかったのがダイヤルです。見る角度や光の具合で印象がまったく異なる。このテクスチャーは、どのように生まれるのでしょうか」

 酒井氏によれば、SLGB015のブルーダイヤルは、スプリングドライブの製造地にほど近い諏訪湖の水面から着想を得たものだという。「水面をそのまま再現するのではなく、あまり具象的にしすぎないことを意識しました。少し余韻を持たせることで、見る人がそれぞれの記憶にある湖や風景を重ねられる。そこに物語が生まれると思っています」

 その言葉に、金子氏は深く頷く。

SLGB015のダイヤルの着想源となった諏訪湖の湖面。

SLGH031のダイヤルの着想源となった、グランドセイコースタジオ 雫石の近くにある白樺林。

 「見る人それぞれの心象風景に訴えるために抽象化する、という発想はとても刺激的です。自然というのは、日本人にとってやはり強いモチーフなのだと思います。僕もシクロクロス(未舗装路を走る自転車競技)やキャンプなど、アウトドアで過ごす時間が多いのですが、それを創作に直接反映することはほとんどありません。でも意識下では、きっと影響を受けているのでしょうね」

 一方、SLGH031の白いダイヤルは、雫石の白樺林から生まれたもの。ダイヤルに深い凹凸を与えながら、光と陰をどう表現するか。その実現には何度も試作を重ねたという。「自然をそのまま写し取るのではなく、腕時計として成立する表現に置き換える。そこにこそ、グランドセイコーらしい抽象化の面白さがあります」と酒井氏は語る。

 金子氏は言う。「僕は元々バイヤーだったので、何を選び、どう組み合わせるかという編集に時間をかけます。でも“こんなことができたら”というところからモノづくりが始まるのは、デザイナーと変わらない。こういう話を聞くと、とても刺激を受けますね」


美しさは、腕につけて完成する

 「服に着心地が求められるように、腕時計にとっても装着感は欠かせない機能であり、デザインの要件だと思います。僕が37mmのケースサイズに違和感を持たなかった理由も、つけ心地にある気がします」

 金子氏の言葉を受けて、酒井氏は今回のアップデートについて語る。エボリューション9 コレクションは、視認性・審美性・装着性という基本思想を受け継ぎながら、より現代的な装着感と佇まいを目指して細部が見直された。なかでもブレスレットは、腕に載せたときの安定感やケースとの一体感に大きく関わるポイントだ。

 「ブレスレットは、ケース径の1/2以上の幅と適度な厚さという考え方に基づいています。今回は、ケースとブレスレットのつながりをより自然に感じられるよう、厚みや重心のバランスを整えています」手に持つと確かな重みがある。しかし腕に載せると、その印象は変わる。

 「登山用のリュックでも、外側に重さがあると負担を感じますよね。腕時計も同じで、重心をなるべく腕に近づけることで、着けたときの安定感を出しています」。それを聞いて、金子氏は自身の第一印象と重ね合わせた。「着けた瞬間、ケースとブレスレットの境目を意識しないくらい、ぐるっと手首にまとわる感覚がありました。見た目につい目を奪われがちですが、装着感というのはデザインの根幹なんですね」

 さらにブレスレットは、ラグ側から中留側へとテーパーする設計となった。堅牢性を感じさせながらも、手首を曲げたときの当たりを抑え、武骨に見えすぎないバランスを狙ったものだという。中留には2mm単位で3段階の微調整機構も備わる。「夏場や汗ばむ場面で少し緩めたいときにも対応できます。目立つ部分ではありませんが、個人的にはかなり入れたかった仕様です」と酒井氏。

 金子氏は頷く。「そういう見えにくい快適さこそ、毎日身につけるものには大事ですよね。エッセンシャルなものって、結局そういうところで残っていくのだと思います」

 

見えないところまで、美しく

 外装の話から、視線は腕時計の内側へと移る。SLGH031にはメカニカルムーブメントのキャリバー9SA5、SLGB015には、スプリングドライブ U.F.A.のキャリバー9RB2が搭載される。同じエボリューション9スタイルのデザインをまといながら、内側に宿る機構によって、それぞれ異なる個性を持つ。

 「スプリングドライブの針の動きは滑らかですね。見ていて気持ちいい。高精度を追求するだけでなく、針の動きのような感覚的な魅力にもつながっているのが興味深いです」と金子氏は語る。Cal.9RB2は、年差±20秒という高精度を実現するムーブメントだ。酒井氏によれば、その実現には精度の要となる水晶振動子の選別や温度補正など、外からは見えない領域での積み重ねがあるという。

 金子氏はそこに、服づくりとの共通点を見る。「僕も表面的なデザインより、いつもパターンや構造が気になります。今日持参した古いフィルソンのベストも、吊るした状態では少し広がって見えるのに、着ると身体に自然に沿う。そういう一見わからないところに注ぎ込まれている技術にこそ、僕は共感します」。見えない部分にこそ、長く使う理由が宿る。それもまた、エッセンシャルなものに欠かせない条件なのだ。


「エッセンシャルな腕時計」とは何か

 対談を終えた金子氏に、あらためて気に入った1本を尋ねた。選んだのは、スプリングドライブ U.F.A.を搭載したSLGB015。「スタイリングでは、いつも足し引きを考えます。このグランドセイコーなら、ブランドの持つきちんとした印象に合わせていくのか、あえて少しずらした方が互いに引き立つのか。そういうイマジネーションを広げてくれる腕時計ですね」

 金子氏が惹かれたのは、緻密に作り込まれた外装と、抽象的なダイヤル表現のコントラストだった。「グランドセイコーには曖昧な部分がないというか、緻密に作られていることが腕に巻いてみても伝わります。見た目にもそういう強さがある。でもダイヤルは抽象的で、人間の感性に訴える余白がある。そのバランスがすごく面白いと思いました」

 作り手の話を聞いたことで、ブランドへの見方も変わったという。「ブランドとして目指す方向が明確で、それにふさわしい体制でものづくりをしていることがよくわかりました。ファッションでも一部の名門メゾンは、ただの量産品ではなく、オートクチュールを生み出すような体制を持っています。グランドセイコーがそれと同じような姿勢で腕時計を作っていることに驚きましたし、日本にそういう腕時計があることがすごく嬉しいですね」

これだけしっかり作っていても、

そこに人間の感性に訴えるものを入れている。

そのバランスがすごく面白い。

– 金子恵治氏

 酒井氏は、グランドセイコーのものづくりについてこう語る。「いまは設計とデザインがより密接になっています。機能と審美性を一体化し、さらに装飾やパーツの細部にもオリジナリティを盛り込む。それが自社で一貫して腕時計を作ることの強みであり、グランドセイコーの変わらない源泉だと思います」

 エッセンシャルな腕時計とは何か。ひと言で結論づけるのは難しい。けれど金子氏の言葉を借りるなら、それは「主張しすぎないけれど、けっして他にはない」ものなのかもしれない。必要以上に語りすぎず、それでいて確かな理由を持って手元に残る。グランドセイコー エボリューション9 コレクションには、そんな腕時計のひとつの姿がある。

 

Photos:Jun Udagawa Words:Mitsuru Shibata