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Magazine Feature POETRY IN MOTION: ヴァン クリーフ&アーペル ポエティック コンプリケーション、20年の軌跡

ハイジュエラーならではのジェムセッティングや多彩なエナメル技巧を駆使した美しい外観と独創的なメカニズムで時を詩的に表現しつづけた20年。ヴァン クリーフ&アーペルの詩情はいかにして機械になるのか。

本特集はHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.13に掲載されています。

 ヴァン クリーフ&アーペルの歴史は1895年、パリでエステル・アーペルとアルフレッド・ヴァン クリーフが結婚したことに始まる。二人は、1906年にパリのヴァンドーム広場22番地に最初のブティックをオープン。以来、夫婦で誓った永遠の愛をメゾンのテーマとし、自然や幸運から着想を得て、ポジティブで詩的なビジョンを表現し続けてきた。そして、詩情が紡ぎだす時を表現することを試みたのが、2006年に誕生したポエティック コンプリケーションである。

 初作レディ アーペル センテナリーは、ダイヤルの背景が1年かけてゆっくりと回転し、四季を表す仕掛けであった。当初は創業100周年を記念したモデルとして発表されたが、その後コレクション化され時計制作における独自のビジョンを確立した。

 翌年には、フェアリー(妖精)の羽と手にした杖とを針にした、ダブルレトログラードのレディ アーペル フェアリーをリリース。以降、ハイジュエラーならではのジェムセッティングや多彩なエナメル技巧を駆使した美しい外観と独創的なメカニズムで時を詩的に表現しつづけ、2026年に20周年を迎えた。

レディ アーペル センテナリー ウォッチ

2006年

創業100周年を記念したコレクションのファーストモデル。真珠母貝製の雲の背景に1年周期のディスクをセット。クロワゾネで描いた桜、トンボ、紅葉、雪の結晶が、雲の隙間から順に顔を出し、四季を表す。ケースバックにカレンダー機構とその調整用リューズが備わる。

ミッドナイト イン パリ ウォッチ

2009年

41mmケースに、1年で1周するパリの夜空を描いたアベンチュリン製ディスクをセット。ハンターバックを開くと現れるカレンダーと専用リューズで連動させ、任意の日の星空をダイヤル上の透明な楕円で切り取る仕組みだ。コレクション初の天体機構は、アジェノーとの共同開発で生まれた。

ミッドナイト ポエティック ウィッシュ ウォッチ(左)

レディ アーペル ポエティック ウィッシュ ウォッチ(右)

2013年

男性はノートルダム寺院の、女性はエッフェル塔のテラスに立ち、2時位置のリューズを回すとそれぞれが現在時刻の位置に移動し、同時に凧(女性側)と流れ星(男性側)が現れて分を示す。オンデマンドのレトログラード機構に加え、5ミニッツリピーター機構も併せ持たせた超大作。

ミッドナイト プラネタリウム ウォッチ

2018年

アベンチュリンを同心円状に正確にカットし、それぞれに水星から土星までの半貴石製の惑星を設置。各惑星の正確な公転周期で動く、かつてない立体的な天体機構を装備する。最外周の流れ星が24時間式の時刻表示で、地球の軌道上に任意で誕生日などの日付を設定できる機能が備わる。

 2009年には、パリの1年間の夜空の動きを写し取ったミッドナイト イン パリによって独自の天体機構がメゾンにもたらされ、2010年には、コレクションを象徴する名作が誕生する。太鼓橋の上で向き合う男女をレトログラードの針とし、12時間に1度橋の中央で時針である女性が一歩歩み寄り、1分間のキスを交わすレディ アーペル ポン デ ザムルーである。さらに2019年に発表されたモデルでは、ボタン操作によってキスシーンを任意に再生できるオンデマンドアニメーション機構も加わった。同機構は、後にさまざまなモデルに搭載されるようになっていく。また彼らの愛の物語は、エッフェル塔とノートルダム寺院にそれぞれ離れて立つ二人が、レトログラード分針の流れ星や凧に思いをのせるペアウォッチ、ミッドナイト ポエティック ウィッシュとレディ アーペル ポエティック ウィッシュ(共に2013年)など壮大な連作となり、現在まで続いている。一方で天体機構においても太陽系の動きを立体的にダイヤル上になぞらえた2014年誕生のミッドナイト プラネタリウムをはじめ、革新的な機構の開発に取り組んできた。

 コレクションはどれもメカニズムに凝るが、それらは時の流れが織り成す物語をエモーショナルに表現するための手段でしかない。2015年にスイスのメイランに竣工した時計の専門アトリエでは、時の物語を詩的に表現する機構開発が進められ、それをメティエダールが美に昇華し続けている。

レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ 2587万2000円(税込)

レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ 4580万4000円(税込)

 前述したように、2007年に誕生したコレクション2作目となるレディ アーペル フェアリーは、妖精をかたどったダブルレトログラード機構で時を詩的に表現していた。設計者は、同機構を得意とするアジェノー創業者のジャン-マルク・ヴィダレッシュ。その後も彼は、さまざまなレトログラード機構をヴァン クリーフ&アーペルにもたらしてきた。その代表作となるのが、パリで出会った男女の恋の物語の始まりを告げる前出のレディ アーペル ポン デ ザムルーだ。モデル名を直訳すると、恋人たちの橋。太鼓橋の両端に立つ男女は、共にレトログラード機構で動き、男性が分、女性が時を示す。花束を後ろ手に持った男性は出会いをためらうように1時間ごとに橋を行き来し、傘を差した女性はゆっくりと歩みを進める。そして午前と午後の12時直前に中央で二人は出会い、1分間のキスを交わす。その際、二人の口づけをリアルにするために、11時59分になると女性が1歩男性に歩み寄る仕掛けとした。

 レトログラード機構は、回転するスネイルカムにレバーで連動したラックギアがバネが備わるピニオンギアを動かし、針を進める設計である。そしてレバーがカムの谷に落ち込むと、バネの力で針を帰零させる。この急速な動きを1分間停止させ、かつ女性を一歩進めるためにヴィダレッシュは、ラックギアにフックを組み込んだ。レトログラード機構の特異な動きを、男女の出会いに見立てるアイデアが秀逸であり、“時計史上最も長いキス”とする設計も極めて巧みである。さらに2019年の再解釈モデルでは、ムーブメント外周に専用輪列とガバナー(調速機)を設け、ボタン操作でキスシーンを再現できるオンデマンドアニメーション機構を追加した。

 橋の上で始まった二人の愛の物語は、2025年にリリースされたレディ アーペル バル デ ザムルー オートマタで19世紀のパリで流行したダンスを楽しめる河辺のカフェ、ギャンゲットに舞台を移す。石畳の上で手を取り合いダンスを踊るカップルの背景に浮かぶ雲の上に顔を出す2つの星が、レトログラード式の時針と分針。そして正午と午前0時直前になると、各星が帰零する前に、二人は握っていた手をゆっくりと下ろしながら顔を近づけ、キスをする。このロマンチックなオートマタ機構は、自社設計による。

 キーパーツとなるのが、ムーブメント中央に設置される2重構造のカムを一体成形したギア。手を下す、キスをするという2つの動きを1つのギアの回転で振り分けられる巧みな構造だ。むろん、キスシーンを任意に再生できるオンデマンド機構も備わる。外からはまったく見えないが、レトログラード機構のラックギアにはポン デ ザムルーでは分針と同じく花束を後ろ手にした男性を、バル デ ザムルーではフェアリーをあしらっているのが、メゾンの遊び心だ。

 いずれも背景はグリザイユ エナメルで描かれ、橋や石畳、男女の姿は精巧なハンドエングレービング製と、工芸的な価値も極めて高い。

左からレディ アーペル ユール フローラル ウォッチ、レディ アーペル ユール フローラル スリジエ ウォッチ(共に4897万2000円)レディ アーペル ブリーズ デテ ウォッチ 3260万4000円(すべて税込)。

 メゾンが大切にするモチーフの1つである自然は、ポエティック コンプリケーションの初作レディ アーペル センテナリーで時計機構として表現された。その後も、花や蝶を時間表示やオートマタに組み込んだモデルをリリース。なかでも多くの時計関係者の度肝を抜いたのが、2022年に発表されたレディ アーペル ユール フローラルであった。

 スウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネは、著作『植物哲学』(1751年)で多様な植物を植えた庭園では、一日の中でのそれぞれの花の開閉によって時間を知ることができると説いた。これをヴァン クリーフ&アーペルは時計機構に応用しようと考え、見事実現してみせたのだ。

 レディ アーペル ユール フローラルのダイヤルには12輪の花が設置されている。各花はそれぞれ5枚の花弁を持ち、毎正時に時刻の数だけ開く仕組みだ。しかも開く数が1時間ごとに単純に増えていくのではなく、一度全部閉じてから時刻分だけ開く設計に。さらに開く位置も、変わる。つまり1時に開いていた花は、2時になると閉じ、別の位置の2輪が開くのだ。むろん機械的に成立させるために開く位置と順番には規則性はあるが、12時間ごとにローテーションが変わり、全3パターンが繰り返されるのでまるでランダムなように感じる。

 この腕にのせられる機械式“花時計”を実現するために、時計全体は533個の部品で構成され、そのうち文字盤だけで166個の部品が用いられている。分表示は、ダイヤルの美観を損なわないよう、ケースサイドの開口部で表示される。その針を動かすムーブメント外周のリングギアが、開花モジュールの起点。つまり分表示の分離は、機構的な意味合いも大きいのだ。

 外周の分表示用リングギアは、その動きで開花モジュール専用バレルを巻き上げ、1時間ごとに張力を解放して花の開閉の動力となる。開花モジュールは4つのユニットに分けられ、それぞれが3輪の動きを司る。そして各ユニットには、花弁の数と同じ5つの遊星歯車が組み込まれ、それらが花弁が抑えている60本のピンを動かし、開閉させている。さらにユニット中央には形が異なるカムが積層し、それらの回転で3パターンのカム形状に変化させ、3つの開花フォーメーションを実現させた。また開閉のタイミングを一定にするため、調速ガバナーを装備する。実に大掛かりな仕組みは、メイランの自社アトリエによる設計。各パーツの製造は、信頼が置ける複数社のサプライヤーに委ね、それらを自社で仕上げ、組み立てている。12輪の花々とその間を舞い飛ぶ蝶のエナメル細工は、むろん自社製。その精密さには、舌を巻く。

 2015年に時計アトリエが竣工して以降、ヴァン クリーフ&アーペルは多くのモジュールを自社設計とし、また既存の機構も改良してきた。24年リリースのレディ アーペル ブリーズ デテも、自社製モジュールによる秀作だ。円弧状にアワートラックが設置されているため、レトログラードのように見えるが、24時間周期の透明ディスクに設置された2匹の蝶が順に時を指し示す仕組みで、それぞれ色違いとすることで昼夜表示を兼ねさせている。一方が時を示している間、他方は花や葉の上で休んでいるという情景描写が、ヴァン クリーフ&アーペルらしさ。そしてオンデマンドアニメーション機構が備わり、ボタンを押せばダイヤル上段に咲く3輪の花が風にそよぐようにそれぞれ異なる動きを奏で、同時にアワーディスクが12秒で1周して蝶が花の間を渡り歩く。これら時刻表示のための24時間周期とオートマタのための12秒周期の切り替えには、ディファレンシャルギアを用いている。そしてアニメーションが終了すると、蝶は正確な時刻表示位置に戻る。前出のポン デ ザ ムルーもそうであったが、時刻表示とオートマタ機構の融合はヴァン クリーフ&アーペルのお家芸。時間が織り成す詩的な物語の表現の可能性を、無限に広げる。

左からレディ フェアリー ウォッチ 2046万円、レディ アーペル バレリーヌ アンシャンテ ローズゴールド ウォッチ 2587万2000円(すべて税込)

 戦火に包まれた1940年、ヴァン クリーフ&アーペルはニューヨークにブティックを開業した。そして翌年、同地で生まれたのが、フェアリーをかたどったクリップであった。同じころ、バレリーナ クリップも誕生。暗い時代にあって、これら女性モチーフは人々に希望をもたらす象徴となり、メゾンの伝統のひとつとして今日まで受け継がれてきた。

 ポエティック コンプリケーションでも、前述したように2作目でフェアリーモチーフが登場。そして2013年、バレリーナをモチーフとしたレディ アーペル バレリーヌ アンシャンテが誕生する。レディ アーペル バレリーヌ アンシャンテ ローズゴールド ウォッチは、2023年に追加されたニューバリエーションである。ダイヤル中央でポーズを決めるバレリーナのモデルとなったのは、19世紀末から20世紀前半に活躍したロシア出身のバレリーナ、アンナ・パヴロワ。「蝶のように軽やかに舞いながら一生を過ごしたい」という彼女の願望を、メゾンは時計機構として実現した。

 上の写真ではチュチュが蝶を想起させるように大きく広がっているが、通常は下側で重なっている。そしてケース左サイドのボタンを押すと、まず左側が、続いて右側がゆっくりと広がって、それぞれが現在時刻の時(左)・分(右)の位置で4秒間停止。その後、ゆっくりとチュチュは閉じていく。すなわちオンデマンドアニメーション機構自体を、時刻表示機構として用いたのだ。チュチュのゆっくりとした一定速度の動きを司るのは、フライホイール(はずみ車)。調速機構を無音化してみせた。

 そうした独創的なメカニズムによるチュチュの動きを、カラフルかつ透明感あふれる仕立てが軽やかな印象にする。その造作には、プリカジュール エナメルが用いられた。ハイジュエラーであるヴァン クリーフ&アーペルは、多彩なエナメル技法を研鑽し、受け継いできた。通常エナメルは、下地となる金属の上にガラス質の釉薬を注し、800°C以上の高温で焼き上げ定着させている。対してプリカジュール エナメルは金属の下地を持たず、金属フレーム内で釉薬を溶解・固着させる技法。ステンドガラスのように光を透過し、またフレーム毎に異なる釉薬を用いることでカラフルに仕立てられる。しかし下地がない分、焼成時の温度差や膨張でしばしば割れてしまうため、製作には卓越した技術が必要だ。

 さらにバレリーナの背景には、下地の金属にギヨシェを施して半透明の釉薬を注し、模様を透かし見せるフランケ エナメルの技法を駆使。ほかにも前述した暗色の下地の上に白い釉薬を重ねて濃淡や陰影で絵付けするグリザイユ、金線で絵柄の輪郭を形作り、その中に色が異なる釉薬を注し分けるクロワゾネ、金属の下地を彫り下げて壁を作って釉薬を施し、焼成後に研ぎ出して壁を露出させるシャンルヴェなどのエナメル技法が、ポエティック コンプリケーションに特別な美をもたらしてきた。

 また2020年に初作が発表されたレディ フェアリー ウォッチでは、エナメル技法の新たな試みに挑んだ。真珠母貝製の雲に腰掛ける妖精の羽に、半透明のプリカジュールとグリザイユを組み合わせたのだ。結果、各は真珠母貝をギヨシェ&ペイントした背景の空を透かし見せると同時に、陰影による生き生きとした立体感がもたらされた。まずプリカジュールで羽を仕立て、その上からグリザイユを施しているため複数回の焼成が必要となる。クラックが生じる可能性はより高まり、難易度も一層増す。

 魔法の杖を持つフェアリーの右側がレトログラード分針、彼女の膝の横にはジャンピングアワーが備わり、メカニズム的にも秀逸。これをヴァン クリーフ&アーペルは、33mmの小ぶりなケースに搭載してみせた。フェアリーや真珠母貝製の背景、そしてベゼルやダイヤルにはダイヤモンドやサファイアがセットされ、装いは一際、豪華になったのである。

左からレディ アーペル プラネタリウム ウォッチ 4870万8000円、レディ ジュール ニュイ ウォッチ 1676万4000円(すべて税込)

 ヴァン クリーフ&アーペルは、ヴァンドーム広場にブティックを開き創業した1906年、サファイアとダイヤモンドで三日月をかたどったジュエリーを制作した。すなわち天体は、メゾンにとって最も長い歴史を持つモチーフのひとつである。ポエティック コンプリケーションにも2008年、前出のミッドナイト イン パリで天体機構が登場。パリの夜空を彩る星々のきらめきと動きは2014年、ミッドナイト プラネタリウムで太陽系の水星から土星までがダイヤルに取り出され、各公転が立体的に表現された。その設計者は、天体時計を専業とするクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ。アベンチュリン製のダイヤルは、同心円状にカットされ、中央のゴールド製の太陽の周囲を6つの惑星が、正確な公転周期で動く。各周期は、水星が88日、金星が224日、地球が365日、火星が687日、木星が約12年、土星が29年以上。アベンチュリンのリングは重量があるが、動きがゆっくりであるため大きな動力を必要としない。ケースバックには月・日付のカレンダー機構が備わり、左サイドのダブルボタンで前後に調整させられ、各惑星位置も連動する。優れた操作性も、特筆すべき点である。

 ダイヤル外周には、流れ星が時を示す24時間式の時刻表示機構と裏面と同じく月・日付のカレンダー機構を装備。回転ベゼルを操作すると、サファイアクリスタル風防が一緒に回り、そこに刻んだ赤いラインをカレンダー上の任意の日付に合わせると、地球の軌道上に描いた星がその日の位置に来る仕掛けになっている。そして設定した誕生日や記念日の当日、星と地球とがピッタリと重なる。特別な日を星でメモリーできる機構が備わることで、天体時計はよりロマンチックで詩的になった。

 またミッドナイト イン パリが誕生した年の前年、もう1つの天体モデルが発表されていた。ダイヤル上部の半分以上を開口した中で、イエローゴールドの太陽とホワイトゴールドの月をセットしたアベンチュリン製ディスクが、24時間で1周するレディ アーペル ジュール ニュイである。同モデルはその後、さまざまなバリエーションが展開されてきた。

 そして2026年、壮大な昼夜表示はミッドナイト ジュール ニュイ ファーズ ドゥ リュンヌでさらなる進化を遂げた。モデル名にあるファーズ ドゥ リュンヌを英訳すると、ムーンフェイズ。すなわち昼夜表示の月が満ち欠けするのだ。さらにオンデマンドアニメーション機構も、装備。ボタンを押すと昼夜ディスクが10秒周期で回転する。これで太陽光で昼間は見えない月の姿が、腕の上で確認することができるようになった。

 24時間周期のアベンチュリン製昼夜ディスクに丸い穴をうがち、その下に3つの丸い星空を描いた真珠母貝製ディスクを重ねる。そしてディファレンシャルギアで真珠母貝製ディスクの周期を24時間よりもわずかに遅らせることで順に星空が開口部に追い付き、月相を表す仕組みだ。またアニメーション機構にも、ディファレンシャルギアが使われている。

 さらにこのモデルのためにヴァン クリーフ&アーペルは、イタリアのムラーノの専門工房と協業でブラックアベンチュリンを開発。ガラスを溶解中、誤って銅片を坩堝に落としたことで偶然生まれた星空にも似たアベンチュリンガラスは化学特性上、濃紺しか作れなかった。それを独自のレシピで深淵の黒を実現。ギヨシェ彫りとエアブラシ、ペイントデカールで力強い輝きが表現されたゴールドの太陽や真珠母貝による月相が、ブラックアベンチュリンと明確なコントラストを成し、一層浮き立つ。地平線の役割をするダイヤル下部は、真珠母貝をギヨシェ彫りした上から手作業でグラデーションペイントを施している。メカニズムも素材も唯一無二であるうえに、工芸的な美観が行き渡るミッドナイト ジュール ニュイ ファーズ ドゥ リュンヌは、ポエティック コンプリケーションの20周年を飾るにふさわしい、天文時計の傑作となった。

Photos: Tetsuya Niikura Styling: Eiji Ishikawa (TRS)