もはや周知のことかもしれないが、アルパイン イーグルは2019年に登場した。その前身は1980年に発表されたサンモリッツである。これは現在、共同社長を務めるカール‐フリードリッヒ・ショイフレ氏が、父であり、当時の代表だったカール・ショイフレ3世を説き伏せ、メゾン初のステンレススティール製スポーティウォッチとしてデザインしたもので、この成功とともに自身の代表作となった。そして次世代を担う立場として、この伝説的アイコンウォッチに注目したのが息子のカール‐フリッツ氏だった。おもしろいことに、不安視する父に対して意外にも積極的に相談に乗ったのは祖父だったそうだ。かくしてオーナー家3代に渡るウォッチメイキングの情熱がここに結実したのである。
アルパイン イーグルはサンモリッツをモダンに解釈したデザインをベースとしつつ、文字盤にはイーグルの虹彩を思わせる繊細なパターンを施し、シャープな面取りで仕上げた一体型ブレスレットにはアルプスの岩盤を思わせる質感が与えられた。スイスの大自然への思いを宿し、そこには時計メーカーとしてだけではなく、ハイジュエラーとしての美に対するこだわりと洗練の技がいかんなく注がれている。2020年にはクロノグラフモデルを投入し、デビューから数年のあいだに高振動キャリバー、フライングトゥールビヨン、そしてスモールセコンド表示を備えた極薄型モデルとバリエーションを広げ、アルパイン イーグルはメゾンの新たなアイコンとして確立した。そして、その新境地を開くのはハイジュエラーとしての繊細な色彩感覚だ。
マニュファクチュールとハイジュエラーの邂逅
ショパールの歴史を改めて振り返ると、1860年に時計師ルイ-ユリス・ショパールがスイスのジュラ地方にあるソンヴィリエで創業した工房に遡る。その高い技術と品質からヨーロッパの王侯貴族に愛用され、1937年にジュネーブへ移転したのちも着実に名声を得ていくが、1960年代、ポール-アンドレ・ショパールの時代には後継者が途絶えたことで存続の危機に陥る。これに手を差し伸べ、ショパールの経営を引き継いだのがドイツの老舗ジュエラーとして名を馳せたカール・ショイフレだった。
カール・ショイフレは1904年にドイツのプフォルツハイムで会社を創業し、ジュエリーウォッチはじめ、ペンダント、メダル、ブレスレット、ブローチといったアクセサリーにアール・ヌーヴォーに着想を得たフローラルのモチーフで人気を博した(ちなみに彼はエスツェハ/Eszehaというブランド名で販売した)。戦後、家業を継いだ孫のカール・ショイフレ3世は、金細工職人であると同時に優秀な時計職人でもあり、本格的なウォッチメイキングの確立を模索していた。ポール-アンドレ・ショパール、そしてカール・ショイフレ3世との出会いは互いにとって好機であり、大きな転換点になったのである。
1976年にハッピーダイヤモンドを発表し、ムービングダイヤモンドはジュエリーウォッチの世界に革命をもたらし、ショパールの名は時計の世界に一躍広まった。それから2年後には自社内に独自の合金生産のできる鋳造工場をいち早く設立し、ジュエリーと時計の開発製造における垂直統合化を果たした。そして今では毎年カンヌ国際映画祭において、レッド カーペット コレクションの新作ハイジュエリーが世界の注目を集めるほど、ジュエラーとしてのショパールの名は世界的に知れ渡っている。そう、ショパールのアイデンティティを支える根幹には、時計メーカーとして、そしてジュエラーとしての歴史があり、このふたつの歴史を持つことがショパールのウォッチメイキングにも大きな影響を与えていることを忘れてはならない。
ショパールのハイジュエラーとしての自負はモノづくりばかりでなく、素材そのものにも向けられた。2013年に責任ある調達を目指すフェアマインド認定のエシカルゴールドの採用に着手し、3年後にはすべての製品において100%エシカルゴールドの使用を宣言。さらに2019年に発表したアルパイン イーグルではリサイクルスティールを70%含有するルーセントスティール™を採用しているが、そのリサイクル率はすでに80%を超えており、2025年までに90%以上の達成を掲げている。また、2023年末までにアルパイン イーグル含むすべてのSS製ウォッチにルーセントスティール™の使用することが決定している。
さらにこの責任ある調達の精神はメゾンで使用されるダイヤモンド、プレシャススストーンにもおよぶ。たとえば、ショパールで使用するすべてのダイヤモンドは、いわゆる“紛争ダイヤモンド”ではないことが証明されたキンバリープロセス認証を受けたもの、加えて原産地が特定できないものや、認証制度の未実施国や地域からのダイヤモンドを売買しないことを義務付ける自主規制を敷き、調達先のトレーサビリティが可能なものだけが使用される。
こうした取り組みは、持続可能性のある社会の実現に向けたメゾンとしての使命であり、サステナブル・ラグジュアリーへの旅として長期的なプロジェクトに位置づける。ショパールにとって、それは時を超越する真のラグジュアリーの追求なのである。
ナチュラルな美しさを引き出す、洗練の美学と熟練の技の世界
ジュエラーとしてのショパールの存在を際立たせているのは、共同社長であり、ハイジュエリー部門を統括するアーティスティック・ディレクター、キャロライン・ショイフレ氏が提唱する“ナチュラルな美しさを引き出す”ことを主眼に置いたスタイルである。
「宝石には本来備わった美しさがあります。ジュエラーがすべきことは、過度に手を加えずそれを引き立てること。シンプルなデザインのなかでこそ、彼らの卓越したスキルが発揮されます」
ショパールのジュエリーは、この彼女の感性をもとにデザインされ、ジュネーブのメイランにある本社内に設けられたハイジュエリーアトリエから生み出される。このハイジュエリーアトリエは極めて秘匿性が高いため、どれほどの経験を持つ職人がここでの作業を担当できるのかは明かされないが、キャロライン・ショイフレ氏のアイデアとスケッチがデザイナーへと渡され、その後ワックス彫刻職人や鋳造職人、宝石職人、細工職人、ジェムセッター、研磨職人など、同アトリエが誇る多くのアルチザンたちの芸術的な技巧を経て徐々に形作られていく。
ラグジュアリースポーツと呼ばれるジャンルは、現代において主流の人気スタイルであり、各ブランドが揃えている。だがアルパイン イーグルがそのなかでも一線を画すのは、前述のとおり、サンモリッツという連綿と続く名作のDNAにモダンな感性を吹き込んだスタイルが評価されているのはもちろんのこと、ナチュラルな美しさを引き出すというジュエラーとしての美学が同時に打ち出されているからにほかならない。その本領が発揮されているのが、新作アルパイン イーグル サミットでの豊かな色彩表現といっていいだろう。
文字盤に採用したジナルブルーと呼ばれるカラーは、従来のアレッチブルーやベルニナグレー、ピッチブラックと同様にアルプスの大自然の色彩から着想を得たものだ。それは見る角度によってブルーからバイオレットへと変幻自在に印象を変え、壮麗な氷河から付けられたその名のとおり、氷が光線を部分的に吸収することで生み出すマジックカラーを想起させる。
この特殊なカラーにはPVD加工が用いられ、それも一般的な色素ではなく、特定の気体と蒸着させる時間によってでき上がった複数の層が干渉することで生まれる。さらにそこにイーグルの虹彩を思わせる表面の質感を組み合わせることで、光の反射や屈折によってより一層煌めくのである。
多彩に色相を変える文字盤に呼応するように、ベゼルにはブルー&バイオレットのバゲットカットサファイアを美しいカラーグラデーションでセッティングしている。絶妙なサイズやカラーのセレクトとジェムセッティングの卓越した技術の証だ。もちろん使用されるプレシャスストーンは調達先のトレーサビリティが可能な透明性の高いものだけである。
ジナルブルーのほか、ケース&ブレスレットの素材によって、エシカルWGにはアルプスの伝統的な家屋に用いられる珪石の反射を思わせるヴァルスグレー、エシカルYGはモンブラン山塊の金色に輝く岩肌にちなむゴールデンピーク、そしてエシカルRGには早朝に太陽から指し込む光で山頂が色づく様子をイメージしたドーンピンクといったいずれも同系色の文字盤を採用する。このワントーンで統一されたカラーリングに、それぞれツァボライト、ピンクサファイア、スペサルタイト(ガーネット)のカラーグラデーションがゴージャスにベゼルを飾る。
よりスポーティなクロノグラフでも、ハイジュエラーらしい繊細かつ鮮やかなカラー文字盤が登場した。新作のアルパイン イーグル XL クロノでは、アルプスの南斜面から見下ろす地中海の紺碧の海を連想させるマリタイムブルーを採用。コレクションを象徴するブレスレットのフォルムを再現したラバーストラップはブラックとすることで、文字盤の存在を際立たせつつ、スポーティなデザインとフィット感を両立している。
薫り立つエレガンスに圧倒的な存在感を湛える
マニュファクチュールとハイジュエラーというふたつの側面を持つショパールが生み出したアルパイン イーグルにはそれぞれの持ち味と強みが存分に生かされている。スタイリッシュなデザインで与えられた繊細な面取りに加え、ポリッシュとヘアラインの異なる仕上げがバランスよく美しさを演出する。さらに美的感性のあふれるカラーとともに、ジェムセッティングの精度とエレガンスには目を見張るものがある。
現在、ラグジュアリースポーツウォッチをうたう時計は数多くある。豊富なダイヤルバリエーションをラインナップするということも決して珍しくはない。だが、アルパイン イーグルに見られるように使用する素材の調達先にまで責任を持ち、さらにそうした素材を育む自然へのオマージュを見事に表現した時計はどれほどあるだろうか? ウォッチメーカーとしての確かな技術、そしてジュエラーとしての繊細でエレガントな色彩表現こそ、アルパイン イーグルのアイデンティティであり、ほかにはない魅力となっていることは間違いないだろう。
これら色彩豊かなモデルの数々は、常に店頭に並んでいて、誰しもが手にできるようなものではない。だが、ラグジュアリースポーツウォッチが世にあふれているからこそ、ショパールのアルパイン イーグルは、自分らしい時計の選択肢となりうるのではないだろうか?
アルパイン イーグル コレクション ギャラリー
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Mitsuru Shibata