スイス・サンティミエで1832年に創業し、1867年に初の自社工場を建造した土地にちなんだブランド名を持つロンジン。懐中時計の製造技術に長け、いち早く近代的な量産体制を整えたことでその名を世界に知らしめた。高精度で耐久性にも優れたことから、腕時計に移行後もスポーツや航空、アドベンチャーといった分野で多くの実績を残す。こうしたウォッチメイキングの長い歴史と伝統にフォーカスするラインとして、2005年に生まれたのがロンジン マスターコレクションだ。
今回の新作は、昨年発表された190周年記念モデルをベースにしている。これは、歴史的な懐中時計やヘリテージウォッチのデザインモチーフを現代的なアレンジで再編集して、高く支持されたモデルだ。今回のマスターコレクションでは、これをセンターセコンドからスモールセコンドに変更し、ケースサイズも40mmから38.5mmに小径化。その内容はバリエーションの域を越えて、新たな個性になっているといっていいだろう。それだけの開発期間を考えれば、1年足らずの発表もただ前作のヒットを受けてというより当初からの既定路線だったと思われる。
時計の歴史とともにつねに時代の息吹を注ぐ
ロンジンというブランドを語るとき、まず挙がるのは長い歴史と伝統に培われた技術であり、名作の数々だろう。多くの栄光に輝いた懐中時計から、高精度と信頼性でスポーツ計時のパイオニアとなり、さらに探検家や飛行家の数多くの冒険を支えた。だがこうした偉業ばかりでなく、いつの時代も人々の日常に寄り添い、その憧憬やニーズを捉えた時計を提供してきたことも見逃せない。
市民革命により台頭した新興ブルジョワジーは、それまでの封建勢力とは異なる価値観を持ち、新たなライフスタイルを謳歌した。その象徴のひとつになったのが腕時計だった。ロンジンが初の腕時計を製造したのは 1894年のことだ。20世紀初頭、腕時計の需要が高まり始めると、ロンジンはこの新たなトレンドに着目し、この分野でもパイオニアとなっていく。1910年代に早くも初の腕時計を発表しただけでなく、この新しいライフスタイルに対応するために楕円形、正方形、長方形など、新しい形状のムーブメントを導入することで、さらに1歩前進させたのだ。ロンジンはまた、腕時計に対する女性のニーズや需要も意識していた。そのため、1912年には早くも女性の手首にフィットするエレガントな腕時計を提供するべく、ムーブメントの小型化に着手している。
1925年のパリ博覧会で紹介されたアール・デコ様式の影響は、建築や工業製品始め、ウォッチデザインも例外ではなかった。こうした先進的なデザインを纏い、時計は日常を彩るアクセサリーとして洗練に磨きをかけた。ロンジンはこの博覧会に出品し、グランプリを獲得。アール・デコを着想源とした多くの作品を発表している。なお、ロンジンは長方形や楕円形の小型ムーブメントを自社で製造することができたため、これが女性用のエレガントな腕時計の最先端を走るベースとなった。当時、男性用として一般的であった懐中時計ではなく、手首に時計を着用するファッションをスタートさせたのである。
世界大戦の時代が終わり、1945年にロンジンは初の双方向回転ローター搭載した時計のひとつであるCal.L22Aを開発。その効率的な巻き上げシステムは特許を取得した。また、ロンジンは1959年に作られた天文台キャリバー360で技術的なマイルストーンを打ち立てた。自動巻き時計には、ゼンマイを巻き上げる手間を必要としないという実用的な利点があり、秒単位の正確な読み取りを両立したセンターセコンドは、自動巻きの象徴として先進の時を刻んだ。こうして常に時計の進化と歩みをともに、ロンジンは時代の息吹を注ぐスタイルを生み出してきたのである。
ほどよいサイズに際立つスモールセコンド
ロンジン マスターコレクションの新作の内容を見てみよう。190周年記念モデルがセンターセコンドを採用しモダンな50年代スタイルに仕上げたのに対し、スモールセコンドを搭載した新作は、さらに30年代に遡る。目を引くのは精巧なエングレービングで仕上げたブレゲ数字だ。これは細心のCNC切削でも1数字を彫るのに約6分かかり、1枚を完成させるのは計80分を要するという。その外周には大小のメリハリをつけたドットインデックスが刻まれる。視認性を高めるため、フランジ部分はすり鉢状にスロープされているが、こちらは60年代の雰囲気だ。
スモールセコンドは文字盤全体に対してバランスよくレイアウトされているが、これもケース径を40mmから38.5mmに変更した理由のひとつだろう。文字盤に凹凸をつけ、レイルウェイトラックを記したレコードパターンを刻み、存在感を際立たせる。ブルーのリーフ針や筆記体の旧ロゴがヴィンテージ感を演出する一方、文字盤を被う風防はフラットになり、コンテンポラリーな印象を与える。カレンダーを省いたのは、実用性以上に様式美を求めた好ましい英断だ。
キャリバーはロンジンエクスクルーシブのL893を搭載する。シリコン製ヒゲゼンマイを採用し、約72時間のパワーリザーブを備える。ちなみに190周年記念モデルが採用するL888.5(ETA A31.L01)とは、センターセコンドとスモールセコンドという仕様の異なる兄弟キャリバーであり、そのスペックは共通だ。
カラーバリエーションは3種類が用意されている。シルバー文字盤はサンドブラスト仕上げにブルーのリーフ針が映え、際立つ彫り数字もモダンな印象だ。今年の注目色であるサーモンピンクを採用した文字盤には、バーティカルサテン仕上げを施し、シャープなメタル感を演出する。針や彫り数字はブラックで統一し、そのコントラストが艶のある全体を引き締める。アンスラサイトの文字盤は、粒子のようなテクスチャー感のあるシボで仕上げる。針や彫り数字、ロゴなどにはアクセントカラーを用い、シックな風格を漂わせる。
同じデザインではあっても、カラーリングや仕上げの違いで異なる個性が楽しめる。好みや自身のスタイルに合わせて選べるのもうれしいところだ。
マスターコレクションは2005年に誕生し、現代のリバイバルデザインの先駆けとなった。しかしその内容は前述のとおり、決して単なる復刻ではない。膨大なアーカイブのなかからより価値あるヘリテージを選りすぐったブランドの集大成である。だからこそクラシックとコンテンポラリーが独自のスタイルとして違和感なく調和するのだ。
以前ロンジンに、ブランドにおけるヘリテージの位置づけについて訊ねたことがある。それに対してロンジンは、ヘリテージは最新技術を駆使した新しいモデルを開発するためのインスピレーションの源となることが多く、クラシカルなモデルを参考にしている、と答えた。機能やデザインをただ再現するのではなく、時代の感性や技術で進化させてこそ、ヘリテージの価値を次世代に繋げられるということだ。その姿勢はロンジンがどこよりも自社ミュージアムを充実させていることにも表れている。
マスターコレクションの新作は絶妙な装着感とともに、シンプルではあっても細部まで凝った仕様や研ぎ澄まされた機能美が漂う。ひけらかすことなく腕元になじむスタイルからは、“Elegance is an attitude”というロンジンが掲げるブランド哲学が伝わってくるようだ。その佇まいを見ていると、有翼の砂時計のロゴに未来へ羽ばたく時への情熱を具現化した、ブランドのセンスを改めて感じるのである。
ロンジン マスターコレクション 新作ギャラリー
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Mitsuru Shibata