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Interview 「グランドセイコーは“第3フェーズ”に入った」 内藤昭男社長が語る、次なる世界戦略

セイコーウオッチ株式会社 代表取締役社長の内藤昭男氏に、グランドセイコーの現在地を聞いた。Watches & Wonders Geneva 2026で見えた“第3フェーズ”、大谷翔平選手起用の狙い、スプリングドライブ U.F.A.以降の進化、そしてクレドールとの思想的な違いとは。

2026年のWatches & Wonders Genevaで、グランドセイコーの存在感はこれまで以上に際立っていました。今年はクレドールも出展を果たし、セイコーウオッチとして日本の高級時計づくりを世界へ発信しようとする姿勢がより鮮明になっています。

 高精度モデル“U.F.A.”を搭載した新作ダイバーズコレクションに注目が集まる一方で、ブランドを取り巻く空気そのものも変わりつつありました。その背景には、グランドセイコーがいま“次のフェーズ”へ進もうとしていることがあります。

内藤昭男

1960年、茨城県生まれ。セイコーウオッチ代表取締役社長。1984年、服部セイコー(現セイコーグループ)に入社。2002年にセイコーオーストラリア社長、その後もセイコーグループ法務部長、常務取締役、セイコーアメリカの社長などの要職を経て、2019年にセイコーウオッチ副社長に就任。2021年より現職。画像提供:セイコーウオッチ

 グランドセイコーの2010年のグローバル展開開始から16年。セイコーウオッチ株式会社 代表取締役社長の内藤昭男氏は、これまでの歩みを「3つのフェーズ」で説明しました。そこには、大谷翔平選手の起用、日本文化を軸にしたストーリーテリング、そして“時計好き以外”へ向けた新たな認知戦略があります。

 僕はWatches & Wonders Geneva 2026の会場で、内藤氏にグランドセイコーの現在地について伺いました。


グランドセイコーとクレドールは、何が違うのか

 今年のWatches & Wonders Genevaでは、グランドセイコーに加えてクレドールも出展を果たしました。セイコーウオッチとして、グランドセイコーだけでなくクレドールを含めた日本の高級時計づくりを世界へ発信しようという意思を感じさせる展示だったように思います。

 個人的に、これまでグランドセイコーとクレドールの違いを聞かれた際、僕は「国産最高峰の実用時計がグランドセイコーであり、国産ドレスウォッチの頂点に位置するブランドがクレドールだ」と説明することが多くありました。

 実際、その理解は大きく外れてはいませんでした。しかし今回、内藤氏に改めて両ブランドの違いについて尋ねると、その輪郭は単なるカテゴリー分けよりも、もう少し本質的な思想の違いとして見えてきたのです。

 「グランドセイコーが“クラフトマン”で、クレドールは“アルティザン”なんです」。内藤氏によれば、グランドセイコーはあくまで「精度・視認性・耐久性」という実用性が起点にあります。44GSに象徴されるように、デザインにも“しきたり”があり、その制約のなかで完成度を高めていくブランドです。一方で、クレドールはより自由な存在だといいます。クレドールのブランドメッセージは、“The Creativity of Artisans”。そこでは繊細な美しさや審美性が優先され、ときには実用性より“美を愛でること”そのものに価値が置かれる。さらに“ロコモティブ”のように、ジェラルド・ジェンタといった国外クリエイターも自然に受け入れられる懐の深さがあります。

 つまり両者の違いは、「実用時計かドレスウォッチか」という単純な話ではありません。実用性を極限まで磨き上げるブランドなのか、それとも美そのものを表現するブランドなのか。その思想の差こそが、グランドセイコーとクレドールを分けているように感じられました。


“精度”を、現代的なラグジュアリーへ翻訳する

 2025年に発表された“U.F.A.”は、年差±20秒という驚異的な高精度で大きな話題を呼びました。内藤氏自身も、その反響は想像以上だったと振り返ります。「精度というグランドセイコーのDNAを突き詰めたことに加えて、小ぶりなサイズ感やブレスレットのマイクロアジャスト機能など、総合的に評価していただけました」

 興味深かったのは、内藤氏が“精度”だけを成功要因として語らなかったことです。もちろん年差±20秒という数字は象徴的です。しかし実際に市場で評価されたのは、小径化されたケースサイズや装着性、そしてマイクロアジャスト機能といった“毎日着けるための快適さ”でもありました。

 これは近年の高級時計市場の流れとも重なります。単なるスペック競争ではなく、快適性やサイズ感、着用体験そのものが重視されるようになってきたと感じます。そしてその流れは、今年発表された新作のグランドセイコー Ushio 300 Diverにも色濃く反映されていました。「ダイバーズであっても、どこまでグランドセイコーらしい付加価値をつくれるかに挑戦しました」

 ダイヤルには日本を取り巻く海流の躍動を表現した型打ち模様を採用。さらにムーブメントのロープロファイル化を実現するため、あえて日付表示を排したといいます。

 本作のブレスレットには昨年の新しいマイクロアジャスト機能に加え、ダイバーズ用のエクステンションも搭載されました。実際、近年のラグジュアリースポーツウォッチ市場では、“薄さ”や“装着感”は以前にも増して重要なテーマになっています。そうした文脈で見ると、今回のダイバーズは単なるスペックアップではなく、グランドセイコーなりの現代的な解釈を提示したモデルのようにも感じられました。

 実際、こうした“着用体験”まで含めた価値づくりは、グランドセイコーが現在進めている“第3フェーズ”とも無関係ではないように思えました。


「学び」「拡大」、そして“第3フェーズ”へ

 内藤氏は、2010年のグローバル展開開始以降のグランドセイコーを、3つのフェーズに分けて捉えていると語ります。最初のフェーズは、2010年から2015年頃までの“学び”の期間でした。

 「ラグジュアリーブランドを確立するためには、従来のセイコーの売り方とは全く違うコミュニケーションやブランディングが必要だと気づいた5年間でした」と内藤氏は振り返ります。

 単に高品質な時計をつくるだけではなく、そのブランドがどこで生まれ、どんな人々によって支えられているのか。流通のあり方を含め、“感性的な価値”をどう伝えるかが重要だったといいます。

 そして2017年にグランドセイコーを独立ブランド化し、翌2018年にはアメリカ市場の組織体制も刷新。ここから海外市場が急激に立ち上がりました。「海外売上は、この10年で15倍以上になりました」。内藤氏が“拡大期”と位置づける第2フェーズです。しかし、現在はさらに次の段階へ移行しているといいます。

 「2022年に売上のピークを迎えたあと、市場全体が苦戦するなかで、グランドセイコーも若干の停滞期を経て、復調を果たしました。その経験から、我々は一段上のブランド認知を目指しています。“時計マニアではない”という層に、どう魅力を届けていくか。それがいまのテーマです」

 ここで興味深いのは、内藤氏が“時計好きのためのブランド”という枠を、意識的に広げようとしている点でした。

 その施策のひとつが、セイコーグループが推進する「THE GIFT OF TIME」プロジェクトです。日本独自の“時”の感覚や文化を映像として表現し、昨年には高級ホテルのリッツ・パリで上映イベントも開催。VIP顧客を招き、日本文化を背景にブランドへの入口を広げようとしていると言います。

 グランドセイコーは現在、単に高精度な時計ブランドとしてではなく、“日本の時間観を持つラグジュアリーブランド”として認知を広げようとしているように見えました。


大谷翔平起用と背景にあるアメリカ市場戦略

そして、その“第3フェーズ”を象徴する施策のひとつが、2026年4月から本格展開された大谷翔平選手のグローバルパートナーシップです。グランドセイコーにとってアメリカは海外で最大のマーケットであり、現在は同市場への投資を大きく強化していると内藤氏は説明します。

 一方で、大谷選手の認知度については冷静に分析していました「昨日も会場を回っていましたが、ヨーロッパのお客さんの反応は控えめでした。それに対してアメリカのお客さんやメディアは非常に盛り上がる。韓国や台湾、オーストラリアでも同じですね」

 実際、会場での反応も非常に印象的でした。僕がその前日に参加したディナーで韓国のジャーナリストと話した際も、自然と会話は大谷選手の話題になりました。一方で、ヨーロッパ圏の来場者には、確かに内藤氏が語っていたように“まず人物そのものへの説明から始まる”ような場面も少なくありませんでした。

 つまり今回の起用は、グローバル全体を均一に狙ったパートナーシップ戦略というより、“最大市場であるアメリカでブランドを一段引き上げるための施策”として見ると理解しやすいのかもしれません。「アメリカで知名度が上がれば、他のマーケットへの波及効果も期待できます。これが“第3フェーズ”の鍵になります」

 グランドセイコーは現在、“知る人ぞ知るブランド”から、より広いラグジュアリー層へ向かおうとしています。その転換点において、大谷選手は極めて象徴的な存在なのだと思います。


ファイン ビンテージウオッチが示す、ブランドの成熟

グランドセイコー ファイン ビンテージウオッチを扱う銀座・和光。

 個人的に興味深かったのが、「グランドセイコー ファインビンテージウオッチ」の話でした。近年、認定中古は高級時計業界における重要テーマになっていますが、グランドセイコーもまた、自ら過去の製品価値を訴求するフェーズへ入り始めています。「過去の良質な個体を自社で買い取り、公式メンテナンス部門で再生して販売しています」。現在は和光やニューヨークブティックなど一部の店舗のみで展開しているものの、実際には供給が追いついていないと言います。

 「メーカーの基準で集めて整備をして、となると非常に手間がかかるので数が揃いません。ただ、和光の店頭に並べると、すぐ売れてしまうんです」。興味深いのは、それが単なる中古販売ではなく、“メンテナンスして再生する”というやり方で行われていることです。ヴィンテージ市場が成熟するということは、ブランドが“過去”に責任を持ち始めることでもあります。新品を販売するだけでなく、自ら製品価値を再定義し、再流通まで担う。グランドセイコーがそこへ踏み込み始めていることは、ブランドの成熟を示す動きと言えるのかもしれません。

 単に新作を売るだけではなく、ブランドの過去まで含めて価値を語ろうとしている点にも、現在のグランドセイコーの変化が表れているように感じました。


“日本の高級時計”の、その先へ

 Watches & Wonders Geneva 2026の会場で強く感じたのは、グランドセイコーが単に“日本の高品質な時計ブランド”として語られる段階を超え始めていることでした。いま世界の視線は、スイスでもドイツでもない、日本独自のウォッチメイキングそのものへ向けられています。

 その先頭を走るグランドセイコーは、内藤氏の言葉を借りれば、いまは“第3フェーズ”の真っただ中にあります。精度や実用性という従来の強みに加え、日本という文化的背景や時間観まで含めて、ブランドの価値をどう世界へ届けていくのか。その挑戦の輪郭が、今年のWatches & Wonders Genevaではこれまで以上にはっきりと見えたように感じました。