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Embracing tradition and new challenges 伝統を磨き、挑戦へ。クレドール ゴールドフェザーに刻まれた共創の彫金

職人の手が生み出すアートである彫金を用いて、クレドールは薄型ドレスウォッチ、ゴールドフェザーで何を表現するか。それは、デザイナーと彫金師による共創でもある。ゴールドフェザーとしては2作目となるトゥールビヨンモデル、Ref.GBCF997は彫金技術では非常に難易度の高い長い直線を使用し、これまでにない美しい表現を引き出した。

専用の刃物を用いて、金属を彫る工芸技法である彫金。日本では鏨(たがね)という刃物を金槌で叩きながら、シャープで深い彫りをつくるのが一般的だ。一方でヨーロッパでは、バイトと呼ばれる彫刻刀で、柔らかな曲線の彫りを刻むことを得意とする。ヨーロッパの時計ブランドでは、この装飾技法を用いてケースやダイヤルに優美な図柄を彫り込み、アートピースのような腕時計をつくってきた。

 あらゆるディテールに匠の技を取り入れ、The Creativity of Artisansをブランドフィロソフィーとするクレドールでは、日本とヨーロッパの彫金技術両方の特徴を取り入れ、洋彫りをベースにしながら、和彫りを思わせるシャープな光沢を生み出す彫金スタイルを確立してきた。

 それは単なる技法の折衷ではない。和彫りが持つシャープな輝きと、洋彫りが持つ滑らかな線を、腕時計の表情を決めるデザイン言語として磨き上げてきたのである。GBCF997では、その技術の蓄積が、難易度の高い、長く煌めく直線彫金というかたちで一段進んだ。

ゴールドフェザー トゥールビヨン 彫金 限定モデル。

 ゴールドフェザー トゥールビヨン 彫金 限定モデル、Ref.GBCF997はプラチナケースを採用し、ケース厚は8.6mm。搭載するのは手巻きトゥールビヨンムーブメントのCal.6850で、数量限定25本で展開される特別なモデルである。しかし本作の価値は、素材や機構の特別さだけにあるのではない。彫金が、腕時計の表情そのものを決定しているところにこそ本質がある。

 このモデルで目指したのは、誰が見ても新しいと感じられる彫金の表情だった。その手がかりになったのが直線である。曲線を主軸としてきたこれまでの彫金モデルに対し、GBCF997では表側のローマ数字から裏側のムーブメント部品をまたいで放射状に広がる彫金まで、直線が腕時計全体を貫く。その線がつくる多様な“輝きのバリエーション”こそ、The Creativity of Artisansを体現するクレドールらしい表現となった。


図案と刃先が交わるところに、クレドールの美は生まれる

彫金師の小川恒氏。

彫金師の兼﨑遼斗氏。

デザイナーの和田実穂氏。

 直線の彫金は、わずかな歪みも目立つ難易度の高い表現だ。ではなぜGBCF997では、それをここまで多用できたのか。

 「50年を超えるクレドールの歴史を表現するもの、そしてゴールドフェザーとしては2作目となるトゥールビヨンのモデルをつくるにあたって、彫金技法を用いてどのような表情を引き出せるだろうか? と考えました。これまでの彫金モデルは曲線を用いたクラシカルなものが多かったので、もっとモダンな表情にしたかった」と語るのは、デザイナーの和田実穂氏。

 まずはデザインプロセスから見直した。デザイン画を描く前に、宇宙の始まりや爆発、光が放電する様子などのキーワードをいくつか用意して彫金師たちに提案。それに対して彫金師は、彫り方や表現を自由に考えてサンプルをつくった。つまり最初から図案を決めて彫りはじめるのではなく、彫金師の手から生まれる表現を見ながら、デザインの方向性を探っていったのである。その試行錯誤のなかから、“長い直線の彫金”という発想が生まれた。

和田さんが着想を得たという、1970年代製の時計。

 「彫金の伝統と技術を重ねていくなかで、従来は困難とされていた装飾についても、その実現に向けた可能性が見えて来ました。これをぜひ取り入れたい。そう思って直線の彫金を生かしたデザインを描きました」(和田氏)

 漆や七宝のように色彩で見せる表現ではない彫金は、線の太さや深さ、刃を入れる角度によって、どれだけ光の表情を変えられるかが重要になる。和彫りと洋彫りの要素を取り入れたクレドール独自の彫金技法により、クレドールらしい静けさとこれまでと異なった輝きの表現を具現化した、新たなバリエーションへと変換する。それがGBCF997のデザインの出発点となった。

 トゥールビヨンが美しく時を刻むGBCF997は、クレドールの彫金の美学を楽しむ腕時計だ。二層に重ねたダイヤルには、羽毛のように柔らかく細やかな模様を放射状に施すことで、滑らかで絹のような質感を引きだした。そこにシャープな極細のローマ数字インデックスを彫金し、静かな世界に美を加える。このデザインの着想を得たのは1970年代のモデルに採用された繊細なインデックスである。

 「今回、このローマ数字を彫るために、専用の刃物を製作しました。既存のもので作業すると、どうしても安定して綺麗に彫ることができませんでした」と語るのは彫金師の小川恒氏。直線を彫るためのバイトと書体の細部を仕上げるためのバイトを新たに製作して作業したという。

 繊細なインデックスだが、わずかな太さの違いが与える影響は大きい。デザイナーの和田氏はインデックスのローマ数字の太さを0.05mmの単位でこだわり、バイトの刃の形状のアイデアも出し合いながら、最適なバランスを探った。最終的にローマ数字のインデックスは、太い部分が0.3mm、細い部分が0.1mmという非常に繊細な彫り模様となっている。

 「デザインの着想源とした1970年代のローマ数字インデックスは、版でダイヤルにプリントするものでした。しかしその形状をそのまま彫金で表現するのでなく、幅や面の輝きのバランスをていねいに調整しています。細かいところでは、“V”の部分の先端部に、細かく短いセリフ体の装飾を入れています。これまでクレドールでは用いられてこなかったデザインの書体でしたが綺麗にまとまりました」(和田氏)

樹脂のなかにパーツを埋め込んでから固定し、彫る作業に臨んでいるという。

兼﨑氏が実際に使用しているバイト。

 この繊細なインデックスを彫金で表現するために、多くの試作が重ねられた。直線の難しさは、わずかな乱れがそのまま光の乱れとして目に入ることにある。とりわけクレドールの彫金に用いられるバイトは、底面に丸みを持たせることで滑らかな彫りと強い光沢を生む一方、部品との接点が小さく、刃先が不安定になりやすい。美しい光を得るための道具そのものが、直線を彫るには難しい条件を抱えているのだ。

 「彫金は顕微鏡をのぞきながら作業します。普段は刃先を注視し、金属の切粉(削りくず)でバイトの食い込み具合を判断しながら彫っていきます。しかし直線を彫るときはそれではうまくいかなかった。そこで刃先だけでなく、さらにその先の彫る先にも意識を向けるようにしました。すると安定性は良くなり、うまく長い直線を彫れるようになった。それは新たな発見でした」(小川氏)

 足元だけを見ていては、まっすぐ進めない。小川氏の言葉は、直線彫金の難しさをよく物語っている。刃先の一点に集中するだけでなく、その先にある線の行き先まで意識する。視線と意識の置き方を変えることで、直線の安定性を引き出していったのである。

 一方、ムーブメント側の彫金を担当した兼﨑遼斗氏は、まったく別の方向から直線の精度に向き合った。GBCF997の裏側には、トゥールビヨンキャリッジから光の軌跡のように広がる直線が放射状に彫り込まれている。しかもその線は、複数のムーブメント部品と三日月型の飾り板をまたぎながら、一本の線として連続して見えるよう構成されている。

 しかし、それは単純な表裏の対比ではない。表側の静かな表情も、裏側の力強い光の軌跡も、どちらも直線を基調とした彫金から生まれている。繊細さと大胆さ、静けさと内に秘めた情熱を、同じ技術の延長線上でつないでいるところにこのモデルの新しさがある。

 「小川は繊細な表現が得意。一方、私の彫りは力強いのが特徴です。直線を表現することはやはり難しく、彫った先からずれてしまう。そこで彫り始めるスタート地点にバイトを置き、彫り終わりまで正しく向き合えていることを確認してから作業を始めるようにしました。さらに1回の切り込み量をとにかく薄くし、通常であれば2、3回で彫り上げるところを、今回は一度の切り込み量を薄くし、同じ溝に何度も刃を入れ直しながら5、6回かけて少しずつ深さを出すようにしています」と兼﨑氏は語るが、そのためにはとても繊細な技術が求められる。なにせ本作に搭載されるCal.6850は極めて薄く、実際に彫金を施す受けの最薄部は0.25mmしかないのだ。

  「とても繊細で薄いパーツに彫るので、通常であればなるべく手数少なく終わらせたい。しかし今回は、どれだけまっすぐ綺麗に彫れるかが重要であるために、あえて手数を増やしています」(兼﨑氏)

 伝統的なセオリーからあえてはずれても、理想を目指して研鑽を積む。クレドールらしい美しい腕時計をつくりたいという信念だけが、それを可能にするのだ。


“The Creativity of Artisans”が宿る腕時計

1996年2月に発売された、初代スケルトンモデルのGBBD998(販売終了)。

 クレドールにて彫金技法が本格的に取り入れられるようになったのは、1996年の初代スケルトンモデルGBBD998からである。それから30年もの歴史を重ね、技術的にも表現的にも、理想とするレベルへと達している。しかし彫金師たちはそれでも歩みを止めない。

 「どうやって彫ろうかという苦しみは常にありますが、これまでも乗り越えてきた経験がありますから、デザインを見ればどんな方法で彫ればいいのか予測はできます。しかしそのまま進むことはなく、色々思案し、手を動かしながら彫り方を考えていきます」(小川氏)

 メカニズムの部分であれば、コンピューターを使ってシミュレーションを重ねることはできる。しかし彫金の場合は、実際に手を動かさなければわからない。

 「頭に浮かんだイメージで進めても、実際に彫ると見栄えしないことも少なくない。そのたびに違うアプローチを考えて、どうやって見栄えを引き出すことができるのかを試していく。綺麗だなと納得できるものは、手を動かさないと分からないわけです。そこがおもしろいところですね」(兼﨑氏)

 そしてこの腕時計を成り立たせているのは、彫金師の技だけではない。抽象的なイメージをデザインに落とし込むデザイナーの発想、それを刃物の形状や彫り方へと具体化する彫金技術の蓄積、薄く繊細なムーブメントやケースの中にその表現を成立させる開発・設計の知見。企画、デザイン、ケース設計、ムーブメント設計といった社内のつくり手の創造性が重なることで、GBCF997の彫金は単なる装飾ではなく、腕時計の表情そのものになっている。

  「決定後のデザインを彫金師に渡すのではなく、表現や技法の意見を出しながら、より良いものを生み出そうという環境ができています。クレドールの魅力を生かしながら、彫金師たちの力を最大限に引き出すにはどうしたらいいのか。そんな意識をもって、さらに魅力的な腕時計の表現を追求していきたい」(和田氏)

  The Creativity of Artisansとは、彫金師だけにかかる言葉ではない。デザイン、開発、製造、組立に携わるつくり手全体であり、技術そのものから美を設計する姿勢でもある。だからこそGBCF997は、完成した腕時計に装飾を加えたものではなく、彫金表現を起点として腕時計全体の美を組み上げたモデルなのだ。本作は4月に行われたWatches & Wonders Geneva 2026でも披露され、目の肥えた世界中の時計関係者からも高い評価を得た。日本独自のしなやかな感性を匠の技で表現するクレドールは、今なお進化を続けている。

Photos:Yoshinori Eto Styled:​Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda