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サンディ・ヒスロップ(Sandy Hyslop)氏といえば、ここ数十年来のスコッチウイスキー界における最重要人物のひとりといって過言ではないだろう。
英国のリカーメーカーであるシーバス・ブラザーズ社で40年以上、その最前線でマスターブレンダーとして数々の銘柄を担当。文字どおり、ウイスキーフリークたちを心地よく酔わせてきた輝かしい実績を持っている。「ローヤルサルート」「バランタイン」「シーバスリーガル」の代表的なハイエンドコレクションに携わっており、銘柄を挙げるには両の手には収まらないほどだ。
先だって、現場の最前線の職務を後任であるケビン・バームフォース氏に譲り、自身は名誉マスターブレンダーに就任。今後は、まさにブランドの「顔」としての働きが期待されるというわけだ。そんな折、たまさか来日の機会があり、本企画への登場が実現した。
さて、このヒスロップ氏だが、インスタグラム(@whiskyblenderdude)のフォロワーは5万人にも届かんという勢いの人気を誇っており、ちょっとしたインフルエンサーでもある。ここでの投稿を眺めれば、ウィスキーのプロフェッショナルであることはもちろん、時計好きでもあり、また日本好きであることもうかがえ、本企画にも非常に前向きに賛同してくださったのも頷ける。
「ロンドンの自宅には、300本はゆうに超えるコレクションがあるのに、そこから4本を選ぶのは大変でしたよ(笑)」と、微笑むチャーミングな紳士でもあった。
早速、持参いただいたコレクションを見ていこう。
サンディ・ヒスロップ氏の時計4本
1本目 ロンジン 3針金時計 1970年代
一見、マーケットでよく見かけるタイプのロンジンの金時計だ。ところが、ここにはヒスロップ氏が所有すべきストーリーがあった。
「15年くらい前でしょうか。ロンドンのとあるガレージセールに並んでいた一本です。この外観だけでは私は手に入れたいと思うことはなかったかもしれません。どうしても手に入れたかった理由は、裏面にあります」
そう言っておもむろに時計をひっくり返すと、異口同音、その場に居合わせた取材陣が驚きの歓声を挙げたほど。そこに刻まれていたのは「SCOTTISH GRAIN DESTILLERS LTD D.W.PATERSON 1930-1970」という文字。
「まさか同業種の人の名前と職業が刻まれていたとは! これを買う直前、うっかりこの時計から目を離した隙に、別の人が手に取ってしまったんですよ。私は心のなかで“買うのを諦めてくれ、諦めてくれ”と後ろから念じていました(笑)」
しかも、当時の価格にしてわずか100ポンドだったとのこと。もし入手できなければ、すぐに買わなかったことを一生後悔していたに違いにない。
「思いが通じたのか、運がいいことに先客の彼は、裏を見て“なんだ、別の人の名前が彫ってあるじゃないか、じゃあいらない”と、無事に諦めてくれたんですよ! 私はすぐさま、それ買います!って。彼には不要なものでしたが、それが私にとっては最高のギフト。その業界でいまや42年働いた私に巡り合わせてくれたなんて、本当に運命的でした」
時計としては、1970年代のものであろう、極めてオーソドックスなロンジンの金時計。それでも、ヒスロップ氏にはとっても意義深い一本になったという。
「裏蓋に刻まれている年数もちょうど40年。私が働いてきた42年ともほぼ合致していて、この時計を見ると仕事への励みにもなるんです」
2本目 グランドセイコー SBGC231
ヒスロップ氏のインスタグラム投稿を見ると、日本ブランドの腕時計が頻出している。実際に取材当日も、ここで紹介する4本とは別のグランドセイコー スポーツコレクション「ゴジラ」生誕65周年記念限定モデルを着用しており、日本の時計ブランドへの思いが滲み出る。
「時計の正確性において、グランドセイコーのスプリングドライブに勝るものはないでしょう」と語るヒスロップ氏が2本目に挙げてくれたのは、グランドセイコーのスポーツコレクションRef. SBGC231だ。「何より、グランドセイコーを象徴するライオンのたてがみをモチーフにしたダイヤルが美しいですよね。受ける光の角度によって表情が変わります。しかも、我々のローヤルサルート(※編注:シーバス・ブラザーズ社による最高級ブレンデッド・スコッチ・ウイスキー。1953年にエリザベス2世の戴冠式を記念して誕生した、21年以上の熟成を前提とする逸品)のエンブレムもライオンですから、その点でもスペシャルな一本だと感じました」
この時計は、セイコースプリングドライブ誕生20周年の世界500本限定モデル。ローヤルサルートもまた限定された本数で出荷されることも多く、そうした点にもシンパシーを感じた模様だ。
「加えて、このマッシブなデザインからは想像がつかないブライトチタンの軽さも魅力です。日常使いにもストレスを与えない。着用してみてその良さに気づきました」
3本目 オメガ スピードマスター スピードマスター レーシング Ref.3810.61 “ミハエル・シューマッハ”
「2024年にシーバスリーガルが、スクーデリア・フェラーリHPとパートナーシップを結びました。だったら、それと関連した腕時計も入手しておかないと、と思って探したのが、この時計です。決して新たな一本を買うための言い訳じゃないですよ(笑)」
3本目に紹介してくれたのは、オメガ スピードマスター レーシングのミハエル・シューマッハ仕様のフェラーリレッドダイヤルを纏ったモデルだ。
「来日の機会があると私は、滞在時のオフに日本の担当者と一緒に時計店をよく巡るんです。そのときも中野のブロードウェイのとある店舗に、お目当てのこのモデルを見に行きました。店頭には同じものが2本あったんです。“あった、よかった”と。でも、先客がじーっとそれを眺めているんですよね。私も同様に、“先客がどかないかな”と思いながら見つめていました。すると彼が振り向きざま、“これを買いたいのか?”って私に聞いてきました。“バーミンガムからわざわざこれを買いにやってきたんだ”って。なんと彼も英国人だったんですよ。なんという偶然!(笑)。私は、“ちょうど2本あるじゃないか、お互い1本ずつ買って帰ろう”って提案して、実際そうしました」
なぜ、こうも面白いエピソードが時計好きには集まってくるのだろうか。不思議な縁が巡り合わせるものである。そして、話には続きがあった。
「今でも彼とは連絡を取り合ってんるですよ(笑)。腕時計って、時を刻む道具という役割のほかにも、コミュニケーションツールとしても有能ですよね」と、ヒスロップ氏は微笑んだ。
4本目 ジャガー・ルクルト ポラリス マリナーデイト
「この時計に関しては、今までのもののような感動的なストーリーはありませんよ(笑)」と、紹介してくれたのは、ジャガー・ルクルトのポラリス マリナー デイトだ。
「シンプルに、私の美意識を刺激してくれたモデルということです。ブルーのグラデーションダイヤルが非常に美しいですよね。シンプルなラウンドウォッチですが、ラバーのストラップが付いていて、フォーマルでもカジュアルでも着用できるバランスの良さが魅力的だと思います。サイズ感も良好です」
当然、レベルソも所有しているそうだが、このポラリスには思い入れがひとしおだそう。
「ちょっと変な言い方になってしまいますが、この時計は品質の割にマーケットからの評価があまり高くないように感じます。時計好きの人ならお分かりいただけると自負しているんですけど。だから、私は“ポラリス”宣伝部として、改めてこの時計の魅力を宣伝しにきたんです(笑)」
時を刻むという意味で、ウイスキーと時計には共通点がある
サンディ氏が手掛ける中でも最高級のスコッチである「ローヤルサルート タイムシリーズ 55年」。なんと55年もののブレンデッドは85本しかボトリングされず、日本にはわずか2本しか入荷しないという幻の品。
「アンティーク店を営んでいたという父の伝手でたまたま入った」ウィスキー業界だそうだが、これが自身でも驚くほどに性に合っていたのだという。
「ブレンダーの仕事は、これまでの伝統を継承しながらも、自分の感覚に従ってクリエイティブなものを創造することができる。こうした部分は性に合っていると感じます。偉大な歴史のなかで、新製品を生み出すのには責任も伴いますからね」。最初に入社したスコットランド東海岸の田舎町から、大都会であるグラスゴーの会社に移ったのが、大きな転機だったという。
「小さな職場でどんな業務もこなしていたから、グラスゴーではそれが評価されました。ここで自分に自信がもてたので、最終的にはシーバス社でマスターブレンダーにまでたどりつくことができたんだと思います」
ブレンダーとして成功の秘訣を尋ねると「嗅覚と、それを識別できる力、そして、そんな中でもオリジナリティを発揮することが大事」と答えてくれた。そうした繊細な感覚は、ヒスロップ氏の時計選びにも宿っているようだ。そんな彼が時計好きになるのは、アンティーク店を営んでいた父の影響もあれば、何も不思議ではないだろう。
「10歳のころから時計は好きでした。ポケットウォッチから集め始めて、大時計も集めましたね。腕時計が好きなのは、着用して楽しめるところですね。着こなしのアクセントにもなりますしね」
腕時計に関しては、単なるアンティーク趣味を超えていく。
「使うものだと考えると、アンティークウォッチはデリケートだから、そうそう頻繁に着用はできません。ケースにしまい込んでいるだけでは面白くありませんからね。私は、かわりばんこに、好きなものを着用しているんです。今は、投資目的に買う人もいるかもしれませんが、私は違います」
結果、ポケットウォッチやアンティークウォッチから、機械式やクオーツなどの先端的なものまで数えると、コレクションは300本を超えているという。
「妻からはいつも文句を言われていますよ(笑)」
これほどまでに腕時計に惹かれるひとつの理由に、ウイスキーとの共通点があるそうだ。
「ウイスキーは、熟成に時間がかかる飲料です。21年とか55年とか、壮大なストーリーのもとで生まれています。一方で、時計は、文字通り、時刻を示すと同時に思い出も刻んでくれますよね。これまで話した時計がその証拠です(笑)。ウイスキーも腕時計も時を刻む装置なんだと思います」
そして、もうひとつのアイテム 1900年代 携帯式「アナログのサイクス比重計」
最後に紹介いただくワンアイテム。それはやはりウイスキーと関連深いアンティーク品だ。
「なんだと思います? 実はこれ、アルコールの濃度を測る比重計なんです」
顔全体に「はてなマーク」が浮かび上がらんばかりにいぶかる取材陣に対して、ちゃめっけたっぷりに披露してくれた。
「おそらく19世紀に使われていたものでしょうね。正確にはサイクス比重計といって、当時の税務官だったバーソロミュー・サイクスという人が発明した道具だそうです」
シリンダーに計測したいリカーを入れて、銅製のウキを計測したい比率に応じたウェイトをつけて浮かべます。そこで示したメモリから実際の比重を算出するという仕組み。ヒスロップ氏が気に入っているのは、今でも実際に使えるという点だそう。
「まず、携帯式という点が素晴らしい。今、アルコール含有量はもちろんコンピュータで計測できますが、その場合は液体のサンプルをコンピュータのある場所に持ち込む必要があります。ですが、これは、樽のある倉庫に直接出向けば、その場で計測できるんです。携帯式なので。そして、このプリミティブな構造のために、今でも使えるというのがすごいじゃないですか」
ヒスロップ氏が熱くプレゼンテーションをしてくれた。
「私も使ったことがあるかって? 答えはYES。もちろんインスタグラム用ですが(笑)」
時を超えて現役でいる道具に惹かれたヒスロップ氏。心なしか、42年も現役でいたというご自身とも何か重なる部分を感じているのかもしれない。
ローヤルサルート55年と比重計。
最後に名誉マスターブレンダーとして、ヒスロップ氏が我々取材班をもてなしてくれたのだが、ひとくちいただいたのがスコッチウイスキーにおいて超がつくほどの名品「ローヤルサルート タイムシリーズ55年」。熟成に55年もの年月をかけた一本は、世界限定でたった85本で、世界中のコレクター垂涎の品。日本への入荷も2本程度らしく、価格は最高級ブランドのSS3針時計1本でお釣りがくるかどうかというもの。
「私のおすすめは、1対1かそれ以下の少量の水を加えて飲む方法。香りがぶわーっと花開いて、味わいもまろやかに、芳醇なフルーティさのなかにちょっとスパイシーな要素も感じることができるでしょう」
言葉にするには我々のボキャブラリーが追いつかないほどの馥郁としたテイストからは、半世紀以上にもおよぶ長い熟成の歴史が感じられた。
「ものすごい時間を閉じ込めたウイスキーと、時間をともに歩む腕時計。それぞれ“時間”を楽しめるという点で、私を惹きつけてやみません」
時間の価値を知る名誉マスターブレンダーが両者の魅力を発信し続ける。
サンディ・ヒスロップ氏が手掛ける極上のスコッチについてさらに知りたい方は、こちらへ。
Photographs by Cedric Dyraudorian, Words by Masashi Takamura
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