グランドセイコーブティック阪急うめだ本店限定モデルは、2007年に始まり、ユニークな発想を生かした特別仕様はつねに話題を呼んできた。一昨年に発売されたモデル「グランドセイコー ヘリテージコレクション SBGH359 メカニカルハイビート 36000 阪急うめだ本店限定モデル」では、阪急電車の車体色をイメージした“阪急マルーン”と称されるカラーダイヤルを採用し、はたして“時計鉄”という嗜好があるかは不明だが、腕時計愛好家のみならず、鉄道ファンからも注目を集めたことも記憶に新しい。これに続き、今回の新作でも同店にちなんだオリジナリティが入念に検討された。ベースモデルには花筏の文字盤でも人気の高いヘリテージコレクション SBGA443を選び、これを美しいすみれ色に染めたのである。
すみれの花が描く、新たな表情
すみれと聞いて即座に阪急うめだ本店とのイメージは重ならないかもしれない。しかし地元関西や顧客にとっては親しみや愛着を感じさせる花だろう。それは、あの宝塚歌劇団のテーマソング「すみれの花咲くころ」に由来し、さらにその色はイメージカラーとしてロゴやパッケージにも用いられる。こうして広く認知され、愛されているすみれ色を採用したというわけだ。すみれのモチーフは、淡いバイオレットから広がるブルーのグラデーションの花弁に中央のイエローからなる。この色構成を、文字盤、周縁の見返しリングと扇状のパワーリザーブ表示、そしてGSロゴと秒針という3つの部位で表現した。
バイオレットの色相は、宝塚歌劇団の清楚かつ艶やかな雰囲気を湛えつつ、見る角度によってはグレーやブルーのような印象を与え、深みと質感を感じさせる。ソフトな印象にも豊かな表情を見せるのは、風情ある花筏のパターンとの相乗効果だろう。微細な凹凸と光彩によってホログラムのような立体感さえも醸し出すのだ。そこにブルーとのコントラストが躍動感を演出し、アクセントとなったゴールドが全体を引き締めている。
描かれた花筏は、二十四節気の春分が過ぎた頃、風に舞い散った桜の花びらが川の水面を覆う情景を表す。散る桜さえも愛でる儚い美への心情とともに、ゆったりとした季節の移ろいを感じさせるのがスプリングドライブの秒針だ。そのシームレスかつ滑らかな動きに加え、ブライトチタンを採用したケース&ブレスレットの心地よい軽快感も春から移り変わる季節の高揚感をかき立てるのである。
搭載するキャリバー9R65は、2004年にグランドセイコー専用設計のスプリングドライブムーブメントとして誕生し、初搭載された。自動巻きの高効率の巻き上げ機構と72時間パワーリザーブを実現。構成するパーツの立体的な連なりは、スプリングドライブ誕生の地である「信州 時の匠工房」から臨む、穂高連峰や常念山脈といった山々の奥行きを連想させる。ブリッジとローターに刻まれた波目模様は統一され、先進機能ばかりでなく、美観も併せ持つ。高精度と実用性を両立し、熟成を重ねた信頼性からグランドセイコーにふさわしいスプリングドライブのスタンダードムーブメントとして位置づけられている。
昨年グランドセイコーは年差±20秒の高精度と小径を両立した最高峰のスプリングドライブ U.F.A始め、信州の自然や四季の情景と結びつけた詩情溢れる多彩なモデルを発表し、大きな話題を呼んだ。スプリングドライブというグランドセイコー独自の技術革新であり、唯一無二の価値は、日本の技術や審美性を追求するグローバルブランドであるグランドセイコーにおいても存在感を増している。そうした背景からも今回の限定モデルは海外の腕時計好きにも熱い注目を集めることだろう。
62GSの系譜と、花筏から続く色彩表現
左からベースモデルとなったSBGA443と阪急うめだ本店限定モデルのSBGA521。
デザインは、グランドセイコー史上初の自動巻き式として1967年に登場した62GSをベースに、現代的にアレンジした62GS現代デザインを採用する。特徴であるベゼルレス構造とそれによって全面に広がった文字盤、ザラツ研磨による多面体ケースのスタイルを継承し、オリジナルの36mm径に対して40mmへと拡張したサイズに力強く大胆な解釈を施した。ケース側面の縦に流れるような面の連なりに加え、多面をつなぐ境界線も美しい。さらにベゼルレスによるボックス型風防は、多くの光を採り込み、広開口の文字盤をさらに際立たせている。これらを最大限に生かすのが花筏の文字盤である。
オリジナルのグランドセイコー 62GS。
グランドセイコーの文字盤は、日本の四季の情景を文化的背景含め、細かなテクスチャーと色彩で表現し、高く支持されている。今回の阪急うめだ本店限定モデルでは以下のような工程を経ている。まず模様を匠の手作業により細密な金型を製作し、これを用いて文字盤ベースに型打ちする。文字盤形状に切り出した円形プレートに銀メッキを施した後、薄くクリア塗装し、塗料を吹きつける。地の模様を埋めない丁寧な塗布作業に加え、さらにその上にパール塗装を行うことで、凹凸の陰影にも光沢が生まれるのだ。そしてクリア塗装後、平坦面に仕上げて完成する。
こうした型打ち、メッキ、塗装を高度に組み合わせることで繊細な模様と深みのある色彩を実現する独自の技法であり、何層ものレイヤー構成によって見る角度や光によってさまざまな美しい表情を生み出すのである。
新たなすみれ色という調色においても、多くの制作プロセスが重ねられた。構成するバイオレットとブルーの選定から、その組み合わせをカラーパレットで検討。さらに実際の花筏の文字盤にした時にどう映るかを確認するため、数パターンのサンプル文字盤が作られ、最終的には時計として組み上げた状態で検討した。結果、企画から完成までに1年近くが費やされた。それもこれまで培ってきた阪急うめだ本店限定モデルへの期待と満足感に応え、さらにそれを上回る1本を作るという強い意思なのだ。
グランドセイコーと阪急うめだ本店双方の考え方を共有し具現化していく作業は、通常マターとは異なり、多くの刺激や発見がある。そこで得られた新たな発想やデザイン、技術といった知見はより大きなフィードバックにもなるのだろう。
そしてたとえ少量であっても開発と生産ラインを独占し、その上で生まれる、45本という価値と贅沢さは何よりも得難い。同好の士であればわかるさり気なさにも惹かれる。瀟洒なすみれ色に込められた思いとここでしか手に入らないレアな魅力は手に取ってこそ味わえる仕上がりだ。
阪急うめだ本店
店舗イメージ
阪急うめだ本店5・6階は、2026年3月20日、「HANKYU LUXURY」としてリニューアル。その中核を担うのが、6階に誕生する「ウォッチギャラリー」だ。国内外で高い評価を受ける本格時計ブランドを日本最大級の規模で集積し、ハイエンドを中心とした18ブランドがそろう。
その中で、グランドセイコーブティック阪急うめだ本店も新たに生まれ変わる。ブランドメッセージである「Alive in Time」を体現した、現代的で洗練された内装は、匠の技や精緻さ、そして日本独自の美意識から生み出されるグランドセイコー独自の魅力を表現した空間となっている。明るい色調の店内は、柔らかな曲線を描く白い漆喰調の壁と白木を基調としたショーケースで構成されており、じっくりとグランドセイコーの時計を堪能することができる。この機会にぜひ訪れてみてほしい。
【阪急うめだ本店】
・住所: 〒530-8350 大阪府大阪市北区角田町8-7
・営業時間: 10時~20時
Words:Mitsuru Shibata Photos:Tetsuya Niikura, Styling:Eiji Ishikawa(TRS)