1884年の創業以来、常にローマの街並みと美学をブランドのルーツとしてきたブルガリ。永遠の都が育んできた2800年におよぶ歴史のグラデーションは、メゾンのヘリテージ(遺産)と未来を繋ぐ強固なバックボーンとなっている。
今回、コンドッティ通りのブルガリローマ本店を訪れ、過去の貴重な広告アーカイブや名作ジュエリーと対面。さらに、その美学をダイレクトに受け継ぐ今年の最新タイムピース、オクト フィニッシモ 37mmや不変のアイコンであるセルペンティ トゥボガスの新作にフォーカスしながら、ブルガリの根底に流れる “価値の転生” の深層へと潜り込んだ。
マクセンティウス帝のバシリカに眠る「八角形」。ブルガリのデザインはローマに通ず
(左37mm)オクト フィニッシモ 262万9000円 チタンケース、37mm径、6.35mm厚。自動巻き(Cal.BVF 100)、72時間パワーリザーブ、3気圧防水
(右40mm)オクト フィニッシモ 262万9000円 チタンケース、40mm径、5.15mm厚。自動巻き(Cal.BVL 138)、60時間パワーリザーブ、3気圧防水
(すべて税込)
ブルガリのウォッチメイキングにおいて、もっとも建築的な造形美を誇るアイコンがオクトである。誕生から10年以上を経て、あまりに有名になった多面体のフォルムは、ローマのフォロ・ロマーノにいまもそびえ立つマクセンティウス帝のバシリカ(公会堂)に、そのルーツの一旦を見ることができる。
313年にコンスタンティヌス大帝によって完成されたこの巨大なバシリカは、キリスト教を公認した聖堂としての歴史を持つが、その天井を見上げると、世界を圧倒するような美しい八角形(オクタゴン)の装飾が整然と刻まれている。なお、屋根の内側に配されるこのオクタゴンは、木枠を嵌め込んだローマン・コンクリートで整形されている。ローマ人は、生石灰と火山灰に水、骨材を混ぜ合わせ、史上初めてコンクリートを生み出したことでも著名である。
ブルガリにとって、この八角形は単なる図形ではない。古代ローマの調和、幾何学的な均整、そして永遠を象徴する聖なるモチーフである。「ブルガリのデザインはすべてローマに通ず」 を示すように、古代の建築家が天井に凝縮させた美学は、2000年の時を超えてタイムピースのシェイプへと転生を果たしたのだ。
今年、このオクトコレクションに、時計愛好家たちが待ち望んでいた新たな地平が拓かれた。それが、新しい小径サイズとして登場したオクト フィニッシモ 37mmである。
ラグジュアリーウォッチの世界において、単にケースサイズを縮小(サイズダウン)することは容易に思うかもしれないが、オクトにおいては極めて困難な挑戦を意味する。なぜなら、オクト フィニッシモのアイデンティティは、複雑な多面体構造と、驚異的な薄さの黄金比にこそ宿っているからだ。ケース径を37mm(厚みは6.35mm)に絞りながら、従来のフィニッシモが持つ圧倒的な立体感と薄型プロポーションを完璧に両立するためには、イチからすべてを再構築する必要があった。
その限界を突破するための技術的必然として誕生したのが、ブルガリのマニュファクチュールが誇る超薄型自動巻きムーブメント、BVF 100である。このキャリバーは、37mmのタイトな空間で美しいプロポーションを成立させるために新たに設計された、エンジニアリングの結晶そのものである。腕元に収まった瞬間、ローマの建築が持つ堅牢さと、現代のマイクロ・エンジニアリングが美しく調和していることに気づかされる。新時代のムーブメントを象徴するように、控えめだった装飾はより主張を強め、ソレイユ仕上げのコート・ド・ジュネーブが誇らしく放射状に広がっている。
なお、時計についての詳細はこちらの記事で確認いただきたいが、72時間パワーリザーブという現代的スペックにこだわりながら小径化を果たしたことには脱帽である。
広告アーカイブから読み解く「マチュアな美」
ブルガリローマ本店には、メゾンの歴史を語る上で欠かせない催しが行われている。2026年春に取材で訪れた際は、「イメージの天才(The Genius of Images)」と題された貴重な広告アーカイブが展示されていた(9月末までの予定)。1960年代から70年代にかけて展開されたビジュアルを前にしたとき、僕たちはブルガリが歩んできたもう一つの素材の革命を知ることになる。
当時、ゴールドやプラチナといった貴金属をメインストリートとしていたハイジュエラーの世界において、ブルガリは非常に珍しい試みに打って出た。それが、高級素材の常識を覆すステンレススティール(SS)とゴールドのコンビネーションの導入である。
当時のjet-set(富裕層)の上顧客たちは、旅やバカンス、そして日常のあらゆるシーンでアクティブに過ごすなかで、「金庫に眠らせる宝飾品ではなく、より日常的に、カジュアルに着けられるエレガントなジュエリー」を求めていた。その声に応えるため、ブルガリはごく限られた数だけ、SSとYGを巧みに組み合わせたラグジュアリーなピースを製造したのだ。
ジュエラーとしてはタブー視されかねないSSを、美しく磨き上げ、イエローゴールドの艶やかな輝きと対比させる――。それは、それまでにないジュエリーとしての在り方を創造したイノベーションの瞬間だった。衣服を脱ぎ捨てて素肌を晒すように、形式ばったエレガンスから解き放たれたカジュアルな休息を愉しむ、大人のためのマチュアな美学。この大胆な素材使いのDNAこそが、現代のウォッチメイキングにおける素材開発(チタンやセラミック、あるいは薄型化への挑戦)の源流となっているのだと感じた。
1970年代の広告ビジュアルとネックレス。古代のコインを用いてジュエリーとするモネーテも独自色あふれるコレクション。ブルガリのクラフトマンシップによって、希少な遺産が確実に未来へとつながれていく。
セルペンティ トゥボガス:転生のメタファー
この「SS×ゴールド」という70年代の輝かしい素材使いへのストレートなオマージュとして発表されたのが、新作のセルペンティ トゥボガス、およびリングやブレスレットのジュエリーコレクションである。
蛇(セルペンティ)は、脱皮を繰り返して永遠の若さを保つことから、古代ローマより再生や転生のメタファーとして愛されてきた。そして、金属製のガス管に着想を得たしなやかなブレスレット、トゥボガス。バネ性のある金属ブレードに、職人の手仕事によってゴールドとSSの帯を精密に巻き付けていくこの技法は、ブルガリのサヴォアフェールの真髄である。
時計:セルペンティ トゥボガス 239万8000円 SS ケース+YG、35mm径、クォーツ、3気圧防水
ブレスレット ブルガリ トゥボガス SS x YG 52万1400 円、リング ビー・ゼロワン SS x YG 31万1300円(すべて税込)
1972年のブルガリ トゥボガス。当時は、他社のムーブメントがブルガリのトゥボガスに搭載されていた。
新作のSS×18KYGのコンビモデルは、70年代のアーカイブビジュアルに描かれたマチュアな女性たちのエレガンスをそのまま現代へと蘇らせている。「変わらぬこと、変わり続けること」。伝統的な意匠をただなぞるのではなく、現代の洗練された装着感へと昇華させるプロセスは、まさにアイコンの脱皮(転生)そのものと言える。
変わらぬこと、変わり続けること
ローマのインスピレーションが、ブルガリのジュエリーに息づいている。その代表作が、ローマの光と色彩をテーマにしたディーヴァ ドリームである。
デザイン背景を語る上で極めて重要なソースが、西暦216年にカラカラ帝によって建設された「カラカラ浴場」に遺された広大なモザイクタイルだ。当時のカラカラ浴場は、単に身体を洗うためだけの場所ではなかった。1600人もの人々を一度に収容できたとされるその巨大な空間には、冷浴場(フリギダリウム)、温浴場(テピダリウム)、熱浴場(カルダリウム)といった入浴施設のほか、図書館、ジム(パライストラ)、そして広大な庭園までが併設されていた。そこは、ローマのあらゆる階層の市民が集い、議論を交わし、芸術を愉しむ、まさに民衆の社交場(またこうした娯楽を市民に提供できるか否かが皇帝の権威の象徴でもあった)そのものであった。
この贅を尽くした空間の床や壁面を埋め尽くしていたのが、精緻なモザイクタイルである。大理石や着色ガラスの断片を組み合わせて描かれた、扇型(扇状のモチーフ)や魚の鱗のような幾何学模様は、水飛沫や差し込む太陽光を浴びて、刻一刻と表情を変えた。古代の職人たちは、静止した床に動きと光の揺らぎを表現するために、このモザイクを敷き詰めたのではないか。
ノッテ ステラータ ディーヴァ ドリーム ハイエンドウォッチ 価格要問い合わせ WGケース(ダイヤモンド+サファイア)、38mm径、手巻き(Cal.BVP100 ピコリッシモ)、非防水
かつて、民衆の熱気を見守った扇型のモザイクタイルからインスピレーションを得て、現代のジュエリーウォッチへとトランスフォームさせたのがディーヴァ ドリームなのである。カラカラ広場の床に描かれたタイムレスな幾何学模様を、ジュエリーとしてのシェイプや文字盤の上で現代的なグラフィックへと昇華させ、ローマの光そのものを腕元に閉じ込める。これらすべてのクリエイションは、過去の遺産を未来へ繋ぐ「価値の連鎖」として、いまもなお鮮烈に響き渡っている。
未来へ繋がる「価値の連鎖」
2800年前から始まったとされるローマの歴史は、決して平坦なものではなかった。カラカラ浴場で繰り広げられた市民の饗宴、コロッセオのアレーナ(砂)の上で血を流したグラディエーターの戦い。そして1870年のイタリア統一を経て、ローマは常に形を変えながら生き抜いてきた。
パンテオンの天窓から差し込む光が、いまも昔も変わらずローマの街を照らし出すように、ブルガリというブランドが持つ圧倒的なダイナミズムもまた、このローマの歴史と地続きである。過去のアーカイブや伝統を神聖化して金庫に閉じ込めるのではない。70年代にSSをジュエリーに持ち込んだような逆転の発想、そしてカラカラ浴場の床に眠るモザイクをモダンなジュエリーへと転生させる独自の審美眼を以て、自らを絶えず更新し続ける。
オクト フィニッシモ 37mmが示した緻密な幾何学の美、そしてセルペンティ トゥボガスやディーヴァ ドリームが放つタイムレスな官能性。永遠の都ローマの鼓動とシンクロしながら、ブルガリの描く未来の光は、これからも僕たちの時代を眩しく照らし続けてくれるに違いない。
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