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※本記事は2026年6月12日に執筆されたUS版の翻訳です。
6月15日(月)にサザビーズ・ニューヨークのオークションでロット71が落札されれば、約60年前にフランスで始まった物語にひとつの句点を打つことになります。ロット番号は、映画『栄光のル・マン』が公開された1971年にちなむものでしょう。スティーブ・マックイーンとこの映画をめぐる物語は、この半世紀にわたって繰り返し語られ、ひとりの男を伝説へと押し上げると同時に、ふたつの業界にも大きな影響を与えてきました。いまや定説と言って差し支えないほど広く知られた話ですが、その物語は完全なものではありませんでした。しかし今回、撮影終了後も数十年にわたり保管されていた、映画のプロップマスターの文書群がついに真実を明らかにしたのです。そして、最後の時計が月曜日にオークションに出品されるのです(編注;現在オークションは終了し、64万ドル/日本円で約1億円で落札)。
スティーブ・マックイーンが映画『栄光のル・マン』(1969年ごろ)で着用したホイヤー モナコ Ref.1133Bが、サザビーズのオークションに出品。Photo courtesy of Sotheby's
1960年代はホイヤーにとって重要な10年間でした。1962年にオータヴィア、1963年にカレラ、そして1969年にモナコを発売。モナコは、この年に発表された3つのクロノグラフの最後を飾るモデルであり、いずれもホイヤーとブライトリングが共同開発したムーブメント Cal.11を搭載していました。Cal.11はビューレンのマイクロローターをベースに、デュボア・デプラ製クロノグラフモジュールを重ね合わせたもので、市販された初のスイス製自動巻きクロノグラフとなりました。
オータヴィアとカレラは、このタイミングでケースデザインが刷新された一方、モナコは全くの別物でした。EPSAからの特許取得済みのスクエアケースを採用した完全な新作であり、世界初の防水性能を備えたスクエアケースのクロノグラフとして誕生しました。角張ったケースフォルム、虹色に輝くブルーダイヤル、9時位置のリューズ、そして一体型ブレスレットを思わせるNSA製ブレスレット。当時の時計としては、ひときわ異彩を放つ存在でしたが、当初はその個性が裏目に出ました。モナコはホイヤーのラインナップのなかでも、オータヴィアやカレラに次ぐ存在にとどまり、同年に発売された自動巻きクロノグラフのライバルであるゼニス エル・プリメロ A386やセイコー Ref.6139とも大きく異なっていました。
スタンリー・キューブリックが映画『時計じかけのオレンジ』の撮影現場でモナコを着用。Photo via Getty Images
時が経つにつれ、もちろん風向きは変わりました。流行は逆転し、オスカー・ピーターソン、サミー・デイヴィスJr.、スタンリー・キューブリックなど、当時の各分野を代表するアーティストたちがモナコを着用する姿が見られるようになり、モナコの人気は再び高まったのです。そしてスティーブ・マックイーンが登場し、その後のことは誰もが知るところでしょう。
Photo courtesy of Sotheby's
時計業界で起こっていることと並行して、映画界でももうひとつのレースが繰り広げられていました。1966年、ジョン・フランケンハイマーはジェームズ・ガーナー主演のF1映画『グラン・プリ』を製作。この作品はマックイーンが『栄光のル・マン』で実現しようとしていたこと、つまり長年彼を魅了してきた24時間レースを題材にした映画を製作するという構想を、まさに体現していました。
1970年に本格的な撮影が始まると、プロップマスターのドン・ナンリー(Don Nunley)氏はマックイーンのために、ロレックス、ロンジン、オメガなど、さまざまな時計をテーブルに並べました。そして最終的に彼が選んだのがモナコだったのです。実は、そのときまでマックイーンはこの時計の存在すら知らなかったそうです。スイス人のF1ドライバーでホイヤーのアンバサダー、そしてポルシェ917でマックイーンのコーチを務める2人のレーシングドライバーのうちのひとりであるジョー・シフェールは、すでにレーシングキットにホイヤーのロゴを付けていました。こうしてコーチの足跡をたどるように、マックイーンもホイヤーを選び、その瞬間にモナコは“あのモナコ”になったのです。
請求書の中央に6つの“Ref.1133B”が記載されています。Image courtesy of Sotheby's
時は流れ現代。その物語の裏付けとなる文書記録が少しずつ姿を現し、それを長年かけて丹念につなぎ合わせたのが、タグ・ホイヤーのヘリテージディレクター、ニコラス・ビーブイック(Nicholas Biebuyck)氏です。これまで語られてきたこの逸話は、インタビューや回想録、関係者の証言といった二次資料に依拠するものでした。しかしビーブイック氏が今回まとめ上げたのは一次資料です。1970年6月26日付の発送伝票(実質的には納品書)には、映画の撮影現場へ自動巻きクロノグラフ20本が送られたことが記されています。それにはモナコモデルが9本、ブルーダイヤルが6本、グレーダイヤルが3本含まれていました。これらの時計は当時ホイヤーの社員だったゲルト・リュディガー・ラング(Gerd-Rüdiger Lang)が、自身の車でフランス国境を越えて運びました。ジャック・ホイヤーは税関での面倒を予想し、ラングに申告しないように指示していました。しかしラングは止められ、罰金を科せられたそうですが、それでも時計を無事に現場へ届けたのです。
ナンリー氏からの公証済みの来歴証明書。Image courtesy of Sotheby's
撮影が終わると、ジャック・ホイヤーはナンリー氏に時計を贈り物として配るように言いました。この決定はのちにマックイーンが、自身のイメージがブランドと非公式に結び付けられていることに激怒し、何が起こったのかを知ったときに摩擦を生むことになりますが、ナンリー氏はクルーが割引価格で時計を購入したとマックイーンに説明することで事態を収拾。その後数日のうちに30ドル、50ドル、70ドル(当時のレートで約1万、約1万8000、約2万5000円)の小切手がビエンヌに少しずつ送られてきました。6本のブルーダイヤルのうち、現在までに来歴が確認されていないのは1本だけです。2020年12月にフィリップスを通じてハイグ・アルトゥニアン(Haig Altounian)氏が売却した個体はケース番号が公表されていないため、記録上、唯一その正体が確定していない1本として残されています。
Photo courtesy of Sotheby's
今回の資料によって、ブルーダイヤルのモナコ Ref.1133Bについては、撮影由来として来歴をたどれる7本の存在が確認された。ケース番号はいずれも159000番台から160000番台前半に集中しており、これはマックイーンのモナコの象徴となったマットブルーダイヤルへホイヤーが切り替えた1970年初頭の生産時期と一致しています。今週末、サザビーズに出品されるケース番号159381の個体は撮影終了後にプロップマスターのドン・ナンリー氏が保管し、その後、個人コレクターへ売却したもの(編注;オークションは6月15日に終了)。そしてナンリー氏自身の証言によれば、“映画の撮影中も現場でも、スティーブ・マックイーンが最も頻繁に着用していた時計”であり、その内容を記した公証済みの宣誓供述書も付属します。時計そのものは、ニコラス・ビーブイック氏の言葉を借りれば、““使い込まれた佇まいがひと目でわかる”状態で、傷や使用痕が見られ、さらに“大きな打痕”も残されています。その傷跡が、“キング・オブ・クール”ことスティーブ・マックイーンがポルシェ917で何周も走り込みながらシフトチェンジを繰り返した際に付いたものだったとしたら、と想像せずにはいられません。
Photo courtesy of Sotheby's
これはナンリー氏が所有していた時計として市場に出る最後の1本であり、そのことからも彼がとりわけ大切にしていた個体だったのではないかと思われます。さらに、この個体をほかの出品例と一線を画すものにしているのがその圧倒的な資料性です。ナンリー氏による公証済みの来歴証明書をはじめ、彼とジャック・ホイヤーとの書簡、そしてニコラス・ビーブイックが整理した撮影終了後の時計の所在を正確に時系列で把握できる一次資料が揃っています。
「そもそもこの時計自体素晴らしいのです。デザインも素晴らしく、Cal.11の技術も素晴らしい」とビーブイック氏は語った。「しかしそこへスティーブ・マックイーンと映画『栄光のル・マン』というロマンが、いわばロケット燃料のように加わることで、その時計は全く別次元の存在になります。来歴がもともと特別な時計にどれほど大きな価値を重ねるのか、その意味が見えてくるのです」
Photo courtesy of Sotheby's
ル・マンの来歴を持つ最後のモナコは、2024年12月にサザビーズで約140万ドル(当時のレートで約2億1000万円)で落札されました。今回の推定価格は50万ドルから100万ドル(日本円で約8000万~1億6000万円)ですが、付属する書類の質、そしてマックイーンが映画全編および撮影現場で最も頻繁に着用していた時計であることをナンリー氏が公証した証明書があることから、それ以上の価格になると思われます。さらに現在のF1を取り巻く追い風も見逃せません。F1人気はいま文化的な盛り上がりの頂点ともいえる状況にあり、先週末には見応えあるモナコグランプリが開催されたばかりです(編注;本記事は2026年6月12日に執筆されたUS版の翻訳であり、モナコグランプリ決勝は6月7日に開催されました)。タグ・ホイヤーが再びF1の公式タイムキーパーを務めていることも、この時計への注目を後押しする材料となるでしょう。そうした状況を踏まえれば、2024年の結果を上回る落札価格になっても不思議ではありません(編注;現在オークションは終了しており、64万ドル/日本円で約1億円で落札)。
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