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The Aesthetic of Purism ブレゲ 新しいトラディションが示すネオ・ブルータリズム的構造美

オフセンターのダイヤルとむき出しのメカニズムを持つブレゲの「トラディション」。アバンギャルドな時計にも見えるが、そこにはブレゲの歴史と文化、伝統が詰まっている。この人気モデルが2026年に生まれ変わった。そのテーマはブルータリズム。荒々しいコンクリートの建築様式と高級時計には、どのような共通項があるのだろうか?

“天才時計師”。時計ブランド「ブレゲ」の創始者であるアブラアン-ルイ・ブレゲのことを、誰もがそう称える。確かに初代ブレゲは、トゥールビヨンに代表される数々の複雑機構を発明してきた人物であるが、自動巻き機構「ペルペチュエル」や衝撃吸収装置「パラシュート」といった実用的な部分でも時計を進化させてきた。そういう点でも偉人である。その哲学は今も継承されており、さまざまな技術を革新しながら、時計を未来へと進めていく。それこそが現代のブレゲの指針となる。

 前進するブレゲの今を象徴するのが、「トラディション」である。2005年にデビューしたこの時計は、懐中時計「スースクリプション」のメカニズムを継承しており、12時位置にオフセットした時刻表示は、1799年に開発した「モントレ・ア・タクト」へのオマージュである。ほかにもさまざまなブレゲらしさを取り入れており、“ブレゲのすべて”を感じることができる。


ブルータリズムの視点で再構築された新しい「トラディション」

再構築された新しいトラディション。それを読み解くキーワードが、ブルータリズム(Brutalism)である。ブルータリズムとは、1950年代から60年代にかけて世界的に広まった建築様式だ。装飾を排し、打ち放しのコンクリートや鉄、ガラス、レンガなどの素材をそのまま剥き出しにして見せた、武骨ながら頑強で機能的な建物のことを指す。荒々しく奇抜にも見えるが、それは鉄筋コンクリートの自由度と機能性を生かした建築様式であり、むしろ目的に対して誠実に向き合った結果ともいえる。

南仏マルセイユ郊外にある「ユニテ・ダビタシオン」。18階建ての巨大な集合住宅でありながら、1階部分はピロティになっており、重厚さのなかに軽やかさを加える。ル・コルビュジエが手がけたブルータリズム建築の代表作。Photo : Aflo

 このブルータリズムの始まりのひとつが、20世紀の巨匠建築家ル・コルビュジエである。ダイヤル職人の息子として時計の街ラ・ショー・ド・フォンに生まれた彼は、キャリアの後期、フランス・マルセイユに巨大な集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」を設計した。1952年に完成すると、そのコンクリートの粗い肌面をそのまま表す彫刻的な表現が、新鮮で魅力的に受け止められた。そして、その荒々しさと存在感のある建築様式から、“野蛮な”といった意味を持つ“ブルータル(brutal)”が転じて、ブルータリズム(Brutalism)と呼ばれるようになった。このブルータリズム建築と腕時計のトラディションに、どのような共通項があるのか? そしてそれを腕時計に取り入れるとはどういうことなのか?

 トラディションの最大の特徴は、12時位置に時刻表示をセットすることで、空いた場所に、懐中時計スースクリプションのムーブメントからインスピレーションを得たメカニズムを組み込むところにある。その輪列や調速脱進機は左右対称にレイアウトされ、構造そのものを美しい表現としてとらえる。さらにムーブメントの地板部分の装飾性は排除され、シンプルな梨地のグルネイユ仕上げとなっている。

 それは均等な構造美や仕上げをそのままむき出しにすることで、機能的な美しさを際立たせるブルータリズムとも共通する美意識である。また、テンプ受けと2番車の受けが同じ形で設計され、輪列を構成するパーツたちをシルバーで構成する。その秩序ある構成がリズムを生み出し、輪列そのものが美しい装飾として目に飛び込んでくる。こうした点も、コンクリートやスティールの素材感をそのまま表現し、構造を美しく表現したブルータリズムに通じる。前述のとおり、ブルータリズムは建築運動を源流とする表現だが、装飾を排し、構造そのものを意匠として提示する姿勢は、建築に留まらず、現代においては“骨格を見せるデザイン”として、WEBやプロダクトの領域にも転用され、身近に見られる。

トラディション 7037

(左)Ref.7037PT/N9/5V6 837万1000円(税込) 

(右)Ref.7037BB/YB/5V6 761万2000円(税込)

Ref.7037PT/N9/5V6はプラチナ950ケース、ブラックラバーストラップ(プラチナ製ピンバックル)。Ref.7037BB/YB/5V6は18Kホワイトゴールドケース、ブルーラバーストラップ(18KWG製ピンバックル)。ケース径38mm、厚さ12.7mm。3気圧防水。自動巻き(Cal.505SR/直径32.8mm、厚さ6.31mm、2万1600振動/時、約50時間パワーリザーブ)。

 新しくなったトラディション 7037は、歴史的なブレゲスタイルへとさらに近づくために、ダイヤルの数字インデックスをブレゲ数字に変更し、その盤面に伝統的なグラン・フー エナメルを施す。ブレゲが得意とするギヨシェ彫りは、時計の中央部に半分隠れるようにセットされた香箱のみにスネイル模様があしらわれている。

 こういった歴史を背景とした継承は、ブレゲらしいテクニックを今に伝えると同時に、現代のスタイルにもなじませている。ブルータリズム建築は、その規模感からも官公庁など公の建物に用いられることが多かった。それらは今も地元のランドマークとして機能しており、時代を超える価値があるという点においても、トラディションとブルータリズムは似ているのだ。

 そして近年、このブルータリズムを軸に、現代的なデザイン要素を加える表現手法として「ネオ・ブルータリズム」が注目されるようになった。ネオ・ブルータリズムは、ブルータリズム建築が持っていた“素材・構造・機能を隠さない”という思想を、現代のデザイン文脈で再解釈したスタイルだ。現在は建築というよりも、むしろユーザーインターフェース(UI)やグラフィック、インテリアの領域で、荒々しさ・強いコントラスト・大胆な形・反装飾性などを示す言葉として広く使われている。

 その背景には、過度に滑らかで均質化したデザインへの反動がある。ホテルやレジデンス、あるいはスマートフォンやSNSなど、多くの空間やUIが“上質・ミニマル・清潔”に寄りすぎた結果、逆に記憶に残りにくくなった。その反動として、粗さ、重さ、素材感、構造の露出が再評価されていると言える。

 そして単に無骨なデザインということではなく、素材そのものを生かす仕上げ、構造の率直さ、装飾を避ける姿勢に現代的な真正性や、地に足のついた美と強さを見いだし、そこにビビッドなカラーやダイナミックなデザイン、そして可読性や視認性といった実用的な側面を加えて提示する現代的なスタイルとして解釈されたのが、ネオ・ブルータリズムだ。

トラディション GMT 7067
Ref.7067PT/NM/5W6 1057万1000円(税込) 
プラチナ950ケース、ブラックラバーストラップ(プラチナ製ピンバックル)。ケース径40mm、厚さ12.1mm。3気圧防水。手巻き(Cal.507DRF/直径32.8mm、厚さ7.51mm、2万1600振動/時、約50時間パワーリザーブ)

 これは深みのあるグリーンのグラン・フー エナメルを用いたトラディション GMT 7067やケース素材にローズゴールドを用いたトラディション オートマティック レトログラードセコンド 7097、ベゼルに25個のダイヤモンドをセッティングしたトラディション 7038にも共通する美学である。

 機能的で端正なデザインのなかに華やぎを加え、新たな魅力を生み出す。また新しい素材やカラーをミックスすることで、より構造の美しさや素材の質感を際立たせるというのも、ネオ・ブルータリズムにつながる表現だ。

トラディション オートマティック レトログラードセコンド 7097
Ref.7097BR/GB/3WU 727万1000円(税込) 
18Kローズゴールドケース、グレーカーフレザーストラップ(18KRG製ピンバックル)。ケース径40mm、厚さ11.8mm。3気圧防水。自動巻き(Cal.505SR1/直径32.8mm、厚さ6.3mm、2万1600振動/時、約50時間パワーリザーブ)

トラディション 7038

Ref.7038BB/N9/7V6D0 851万4000円(税込) 
18KWGケース、サテン仕上げのブラックファブリックストラップ(25個のダイヤモンドを配した18KWG製ピンバックル)。ケース径37mm、厚さ11.6mm。3気圧防水。自動巻き(Cal.505SR/直径32.8mm、厚さ6.3mm、2万1600振動/時、約50時間パワーリザーブ)


歴史を読み解き、未来へと再解釈を進める

端正なデザインが多いブレゲの時計たちのなかで、トラディションは、かなり際立った個性を持っている。しかしそこにはブレゲ数字やグラン・フー エナメルなど、ブレゲらしい記号性がしっかり取り入れられ、バランスよくまとまっている。

 さらに単に装飾を凝らすのではなく、ムーブメントの構造そのもので、美しい物語を構築するのも特徴だ。表面にほぼすべての輪列が見え、そしてシースルーバック越しには初代ブレゲが考案した自動巻き機構「ペルペチュエル」からインスピレーションを得た半月型のローターがセットされるのみ。その何も隠さぬ潔さも、時計の魅力となっている。

 ブレゲがこの時計で示したのは、美しい時計というのは、構成する部品さえもすべてが美しいということ。しかもそれは構造や配置、形のひとつひとつに表れている。まさにブルータリズム、ネオ・ブルータリズムが建築やデザインの世界で表現したものだ。

 ブレゲの時計たちは、いつだって“もしもこの時代にアブラアン-ルイ・ブレゲが生きていたら、彼はどんなものを発明しただろうか?”という想像から始まる。

 クラシカルなドレスウォッチや秀麗なレディスウォッチ、そしてメカニカルなパイロットウォッチなど、初代ブレゲから継承される伝統を比較的わかりやすいかたちで表現したのが今のブレゲだ。しかしトラディションは、そういった伝統を再解釈し、新たに組み上げることから始まった。この時計は、ブレゲの歴史をどのように表現しているのかというマクロな視点と、輪列の配置や簡素ながらも美しい仕上げといったミクロの視点の両方から味わうべきだろう。歴史と伝統に彩られたブレゲの魅力を、違った角度から発見できるに違いない。


トラディション ギャラリー

Words:Tetsuo Shinoda Photos:Yuji Kawata Styled:Eiji Ishikawa(TRS)