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傷と記憶を刻んだ、僕のロレックス サブマリーナー

山へ、海へ、そしてヨットのデッキへ。ダイバーズウォッチを専門とするジャーナリスト、ジェイソン・ヒートンの腕には、いつもロレックス サブマリーナー Ref.14060Mがあった。16年間の冒険が刻んだ傷と、失うリスクを引き受けて時計を使うことの意味を綴る。

HODINKEE Japanでは2026年7月27日(月)から8月2日(日)まで、Divers Watch Week 2026としてダイバーズウォッチに焦点を当てた特集を公開している。このウィークのために用意した新規取材記事や編集部員による動画企画まで、サイト上で毎日配信していく予定だ。すでに公開されたコンテンツについてはこちらから確認して欲しい。

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時計の価値が、そこに刻まれた記憶によって決まるのだとすれば、私のロレックス サブマリーナーはプライスレスだ。

 時計を集め始めてまだ数年だったころ、私は40歳の誕生日を記念して、デイト表示を持たないサブマリーナー、Ref.14060Mを購入した。その時計は販売店のショーケースの奥で埃をかぶっていた。スティール製のロレックスのスポーツウォッチにウェイティングリストが当たり前となった今では、まず考えられないことだ。

 その2年ほど前にスキューバダイビングを始めていた私は、この時計を水中でも使うつもりでいた。だが、その後どれほど多くの冒険をともにすることになるのか、そのときは知る由もなかった。

大切なのは時計そのものではなく

それを着けて何をするかだ

– ジェイソン・ヒートン

 時計を集めるようになって以来、これはずっと私の信条であり続けている。そして、ダイバーズウォッチを専門とするジャーナリストとして、私は実際に時計を腕に着け、さまざまなことを経験してきた。

 レビュー用の時計を借りていないとき、自分の時計のなかから何を選ぶのかとよく聞かれる。私には探検に携えていったものや、特別な日に着けてきたものなど、思い入れの深い時計が何本かある。だが、これから忘れがたい記憶が生まれそうなとき、私が手に取るのはいつもこのロレックス サブマリーナーだ。

 ケースバックに刻まれた40歳の誕生日の日付は、この時計の物語、そして私の腕の上で続いてきた旅の始まりにすぎない。結局のところ、誕生日を迎えること自体は、それほど大した冒険でも、何かを成し遂げた証しでもない。だから、2010年4月15日という日付はあくまで出発点だ。ケースに増えていった傷のひとつひとつが、その後の時間を刻む目盛りとなっている。

 その時間軸には、氷河に覆われた標高約4000mのレーニア山への登頂(2013年)、ニュージーランドのミルフォード・トラックでのハイキング(2014年)、沈没したHMSハーミーズへのダイビング(2019年)、そしてサンフランシスコ湾のレガッタでセールを揚げた経験(2014年)が刻まれている。

 最後の冒険で、この時計には今も残る最も大きな傷がついた。そしてそれは、おそらく最も記憶に残っている傷でもある。

 ヨットのフォアデッキで、私は必死にメインセールのハリヤードを引いていた。そのとき、手首がワイヤーステイに引っかかった。その刹那にベゼルが時計からもぎ取れ、海へ落ちてしまったものと思った。

 ところがレースを終えると、クルーのひとりがポケットに手を入れ、そこからベゼルを取り出した。私はラチェットスプリングがないまま、ベゼルを元の位置にはめ戻した。こうして両方向に回転するようになったベゼルは、それ以来、あの出来事と劇的な冒険を思い出させるものとなった。

 あの日、私はロレックスを失くしていてもおかしくなかった。レーニア山の斜面を、ピッケルをまたぐようにしてグリセードで滑り下りていた最中にクラスプが開いたときも、ダイビングの準備中にボートのデッキで腕から外れたときも同じだ。

 この16年間、私のお守りであり、記憶を預かってきたサブマリーナーを失ったら、悲しいだろうか? おそらく、悲しいだろう。

 しかし、失うかもしれないというリスクも、危険を承知でこの時計を使い続けるという信条もまた、人生そのものを象徴している。いくらかのリスクを冒し、自ら世界へ踏み出さなければ、人生をかけがえのないものにしてくれる記憶は生まれない。この時計は、そのことを私に思い出させてくれるのだ。

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