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HODINKEE Japanでは2026年7月27日(月)から8月2日(日)まで、Divers Watch Week 2026としてダイバーズウォッチに焦点を当てた特集を公開している。このウィークのために用意した新規取材記事や編集部員による動画企画まで、サイト上で毎日配信していく予定だ。すでに公開されたコンテンツについてはこちらから確認して欲しい。
1965年に発売された、セイコー 62MAS。Photo courtesy Seiko.
セイコーが国産初のダイバーズウォッチを発売したのは1965年のことだ。コレクターのあいだで「62MAS」と呼ばれるその時計は、翌年から南極観測越冬隊の装備品として採用された。海で使うために生まれた時計が、早くも極地へ向かったのである。
もっとも、南極との接点は初代ダイバーズの登場より前から始まっていた。セイコーによれば、1966年のダイバーズ寄贈以前から腕時計類を提供しており、現場からは精度、頑丈さ、防水性、夜光といった要望が寄せられていた。それらは初代ダイバーズにも盛り込まれたという。過酷な極地で使い続けるために、時計には何が必要なのか。初代ダイバーズは、その現場の声を取り込みながら設計された。
1967年を助走に、1968年のハイビートへ
次の焦点は、より本格的なプロフェッショナル仕様への移行だった。1967年には300m防水の6215-7000が登場する。ワンピースケース、手首への干渉を抑えながら操作しやすい4時位置のリューズ、ガラスを胴へ固定するねじリング、クリック感を持つ回転ベゼル。文字盤では12・3・6・9時位置を際立たせ、方位を瞬時に読み取りやすいレイアウトとした。これらは現場を起点とする設計の一例である。
1968年に発売した、300m空気潜水用モデル。Photo courtesy Seiko.
1975年に発表された600m飽和潜水用モデル。Photo courtesy Seiko.
そして1968年、セイコーは10振動のハイビートムーブメントを搭載した300m空気潜水用モデルへ到達した。1965年モデルが海への入口だったとすれば、1968年はセイコーダイバーズがプロフェッショナル向けの実用機として大きく前進した年だ。流れるようなケースシルエットと4時位置のリューズは、半世紀以上を経た現在のマリンマスターにも受け継がれている。
1968年モデルから7年後、セイコーダイバーズはもう一段深い領域へ踏み込んだ。1975年に発表された600m飽和潜水用モデルである。きっかけとなったのは、当時市販されていたダイバーズウォッチでは300m以深の実用に耐えられないという、プロフェッショナルダイバーからの手紙だった。その開発の発端は、1968年に服部時計店へ届いた要望が書かれた一通の手紙だった。差出人は、日本海洋産業株式会社に所属し、石油掘削船で飽和潜水に従事していたプロダイバー、大島洋氏。潜水カプセルを使って深海で作業していた大島氏は、当時の300m仕様では使用に耐えないと訴えた。
手紙を受けた開発陣は大島氏本人から話を聞き、開発リーダー兼デザイナーの田中太郎氏と、諏訪精工舎の設計技術者、赤羽氏が広島県の呉港へ向かった。そこで確認したのは、減圧中の不具合、暗所での視認性、甲板への落下によるガラスやリューズの破損、ケーブルの絡まり、低温で硬化するストラップといった、机上の防水性能だけでは捉えきれない問題だった。試作品は大島氏をはじめ、複数のプロダイバーによる実際の潜水で検証と修正を重ね、手紙から約7年後、20件の特許・実用新案・意匠登録を伴う600m飽和潜水用モデルとして結実した。
飽和潜水では、呼吸に用いるヘリウムを含んだ混合ガスが時計内部へ侵入し、減圧時に膨張してガラスなどを破損させる危険がある。多くの時計がガスを外へ逃がす仕組みを採るなか、セイコーはそもそもヘリウムを侵入させない高気密構造へと進んだ。世界で初めてダイバーズウォッチのケースに採用したチタン、衝撃から本体を守る外胴プロテクター、L字型パッキン。さらに夜光塗料と大型インデックスによって、視界の乏しい環境での判読性も高めた。単に数字を大きくするためではなく、現場が突きつけた問題を解くための技術だった。
防水性能の先にある、海へ持ち込まれるための条件
セイコーが歴代ダイバーズに一貫して求めてきたものを、同社は「過酷な環境でも信頼できる実用性を持った腕時計であること」と表現する。それは防水性能の一点競争ではない。暗所で迷わず見ることのできる視認性、衝撃や腐食に耐える堅牢性、ダイバーの装備の上からでも安定する装着性、そして誤操作が起きても安全側へ働く操作性。そうした要素の総体である。
1978年に発売された、600m飽和潜水用モデル。Photo courtesy Seiko.
逆回転防止ベゼルは、誤って動いても経過時間を短く見せないフールプルーフとして機能する。4時位置のリューズは、防水性と操作性を確保しながら手首への干渉を抑える。インデックスを文字盤と一体で立体成形するエンボス加工は、インデックスそのものの脱落を防ぐ。見た目が似ていても、初代から現在まで同じ構造や素材がそのまま残っている例は多くない。それでも、壊れ方や読み違え方まで想定する思想は続いている。
国際的なダイバーズウォッチ規格が整備される以前から、セイコーは社内で要求品質を定めていた。1978年の600m飽和潜水用モデルに採用された視認性、耐磁性、耐衝撃性、その後、セイコーの技術者も関わった国際規格の議論の中で参考にされたという。規定にあるからではなく、海で使う時計はどうあるべきかを先に考えた。その蓄積が、次に実海域で試されることになる。
実験室から実海域へ。JAMSTECが証明したもの
しんかい2000。ⓒJAMSTEC
JAMSTECは、1971年に発足した海洋科学技術センターを前身とする国立研究開発法人で、海洋の総合的な研究開発を担う機関である。研究船や有人潜水調査船、無人探査機などを運用し、海洋・地球環境の調査研究と、それを支える観測・探査技術の開発を行っている。
セイコーと海洋科学技術センターとの直接的な関係は、1980年代に始まった。1982年、同センターは飽和潜水時のダイバーズウォッチの内圧上昇を複数メーカーで比較した。その結果、1975年の600m飽和潜水用モデルは、気密性で他社製を数倍から数十倍上回る結果が得られたという。ヘリウムを逃がすのではなく、侵入させないという設計が効果をもたらすことが第三者による試験でわかったのだ。
次に必要だったのは、静的な加圧試験だけでは分からない動的防水性の確認だった。人が実際に使用することのできる600mを超え、人間の限界を上回る高水圧環境へ時計を持ち込む。事前に加圧テストなどを行ったうえで、1983年5月、有人潜水調査船「しんかい2000」を用いた耐圧性能調査が実施された。「しんかい2000」は1981年に建造された、最大潜航深度2000mの本格的な深海有人潜水調査船である。
最も象徴的な接点は、潜水調査船「しんかい2000」を用いた耐圧試験です。船のマニピュレーターに600m飽和潜水用ダイバーズウォッチを装着して潜航したところ、表示性能を大幅に超える水深1062mの水圧に耐え抜きました。
– JAMSTEC水深1062mという数字以上に重要なのは、時計が実験室の圧力容器ではなく、水深1000m級で一般に2~4℃程度となる低水温や、海流など実海域特有の条件にさらされたことだ。本来の腕時計の使い方とは異なるが、潜水艇の外側へ取り付けることで、人が着用できない環境における時計の限界を調べられる。1975年に現場の課題から生まれた設計思想が、8年後、深海そのものによって答え合わせされた。
「しんかい2000」の試験は、一度きりの武勇伝では終わらなかった。2014年には無人探査機「かいこう7000Ⅱ」に1000m飽和潜水用ダイバーズを搭載し、3000mを超える深度でも正常に動作し続けたことが確認された。
左の個体はプロスペックス マリーンマスター プロフェッショナル SBBN047。右の個体はSBBN013で、2014年の検証でガラスが破損した状態だが、それ以外のパーツは比較的キレイに保たれている。
一方、2014年の実験では、ガラスなどが破損した個体も残されている。実験はJAMSTECの別ミッションと並行して行われていたため、ガラスが破損したあとも「かいこう7000Ⅱ」の潜航は継続され、すべての検証が終了した段階で回収された。したがって、以下は破損直後ではなく回収後に確認された状態であり、破損が生じた正確な深度や時点は公表されていない。
回収時、針と文字盤は圧縮された状態で時計内部に残り、ベゼルは動作しなかった。ケースにも変形が確認されている。機能が停止した段階では浸水は確認されていなかったが、ガラス破損後には内部へ水が侵入したという。回収後のムーブメントの動作確認は行われておらず、作動の可否は分かっていない。
今回撮影したのは、その破損個体と、セイコー プロスペックス マリーンマスター プロフェッショナル SBBN047だ。通常の状態を保つ1本と、ガラスが中心から放射状に砕け、ケースの各部に変形を残した1本。並べて見ると、限界試験とは到達深度を競うだけでなく、時計のどこが、どのように限界を迎えるのかを見極める作業でもあることが分かる。
翌2015年には、最大潜航深度6500mの有人潜水調査船「しんかい6500」を用いた時計装着実証にもJAMSTECが協力している。ここで重要なのは、時計の公称防水深度と潜水艇の能力を混同することではない。人が着用する通常の条件を超えた環境へ、あえて時計を持ち込むことで、設計の余裕と弱点を探ることに意味がある。
SBEX003。Photo courtesy Seiko.
同じ2015年には、国産ダイバーズウォッチ誕生50周年を記念したJAMSTECスペシャルモデル、SBEX003も登場した。深海試験、製品化、研究支援。セイコーとJAMSTECの関係は、ひとつの時計の共同開発という単純な線ではなく、海の限界を測る実証と、研究活動を支える協力の積み重ねとして続いてきた。
海洋研究の現場で、時間は何を意味するのか
一方、海洋研究の現場では、耐圧性能とは別の観点から腕時計の実用性が問われる。今日の潜水ではダイブコンピューターが主要な装備となり、機械式ダイバーズウォッチが常に水中作業の主役というわけではない。それでも海洋研究の現場では、腕時計を使う行為そのものが消えたわけではない。
「海洋研究や深海探査の現場において、時間の管理は安全の確保や正確な観測データの取得に直結します。船上や水中、海氷上では24時間体制の作業が行われ、海中へ投入した計測機器を決められた時間だけ作動させる場面では、腕時計を用いることもあります」(JAMSTEC)
観測航海は分単位で組まれる一方、気象や海氷によって予定は簡単に書き換わる。東西方向へ長く移動する航海では、日の出や日の入りに合わせて船内時間も変わるが、観測データは協定世界時(UTC)で統一して記録される。そのためJAMSTECは、生活用の現地時間とデータ記録用のUTCを同時に把握できる仕様が便利だと話す。単に現在時刻を知るのではなく、作業とデータを同じ時間軸へ載せるための計時である。
しかも船上は、時計にやさしい場所ではない。観測機器の投入や回収、工具を扱う作業のなかで、手すりや金属製パレットへ腕をぶつけることは珍しくない。暗所や夜間には、目を向けた瞬間に判読できる夜光が必要になる。1960年代からセイコーが磨いてきた堅牢性、視認性、操作性は、ここで歴史上の美辞ではなく、研究作業へ集中するための具体的な条件として立ち上がる。
セイコー プロスペックス セイコーダイバーズウオッチ 60周年記念 限定モデル。Ref.SBDX067。71万5000円(税込)。なおストラップは特別に制作されたものであり、正規品とは異なる。
ファブリックストラップには観測隊が書いたのであろうマジックの跡があった。
2025年、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」による第23次北極海観測航海では、研究者がSBDX067を着用し、船上で評価を行った。深海のマニピュレーターに固定された時計とは対照的に、今度は人の動き、厚い装備、衝撃、暗所といった、腕時計本来の条件が試された。
今回撮影したSBDX067には、北極域研究強化プロジェクト専用の非売品ファブリックストラップが装着されている。グレーの織り地に、シロクマと「ARCTIC EDITION」「北極」のパッチを縫い付けた専用品だ。一般販売仕様にはないこの装備が、この個体の来歴をひと目で伝えている。
JAMSTECによれば、観測機器の投入・回収や運搬時に時計が金属類へ接触しても、本体にはほとんど傷がつかず、むしろ相手側の塗装が時計に付着するほどだったという。夜間や暗室での作業では、夜光塗料によって文字盤を明瞭に判読でき、その視認性が重宝された。また逆回転防止ベゼルは、経過時間を確認するために頻繁に使われた。これは水深記録とは別種の実証である。限界を探る機械的な試験と、実際の使用環境における視認性や装着感の評価。その両方が必要だというセイコーの考え方が、現在形で示された。
深海から北極へ。マリンマスターという現在地
セイコー マリンマスター 1968 ヘリテージ JAMSTEC コラボレーション限定モデル。Ref.HBF002J。55万円(税込)。2026年7月10日(金)に発売。
セイコーダイバーズの長い航路の現在地として登場したのが、マリンマスター 1968 ヘリテージ JAMSTEC コラボレーション限定モデル、HBF002Jである。名称が示すとおり、基点にあるのは1968年の300m空気潜水用モデルだ。オリジナルのケース形状と4時位置のリューズという意匠を受け継ぎながら、現代のフラッグシップとして300m空気潜水用防水、約72時間のパワーリザーブを持つCal.8L45を搭載する。新開発のワンプッシュダイバーアジャスターは最大約16mm、約2mm刻みで8段階の調整ができ、潜水時だけでなく日常の腕周りの変化にも応える。
限定モデルのブルーダイヤルは、氷海を進む砕氷船が海氷に刻む航路から着想した。中央へ向かって深くなるグラデーションと、透明な塗膜を磨き上げて生む奥行きは、深海の暗さではなく、北極海の澄んだ青を表す。セイコーは2025年からJAMSTECの北極域研究支援を開始しており、、両者が共有する挑戦の精神を、意匠へ置き換えたモデルである。
もちろん、この新作が水深1062mや3000m超を製品仕様としてうたうわけではない。歴史上の深海試験と、現行モデルの300m防水は切り分けて考える必要がある。受け継がれているのは試験深度の数字ではなく、現場の声から要件を定め、人の腕で評価し、ときには人間の限界を超える環境で検証するという開発思想だ。
「腕時計は人の手首に着けられるため、視認性や装着感などは人による評価が欠かせません。一方で、安全に関わるダイバーズウォッチには、無人機や有人潜水艇を活用し、実際の使用環境を超えた極限状況でテストして初めて分かることがあります。どちらも腕時計の進化には欠かせません」(セイコーウオッチ)
風防が砕けた検証個体と、北極海観測航海を経験したSBDX067。前者は人が着用できない深海で、後者は研究者が働く船上で試された。2つの時計を並べれば、セイコーダイバーズの深海史が、単に何メートルまで耐えたかを競う記録ではないことが分かる。現場から課題を受け取り、実際の海で確かめ、その結果を次の時計へつなぐ。この新しいマリンマスターは、その60年余りの歩みの先にある。
特に記載のないものは、すべてPhotographs by Keita Takahashi
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