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After the Oyster ロレックスのオイスターケースが育んだダイバーズウォッチの進化

ダイバーズウォッチの歴史にロレックスが残した独自の足跡。

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HODINKEE Japanでは2026年7月27日(月)から8月2日(日)まで、Divers Watch Week 2026としてダイバーズウォッチに焦点を当てた特集を公開している。このウィークのために用意した新規取材記事や編集部員による動画企画まで、サイト上で毎日配信していく予定だ。すでに公開されたコンテンツについてはこちらから確認して欲しい。

ダイバーズウォッチの歴史には、より深く潜るために防水性能を高めてきた側面があるが、ロレックスにおけるダイバーズウォッチの歩みをたどると、その進化が必ずしも単純な防水深度の追求ではなかったことがうかがえる。ロレックスは、海中という特殊な環境で生じる問題をひとつずつ分解し、それぞれに異なる技術的解決を与えてきた。

 その起点となったのは、1926年に発表されたオイスターケースだ。サブマリーナー、シードゥエラー、ロレックス ディープシー、そしてディープシー チャレンジ。そのすべては、このオイスターが確立した“外界からムーブメントを隔離する”という思想を、実際の潜水技術の発展に合わせて更新してきた系譜である。


サブマリーナー:現代ダイバーズウォッチの原型

サブマリーナー Ref.6204(1953年)。© Rolex/Eric Sauvage

 現代的なダイバーズウォッチの起源を語るとき、必ず名前が挙がるのがロレックスのサブマリーナー、そしてブランパンのフィフティ ファゾムスだ。両モデルとも、誕生は1953年。“どちらが最初だったか?”という点がフォーカスされがちだが、重要なのは、両者が異なる問題設定から現代ダイバーズウォッチの基本形へ到達したということである。

Reference Points ロレックス サブマリーナー 歴代モデルを徹底解説

歴代サブマリーナーの詳細を知りたい方は、こちらの記事をご覧いただきたい。Ref.1680までではあるが、各レファレンスの特徴が時系列でまとまっているので、サブマリーナーの進化の一端を知ることができる。

 ブランパンのフィフティ ファゾムス誕生の背景には、フランス海軍の戦闘潜水部隊を創設したロベール・“ボブ”・マルビエ(Robert "Bob" Maloubier)大尉とクロード・リフォ(Claude Riffault)中尉からの要求があった。彼らは水中作戦に使用できる信頼性の高い時計を探していたのだ。当時ブランパンを率いたジャン=ジャック・フィスター(Jean-Jacques Fiechter)はレクリエーションダイビングのパイオニアとしても知られており、ダイバーとしての自身の経験から水中で経過時間を把握する計器の必要性を認識していた。フィフティ ファゾムスは軍用時計としての要求を強く反映した一方、フィスターのダイバーとしての実体験も生かした時計だった。

 対するサブマリーナーは、1926年以来ロレックスが蓄積してきたオイスターケースの技術を、当時普及し始めたスクーバダイビングのために発展させたものだ。ロレックスの公式資料によれば、1953年に登場したサブマリーナーは100m防水を備え、翌年には倍となる200m防水へ性能を向上させている。エンジニアで水中写真家でもあったディミトリ・レビコフ(Dimitri Rebikoff)は、そんなサブマリーナーを着けて水深12~60mで合計132回ものダイビングを行い、その実用性を検証したという。

1953年、カンヌで行われた魚雷「ペガサス」のデモンストレーションに臨むディミトリ・レビコフ(Dimitri Rebikoff)。その手首には、ロレックスのサブマリーナーと思われる腕時計が巻かれている。Photo by REPORTERS ASSOCIES / Gamma-Rapho via Getty Images

 両者では、その防水構造も異なる。

 サブマリーナーが採用したのは、ケースにねじ込んで固定するスクリューダウン式のツインロックリューズ。ロレックスはこの機構について1953年に特許を取得したと説明しているが、その特許番号は不明だ。ツインロックは、リューズ内部2カ所に密閉領域を設け、リューズをケース側へ締め込むことで水分や埃の侵入経路を閉じる構造である。これはケース本体、スクリューバック、そしてねじ込み式リューズを組み合わせて開口部を機械的に締結するオイスターケースの発想をダイバーズウォッチへと拡張したものだった。

サブマリーナー Ref.6204。画像は記事「Reference Points ロレックス サブマリーナー 歴代モデルを徹底解説」より。

 一方、フィフティ ファゾムスのリューズは、ロレックスのそれとは異なる。リューズをねじ込むのではなく、リューズが通常位置から引き出された状態でも、内部の第2シールによって防水性を維持するという二重密閉構造だった。のちに米国で成立した特許US2909893Aでは、リューズとチューブの隙間をOリングで密閉し、リューズの軸方向の位置にかかわらず水密性を確保する構造であると記載されている。これにより、フィフティ ファゾムスは文字どおり、50ファゾムス(fathom、約91m)の防水性能を確保した。

 裏蓋にも異なる工夫が見られる。当時の一般的なスクリューバックでは締め込む際にOリングがねじれて密閉性を損なう可能性があった。そこでフィフティ ファゾムスでは、Oリングを専用の溝に収め、金属製ディスクで固定する構造とした。加えて、ベゼルには押し込んだ状態でのみ回転できるロック機構を採用し、不意の回転によって潜水時間を実際より短く表示する危険を減らそうとしたのだ。フィフティ ファゾムスでは操作されても密閉性を維持し、誤操作そのものを防ぐという安全思想が、複数の特許構造によって実現された。

 両者の差は、単なる防水性能の数値ではなかった。ロレックスはリューズをケースにねじ込むことで、開口部を強固に密閉。一方のブランパンは、リューズが引き出されても密閉性を失いにくく、さらに裏蓋のパッキンの変形やベゼルの誤操作までを包括的に防ぎ、不測の操作にも対応しようとした。

 サブマリーナーは潜水器具でありながら、日常的な腕時計のサイズ感や装着形式から大きく逸脱しなかった。初期サブマリーナーのひとつであるRef.6204のケース径は37mmで、ステンレススティール製のオイスターブレスレットを備えていたことが現存個体から確認できる。対して、オリジナルのフィフティ ファゾムスのケース径は約41.3mmもあり、当時としてはきわめて大ぶりだ。このサイズは水中での視認性や操作性を考慮しての結果だが、サブマリーナーの比較的小ぶりなケースとブレスレットはダイビングスーツの上からだけでなく、日常的な装いにも合わせやすいものとなった。

「ダイバーの夢、ついに実現!(A diver's dream come true!)」というキャッチコピーとともにロレックス サブマリーナーを紹介した広告。1955年に初めてサブマリーナーの広告が掲載されたと言われている。余談だが、下部の表記から画像の広告原稿は1957年5月20日付の最終校正刷りのもので、イギリスとアメリカ、カナダに加えて、香港、東京、シンガポール、バンコクの正規代理店情報を掲載する国際市場向け広告だったようだ。© Rolex

 ここにサブマリーナーが後世のダイバーズウォッチに大きな影響を与えた理由がある。サブマリーナーは回転ベゼルや視認性に優れたインデックス、夜光表示、そして強固な防水ケースというダイバーズウォッチの要件を備えつつ、あくまでも着用しやすい大きさとブレスレットを維持した。水中専用の特殊計器ではなく、専門的な性能を持つ市販の腕時計として継続的に生産され、日常生活で使える形に統合した点が、ロレックスのダイバーズウォッチの歴史における大きな特徴である。

…サブマリーナーは、日常使用にも理想的な時計となっています。

– 1957年に掲載されたサブマリーナーの広告より

 事実、サブマリーナーの魅力を伝えた当時の広告を見ると、ロレックスの思惑がよくわかる。そこではもちろん、その優れた防水性能もアピールしたが、サブマリーナーが単なるダイバーズウォッチではなく、日常的な使用にも理想的な腕時計であることを訴求していた。それを示す一文が以下である。

「驚くべき精度、パーペチュアル“ローター”による自動巻き機構、そして特別なオイスターケースがもたらす完全な保護性能。これらによって、サブマリーナーは日常使用にも理想的な時計となっています(Its marvelous accuracy, its Perpetual “rotor” self-winding mechanism, and the perfect protection given by its special Oyster case make the Submariner the ideal watch for everyday wear.)」

 水中で必要な性能を、プロフェッショナルでなくても扱えるサイズと操作性、日常使用に耐える耐久性を備えた腕時計へと落とし込む。この日常的な使用への配慮、実用性の追求こそ、その後のサブマリーナーを貫く基準となった。


シードゥエラー:腕時計の在り方を変えたプロの現場

シードゥエラー Ref.1665(1967年)。© Rolex / Jean-Daniel Meyer

 サブマリーナーが、ロレックスにおけるダイバーズウォッチの基本形を示した存在なら、1967年に登場したシードゥエラーは、時計内部から生じる圧力という新たな問題に対応したプロユースモデルだった。

Reference Points ロレックス シードゥエラー 歴代モデルを徹底解説

歴代シードゥエラーについてまとめているのが、こちらの記事だ。ファーストモデルとなるRef.1665から、現行のRef.126600まで、各レファレンスの特徴を網羅している。

 1960年代、石炭から石油へとエネルギーの主役が移るエネルギー革命の時代を迎えると、石油需要を賄うための大規模な海洋開発が本格化。海底油田の採掘や海中施設の建設が進み、ダイバーが数日から数週間にわたって高圧環境に滞在する飽和潜水の技術が実用化された。深海で作業するダイバーは、高圧居住区や潜水ベルの内部において、ヘリウムを含む混合ガスを呼吸する。毎回減圧するのではなく、作業期間の終了時に1度だけ長時間をかけて減圧することで、深海での作業効率を高める方法だ。

 しかし、ヘリウムの原子はきわめて小さいため、防水用のガスケットをやすやすと通過して時計内部へ浸透する。高圧環境にいるあいだは、時計の内圧と外圧が均衡しているため問題は表面化しないが、危険なのは任務後の減圧時だ。チャンバー内部の圧力が下がっても、時計内部に入り込んだヘリウムはケースの気密性が高いがゆえに抜けづらい。その結果、時計内部の圧力が外部より高くなり、風防が外れる、あるいは時計が損傷する事故が起こった。シードゥエラーが解決したのは、より大きな水圧に耐えることよりもむしろ、この内外の圧力差を安全に制御することだった。

 その解決策として生まれたのが、ヘリウムエスケープバルブだ。ケース内部の圧力が一定値を超えると、バネで保持されたピストンが押し上げられ、余分なガスだけを外部へ排出するという機構である。圧力が下がればバルブは再び閉じるため、外部から水を侵入させることなく内圧を逃がすことができる。

 ロレックスはこの機構を1967年に特許出願した。スイス特許CH492246Aでは「Waterproof watch」と題され、発明者はアンドレ・ジバック(André Zibach)、出願人はモントレ・ロレックス(Rolex Montres SA)である。出願日は1967年11月6日で、1969年11月28日に特許が出願公開された。これは単なる防水ケースの補強ではなく、ケース内部の過剰圧力を自動的に逃がすという、新しい概念を時計に導入するための特許だった。

 シードゥエラーは、前述の特許が出願された1967年に発表された。ファーストモデルから610m防水というサブマリーナーを上回る防水性能を備え、ヘリウムエスケープバルブを組み合わせた。その後、1978年には防水性能を1220mまで高めるが、ここで重要なのはその性能の高さだけではない。従来の防水時計やダイバーズウォッチがケースの密閉性を高めることで水や埃を内部に“侵入させない”ことを目標としていたのに対し、シードゥエラーは、条件によっては気体がケース内へ浸透することを前提とし、それを安全に外へ排出する機能を備えた。圧力を能動的に管理することで、より高い深度へ対応するという設計思想の転換だ。

トリプロックリューズのデモモデル。画像は2026年6月18日、中国・上海のウェストバンド・ドームで開催されたオイスター誕生100周年を記念する特別展「Oyster Story」にて展示されたものだ。Photo by Zhe Ji / Getty Images

 そして1970年、ロレックスはシードゥエラーにトリプロックリューズを導入。ツインロックが2カ所であったのに対し、トリプロックは3カ所の密閉領域を設ける。ロレックスの公式発表によれば、シードゥエラーがこの機構を最初に採用したモデルであり、1970年代初頭からサブマリーナーにも順次展開されたとしている。つまりシードゥエラーは、ヘリウムエスケープバルブの搭載モデルにとどまらず、のちのロレックス製ダイバーズウォッチ全体を支える防水技術の開発母体ともなった。

 シードゥエラーの進化に決定的な役割を果たしたのが、プロフェッショナルの現場である。ロレックスは1967年、潜水艇を開発するカナダのHYCO(International Hydrodynamics Co. Ltd.)と協力し、シードゥエラーを潜水艇の外部に取り付けて試験した。水深411mで約4時間を過ごし、HYCOは時計がすべての試験段階で正常に機能したと報告している。

コメックス サブマリーナー Ref.5513 “ファーストモデル”。

コメックスに支給されたサブマリーナーには、通常のサブマリーナーにはないヘリウムエスケープバルブが設けられていた。

“ROLEX”ロゴと“COMEX”の文字が刻印されたケースバック。後年のモデルにはダイヤルにもCOMEXの文字が入る。

 さらに1971年には、フランス・マルセイユを拠点とし、潜水・海洋工学を専門とする世界有数のエンジニアリング企業、コメックス(COMEX=Compagnie Maritime d'Expertises)とのパートナーシップを正式に締結した。コメックスのダイバーにはサブマリーナーやシードゥエラーが供給され、彼らは実際の海洋作業や高圧環境で腕時計を使用し、性能を定期的にロレックスへ報告した。ロレックスはそのフィードバックを製品の信頼性、操作性、防水性能の改良に反映。またコメックスは、ロレックスが腕時計の防水性能を検査するための高圧試験装置の開発にも協力している。

 ロレックスとコメックスの関係は、単なるスポンサーシップとは異なる。コメックスのダイバーは広告のために時計を着用したのではなく、腕時計を業務上の装備として使用し、そこで生じた不具合や問題を製造者であるロレックスへフィードバックした。製品を研究所内で完成させてから現場へと渡すのではなく、現場そのものが開発工程へと組み込まれたのだ。

 潜水技術が変われば、腕時計に発生する問題も変わる。その問題をプロフェッショナルの現場で発見・解決し、再び現場で検証する。シードゥエラーは、ダイバーズウォッチを完成済みの製品ではなく、使用者との往復によって更新される道具へと変えた。それこそが、サブマリーナーとシードゥエラーの大きな違いである。

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ロレックス ディープシー:実験機の技術を市販の腕時計へ

ディープシー スペシャル。画像の個体はムーブメントが入っていないレプリカだ。Photo by SSPL / Getty Images

こちらは左の個体のケースバック。Photo by SSPL / Getty Images

 サブマリーナーもシードゥエラーも、基本的には人が手首に着けて潜ることを軸に開発が進んだが、ロレックスのダイバーズウォッチ開発を語るうえで、製品ラインとは別に見逃せない存在がある。それが、着用を前提としない極限環境用の実験機である。

バチスカーフの設計者オーギュスト・ピカール(写真中央)が、1959年7月6日、アンドレア・リヒニッツァー(Andrea Richnitser/左)と、息子のジャック・ピカール(右)とともに、自身が設計した「トリエステ」号について話し合っている写真。Photo by Bettmann / Getty Images

 1960年1月23日、海洋学者のジャック・ピカール(Jacques Piccard)と米海軍士官ドン・ウォルシュ(Don Walsh)は、潜水艇「トリエステ(Trieste)」号に乗り込み、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵へ潜航した。到達深度は1万916m。艇外には、ロレックスが開発した実験機のディープシー スペシャルが取り付けられていた。約8時間半におよぶ潜航を終えて海面へ戻ったあとも、時計は正常に時を刻み続けていたという。

ディープシー スペシャルのサイドビュー。分厚いケースと高く盛り上がった風防の様子がよくわかる。Photo by SSPL / Getty Images

 ディープシー スペシャルは、一般的な腕時計とは大きく異なる姿をしている。きわめて厚く、高く盛り上がったドーム型風防を備えており、ケース全体も巨大だ。当然ながら、これは着用性や袖口への収まりを考えた設計ではない。1cm²当たり1トンを超える圧力に時計が耐えられるか否か。それを確認するための純粋な技術実証機だった。

 ヘリウムエスケープバルブを備えたシードゥエラーは、飽和潜水という別の問題に対応して生まれた時計であり、そのケース構造もディープシー スペシャルのそれとは異なる。両者をつなぐのは部品や構造などの直接的な技術継承ではなく、計算だけで性能を主張せず、実際の深海へ沈めて設計を検証するという開発姿勢だ。

ロレックス ディープシー Ref.116660(2008年)。© Rolex / Jean-Daniel Meyer

 その思想が、より明確な形で市販品へと落とし込まれたのが、2008年に発表されたシードゥエラー ディープシー(Ref.116660)だ。防水性能は3900m。これは当時のシードゥエラーの防水性能(1220m)を大きく上回るが、単純にケースを一様に厚くしただけで実現したものではない。

 核となったのは、ロレックスが特許化したリングロック システムである。現在のロレックス ディープシーのリングロック システムは、厚さ5.5mmで、わずかにドーム状のサファイアクリスタル風防、ケース内部に配置された高強度のコンプレッションリング、そしてチタン合金製のケースバックという3要素によって構成される。水圧によって風防とケースバックへ加わる荷重を、ケース中央のリングへと受け流し、最も強度を必要とする部分に荷重を集中させる構造だ。

リングロック システムの構造。© Rolex / Stojan & Voumard

 ケース全体を過剰に肉厚化することで防水性を確保したディープシー スペシャルとは明らかに設計思想が異なる。圧力を受ける場所と、その荷重を支える部材を明確に分けることで、3900mという防水性能を腕時計として成立するサイズに収めた。リングロック システムは、圧力に正面から抵抗するのではなく、圧力の流れを設計する技術である。

 完成したすべてのロレックス ディープシーは、公称防水性能に対して25%のマージンを加えた圧力で検査される。3900m防水の時計であれば、水深4875m相当の圧力にさらされる計算だ。この検査には、ロレックスとコメックスが共同開発した高圧タンクが使用されているという。シードゥエラーの開発によって始まったプロフェッショナルとの協力が、量産される時計1本1本の品質保証工程にまで組み込まれている。

 2008年の市販モデルは、さらに次の実験へとつながった。2012年、映画監督で探検家のジェームズ・キャメロン(James Francis Cameron)氏が、単独潜航艇「ディープシー・チャレンジャー」号によってマリアナ海溝へ潜航。潜水艇のマニピュレーターアームには、実験用のロレックス ディープシー チャレンジが取り付けられていた。時計には1万2000mの防水性能が保証され、開発試験では水深1万5000m相当の圧力にも耐えたという。そして同年3月26日、時計はキャメロン氏とともに水深1万908mへ到達し、正常に時を刻んだまま帰還を果たした。

マリアナ海溝のチャレンジャー海淵から帰還し、「ディープシー・チャレンジャー」号から姿を見せたジェームズ・キャメロン氏。その手首にはロレックス ディープシーを着けている。写真は2012年のものなので、着用しているのはRef.116660だろう。© Mark Thiessen / National Geographic

 1960年のディープシー スペシャルと2012年のロレックス ディープシー チャレンジは、ともに市販性よりも性能の実証を優先した腕時計だった。しかし2012年の実験機は、2008年に市販されたリングロック システムを発展させて作られている。ここでは、実験機から市販品へ技術が一方向に移るのではない。市販モデルで確立した構造を実験機で極限まで拡張し、そこで得た成果を再び市販品へ戻すという循環が成立している。

 その到達点が、2022年に発表されたディープシー チャレンジ Ref.126067である。2012年の実験機を基礎としながら、1万1000m防水を備えた市販モデルとして開発されたのがこの腕時計だ。直径50mmという巨大なケースを持つ一方、ケースとブレスレットにはグレード5チタン合金のRLXチタンを採用し、実験機に比べて30%軽量化された。ロレックスは、ケースからブレスレットまで“日常での使用”を想定して設計したとしている。

実験用のロレックス ディープシー チャレンジ。ロレックス ディープシーがベースだったのだろう。3時位置に日付表示が付いている。© Rolex / Jean-Daniel Meyer

市販モデルのディープシー チャレンジ Ref.126067。実験機と瓜二つの外観をしているが、こちらには日付表示が採用されていない。© Rolex

 もちろん、50mmという大きさは一般的な意味で扱いやすいとは言いがたい。1万1000m防水を得るためのサイズと、日常的な装着性とのあいだには明確なトレードオフがある。それでも、潜水艇の外部に固定するための実験機をそのままにせず、素材やブレスレットを見直し、量産品としての品質と精度保証を備えた市販品へと転換した点には、ロレックスを貫く企業姿勢が見て取れる。


ロレックス ダイバーズの真価:ツールからアイコンへ

サブマリーナー Ref.126610LN(2020年)© Rolex

 ロレックスのダイバーズウォッチは、その出自にかかわらず、プロフェッショナルのツールとして発展した。しかし、ブランドはその開発の方向を専門用途だけに限定しなかった。

 象徴的なのが1969年である。この年、ロレックスは3時位置に日付表示を備えたサブマリーナー デイト Ref.1680を発表すると同時に、イエローゴールド仕様(Ref.1680/8)も投入した。海中で経過時間を確認するだけなら、日付表示も貴金属ケースも必須ではない。それでもロレックスは、サブマリーナーを単なる潜水ツールにとどめず、オイスター パーペチュアル コレクションを構成するひとつの製品群へ拡張したのだ。ロレックス自身も、この転換によってサブマリーナーが日常に不可欠な時計、そして性能と達成の象徴になったと説明している。

サブマリーナー デイト Ref.1680。画像は記事「Reference Points ロレックス サブマリーナー 歴代モデルを徹底解説」より。

サブマリーナー デイト Ref.1680/8。画像は記事「Reference Points ロレックス サブマリーナー 歴代モデルを徹底解説」より。

 ここに、ロレックスのダイバーズウォッチがアイコンになった理由がある。多くのユーザーにとって、サブマリーナーの300m防水もシードゥエラーの1220m防水も、ましてやロレックス ディープシーの3900m防水も不要だろう。しかし使用限界を大幅に超える性能が無意味というわけではない。極限環境を想定した構造は、通常環境において大きな安全マージンとなる。過剰性能はスペック上の数字であると同時に、簡単には壊れないという信頼を可視化した所有価値となる。ロレックスはそこに、ダイバーズウォッチの在り方を見いだしたのだ。

 もっとも、性能を高めれば腕時計が無条件に使いやすくなるわけではない。防水性能を高めようとすればケースは厚く、そして大きく重くなりやすい。そのためロレックスのダイバーズウォッチにおける進化は、防水深度を増やすことだけではなく、性能と装着性の均衡を何度も取り直す過程となった。

 現行のサブマリーナーとシードゥエラーは、まさにそのことを物語っている。2017年、シードゥエラーは誕生50周年を機に刷新された。ケース径は従来の40mmから43mmへ拡大し、約70時間のパワーリザーブを備えるCal.3235を採用。さらにシードゥエラーとして初めて日付表示の上にサイクロップレンズを備えた。1220m防水とヘリウムエスケープバルブを維持しながら、視認性、ムーブメント性能、現代的な存在感を強化したのである。

2017年に刷新された、43mm径の現行シードゥエラー Ref.126600。© Rolex  / JVA Studios

 43mm化は、かつての控えめな40mmケースを好む層にとっては必ずしも歓迎すべき変更ではなかった。サイクロップレンズについても、プロフェッショナルモデルとしての簡潔な外観を損なうという人は少なくない。一方で、サブマリーナーとの差別化はより明確になり、厚いケースと高い防水性能に合わせて、ブレスレットを含む全体の視覚的なバランスが取り直された。2017年の刷新は、シードゥエラーを歴史的な飽和潜水用ダイバーズの復刻にとどめず、現代の高級スポーツウォッチとして再定義した。

 2020年のサブマリーナーの更新には、さらにロレックスらしい方法論が表れている。ケース径は40mmから41mmへ拡大されたが、単純に全体を大型化したわけではなかった。公式資料では、ケースを再設計し、ブレスレットも改めたと説明している。実際にはラグが前世代より細く見える形状となり、ブレスレットの幅が広げられたことで、ケースからブレスレットへの接続が滑らかになった。前世代のいわゆる“マキシケース”は、太いラグとリューズガードによって力強さを表現したが、41mm世代では数値上の直径を増やしながら、視覚的にはむしろ均整の取れたプロポーションとなっている。

 ロレックスは、ダイバーズウォッチにラグジュアリーウォッチとしての性格を与える過程でも、ツールとしての性能を取り除かなかった。ダイバーズウォッチとしての防水性能、堅牢性、視認性、操作性は維持しながら、素材、仕上げ、装着感、長期的な耐久性を高めることを選んだ。そのためサブマリーナーは、スーツにも合わせられる高級腕時計でありながら、現在も300m防水、トリプロックリューズ、逆回転防止ベゼル、セーフティクラスプを備える。

 ロレックスのダイバーズウォッチの真価は、専門的なダイバーズウォッチを後からブランドアイコンへ仕立てたことではない。最初から市販品として成立させ、専門家が必要とする性能と、一般のエンドユーザーが求める装着性、耐久性、普遍的なデザインを同じ時計のなかで両立させてきたことにある。潜水のための過剰性能を、日常で使える高級実用品としての価値へと変換したのである。

 ロレックスの歴史は、ダイバーズウォッチの進化を映す縮図といえる。もちろん、実地試験を重ね、ダイバーズウォッチの性能を追求してきたブランドはロレックスだけではない。しかし、1926年のオイスターから始まり、サブマリーナー、シードゥエラー、ロレックス ディープシー、そしてディープシー チャレンジに至るまで、防水と圧力制御の研究を市販の腕時計の連続した系譜として維持してきた点は、ロレックスが時計史に残した偉大な足跡だ。

 使う人のために、見える部分はもちろん、見えない部分を更新し続けること。ロレックスのダイバーズウォッチが示してきたのは、技術革新とは新しさを見せることではなく、昨日よりも確実に使える腕時計を作ることなのだ。