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Dispatch ベル&ロスはなぜ"変わらずに進化"できるのか。パリ本社を訪ねて見えたブランドの本質

共同創業者ブルーノ・ベラミッシュとCEOカルロス・ロシロへのインタビューから、ベル&ロスというブランドの思想と時計づくりを探る。

Watches and Wonders 2026での取材を終えた翌日、僕はジュネーブからフランス高速鉄道TGVに乗り、パリへ向かいました。目的地はベル&ロス本社です。

 本社があるのは凱旋門から徒歩15分ほどの場所。石造りの歴史的建築が並ぶパリらしい街並みのなかにあります。ベル&ロス本社もまた、その風景の一部でした。

 黒く塗られたアイアンゲートや繊細な装飾が施されたファサードは、時計ブランドの本社というよりもパリの古いアパルトマンを思わせます。エントランス脇にはBell & Rossのプレートが掲げられているものの、建物と同系色でまとめられているため、街並みに自然と溶け込んでいました。

 実際、僕も最初は気づかずに通り過ぎそうになったほどです。しかし、この歴史ある建物のなかで、ベル&ロスを象徴するスクエアウォッチをはじめとする独創的な時計が生み出されています。

F-84F サンダーストリーク “レッドファルコン”のコックピット。

コックピットに設置されたダッシュボード。

 アイアンゲートを抜けて最初に目に飛び込んできたのは、F-84F サンダーストリーク “レッドファルコン”のコックピットでした。ベル&ロスと航空の世界との結びつきはよく知られています。ブランドを代表するBRシリーズは航空機の計器盤から着想を得ており、そのスクエアケースはコックピットに搭載された計器そのものを思わせます。

 しかし、実機のコックピットが本社のエントランスに置かれている光景を目の当たりにすると、その関係性が単なるデザイン上のモチーフではないことがさらに強く伝わってきます。

 本社内を案内してもらうと、その印象はさらに強くなりました。オフィスやデザインスタジオのいたるところに、航空機の計器類やフライトヘルメット、フライトスーツ、航空機模型が置かれていたのです。それらはショールームの展示品のように飾られているわけではありません。デザイナーやスタッフが日常的に働く空間のなかに、ごく自然に溶け込んでいました。

クリエイティブディレクターのブルーノ・ベラミッシュ氏の部屋。

 とりわけ印象的だったのが、最上階にあるデザインスタジオです。ブランドのクリエイションを担うこのフロアには、実際の航空機計器やヘルメットが並び、デザイナーたちがそれらに囲まれながら仕事をしていました。後に共同創業者でありクリエイティブディレクターを務めるブルーノ・ベラミッシュ氏の話を聞いて、この空間こそがベル&ロスというブランドを象徴しているのだと感じました。

部屋にはデザインや航空の世界につながる書籍や航空機の模型、フライトスーツなどがところ狭しと並べられている。

 本社訪問に合わせて、ベル&ロスCEOのカルロス・ロシロ氏にもブランドの現在地について話を聞く機会がありました。近年のラグジュアリーウォッチ市場では、新素材や複雑機構、話題性のあるコラボレーションなど、各ブランドが競うように新しい価値を打ち出しています。そのなかでベル&ロスは、何を軸に独自性を保っているのでしょうか。

 カルロス氏は、ブランド創業以来変わらない4つの価値を挙げました。「視認性」「機能性」「精度」「信頼性」です。そして、今後のブランドについて印象的な言葉を口にしました。

私たちの目標は、ブランドのアイデンティティを変えることではありません。それをさらに洗練させ、より高い次元へと昇華させることです

– ベル&ロスCEO カルロス・ロシロ氏

 この言葉は、今回の取材全体を通して僕の頭に残り続けました。 では、その哲学は実際にどのような時計づくりへとつながっているのでしょうか。その答えを探るため、僕は共同創業者でありクリエイティブディレクターのブルーノ・ベラミッシュ氏と向き合いました。


ベル&ロスのデザインはどこから始まるのか

ベル&ロス クリエイティブディレクター ブルーノ・ベラミッシュ氏。

最初に聞いたのは、ベル&ロスの時計がどのように生まれるのかということでした。スケッチから始まるのか、マーケットの要請から始まるのか。それとも、もっと感覚的なアイデアから始まるのか。ブルーノ氏は、デザインプロセスには大きくふたつの入り口があると話します。

 ひとつはマーケットから始まるアプローチです。新しいコレクションに何が必要なのか。市場は何を求めているのか。ブランドとしてどのカテゴリーを強化すべきなのか。そうした商業的な要件からプロジェクトがスタートすることがあります。

 もうひとつは、純粋にアイデアから始まるアプローチです。ある日突然、デザイナーの頭の中に浮かんだ発想や、既存のコレクションを見つめるなかで生まれたコンセプトをチームに提案し、それを実際のプロジェクトとして発展させていく。ブルーノ氏はそれを「フルクリエイティブなアプローチ」と表現していました。

 このふたつは対立するものではありません。市場の声を聞くことも重要であり、同時に、まだ誰も求めていないものを形にすることも重要です。ベル&ロスの時計づくりは、その両方のあいだで動いているのだと思います。

 「良いアイデアかどうかは、時には直感的に判断しますし、時には非常に合理的に判断します」と語ったブルーノ氏は、続けてこう話しました。「最終的な答えを出すのは市場です」。この言葉は少し意外でした。共同創業者でありクリエイティブディレクターだからこそ、「良いデザインとは何か」を語るのかと思っていたからです。

 どれほど優れたアイデアだと思っていても、その時計が実際に受け入れられなければ成功とは言えない。デザインとビジネス、その両方を見続けてきた創業者らしい言葉でした。

 ただし、ベル&ロスの時計にはもうひとつ欠かせない要素があります。それがストーリーです。ブルーノ氏は、「時にはストーリーからデザインが生まれ、時にはデザインからストーリーが生まれます」と話していました。航空計器をルーツとするBRシリーズは、その最もわかりやすい例でしょう。パイロット、コックピット、計器、視認性、機能性。そうした世界観が、時計のフォルムやグラフィックに落とし込まれています。

 ベル&ロスの時計は、ただ四角いから個性的なのではありません。なぜその形なのか、なぜその表示なのか、なぜその素材なのか。そこに理由があり、その理由もストーリーになっています。


スクエアとラウンドが生む、ベル&ロスのアイデンティティ

BR-X3 Micro-Rotor(限定99本)。

では、ベル&ロスらしさとは何なのでしょうか。この問いに対するブルーノ氏の答えは、とても明快でした。「ベル&ロスのデザインは、独自のフォルムと独自のグラフィックデザインの組み合わせです」。ケースの形状、ダイヤルの書体、針、機能、素材、カラー、サイズ。ベル&ロスはさまざまな要素を組み合わせながら時計をデザインしています。しかし、その根底にあるのは、スクエアとラウンドというふたつの形の組み合わせです。

 航空機の計器を思わせるスクエアケース。その中に収まるラウンドダイヤル。このシンプルな構成こそが、ベル&ロスをひと目でそれとわかる存在にしてきました。もちろん、ベル&ロスはこれまでラウンドケースの時計も手がけてきました。僕自身、それらのモデルにも魅力を感じています。しかしブルーノ氏は、現在のベル&ロスがスクエアケースへよりフォーカスしている理由を、とてもシンプルに説明しました。

 「ラウンドケースの時計は市場にあまりにも多い。その中で独自性を保つことは難しい。だから私たちはスクエアケースに集中するのです」。この言葉を聞いて、僕はベル&ロスのものづくりは「新しさ」を追い求めることではなく、「自分たちらしさ」を深く掘り下げることなのだと感じました。カルロス・ロシロCEOが冒頭で語った「ブランドのアイデンティティを変えるのではなく、さらに磨き上げる」という考え方は、この時計を見るとよりよく理解できます。

 その言葉を聞いたあとで2026年の新作を見ると、ひとつの時計がとても印象的に映りました。BR-X3 マイクロローターです。このモデルには、ベル&ロスらしいスクエアケースがあります。しかし、その中にこれまでブランドの象徴だったラウンドダイヤルはありません。

 代わりに目に飛び込んでくるのは、マイクロローターや香箱、テンプ、そしてルビーといった円形の機構です。その周囲では、ムーブメントブリッジが描く幾何学的なラインがスクエアケースと呼応し、時計全体を構成しています。

 最初に見たとき、僕は「なぜベル&ロスはこのデザインを選んだのだろう」と考えました。しかし、ブルーノ氏の話を思い返しながら改めて眺めていると、その意図が少しずつ見えてきました。ベル&ロスが長年大切にしてきたのは、スクエアとラウンドというデザインコードです。これまではスクエアケースの中にラウンドダイヤルを配置することで、その個性を表現してきました。

 一方、このBR-X3 マイクロローターでは、ラウンドダイヤルの代わりにマイクロローターや香箱、テンプといった円形の機構そのものを見せています。つまり、スクエアとラウンドというブランドの基本構成は何も変わっていません。「ラウンド」が文字盤からムーブメントへと置き換わっただけなのです。さらに、この時計ではケースとムーブメントを一体化した構造を採用し、スクエアケースそのものが時計の構造の一部として機能しています。スクエアケースは単なる外装ではなく、時計そのものを構成する要素へと進化しました。

 このことに気づいたとき、僕はBR-X3 マイクロローターを単なるスケルトンウォッチではなく、ベル&ロスが長年培ってきたデザイン言語をさらに発展させた一本として見るようになりました。ベル&ロスは、スクエアケースを守り続けているブランドではありません。スクエアとラウンドというブランドのデザインコードを、時代に合わせて磨き続けているブランドなのです。


小さな会社だからこそ、リスクを取れる

BR-03 Helipad

ヘリポートの上空でホバリングするヘリコプター。 そのローターが秒を刻み、機体が分を示し、時は回転ディスクで表示する。 2026年の新作BR-03 ヘリパッドを初めて見たとき、思わず「こんな時計を本当に作るのか」と驚きました。

 Flight Instrumentsコレクションは、航空計器を腕時計へ落とし込んだベル&ロスを代表するシリーズです。しかし、このモデルは航空機をモチーフにしただけではありません。ヘリコプターという存在そのものを、時刻表示へと変換しています。こうした時計を見ていると、ブルーノ氏が話していた「アイデアから始まる時計づくり」という言葉を思い出します。「良いアイデアが生まれたら、それをプロジェクトとして提案することがあります」。市場のニーズから始まるものもありますが、それと同じくらい、純粋なアイデアから生まれる時計もあるということ。BR-03ヘリパッドはまさにその代表例ではないでしょうか。

 インタビューのなかで特に印象的だったのは、「なぜベル&ロスはこうした大胆な時計を作り続けられるのか」という話でした。ブルーノ氏は、その理由を意外なほど率直に説明します。「私たちは小さな会社だからです」。大きなグループに属するブランドでは、まず競合の動きを見てから判断することが少なくありません。

 しかしベル&ロスでは、デザイナー自身が意思決定に深く関わり、チーム全体がリスクを受け入れる準備ができています。だからこそ、まだ誰もやっていないアイデアへ挑戦できる。もちろん、リスクを取ることは失敗の可能性も受け入れることです。しかしブルーノ氏は、「成功はリスクの先にある」と考えています。

 この言葉を聞いたあとでBR-03 ヘリパッドを見ると、その意味がよくわかります。ヘリコプターを時刻表示へ置き換えるという発想は、一歩間違えれば単なるギミックで終わってしまうかもしれませんが、航空というブランドのDNA、視認性、そして物語性をひとつにまとめ上げることで、実用時計として成立させています。

 さらに、付属するイエローラバーストラップには航空救難のカラーコードを採用し、ブラックのシンセティックファブリックストラップにも航空装備らしい機能美が感じられます。時計だけでなく、その周辺に至るまで一つの世界観が貫かれているのです。

 「リスクを取る」という言葉から、多くの人は大胆なデザインを想像するかもしれません。 しかしベル&ロスが挑戦しているのは、奇抜さではありません。 "航空の世界を、どうすれば時計として自然に成立させられるか。 その問いに、誰も試したことのない方法で答え続けていることなのです。


ベル&ロスという世界観を、より多くの手首へ

BR-05 36mm Blue Diamond Eagle

近年、時計業界ではケースサイズの小径化がひとつのトレンドになっています。かつては40mmを超える大型ケースが主流だったブランドも、36〜38mmのモデルを次々とラインナップに加えるようになりました。もちろん、ベル&ロスも2025年から36mmのBR-05コレクションを発表しています。しかし、ブルーノ氏にその理由を尋ねると、返ってきた答えは流行を追うブランドのものとは少し違っていました。

 近年、時計業界では、ケースサイズだけでなく、「男性用」「女性用」というカテゴリーそのものが少しずつ曖昧になりつつあります。大きな時計を好む女性もいれば、小ぶりなヴィンテージウォッチを楽しむ男性もいる。時計を選ぶ基準は、性別よりも、その人の手首や価値観へと移り始めています。

 ベル&ロスもまた、その変化を見据えていました。ブルーノ氏は、その理由をとても自然な口調でこう話します。「以前ほど、男性用と女性用という考え方は明確ではありません」。

 ブルーノ氏によれば、ベル&ロスは近年、ブランド全体のコレクションを体系的に整理してきました。BR-03、BR-05、そしてマニュファクチュールムーブメントを搭載する上位コレクション。それぞれのラインで素材や機能、サイズの選択肢を広げながら、ベル&ロスという世界観をより多くの人へ届けようとしているといいます。つまり、36mmというサイズも「レディースモデル」を作るためではありません。ベル&ロスというデザインを、より多くの手首へ届けるための新しい選択肢なのです。

その考え方を象徴する一本が、BR-05 36mm ブルー ダイヤモンド イーグルでした。BR-05らしいケースデザインはそのままに、ダイヤルにはわし座が描かれています。10時と11時の間には、わし座で最も明るく輝く恒星アルタイルを表すダイヤモンドを配し、その周囲にも大小18粒のダイヤモンドが夜空の星々のように散りばめられています。航空をルーツとするブランドらしく、ダイヤモンドによって星座を描くという発想も実にベル&ロスらしいものです。

 ダイヤモンドがセッティングされた時計というと、華やかなジュエリーウォッチを思い浮かべる人も多いでしょう。僕もそのひとりでした。しかし、実物を前にすると、その印象は大きく変わりました。

 この時計では、ダイヤモンドは華やかさを演出するための装飾ではありません。アベンチュリンダイヤルの上で、わし座を構成する星々として機能しているのです。そのため、ダイヤモンドでありながら決して過度な装飾には見えず、男性が着けても自然に受け入れられる表現になっていると感じました。

 もちろん、よりジュエリーウォッチらしい華やかさを求める人には、ベゼルにもダイヤモンドをセッティングした仕様が用意されています。一方、このモデルはベル&ロスらしいスポーティな佇まいや機能美を保ちながら、新しい表現へ挑戦した一本と言えるでしょう。

 ブルーノ氏が語った「男性用」「女性用」という枠にとらわれないという考え方は、この時計を見るとよく理解できます。ベル&ロスが広げようとしているのは、単にサイズの選択肢ではありません。性別を問わず、ベル&ロスというブランドの世界観に共感できる人たちを増やしていくこと。36mmというサイズも、ブルー ダイヤモンド イーグルという新しい表現も、そのための選択肢なのだと感じました。


ベル&ロスはどこへ向かうのか

本社を訪れ、カルロス氏とブルーノ氏、それぞれの話を聞いて感じたのは、ベル&ロスは「変わらないブランド」ではないということでした。スクエアケースという象徴を貫くこと。航空計器にルーツを持つデザインコードを磨き続けること。そして、視認性、機能性、精度、信頼性という創業以来掲げてきた哲学を変わらぬ軸とすること。その一方で、新しい構造や表示方法、サイズ、素材には積極的に挑戦していく。

 BR-X3 マイクロローターは、ブランドのデザインコードをさらに深化させた一本でした。 BR-03 ヘリパッドは、航空という世界観を新しい方法で時計へ翻訳した一本でした。 そしてBR-05 36mm ブルー ダイヤモンド イーグルは、その世界観をより多くの人へ広げるための新しい提案でした。どの時計も表現は異なります。しかし、その根底に流れているものは変わりません。

 取材を終え、パリの街を歩いていると、ブルーノ氏が話していた言葉を自然と思い出しました。「スイスは時計製造の国であり、パリはトレンドを感じる場所です」

 その言葉どおり、本社には航空機のコックピットや計器、ヘルメットが自然に置かれ、デザイナーたちはその空間で新しい時計を考えていました。航空という合理性。そして、パリという街が持つデザインや美意識。ベル&ロスの時計は、その二つが交わる場所で生まれているのです。ベル&ロスは流行を追いかけて変わるのではなく、自分たちらしさを磨き続けながら、これからも"変わらずに進化"していくのだろう。そう強く感じました。

ベル&ロスについては公式サイトへ。