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THE ESSENCE OF CREATION-DRIVEN シャネルを貫く創造のフィロソフィー

“創造のメゾン”であるシャネルは、今年も時計を大胆にクリエイションしてみせた。既成概念にとらわれない発想と卓越したサヴォアフェール(匠の技)が、創造の翼を無限に広げ、それを形にする。

おそらくほかのメゾンでは、恐れ多くてできないであろう。敬うべき創業者をピクセル画にしてしまうことなど。そんな大胆な遊びも、シャネルなら許される。恒例のカプセルコレクションとして発表された新作、COCO GAME ロングネックレス、そしてJ12 COCO GAME​はWatches & Wonders Geneva 2026の会場で来場者の笑顔を誘った。シャネルの今年のカプセル コレクションのテーマは“ゲーム”。マドモアゼル・シャネルがビデオゲームから飛び出したかのような、ピクセルアートとしてクリエイションされた。

 これらを創造したシャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクター、アルノー・シャスタン氏はインタビューで、「シャネルは創造のメゾンですから、私には創造の自由が与えられています。しかしどんなに自由なクリエイションであっても、卓越性を伴わなければ世に出ることはありません」と、力説した。

 マドモアゼルの背中に時計を隠したペンダントウォッチであるCOCO GAME ロング ネックレスも、単にユニークなだけでなくプレシャスな表現にするため、4ヵ月にわたる技術開発が必要だったという。マドモアゼルがまとうツイードのジャケットや帽子の黒い縁取りやボタン、イヤリング、瞳は、ブラックコーティングを施したチタン製。それにホワイトゴールドのプレートを組み込んでダイヤモンドをセットした複雑なレイヤード構造になっている。こうしてブラック×ホワイトのコントラストを織り成し、ピクセルによる造形は一層際立った。

 J12 COCO GAMEでは、ピクセル画のマドモアゼルが秒針となり、ダイヤル上をクルクルと回る。搭載するムーブメントは通常のJ12と同じCal. 12.1だ。しかし、その秒針と同じ滑らかな運針をかなえる軽さとバランスを確保するために、マドモアゼルのモチーフの素材・大きさは10ヵ月もかけて検討された。そしてたどり着いた素材が、極薄のカーボンプレートだ。これをレーザーで精密にカットしたのち、色付けをして愛らしいピクセル調のマドモアゼルが完成する。またセラミック製のケースとブレスレットは、ビロードのような繊細なマット仕上げとしたうえで、ブレスレットのエッジを手作業でポリッシュ仕上げを施すことで、ベゼルやインデックスにセットしたダイヤモンドのきらめきをより引き立たせた。


チェスボードに宿る、挑戦的なクリエイション

THE CHESSBOARD

先の微笑ましい2作とは異なり、会場で感嘆と驚きの目を向けられていたのが、THE CHESSBOARDだった。黒曜石のベースにブラックとホワイトのセラミックをはめ込んだボードの上に、それぞれ16体のWG製の白いポーン(駒)とセラミック製の黒いポーンが並ぶ。ルークはパリ・ヴァンドーム広場の円柱、ビショップはトルソー、キングはライオンをかたどり、そしてマドモアゼルが最強のクイーンとして君臨する。個々の造形はきわめて精巧で、すべての駒にダイヤモンドがセットされている。絢爛豪華にして見事な彫刻作品でもあるTHE CHESSBOARDは、1点製作のユニークピースだ。シャスタン氏も「私のキャリアのなかでも滅多にないプロジェクトだった」と振り返る超大作である。

 「私の仕事を要約するなら、“夢を見ること、そして夢を見てもらうこと”。その夢を実現するのは技術チームです。彼らは創造を愛しており、どんなに挑戦的なクリエイションであっても、それを自分たちのノウハウを開発する機会として前向きに捉えてくれます。このTHE CHESSBOARDでは、初めてセラミックを彫刻することに成功しました」

 WG製のホワイトポーンは、既存の彫金技術で形づくられる。そのフォルムをそのままブラックセラミックで写し取るために、シャスタン氏が言うところのセラミックを彫刻する新技術が確立された。正確には、セラミック化する焼成の前段階での切削加工を可能としたのだ。

 セラミックの原材料は酸化ジルコニウム微粉末。これにバインダーと呼ばれる粘結・可塑(かそ)剤を混ぜ合わせ、造形が可能な粘性を持った粒状のフィードストック(編注;バインダーを混合した初期段階の原材料)として金型内で射出成形する。シャネルは、ドイツのバインダー製造会社インマテックを買収しているが、同社が開発した特殊なバインダーが、金型成形後に切削加工ができる粘性と可塑性を兼ね備えるフィードストックを実現した。

 金型で大まかに成形された各駒を、金属加工と同じCNCマシニングセンタにセット。専用のバイト(刃)で各形状に超精密切削加工する。さらに手作業で細部を整えたのち、特殊な溶剤に2日間浸けてバインダーを抜き、1300℃以上の高温で焼成する。ナイト(馬)の耳は薄いため、焼成時に曲がりやすい。これを防ぐ適切な厚み、大きさが繰り返し試されたという。

 このTHE CHESSBOARDで確立されたセラミックを彫刻する技術は、J12をはじめメゾンのセラミックウォッチにも生かされている。

 「クイーンのマドモアゼルには、新たなジェムセッティング技術が注ぎ込まれています」

 ホワイトのクイーンがまとう洋服の全面にセットされたダイヤモンドのあいだで、織物のように縦横のラインが交錯しているのだ。これをツイードセッティングと呼ぶ。ツイードの織り目はジェムセッターが手作業で形づくり、シャスタン氏が理想とする柔らかな質感となるまで試作が繰り返された。

 「創造が並外れたノウハウを開発するための原動力になり得ることを示す、素晴らしい例だと思います」

 クイーンのマドモアゼルの台座裏には時計が隠れ、ネックレスとして首から掛けられる18KWGとダイヤモンド、オニキスを組み合わせたチェーンが付属する。

(左)J12 X-RAY COCO GAME 世界限定12本。1億4476万円(税込)。
(右)J12 COCO GAME​ 世界限定55本。2640万円(税込)。

アルノー・シャスタン(Arnaud Chastaingt)
アール・アプリケ(Arts Appliqués)およびストレート・スクール・オブ・デザイン(Strate School of Design)を卒業後、世界的なジュエラーで10年間勤務。2013年5月より、シャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクターに就任。プルミエール、J12、マドモアゼル プリヴェの新作の数々のほか、ボーイフレンド(2015年)やコード ココ(2017年)といった話題作、そしてシャネル初の自社製ムーブメントを搭載したムッシュー ドゥ シャネル(2016年)のデザインコンセプトも手がけた。また、現代性と女性らしさを融合させた、大胆で創造力あふれるカプセルコレクションを通し、毎年、自身のウォッチメイキングやオートオルロジュリーに対するビジョンを表現している。

 またCHANEL COCO GAME CAPSULE COLLECTIONでは、自社製ムーブメントでも魅せる。J12 X-RAY COCO GAMEだ。シャネルが2020年から取り組む、サファイアクリスタル製のJ12最新作は、ベゼルとブレスレット中央をブラックコーティングしたゴールドで縁取り、バゲットカットダイヤモンドをセット。モノトーンによる豪華なグラフィカルラインを創出した。ムーブメントの地板とブリッジもサファイアクリスタル製であるため、宙に浮いているかのように時を刻む。360°全方向から鑑賞するに値する、優れた審美性がかなえられた。

 「セラミックは、今日のシャネルにおいてウォッチメイキングの卓越したノウハウとなっています。私はシャネルでの活動を始めたその日から、この素材にインスピレーションを受けてきました。神秘的で魅力的、そして非常に複雑な素材であり、私はさまざまなクリエイションにおいて、セラミックの限界を押し広げ、実験することを好みます。そしてシャネルは長い年月をかけ、セラミックを“真に高貴な素材”の域にまで高めてきたのです」

 そんなシャスタン氏の言葉を証明するのが、前出のTHE CHESSBOARDだ。セラミック製の彫刻作品は、技術チームの研鑽の賜物。同氏とチームは開発期間中、密にコミュニケーションを図っていた。しかしその一方で、シャスタン氏は「クリエイターはある程度の技術的素養を持つべきですが、私は技術に対してあえて距離を取り、ある種“無知”であることを保ってきました」と話す。それはなぜか?

 「技術の複雑さに怯えて、自由な創造ができなくなるから」

 シャスタン氏の創造性は2016年以降、自社製ムーブメントでも発揮されてきた。開発時にはまず彼がすべてのパーツ形状と配置を決め、それに基づき実際に機能するよう設計してきたのだ。2022年には、トゥールビヨンをCal. 5で実現したが、技術的知見から距離を置いたシャスタン氏だからこその独創性が発揮されている。

J12 ダイヤモンド トゥールビヨン キャリバー 5 世界限定12本。2億1296万円(税込)。

 そのCal. 5をバゲットカットダイヤモンドを敷き詰めた外装で包んだ新作が、上のJ12 ダイヤモンド トゥールビヨン キャリバー 5である。ダイヤル6時位置のトゥールビヨンが、いかに独創的かおわかりだろうか? キャリッジ(ケージ)にテンプと脱進機を収め、一定周期で回転させるこの複雑機構は、完璧な重量バランスが図られていないと機能しない。またトルクも必要とするため、軽量化にも腐心する。しかしシャスタン氏は、キャリッジのオフセット位置にカスタムメイドの65ファセットダイヤモンドをセットして、きらびやかな回転を創出することを望んだ。アンバランスになりやすく、また重さを増すような仕様は、設計者なら絶対にしないだろう。しかしシャネルの技術チームは、美を究める。シャスタン氏の、言うなれば無茶振りに見事に応え、きらびやかな回転を奏でるトゥールビヨンを作り上げてみせた。

ムッシュー ドゥ シャネル リオン トゥールビヨン ブラック エディション 世界55本限定。1958万円(税込)。

 ムッシュー ドゥ シャネル リオン トゥールビヨン ブラックエディションでは、Cal. 5のアレンジ型であるCal. 5.1を搭載する。キャリッジのオフセット位置のダイヤモンドは、メゾンを象徴するモチーフのひとつであるライオンのメダリオンに置き換えられている。またキャリッジ表面のダイヤモンドも外され、“ムッシュー”らしい精悍な雰囲気に様変わりさせた。さらにダイヤルを大胆にカットアウトして、リューズ機構や主輪列をあらわにした。このオープンワークも、むろんシャスタン氏によるデザインだ。開口部からのぞく彼のデッサンに基づくパーツ形状や配列は、メカニズムとしても正しく、また美しい。

 シャネルのウォッチメイキングを先導し、創造するシャスタン氏は、「時計は時刻を知るための単なる計測器ではなく、信じられないほど強力なアイデンティティの指標である」との信念を持つ。

 「多くの人にとって時計は手首に着ける計測機器ですが、シャネルにおける定義はもっと広いのです。時刻を指輪やネックレス、ベルト、手袋として身に着けたり、石の下に隠したりしたいと夢見れば、私にはそれをデザインする自由があります」

ヌー カフ カメリア モチーフ 1705万円(税込)

 そんな彼の時計に対する想いと自由な創造性は、ヌー カフ カメリア モチーフとして結実した。黒いグログランリボンの結び目の上に、ホワイトゴールドをブラックラッカーで縁取り、スノーセッティングのダイヤモンドをちりばめたカメリアが咲き誇る。クチュールメゾンらしさ全開の新作は、内側の花弁をスライドさせると時計が現れる仕掛けのシークレットウォッチである。


シャネルを支える“Creation-Driven”の本懐

「私のクリエイションのひとつを見て、それを手首にまとい、微笑みを浮かべている人を見ることができれば、それが私にとっての真の贈り物なのです」

 そんなシャスタン氏の願いどおり、Watches & Wondersの会場では多くの女性がこのモデルに釘付けになり、口角を上げ、目を輝かせていた。

 シャネルは1987年に時計市場に参入し、メゾン初の機械式ウォッチであるJ12が誕生したのは2000年のこと。今年リリースされた、カプセルコレクションを含むオートオルロジュリーを俯瞰すると、わずかな期間で機構的にも外装においても、多様性を発揮してみせた事実に驚かされる。その理由をシャスタン氏は、「シャネルでは表現の自由が許されているから」だと語った。「それは、メゾンのDNAそのもの」であるとも。

 表現の制約がないから、多様化は当然の帰結だ。むろんシャスタン氏の素晴らしい才能なくしては、自由な表現は許されない。

 「創造すること。──私にはそれしかできません。創造は私にとっての言語であり、46年間、私を突き動かしてきた唯一の表現手段なのです。私の目的は、何よりも“感情”を創り出すことです。偉大なるメゾン シャネルの歴史の数行を書き記す機会を得られたことは、私にとってすでに大きな贈り物となっています。シャネルは、クリエイターにとって信じられないほど素晴らしい“遊び場”です。多くのクリエイターがこのメゾンで働くことを夢見るのは、私たちが自由を持った創造のメゾンだからなのです」

 さらにシャネルには、彼の“遊び”を実現できる、優秀な技術者がそろう。

 「技術的な卓越性もまた、シャネルの文化でありDNAです。このノウハウがあるからこそ、私たちはもっとも大胆な夢を形にすることができるのです」

 自由な表現と卓越した技術の融合が、シャネルのウォッチメイキングを頂点へと導く。

 

Photos:Tetsuya Niikura Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Norio Takagi