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Passed Down in the Blood ロジェ・デュブイが仕掛けるクラシックとアヴァンギャルドの邂逅

ジュネーブを拠点に革新的なデザイン、独創的なキャリバーを多々開発し続けてきた、唯一無二のマニュファクチュールとして知られるロジェ・デュブイ。創業メンバーのひとりである同名の時計師は2017年にこの世を去ったが、ブランドの創業30周年を機に静かに原点回帰が始まっている。 #PR

Watches & Wonders2025において、ブランドのアイコン的存在であるエクスカリバーに、ロジェ・デュブイは従来よりぐっと小径の40mm径モデル「エクスカリバー バイレトログラード カレンダー」を登場させた。さらに同じくバイレトログラードを備えたラウンドケースの38mm径パーペチュアルカレンダーモデル、「オマージュ ラ・プラシード」は28本の限定で矢継ぎ早に発表され、瞬く間に完売した。

2025年12月登場のオマージュ ラ・プラシード。ロジェ・デュブイ本人への“オマージュ”を捧げるモデルとなった。

 昨今のリリースとはひと味異なる、原点回帰を強く想起させるニューモデルの投入は、2年前からロジェ・デュブイの舵をとる新CEOデヴィッド・ショーメ氏の采配によるところが大きい。彼はリシュモン・グループ内でしばらく別のビジネスに携わっていたが、それ以前はアカデミー会員で独立時計師だった故ロジェ・デュブイ氏、そして黎明期のCEOだったカルロス・ディアス氏ら、ブランドの共同創業者らと働いていた経験がある。

 今もジュネーブのメイラン地区にマニュファクチュールを構えるロジェ・デュブイは、創業30周年を機にこれより先、どのようなクリエイションの方向性を見い出しているのか? 1980年代からスイス時計業界を取材し続けてきた時計ジャーナリストの草分けで、カルロス・ディアス氏やロジェ・デュブイ氏とも親交を重ねた“時計王”こと松山 猛さんに、当時を回想しながらブランドの現在地を語ってもらった。


創業時のロジェ・デュブイを知る、時計界の賢人による証言

「僕が初めてロジェ・デュブイの時計を見たのは1990年代後半のSIHH。まだ来年から出展しますという”顔見世興行”的な枠組みで、入口の近くで4つほどショーケースを並べていただけだった。その場で、以前はフランク・ミュラーで働いていたカルロス・ディアスから、久しぶりって声をかけられてね。当初のモデルはすべて28本限定、そのうち1本がこれです」と、松山さんはこの日、ロジェ・デュブイ最初期の1本であり、ふたつ目のクロノグラフである34mm径のオマージュを着けていた。

 「あのころの取材スケジュールは2時間枠で1ブランドといった感じで余裕もあって、ジュネーブ市内のアカシア広場に工房があるから、絶対に見に来て欲しいと言われて出かけて行きました。もともと銀行として使われていた建物で、工房では金庫をそのまま居抜きで使っていてね。ロジェさんはあまり英語を喋らないタイプで、元から職人肌の人だけどわざわざ挨拶に来てくれました。それ以外は黙々と手を動かしているのが印象的でした」

松山氏が撮影した、晩年のロジェ・デュブイ本人。

 パテック フィリップで複雑時計の修復など多彩な経験を重ねた時計師、ロジェ・デュブイ氏が技術面を支え、元よりコレクターでヴィンテージ時計に精通し、カルロス・ディアス氏がデザインやプロデュースを担当する。そんなユニークな組み合わせに抗いがたい魅力や可能性を感じたという。初期のモデルはそれぞれ28本限定での製造となっており、34mm、38mm径といった控えめサイズのラウンドケースや、“カレ・カンブレ(4辺がカーブした正方形のこと)”と呼ばれる装飾的なケースが特徴的なシンパシーなど、どことなく黄金期のアールデコを彷彿させるデザインを展開。そこに、クラシックな機構を今の視点で新たに設計し直し、現代の工作精度で仕上げられた独自のキャリバーを備えていた。

 「当初からそう、左右対称というのがデザインのこだわりどころで、バイレトログラードを採り入れたのは見た目に大胆でもあるけど、じつは古典に忠実な彼ららしい特徴でもあった。だから文字盤の外観もそうだけど、機械式時計として好ましい凝縮感がありましたね。中身から丁寧に造り上げられた、いいモノ感。時計好きが好む時計の良さが、詰まっていた」

1990年代のシンパシー。特徴的な形状のケース、ガラスの下には、大きく弧を描くバイレトログラードが収められている。

 かくして意気投合した松山さんとロジェ・デュブイ創業メンバーのふたりは、スイスや日本へ互いに出張するたびに顔を合わせた。日本で最初の輸入元を松山氏が紹介したり、時計ブティックのイベントに参加したのちに温泉を楽しんだりなど、親交を深めていった。2000年前後は折しも機械式時計の魅力や、失われかけていた技術や世界観が再発見されていた時代で、新旧が絶妙に交じり合ったデザイン、それでいてジュネーブ・シールに基づく精度や仕上げの美しさの追求も、時計好きの心をくすぐるところだったと、松山さんは回想する。

 「確か、彼らはブザンソン天文台の精度認定から着手したはずだけど、当時は天文台が機械式時計の精度認定を次々と止めていた時代。ジュネーブに拠点を構えていた以上、ロジェさんやカルロスがジュネーブ・シールに行きつくのは自然な流れだった。ジュネーブ製の高級時計メーカーとして本物でありたいという意味で、新興のブランドとはいえパテック フィリップを意識していたんじゃないかな」

エクスカリバー バイレトログラード カレンダー。12時位置の目に留まる箇所に、ジュネーブ・シールが堂々と刻印されている。

 かくしてブランドとしてのロジェ・デュブイは、スケルトンやトゥールビヨンなど次々と新しい複雑ムーブメントを生み出していく一方で、時計としては大型で分厚いケース外装の“デカ厚”が流行った2000年代半ばの雰囲気をも反映していく。

 「欧州の上得意の顧客というのは、プールサイドや海辺に着けていくのにいい時計はないか? といった要望を素直にぶつけてくる。今で言うラグジュアリースポーツウォッチは、ラインナップとして必然だったんでしょうね」

 そうした流れでロジェ・デュブイからは、エクスカリバーや、その他のモダンな意匠のモデルが生み出された。あのころは伝統的なスイスの高級時計製造において過去をただ模倣しているだけというのは論外で、どこまでモダンな時計や新しい様式を生み出しては時計造り自体を刷新できるか、各ブランドが挑み始めた時代でもあったそうだ。

 「文字通りの、裸のつき合いだったころから彼らと距離ができた訳じゃない。けど、ロジェ・デュブイとしてSIHHの常連になってしばらくは、古典と前衛のバランスというか意匠が変わってきたと感じていたタイミング。ロジェさんやカルロスもビジネスで忙しくなって、ゆっくり顔を合わせられる機会が減っていきました。リシュモン・グループ傘下に入った後は、カルロスは会社を退いて母国のポルトガルでワイナリーをやっていると聞き、ロジェさんも一時は離れてロジェ・デュブイのいないロジェ・デュブイだった時期もあったけど、晩年にアドバイザーとして第一線にカムバックしたのはいいことだったと思います」

 老舗ひしめくスイス時計業界において創業30年という時間は長くはないが、ひとつの時代を画したブランドとして得た存在感には小さからぬものがあると、松山さんはふり返る。

 「オマージュ ラ・プラシードを38mm径で28本限定で発表したり、コンパクトな40mm径で新しいエクスカリバーを世に問うのは、やはり原点回帰なんじゃないかな。過度にバロックで強いデザインを志向していたころから少し離れて、時計の王道に立ち戻っていると思うし、それがロジェ・デュブイとして必要なことだったと強く感じます。2針や3針の時計もそうだけど、バイレトログラードだって、針の円運動という、基本中の基本をキレイに見せるもの。だからこのエクスカリバーも、再び時計好きや時計愛好家の方へ、ちゃんと向き直って造られた時計である。そういう気がしますね」


継承してきた伝統が、アヴァンギャルドなクリエイションと交差する

そもそもエクスカリバーとは、中世のアーサー王と円卓騎士の物語で少年だったアーサー王が選ばれし運命をもつ者の証として、岩から引き抜いた剣のこと。一方でこの剣は、死に瀕したアーサー王が従者に命じて池に投げ込ませると、謎の手が水面から現れて受け止め、数振りしたのちに再び水底に帰っていく。だからエクスカリバーは、生死の円環のなかで永遠を保ち続ける存在と言われる。そんな神秘の剣にちなんだ時計の新しい40mmモデルは、手首に乗せてみると、これまでのエクスカリバーとは明確に異なる経験をもたらす。

 まず3時位置と9時位置に備わるデイ&デイトの、左右対称のバイレトログラードが目に飛び込んでくる。また12時位置にはジュネーブ・シールを囲むように入れられたモデル名のロゴが、6時位置にはスモールセコンドがそれぞれ配され、上下のシンメトリーによって無駄のない美しさを醸し出している。トリプルホーンのラグを備えた独特のケース形状はこれまでのエクスカリバーと同様だが、グルーブ溝が全周に刻まれたベゼルから、マルチレイヤーのインデックスと文字盤、小窓から少しだけ覗く輪列、奥行きある見返しまでのバランスは、昨今のラグジュアリースポーツウォッチの中でもほどよくマニアックで、落ち着いた雰囲気を放つ。これも小径化により、松山さんが言うところの「機械式時計として好ましい凝縮感」が強まった結果かもしれない。

 実際、純ゴールド素材と比べても比重が小さくない18KPG(ピンクゴールド)を、ケース外装のみならずローターや地板などの機能部分に、ロジェ・デュブイは早くから積極的に用いてきた。PGのケースやダイヤルに、メンズ用時計では珍しかったMOPの文字盤を組み合わせ、淡く輝く白と、赤みがかった独特の金属感をそれぞれ際立たせたのもロジェ・デュブイは先駆だった。ロジェ・デュブイとして追求してきた時計製造の、ひとつの始まりであり帰結でもあるタイムピースとして今、エクスカリバーは新たな輝きを放っているのだ。

 「キズミはあるかい?」とリクエストしながら、松山さんが視線を落としたのは、シースルーの裏蓋の向こう側、ムーブメントの地板だ。コート・ド・ジュネーブの美しい仕上げもさることながら、その外周部には、創業者ふたりがロジェ・デュブイの時計造りを示した文言がフランス語で刻まれている。日本語に訳すと、次のような意味になる。“この時計は、過去からインスピレーションを受けながらも、それに縛られることなく、私たちのものとなる未来へ向かっています(C’est une montre actuelle, inspirée mais pas soumise au passé, qui se projette dans un futur qui nous appartient.)”。創業者ふたりが、ロジェ・デュブイとしての時計作りを端的に表すために記したものだ。

 「うん、手書き風の文字で刻まれているのが、なかなかいいね」

 そう言って松山さんは時計から顔を上げると、古い友人に会ったかのように破顔一笑した。創業から30年というサイクルをひと巡りした今、ロジェ・デュブイは時代に流されない独創的なスタイルを、いまだかつてないほど確立している。

エクスカリバー バイレトログラード カレンダー

964万7000円(税込)

18KPG製ケース、ベゼル、リューズ、オープンケースバック。反射防止コーティングを施したサファイアクリスタル。直径40mm、厚さ11.25mm。シルバーメッキのサテン仕上げの文字盤、12時と6時位置にマザー・オブ・パールのインサート、ピンクゴールドメッキにサテン仕上げのカレンダー表示。バイレトログラードによるカレンダー機構、6時位置にスモールセコンド。10気圧防水。ジュネーブ・シールを取得したCal.RD840。パワーリザーブ60時間、2万8800振動/時。

※記載の価格は掲載時点のもの。

Photos:Jun Udagawa Styled:​Eiji Ishikawa(TRS) Words:Kazuhiro Nanyo