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In-Depth タグ・ホイヤーの新作モナコ “エバーグラフ”はレバーやゼンマイをしなやかなニッケル・リン製部品に置き換えた―その仕組みを解説(編集部撮り下ろし)

タグ・ホイヤー ラボがヴォーシェ社と緊密に連携して開発したこの新型クロノグラフは、TH-カーボンスプリング、COSC認定、3万6000振動/時のテンプなどを備え、ブランドの歴史のなかでも、とりわけ誇るべき成果のひとつとなっている。


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Photos by Andy Hoffman

同ブランドにとって初のスプリットセコンド・クロノグラフ腕時計の発表に続き、タグ・ホイヤーはクロノグラフ設計において、実用的な革新をもたらす全く新しいモデルを発表した。新作モナコ エバーグラフは40mm×14.5mmのグレード5チタン製スクエアケースを備えており、ひと目でブランドを象徴するモデルのひとつだとわかる。さらに今回は、未来的なオープンワークのデザイン言語へとアップデートされている。しかし真に注目すべきはその内部だ。

 タグ・ホイヤーはクロノグラフ機構の多くを取り除き、その代わりに、計時機能の大部分を担うふたつの柔軟性を持つニッケル・リン製部品へと置き換えた。狙いは、ジャック・ホイヤーが追い求めてきた耐久性・信頼性・精度を引き続き追求することだ。部品点数の削減、摩耗の低減、そして10分の1秒単位を自然に計測できる垂直型のクラッチ式クロノグラフに加え、COSC認定クロノメーターを採用している点もその思想に合致している。

TAG Heuer Evergraph

新作のモナコ エバーグラフ。Photo courtesy TAG Heuer

 タグ・ホイヤーは、対面およびオンラインでの複数のミーティングのなかで、今年を“クロノグラフの年”と位置づけてきた。とはいえ私はてっきり“午年”だと思っていたし、ユリス・ナルダンは別のプレゼンで“フリークの年”だと語っていた。さらに言えばノーチラスの年でもあるだろう。そして公平を期すなら、モータースポーツと計時機器にその基盤を築いてきたタグ・ホイヤーにとって、ほぼ毎年がクロノグラフの年でもある。

 何にせよ重要なのはタグ・ホイヤーがこの新作と、それが示す成果に強い誇りを抱いているという点だ。ここ数年は、顧客のためにムーブメントやデザインを改良してきたが、同ブランドは明らかに技術革新の道へと回帰している。

Evergraph

 とりわけ注目すべきは、クロノグラフ機構の機能部品をどのように再設計し、同時に削減したかという点にある。モナコ エバーグラフは493万9000円(税込)で販売される市販モデルでありながら、同時に研究開発のためのプラットフォームとしての側面も持つ。そしてそれは近年(21世紀ごろ)同社が発表してきた、先進的で印象的な(そしてしばしば大型かつ高価な)コンセプトウォッチの系譜を継ぐ存在でもある。マイクログラフマイクロタイマー フライング1000マイクロガーダー2000(毎時720万振動/1000Hzのリニアローターを搭載)マイクロトゥールビヨンズといったモデルを思い出せば、2010年代のタグ・ホイヤーは技術的なウォッチメイキングにおいて、妥協なき姿勢を貫いていた。また当時のCEOジャン-クロード・ビバー氏が手ごろな価格帯の拡大を推進したことで、そうした姿勢が他モデルにも徐々に浸透し始めた時期でもあった。

Split-Second

2024年に登録したモナコ スプリットセコンドのひとつ。Photo courtesy TAG Heuer

 2024年発表されたモナコは、ブランド初となるスプリットセコンド・クロノグラフ搭載モデル(ヴォーシェとの共同開発)として、超高価格帯かつ複雑機構への回帰を印象づけた。また同モデルでは、TH81-00ムーブメントに見られる建築的なオープンワークやフライングアーチ構造、さらには裏側のムーブメントプレートに施されたチェッカーボード仕上げなど、新たなデザイン言語も導入されている。

 そして今回発表されたTH80-00は、その“弟分”とも言える存在だ。しかし、2月のプレビュー説明会では、むしろこの新作――とりわけ下に示すパーツに焦点を当てたその構成――に対して、ブランド側の関心の高さがより強く感じられた。

Bistable Chronograph Mechanism

Photo courtesy TAG Heuer

 TH80-00はスクエア型の自動巻きムーブメントとして設計されており(ゆえにモナコに搭載されている)、従来クロノグラフ機構の作動に用いられてきた回転式のレバーやスプリング(輪列との接続・切断を担う)を排し、新たなニッケル・リン製コンポーネントへと置き換えている。

 そのひとつが、従来のハンマーに代わる部品で、双安定(柔軟でありながら、自然にふたつの状態のいずれかに収まる特性)を持つ単一構造のハンマーだ。これはUV-LIGA技術(Lithographie=リソグラフィ、Galvanoformung=電鋳、Abformung=成形の頭字語)によって製造されたものである。

 もうひとつは、スタート/ストップ/リセットの作動を担う、同じくニッケル・リン製のフレキシブルな部品だ。これらはいずれも軸を中心に回転するのではなく、弾性によって双安定状態のあいだを遷移することで機能する。わかりにくいかもしれないので、まずはクロノグラフのリセット機構の一般的な仕組みを簡単に振り返ってみよう。

Diagram with Text

Diagram courtesy TAG Heuer/Illustrated by Mark Kauzlarich

 人によっては、これは比較的すぐに理解できる内容かもしれない。そうした人はクロノグラフを設計しているか、あるいは(私のように)その機構を長時間観察したり、実際に扱ったりしているはずだ。もしそうでなくても心配はいらない。ここではクロノグラフ機構のあらゆるバリエーションを細かく追うのではなく、一度立ち止まり、クロノグラフがどのようにリセット動作を行うのか、その基本的な仕組みから見ていこう。


現代のクロノグラフ リセット機構の基礎
Heart Cam

A.ランゲ&ゾーネのダトグラフ・ハンドヴェルクスクンスト リミテッドエディションに見られる、センタークロノグラフ針のハートカム(中央ブリッジの左側)と、赤丸で囲われた2時位置にある起き上がった状態のフラットハンマー。Photo courtesy A. Lange & Söhne

 クロノグラフを設計するうえで直面する課題のひとつが、インダイヤルの積算計とともに回転するハートカムをいかにリセットするかという点だ。これらのカムはそれぞれ異なる速度で回転するため(同じ間隔を計測するインダイヤルが複数ある特殊な場合を除き)、互いに位置が揃うことはない。

 一般的には、リセットハンマー(幅広で薄いレバー状の部品)が待機位置にあり、強いスプリングによって保持されている。リセット操作が行われると、このハンマーが一斉に落下し、その広い接触面でハートカムを押し戻し、各積算計をゼロ位置へと復帰させる。

Caliber 3861

上画像はオメガのCal.3861で、センタークロノグラフ秒針用と分積算計用のふたつのリセットハンマーが“リセット”位置にあり、ハートカムに接している状態。時積算計のカムはムーブメントのダイヤル側に配置され、画像の約8時位置には長いハンマーアームの支点が確認できる。Photo courtesy Omega

 ハンマーとカムの数は、積算計の数によって決まる。リューズ操作によって作動するハンマー&カム機構も、F.P.ジュルヌ クロノメーター・レゾナンスアクリヴィア AK-06のような時計ではゼロリセットを行う。

 ただし問題もある。“ハート”カムは、その形状ゆえに一方が他方よりわずかに高い位置にある状態になることがほとんどで、固定された回転式ハンマーでは、片側のアームが先にカムに当たってしまい、(理論上は)もう一方に届かないまま止まってしまう可能性があるのだ。

 イメージとしては、ひとつの蹄鉄で2本の釘を同時に打とうとするようなものだ。そう簡単な話ではない。

www.thenakedwatchmaker.com

The Naked Watchmakerによって撮影された分解状態のバルジュー7750。自己調整式の回転式ハンマーを示しているが、ハンマーの平らな先端がはっきりと確認できるほか、スパイラル状のドロップカム(ハートカムではない)も見ることができる。Photo courtesy The Naked Watchmaker

 そこで登場するのが、先に挙げたバルジュー7750に見られるような自己調整式の回転ハンマーだ。ハンマーにもうひとつ支点を設け、接続されたアーム上で回転できるようにすれば、ハートカムの位置に応じて、より遠くまで届いたり、逆に短く作用したりすることが可能になる。

 しかし(クロノグラフにおいては特に)部品点数が増えるほど、効率や信頼性は損なわれがちだ。ウォッチメイキングにおけるマーフィーの法則も、他と変わりはない。つまり、ほかの人の個体は問題なく動いていても、自分の自己調整式クロノグラフに限っては、いずれ不具合が出るに違いない――そんなものなのだ。

Eiichi Okuyama

ムーブメント上部中央を横切る巨大なリニアハンマーを備えた、フレデリック・ピゲ Cal.1185の分解状態。8時位置にはリセットプッシャーに連動するアームが確認でき、これが回転して平板状のリニアハンマーを押し込む。


9時位置では、黄色い歯車の下に、対応するカムを押すハンマーの平面部が見て取れる。続いて中央付近のハンマーがセンター針をリセットし、さらに右側にも別のアームが配置されている。Photo by Eiichi Okuyama for Chronos Japan

 1988年に登場したフレデリック・ピゲ製Cal.1185は、その後ロレックス デイトナを含む多くのモデルに影響を与える重要な先例となった。従来の回転式レバーとハンマーに代わり、このムーブメントでは、ひとつの部品に3本のアームを備えたリセット機構が採用されている。これが直線的に作動し、3つのカムを同時にリセットする、いわゆるリニアハンマーだ。

 この構造により、部品点数や調整箇所を抑えることができる。理論上は信頼性の向上にも寄与するが、一方でこの方式は自己調整機能を持たない。つまり、カムが想定された位置にない場合に柔軟に追従できず、ハンマーが十分な力でカムを平坦部へ押し込めなければ、クロノグラフが正しくゼロに戻らない可能性がある。

 そのため、リニアハンマーには極めて高い加工精度が求められる。実際、このムーブメントをベースとした時計(たとえば、近年自社製ムーブメントへと置き換えられたオーデマ ピゲのCal.2385など)では、リセット不良がしばしば指摘されてきた。

Rolex 4130

ロレックス Cal.4130。クロノグラフ秒針用に自己調整式アームを備えたリニアハンマーを最もよく観察できる。Photo courtesy of Rolex

 ロレックスのCal.4130は、同ブランド初の自社製クロノグラフムーブメントとして2000年に登場し、ピゲ製Cal.1185と同様のコンセプトを取り入れている。リセットハンマーは3つの独立したヘッドを持ち、それぞれが同時にカムへ作用する構造だ。

 しかし、上の写真(ロレックス提供)を見ると、その設計には工夫が加えられていることがわかる。ひとつのハンマーはアームの切り欠きに差し込まれたピンによって位置決めされており、最も長く、最も遠くまで届くようになっている。一方で反対側のハンマーは短く設計されている。さらに中央のクロノグラフ秒針用カムには、自己調整機能を備えたフレキシブルなハンマーが採用されている。

LIGA

ロレックス コスモグラフ デイトナに搭載されるCal.4130のクロノグラフホイール(左)と、LIGAプロセス(Lithographie, Galvanoformung, Abformungのドイツ語頭文字)製のセンターホイール。 Photo courtesy Rolex

 またロレックスのCal.4130では、クラッチとクロノグラフ秒針が実際にはオフセンターにあることも確認できる。これらの機能をダイヤル中央に導くために、ロレックスはLIGA製のセンターギア(ゼンマイ状の歯を持つ)を用い、スタート・ストップ・リセット時に生じるバックラッシュを抑えている。このLIGA製パーツは高価な解決策であるが、タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフではLIGA技術を独創的な方法で活用している。


モナコ “エバーグラフ”に搭載された双安定型コンプライアント クロノグラフ機構
TAG Heuer Evergraph

 これまでにも何度も言われてきたように、まったく新しいクロノグラフを発明することは、ウォッチメイキングにおいて最も難しいことのひとつかもしれない。このモデル以前に本当に画期的なことを成し遂げたクロノグラフといえば、おそらくさまざまな点で既存の概念を覆したオーデマ ピゲのRD#5だろう。私はこのTH80-00を、そのスペクトラムの別の位置にあるものだと考えている。対極ではないにせよ、そちらの方向に位置づけられるだろう。これは決して悪いことではない。ホイールを再発明するのではなく、それを簡素化しているのだ。TH80-00は、カムとレバーによるリニアハンマー式のリセット機構が持つ基本概念を踏襲しつつ、できる限り多くの部品を排除することでムーブメントを簡略化。これにより摩耗を抑えられるはずだ(そして当然ながら製造時間やコストの削減にもつながる)。またブランドによれば(私は実機を見ていないのだが)、プッシャーの操作感もまったく異なるという。従来のように“段差”を乗り越えるような感触ではなく、圧力がS字カーブを描くように変化し、はるかに心地よい操作感になっているとのことだ。

TH80-00

Photo courtesy TAG Heuer

 先ほど触れたレバーやアーム、ハンマーといった部品は、タグ・ホイヤーによってほぼすべて排除され、その代わりニッケル・リン製のしなりを利用した(柔軟で、変形によって力を伝達できる)ふたつの部品に置き換えられている。少し間が空いたので、最初に示した図に戻ろう。ここではケースバック側から見たムーブメントを示しているため、プッシャーは図の左側にある(実際に腕に装着すると右側に来るが)。

Monaco Evergraph photo

Diagram courtesy TAG Heuer.

 図自体を見れば一目瞭然という方もいるだろうが、ここでは各パーツごとに分解して説明していく。まず簡単なイメージとして(そして正直に言えば、ブランドの図解が届く前に自分でGIFを作ってしまったので無駄にしたくないという理由もあり)、動作を示すGIFをここに掲載する。もし再生が途切れるようなら、別のブラウザで開くことをおすすめする。この図ではクロノグラフは“停止”状態になっているが、ここでいう停止とはリセットではなく“一時停止の状態”を指している。

Evergraph

なおこの図で“Chronograph Off”と記されている状態は、より正確には“Chronograph Paused(クロノグラフ一時停止)”と呼ぶべきものだ。Illustrations courtesy TAG Heuer/GIF made by Mark Kauzlarich

 クロノグラフのボタン自体は従来どおり機能する(ただし感触は異なる)。上のGIF画像では部品との連動は視覚的に示されていないが、実際にはほかのプッシャーと同様、ゼンマイによって抵抗と復帰力が生まれる(図中のアームに接続された2本の長いゼンマイがそれを担っている)。

Illustration

最初のポジション(Diagram courtesy TAG Heuer)

 クロノグラフが作動していない状態を想定しよう(上図参照)。初期位置では、最初の双安定要素はケース側へ外向きにたわんでいる。

 ここでスタートプッシャーを押すと、丸みを帯びたくちばし状のハンマーが内側へ回転し、ニッケル・リン製の双安定型コンプライアント クロノグラフ機構の支点上部から突き出た突起に沿って滑り降りる(後述のGIFでは緑色で示されている部分)。これにより、いくつかの即時的な変化が生じる。

TAG Heuer

スタート (Diagram courtesy TAG Heuer)

 まず、ふたつの安定位置のいずれかに収まろうとし、現在はプッシャー側へたわんでいる最初の双安定要素(赤色)が、力を受けて反転する。これにより上側の支点が反時計回りに回転し、要素は内側へとたわむ。この動きが中央の双安定ブロックを押し上げ、クロノグラフ機構を持ち上げて解放し、回転可能な状態にする。

 同時に、反対側の支点(この機構の下部を固定する側)に設けられた延長部が時計回りに回転し、ロッドをガイドから引き抜く。その結果、垂直クラッチのアームが外側へ押し広げられ、クラッチが輪列と噛み合い、クロノグラフが作動を開始する。図中では、この動きが外向きの両矢印で示されている。

TAG Heuer

ストップ (Diagram courtesy TAG Heuer)

 これでクロノグラフは作動状態になる。もしクロノグラフを一時停止したい場合は、上側のプッシャーを押す。するとハンマーがトップの支点の別部分を押し、レバーを外側へとたわませる。これら一連の動きはすべてハンマーによって生み出されるものであり、ほかの部品によるものではない。その結果、アームが再びクラッチの周囲に噛み合い、クラッチ(および積算計やセンター針)を一時停止状態に保持するのがわかるはずだ。そのあとはクロノグラフを再スタートさせることもできるし、停止したまま下側のプッシャーでリセットすることもできる。

Reset TAG Heuer

 そのプッシャーは(紫色の)アームを動かし、LIGA技術を用いたニッケル・リン製リセットハンマーの先端を回転させる。この部分は双安定構造になっており、上向きまたは下向きのいずれかにたわむ。そしてリセットアームの力によってハンマーは下方向へとたわみ、センタークロノグラフ秒針、インダイヤルのクロノグラフ秒針、そして分積算計の各ハートカム(さらに図には示されていないセンタークロノグラフホイール)を同時に打つ。

Chronograph Reset

ここではクロノグラフが完全にリセットされた状態が示されており、ニッケル・リン製ハンマーは下がって積算計のハートカムに接している。またニッケル・リン製のスタート/ストップ用部品は停止位置で外側にたわみ、アームが垂直型クラッチを持ち上げた状態で保持しているのが確認できる。Diagram courtesy TAG Heuer

 このモデルには時積算計は備わらず、分積算計のみの構成となっている。一方で、この機構のなかでも特に巧妙だと感じられるのは、単一部品にまとめられている点に加え、ハンマーが中央の支点に沿ってスライドする構造ではないことだ。そのため、ひとつのハートカムに接触した際にわずかに変形して傾き、もう一方のカムを“探る”ように動いてから、最終的に水平へと戻る。この柔軟な挙動により、理論上は信頼性の向上と摩耗の低減が期待できる。

 さらに機構の上にはチェッカーボード状のプレートが配置されている。これは、コンプライアント部品が3次元的に歪むのではなく、直線的な平面内で双安定状態を維持するためのものだ。

 また、この図には示されていないが(上の図でもほとんど確認できない)、リセットハンマーの左側には補助的な部品が追加されている。この部品は回転しながら作動し、60分積算計のハートカムがずれている場合でも、より確実に接触できるよう補助する役割を担う。

Chronograph with cams offset.

この図では、ハンマーの一方の部分がもう一方より先にカムに当たる可能性のある角度を示すために、ハートカムの位置を意図的にずらしている。しかしこのバイステーブル要素を用いれば、より容易に適切な位置へとしなって適応することができる。Diagram courtesy TAG Heuer

 TH81-00(ヴォーシェとの共同開発)と同様に、タグ・ホイヤーは自社ラボで開発した双安定型コンプライアント クロノグラフ機構を、ヴォーシェとともに発展させ、TH80-00ムーブメントへと昇華させている。この点は、スペックや構造がヴォーシェの自社製ハイビート一体型クロノグラフ、Seed VMF 6710と共通する部分を持つことを見れば、特段驚くにはあたらない。

 タグ・ホイヤーによれば、これらの双安定要素はまず自社で開発され、その後ヴォーシェと協働して実用的なムーブメントへと統合されたという。実際、技術的にもいくつかの共通点が見られる。TH80-00は3万6000振動/時(5Hz)で作動し、クロノグラフは自然に10分の1秒単位の計測を可能とする。また、オフセンター配置の垂直クラッチを採用し、2本のピンサーアームによる構造はヴォーシェの設計を想起させるものだ。

 ただし一部の構成要素に共通性はあるものの、タグ・ホイヤーは「ヴォーシェのムーブメントをベースにした」というよりも、「ヴォーシェが既存の知見を用いて、この新しい機構に適応させた」と捉えるほうが正確だとしている。

TAG Heuer

 タグ・ホイヤーは今回の機会に、ダイヤル6時位置に配されたTH-カーボンスプリング搭載のテンプおよび脱進機の採用拡大も進めている。なおTH-カーボンスプリングは、2025年に同社が発表した自社開発のヒゲゼンマイで、化学気相成長法(CVD)によって生成されたカーボン複合材製だ。

 その特性はシリコンに近く、非磁性かつ耐衝撃性を備える一方で、耐熱性や低慣性、さらには高精度といった点で優位性があるとされている。

TAG Heuer Evergraph

THカーボンスプリングのヒゲゼンマイと脱進機。Photo courtesy TAG Heuer

 業界関係者によれば(今回の発表内容の詳細には触れないかたちで)、可撓性を備えたクロノグラフ機構という発想自体は以前から存在しており、ウォッチメイキングの各要素に機能性と柔軟性を持たせるアプローチは、いわば“聖杯”とも言えるテーマだったという。

 余談だが、フレクサス(Flexous)という企業は、この分野に特化した存在として知られている。シリコン部品を多様な時計機能へ応用することを目指し、シリコン製オシレーターを採用したゼニスのデファイ・ラボや、フレデリック・コンスタントのリムライン モノリシック マニュファクチュール 40Hzの開発にも関与してきた。現在では、プラグ&プレイ型のシリコン製時計コンポーネントも手がけているという。

 関係者の話では、フレクサスは双安定型クロノグラフ機構についても長年にわたり同様のコンセプトを提案してきたものの、実際に採用された例はなかったとされる。

 一方でタグ・ホイヤーは、デファイ ラボの開発初期にはフレクサスと協働していたが(その後、量産に向けた設計はゼニスへと引き継がれた)、ここ8年以上は共同開発を行っていないとしている。また今回の機構に関する知的財産は、すべてタグ・ホイヤーが保有しているという。

Dial view

Photo courtesy TAG Heuer

 最後に付け加えておきたいのが、新たに導入された自動巻き上げ機構だ。こちらもヴォーシェの6710に着想を得ているが(単なるコピーではない)、固定構造は見直され、従来7本だったボルトは4本へと削減されている(もっとも、筆者の目には3本に見えるが、タグ・ホイヤーによれば4本とのことだ)。

 また巻き上げ反転機構も再設計されており、5年間の保証期間に耐えうる仕様となっている。さらに同社では、実際には約10年相当の耐久テストを行い、保証期間を上回る信頼性を確保しているという。

TH80-00

 その結果として生まれたのが、直径40mm、厚さ14.5mmのクロノグラフだ。ケースはポリッシュ仕上げのブラックDLCコーティングを施したグレード5チタン、あるいは無垢のグレード5チタン製。テキスタイル調のエンボス加工を施し、レッドまたはグレーのステッチをあしらったブラックまたはブルーのラバーストラップが組み合わされる。防水性能は100m。

 そして何より、このモデルの核となるのは、ブランド近年のラインナップのなかでもとりわけ興味深いムーブメントのひとつだ。


結論

 多くのコレクターは、無数のブリッジやレバーがムーブメント上に広がり、機械式であることを強く感じさせるような、いかにも複雑に見える時計に惹かれるものだ。一方で、ほぼすべての時計師は、より重要なのはシンプルさと信頼性だと語るだろう。

 複雑機構を成立させつつ、その機能を簡素化できれば、両者の利点を兼ね備えることになる。ただしその代償として、多数の部品が動く様子を眺める視覚的な魅力や楽しみは、いくらか失われることになる。

TAG EVERGRAPH

 タグ・ホイヤーは視覚的な魅力を大きく損なうことなく、むしろ今後のモダンで実験的なモデルの基盤となりうる、きわめて現代的なデザインに重心を置いている。さらに毎時3万6000振動(5Hz)のハイビートに加え、COSC認定も備え、開発面で求められる要素を幅広く押さえている。

 価格は493万9000円(税込)と強気であり、ムーブメントサイズの制約から、当面はモナコに限られる点はやや惜しい(現時点では行き止まりのようにも見える)。それでも本作は、タグ・ホイヤーにとって久々に登場した、市販モデルとして成立した“業界初”の革新と言えるだろう。

 タグ・ホイヤー モナコ “エバーグラフ” Ref.CEW5181.FT8123およびCEW5180.FT8122: 直径40mm×厚さ14.5mmの、細かなサテン仕上げとポリッシュ仕上げを施した標準またはブラックDLCコーティングのグレード5チタンケース。100m防水。透明なアクリルガラス製スケルトンダイヤル、細かなサテン仕上げとサンドブラスト仕上げを施した標準またはブラックDLCコーティングのブリッジ、ロジウムメッキまたはブラックゴールドのオープンワークの時針と分針、ホワイトスーパールミノバとレッドラッカー仕上げの先端。ミニッツカウンターとスモールセコンドを備えたクロノグラフ。70時間のパワーリザーブを備える、ニッケルリン製部品が用いられた自動巻きムーブメント Cal.TH80-00。テキスタイルエンボス加工とステッチを施したラバーストラップ。価格は493万9000円(税込)。

 タグ・ホイヤー モナコ “エバーグラフ”とTH80-00の詳細についてこちらから。