改めて考えると、機械式時計とスーツには実に多くの共通項がある。100年以上も昔に確立されたデザインコードが、今もなお継承されていること。熟練職人の叡智を結集した、クラフツマンシップの象徴であること。そして何より重要なのは、常にその性能を発展させてきたことだ。時計においては精度や機構の進化、そしてスーツにおいては、“心地よさ”を叶える機能性の追求である。とりわけこれからの季節において快適さを左右するのは、年々苛烈さを増し、長引く暑さと湿度への対応だ。しかもただ涼しい服ではなく、美意識や品格を保ったまま清涼感も享受したい。この理想を形にした装いこそが、いま紳士たちの装いのひとつの到達点といえるだろう。
日本を代表するオーダースーツ店のひとつ、麻布テーラーが今季提案するモヘアスーツは、そんな願いを解決に導く一手となる。スーツ好きにとっては馴染み深いクラシックな素材だが、同社では今季、イタリアとフランスの名門メーカーに別注をかけた特別なモヘアファブリックを製作した。華やかな光沢、美しい仕立て映え、そしてシャリッとした清涼感といったモヘアの特性を継承しつつ、より軽やかに、柔らかにアップデートされているのが特徴だ。ちなみに同社のスーツは、個々人のオーダーに応じてすべて自社ファクトリーで作られている。時計に置き換えるならばマニュファクチュールと言えるだろうか。テーラリングの伝統を礎としつつ、時代をキャッチアップする進化も忘れない。そんな哲学は、まさに名門機械式時計ブランドに近しい。両者を巧みに掛け合わせれば、装いの魅力はいっそう輝くはずだ。今回は腕時計も、伝統を背景とした時代へのマッチアップをテーマとした。その実例をお目にかけたい。
モヘアの輝きとコンビケースがもたらす、春の華やぎ
モヘア最大の特色は、輝くような光沢にある。カシミアやシルクの色気を帯びた艶とはひと味違う、清々しい華やぎが真骨頂だ。その魅力を存分に堪能できるのが、イタリア屈指の実力派メーカーと名高い、カルロ・バルベラに別注した生地による一着だ。特筆すべきは、モヘア100%である点。一般的にはウールとのブレンドが大半を占めるなかで、相当に珍しい。前述の光沢、そしてモヘア特有の清涼感もひとしおに感じられる。ここでスーツに明るい人からは、「モヘア100%では肌触りが硬くなるのでは?」という疑問が浮かぶかもしれない。しかし、心配はいらない。なぜならこの別注生地は、ヨコ糸をタテ糸よりもあえて細くすることで柔らかさも高めているから。こういった微差のアレンジが、テーラーならではと言えるだろう。
そんなスーツの手元に彩りを添えるのが、チューダーのブラックベイ ワン 36 S&Gである。ツールウォッチの系譜を受け継ぐシルエットと、同ブランドのダイバーズにおけるアイコンであるスノーフレーク針は、チューダーの血統を感じさせるデザインだ。しかし、ベゼルやブレスレットのセンターリンクにイエローゴールドキャップを施すことで、海よりも都市での使用を前提としたエレガンスを取り入れている。フルゴールドよりも涼やかな印象にして、ステンレススティール(SS)製の時計よりも華やか。まさに、本モヘアスーツと同じキャラクターを持つ時計と言える。36mmというケース径はジャケットの袖口にうってつけだ。
ネイビースーツ17万4350円〈オーダー価格〉、ニット1万9800円、スカーフ7700円/以上すべて麻布テーラー
アイウェアとシューズはスタイリスト私物
なおこちらの一着は単品のジャケットではなく、珍しい“ブレザースーツ”である点にも言及しておきたい。共地のスラックスを仕立てればより華やかな印象になるだけでなく、シーンに合わせた着回しまで楽しめる。既製品ではなかなかお目にかかれないアイテムだからこそ、オーダーメイドであることのアドバンテージが薫る。なお、ブレザーはスポーツやミリタリーに由来する服のため、ノータイでさらりと着こなすのにもぴったりだ。スーツでもこのように軽やかな装いには、ブラックベイのカジュアルな顔立ちがよく似合っている。
チューダー ブラックベイワン 36 S&G Ref.m79643-0002
94万9300円(税込)
1969年に初採用されたスノーフレーク針は、夜光塗料の面積を広げることで視認性の向上を図ったダイバーズウォッチ由来の意匠。クールなシルバーダイヤルにもよく映えている。ムーブメントはCOSC認定も受けるマニュファクチュール キャリバーMT5400。実用性にも優れたモダンヘリテージウォッチだ。※麻布テーラーでの取り扱いはなし
キッドモヘアスーツの洒脱を、旬色の文字盤で引き立てる
グレースーツ14万6850円、シャツ2万900円〈ともにオーダー価格〉、ネクタイ1万1000円/以上すべて麻布テーラー
モヘアスーツをまとった男は実に小粋だ。華やかさとともに漂う、独特の軽快感がそう見せるのだろう。そのなかでもマスターピースと称されるのが、フランスのドーメルが1958年に発表したスーパーブリオである。名声の理由は、原料の特別さ。モヘアはアンゴラヤギの毛から作られる素材だが、スーパーブリオは生まれて間もないヤギから採れるキッドモヘアを厳選しているのが特徴だ。繊維1本1本が極めて細くしなやかなため、仕上がりは驚くほど軽く、シルクのような繊細な光沢を放つ。この控えめながらも奥行きのある輝きが装いに大人のゆとりを添え、結果として洒脱さもいっそう引き立つというわけだ。
そんなスーツスタイルに合わせる時計は、やはりさりげない粋を薫らせる一本がいい。たとえばブライトリングのプレミエ B09 クロノグラフ 40などは絶好の選択だ。プレミエ自体は1943年に誕生し、クロノグラフを計器から“スタイル”に昇華させた、同ブランドにおけるドレスウォッチの金字塔である。長方形のプッシャー、ヴィンテージテイストが薫るインデックスや針など、意匠はあくまで伝統的。そこに新鮮なツイストを加えているのが、ピスタチオグリーンの文字盤だ。このような淡いカラーダイヤルは時計業界の次の潮流と目されており、旬度は非常に高い。しかし、そんな背景を知らずとも垢抜けた印象は十分伝わってくる。
陽光を麗らかに反射するキッドモヘアスーツにほのかな遊び心を添える、ピスタチオグリーンの手元。これ見よがしな派手さとは無縁でありながら、洗練にあふれた佇まいだ。ちなみにこちらのスーパーブリオも麻布テーラーによる今季の別注となっている。モヘア54%にウール46%と天然素材オンリーだが、ナチュラルストレッチ加工を施してストレッチ性も実現した。見た目だけでなく、現代のドレススタイルに求められる着心地にも配慮した、限定ファブリックなのだ。
ブライトリング プレミエ B09 クロノグラフ 40 Ref.AB0930D31L1P1
124万3000円(税込)
ドレスクロノグラフの名機であるプレミエ。パイロットウォッチに由来する質実剛健さにエレガンスを融合させたデザインは、ドレッシーかつ男らしさも漂うスーツスタイルに好相性だ。ケース径40mm、厚さ13.08mmとクロノグラフながら比較的スマートな佇まいも上品さに貢献している。ムーブメントは自社製の手巻きキャリバーB09を搭載。※麻布テーラーでの取り扱いはなし
クラシシズムに託す、紳士の品格
チェックスーツ12万4850円、シャツ2万7500円〈ともにオーダー価格〉、ネクタイ9350円、チーフ1650円/以上すべて麻布テーラー
アイウェアとシューズはスタイリスト私物
モヘアスーツは夏の暑さをいなす実用性を備えつつ、ワンランク上のドレス感も放てる服だ。事実、結婚式やパーティなど“ハレ”の場にモヘアスーツを選ぶウェルドレッサーは多い。光沢の美しさに加えて、パリッとしたテクスチャーゆえ抜群に仕立て映えするのがその理由である。言い換えれば、クラシックな品格を発揮するのにうってつけの一着なのだ。ここに紹介するのもまた、麻布テーラーがカルロ・バルベラに別注したモヘア生地。同社は岩を切り出した地下倉庫で糸を“寝かせて”から生地に織り上げる独自の生地作りを行うことで有名。これにより生地が空気を含み、ふんわりと肌触りよく仕上がるのだという。そこにもう一段階の柔らかさを追加すべく、ソフトフィニッシュ加工も施した。それでいて、モヘア特有のハリコシもキープ。復元力が高くシワにもなりにくいため、例えばクルマを運転した後でも美しいシルエットを崩さない。
そしてよく見ると、モヘアスーツとしては珍しいチェック柄である。しかも格子がランダムにかすれたような線を描いている。これはブークレヤーンとよばれる、糸の表面が不規則なループ状になった糸を使用しているためだ。端正でハリのあるモヘアのテクスチャーに適度なリラックス感が加わることで、幅広いスタイリングに対応できるよう計算されているのである。
クラシシズムの魅力にあふれたスーツにマッチングさせたのは、同じく伝統美が光るタイムピースだ。ロンジンのコンクエスト ヘリテージは、1954年に同社が初めてコレクションとして名称を定めた記念すべきファーストシリーズにオマージュを捧げたモデルである。楔形のインデックスにドーフィン針、ノンデイトという組み合わせは、まさに往年の王道ドレスウォッチといった趣だ。渋い赤茶色の文字盤はクラシカルなムードを後押しするとともに、緊張感のある顔立ちに適度なたわみを持たせている。これは、着用したスーツにも通じるところである。また、オリジナルをかなり忠実に再現した時計であるが、決して懐古趣味なだけではない。シリコン製のヒゲゼンマイや約72時間のパワーリザーブなど、中身はしっかりと進化を遂げているのだ。クラシックを愛し、後世に残していきたいからこそ、本質のアップデートを怠らない。それがモダンジェントルマンの本領なのである。
ロンジン コンクエスト ヘリテージ Ref.L1.649.4.62.2
46万5300円(税込)
38mm、40mm(SSブレスのみ)のサイズ違いで展開するコンクエスト ヘリテージ。SSケースにブラウン文字盤、ゴールドカラーのインデックス&針という組み合わせが実に渋く、クラシックを匂わせる顔つきだ。裏蓋には魚のモチーフをあしらった18Kゴールド製のメダリオンが配され、1950年代から変わらないエレガンスを示している。※麻布テーラーでの取り扱いはなし
時を刻む精密機械と、体と感性に寄り添う一着のスーツ。その両者に共通するクラフツマンシップの真髄は、苛烈な季節においても品格を失わない強さにある。進化を遂げた伝統素材がもたらす清涼なエレガンスは、麻布テーラーのパーソナルオーダーをとおしてより鮮明に見えてくることだろう。
Photographs:Kazuki Nagayama Styled:Masahide Takeuchi Hair&Make:Go Utsugi[PARKS] Words:Hiromitsu Kosone