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Watches & Wonders 2026のロジェ・デュブイを貫いていたのは、「Movements of the Sky」というテーマだった。天体の運行、星の観測、月の満ち欠け。そしてその先にある、神話や伝説の世界。ロジェ・デュブイは今年、時間を測るための空と、人間の想像力をかき立てる空、その両方をテーマとして扱っていた。
このコンセプトは、新作のラインナップにもはっきりと表れている。新たなエクスカリバー バイレトログラード カレンダーには、宇宙の深い青を思わせるコズミックブルーが与えられた。40mmのステンレススティールケースに、曜日と日付を表示するバイレトログラード表示を備え、ジュネーブ・シール認証を受けた自動巻きのCal.RD840を搭載するモデルだ。
一方、より複雑機構の領域へ踏み込んだのが、エクスカリバー バイレトログラード パーペチュアルカレンダーである。新たに開発されたCal.RD850を搭載し、永久カレンダーに加えて6時位置に天文学的ムーンフェイズを備える。レトログラードメカニズムのブリッジにはインナーアングル仕上げが施され、文字盤にはアストラルブルーのマザー・オブ・パールや、アベンチュリンを用いたムーンフェイズディスクが組み合わされている。天体というモチーフは単なる装飾的なテーマではなく、カレンダー機構やムーンフェイズという時計の機能そのものと結びついている。
このように2026年のロジェ・デュブイは、天体の運行や月、星といったモチーフを通じて、時計機構と詩的表現を結びつけていた。だが、それと同時にもうひとつ、近年の同社のプロダクトを貫く大きな流れがある。創業期のロジェ・デュブイ像を追う、ジュネーブの伝統的な高級時計製造と、独自の表現力への回帰である。
ロジェ・デュブイCEO デビッド・ショーメ氏
その兆しは、2025年のWatches & Wondersで発表されたエクスカリバー バイレトログラード カレンダーに明確に表れていた。創業者ロジェ・デュブイ氏にとって重要な機構であったバイレトログラード表示を現代的なエクスカリバーケースに収めたこのモデルは、クラシックなロジェ・デュブイを知るコレクターと、近年のより大胆なロジェ・デュブイに惹かれるファンの双方に向けられたものだった。さらに直近のオマージュ ラ プラシードもまた、この“原点回帰”の文脈に置くことができる。大胆かつ過激で、アドレナリンに満ちたロジェ・デュブイ。そのイメージは依然として強い。しかしいま、メゾンはそこにジュネーブのオートオルロジュリーという創業以来の軸を改めて重ね合わせようとしている。
これは単なる回帰なのか。それとも、ロジェ・デュブイが次の表現へ進むための再定義なのか。Watches & Wonders 2026のブースで、CEOのデビッド・ショーメ氏に話を聞いた。
2025年11月に発表され、瞬く間に完売となったオマージュ ラ プラシード。
牟田神佑介
まず、CEO就任時に掲げられたブランド戦略についてうかがいます。2025年のWatches & Wondersで発表されたエクスカリバー バイレトログラード カレンダーから、今年のエクスカリバー バイレトログラード パーペチュアルカレンダーへと続く流れを含めて、現在どの程度まで実行できているとお考えでしょうか。
デビッド・ショーメ氏
ロジェ・デュブイが30周年を迎えるなかで、私たちはメゾンのオートオルロジュリーとしてのポジショニングをさらに強化してきました。単に過去を振り返るのではなく、ロジェ・デュブイのヴィジョンに近いコンプリケーションを改めて取り上げ、それを現在のコレクションのなかで再び前面に押し出すこと。それがこの数年の大きな方向性です。
その最初の大きな表現が、バイレトログラードムーブメントにもう一度光を当てることでした。昨年のエクスカリバー バイレトログラード カレンダーは、その方向性を示す非常に重要なモデルだったと思います。そして今年は、その先にあるより高度な時計製造の内容を備えたパーペチュアルカレンダーモデルを発表しました。バイレトログラードというメゾンのシグネチャーを用いながら、パーペチュアルカレンダーという複雑機構、そして仕上げの美しさを通じて、ロジェ・デュブイが考える高級時計製造をより明確に示しています。
エクスカリバー バイレトログラード パーペチュアルカレンダー。2025年発表のオマージュ ラ プラシードのものとは異なる、新開発のCal.RD850を搭載している。
牟田神佑介
2026年のテーマである「Movements of the Sky」は、その戦略とどのようにつながっているのでしょうか。
デビッド・ショーメ氏
今年のテーマは、私たちが進めている方向性と強く結びついています。大きく分けると、いくつかのレイヤーがあります。ひとつは人間が空を見上げ、時間や季節を理解してきたという側面です。これはカレンダーやパーペチュアルカレンダー、ムーンフェイズといった時計の機構と自然につながります。
もうひとつは、より詩的な側面です。たとえばアーサー王伝説に登場するレディ・オブ・ザ・レイク(湖の乙女)、あるいは彼女がアーサーやマーリンを迎えたブロセリアンドの森の物語。そこには、時間を知るための空とは別の、想像力や魔法性を呼び起こす空があります。そうした神話的な世界も、今年の重要なインスピレーションになっています。
さらに今年は、Q-LabによるRaritiesプログラムも世界に披露しました。空や月、ムラーノガラスの技法に倣って作られたガラス、SLN(スーパールミノヴァ)などから着想を得たユニークピースを通じて、ロジェ・デュブイの創造性をより実験的に示す取り組みです。
エクスカリバー レディ・オブ・ザ・レイク
牟田神佑介
現在のロジェ・デュブイにとって、最も大切にすべき価値はどこにあるのでしょうか。創業者ロジェ・デュブイ氏の精神や初期のブランドコードを現代の時計に落とし込むうえで、変えるべきもの、守るべきものをどのように捉えていますか。
デビッド・ショーメ氏
まさに私たちの存在意義にまつわる話です。ロジェ・デュブイの価値観、DNA、そして創業者であるロジェ・デュブイ氏の根本的な目的は、ジュネーブにおける伝統的なオートオルロジュリーを創造することにありました。
ただし、それだけではありません。私たちの時計には通常のジュネーブの伝統的な高級時計ではあまり見られない表現力、つまりエクスプレッシビティが必要でした。
ジュネーブ・シールに象徴される伝統的なウォッチメイキングと、メゾン独自の自由な表現力。その融合こそが、ロジェ・デュブイのDNAです。この方向性は、私がロジェ・デュブイに加わる以前から続いてきたものであり、現在も未来のタイムピースを作るうえでの大きな指針になっています。
牟田神佑介
つまり方向性が大きく変わったというよりも、これまでのDNAを保ちながらその見せ方を調整している、という理解でよいのでしょうか。
デビッド・ショーメ氏
そのとおりです。私は、この方向性は正しいと強く信じています。ロジェ・デュブイはジュネーブのマニュファクチュールであり、ハイレベルな高級時計製造を続けるウォッチメーカーです。その土台は変わりません。変わるのは、そこにどのような表現力を加えるか、そしてそれをどのようにコレクションのなかで見せるかです。
これまでもより大胆で、よりロジェ・デュブイのエクストリームな面にフォーカスした作品を発表してきました。一方で、エクスカリバー バイレトログラード、去年発表したオマージュ ラ プラシード、そしてエクスカリバー バイレトログラード パーペチュアルカレンダーのように、豊かな表現力をまとい、高度な時計製造に基づき、強い個性を持ちながら伝統的なウォッチメイキングを思わせる作品もあります。つまり、DNAは変わりません。変わるのは伝統と表現力のバランスです。どちらか一方に寄せきるのではなく、その時々の作品に合わせて、比率を調整しているのです。
エクスカリバー バイレトログラード カレンダーのステンレススティールモデル。
ナイツ オブ ザ ラウンドテーブル 魔術師マーリン Ref.DBEX1117
牟田神佑介
創業者ロジェ・デュブイ氏の精神や、初期のブランドコードを現在の時計に落とし込むにあたり、どのような点を大切にされていますか。
デビッド・ショーメ氏
大切なのは、ジュネーブのオートオルロジュリーの伝統と、ロジェ・デュブイらしい表現力のバランスです。ムーブメントの設計や仕上げ、部品同士の構成など各要素には、守るべき伝統があります。たとえデザインとしては大胆に見えたり、ときに伝統からの断絶のように感じられたりしても、仕上げの質や設計の美しさ、全体のバランスは維持しなければなりません。
そのうえで、ロジェ・デュブイとして大切にしているものに、独自の表現力があります。それはメティエダールを通じて表れることもあれば、ナイツ オブ ザ ラウンドテーブルのようなレジェンダリーな世界観として表れることもあります。あるいは直近の一連のバイレトログラードモデルのように、より時計製造そのものに根ざしたシグネチャーとして表現されることもあります。そうそう、スケルトンデザインもそのひとつです。ロジェ・デュブイにとって最も難しく、同時に最も大切なのは、ジュネーブの高級時計製造と表現力の正しい組み合わせと均衡を見つけることです。そのふたつが揃ってこそ、ロジェ・デュブイの時計になるのです。
牟田神佑介
1995年の創業時からジュネーブ・シールを積極的に取得していたこともあり、ロジェ・デュブイのDNAを語るうえでその認証は重要な要素だと考えています。そのほかに、これからのロジェ・デュブイにおいて守り続けるべきキーワードや要素はありますか。
デビッド・ショーメ氏
もちろん、ジュネーブ・シールはロジェ・デュブイのDNAの核にある重要な要素です。ジュネーブに根ざしていること、マニュファクチュールであること、そして社内から生まれる創造性も非常に重要です。ただ、重要な要素をひとつひとつリストアップするだけでは十分ではありません。より根本にあるのは、クリエイティブであり続けながらクラフトに集中し、そしてブランドならではのユニークなタイムピースを考案し、製造することそのものです。そしてそれによって、私たちを支持してくださるコミュニティの感情を動かすことが必要です。
ジュネーブ・シールは、品質や仕上げ、製造地に関する厳格な基準を示すものです。しかし、それだけでロジェ・デュブイが定義されるわけではありません。ジュネーブの伝統的な高級時計製造を土台にしながら、そこに強い創造性とエクスプレッシビティを加えること。それこそが、ロジェ・デュブイという“ジュネーブのエクスプレッシブ・ウォッチメーカー”の本質です。エクスカリバー バイレトログラード カレンダーは、昨年のWatches & Wondersで高い反響を得ました。その後、世界各国のマーケットでお客様にご紹介する機会がありましたが、年間を通して反応はとても良好でした。特に日本では大きな成功を収め、ベストセラーとなりました。
この製品は、初期のロジェ・デュブイを嗜好するコレクターの心に寄り添うものです。それはバイレトログラード機構、マザー・オブ・パール、繊細なコンプリケーションといったロジェ・デュブイのDNAを感じさせるからにほかなりません。同時に、エクスカリバーのケースが持つ力強い表現力によって、近年のロジェ・デュブイを愛する方々にも響いています。つまり、このデザインによって、ふたつの世界をうまく結びつけることができたのだと思います。クラシックかモダンかという二項対立ではなく、ロジェ・デュブイらしさを異なる世代のコレクターにどう届けるか。その答えのひとつになったのではないでしょうか。
2025年のWatches & Wondersで発表されたエクスカリバー バイレトログラード カレンダーは、原点回帰を謳うブランドの姿勢を明確に示すものであった。
牟田神佑介
私自身も同じ印象です。以前からロジェ・デュブイを好むコレクターと、近年のよりモダンなロジェ・デュブイを好む人々、その両方に届いているように感じました。
デビッド・ショーメ氏
それは嬉しいですね。私たちは「古い」「新しい」、あるいは「モダン」「クラシック」といった分類だけで時計を考えているわけではありません。最終的に大切なのは、そのタイムピースを見た人の感情にどのように触れるかです。古いか新しいかではなく、デザインとして、そしてスイスの時計製造に根ざす時計として、どのようなメッセージを発しているのか。そのメッセージこそが時計を見る人の感情を動かし、惹きつけるのです。
牟田神佑介
バイレトログラードは創業初期からの重要な機能ですが、ほかにもゴールデン スクエアやシンパシーのようなデザイン面の資産があります。今後、そうしたアーカイブに着想を得たクリエイションも登場する可能性はあるのでしょうか。
デビッド・ショーメ氏
ロジェ・デュブイの歴史は31年です。時計製造の世界の尺度で見ても、あるいは人類の歴史の尺度で見ても、とても短い時間です。しかしその短い時間のなかで、ロジェ・デュブイの創造性は驚くほど広い領域にわたって展開されてきました。メゾンのなかには、ムーブメント、ケース、デザインに関する多くの資産があります。
これからのロジェ・デュブイは、新しい創造性やイノベーションとこれまでに築いてきたものへの敬意、その両方を組み合わせながら進んでいきます。過去をそのままの形で繰り返すのではなく、インスピレーションを得て、未来へ向けて投影していくということです。
現時点で、たとえばゴールデン・スクエアがそのまま戻るかどうかを明言することはできません。ただ、バイレトログラードと同じように、ロジェ・デュブイの歴史に着想を得ながら、新しい創造性とイノベーションによって未来につなげていくという考え方はこれからも変わりません。
牟田神佑介
そのメッセージは、プロダクトデザインにもはっきり表れていますね。バイレトログラードのケースバック、ムーブメントの外周部には、過去からインスピレーションを受けながらも、それに縛られず、新しいことに挑んでいくという趣旨のメッセージがフランス語で刻まれています。あれこそが、ロジェ・デュブイの考え方を非常にクリアに伝えていると思います。
デビッド・ショーメ氏
その通りです。私たちからのメッセージは、時計そのものに刻みました。ただしそれは、プロダクトデザインだけで完結するものではありません。ロジェ・デュブイのブティックに入ったときの体験、あるいはWatches & Wondersのブースで受ける体験、そしてサービス。そうしたすべてが同じメッセージを伝えるものです。
製品、体験、サービスが一体となって、ロジェ・デュブイの感情を届けていく。それが私たちの考え方です。
“C’est une montre actuelle, inspirée mais pas soumise au passé, qui se projette dans un futur qui nous appartient.”を日本語に訳すと、「これは現代の時計であり、過去からインスピレーションを得ながらも、それに縛られることなく、私たち自身の未来を見据えた時計です」となる。
デビッド・ショーメ氏へのインタビュー後、ブースを出て改めて感じたのはロジェ・デュブイが単にクラシックへ戻ろうとしているわけではない、ということだった。もちろん、バイレトログラードやジュネーブ・シールといった眼に見えるDNAを司る要素は、ブランドの根を語るうえで欠かせない。しかしショーメ氏が繰り返したのは、それらを単独の記号として扱うのではなく、クラフト、創造性、そして感情を動かす力と結びつけることだった。原点回帰とは、過去へ戻ることではない。ロジェ・デュブイにとってそれは、未来へ進むために、自らの輪郭をもう一度鮮明にする作業なのだ。
Watches & Wonders 2026の会期中、CEOの手元には、スーツの色に合わせたネイビーのストラップが輝くエクスカリバー バイレトログラード カレンダーがあった。
Photographs by Masaharu Wada
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