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時計は世の多くのプロダクトと同様、個々の要素が積み重なって成り立っている。しかしときにふたつの要素が、時計そのものの存在感を凌駕しかねないほどの関心を集めることがある。グランドセイコーのSLGB001とSLGB003は、見事な仕上げ、細部へのこだわり、美しいダイヤルといった、ブランドに期待される要素をすべて備えた堅実な新作である。しかし自らを誇示することの少ないグランドセイコーがゼンマイ駆動式の腕時計の精度の世界記録を更新した可能性が高く、時計コミュニティが長らく求めていた(ブレスレットの)微調整機構つき中留を実現したとなると、細部に気を取られて全体の意義を見落としてしまうのも無理はない。
まず本作は(私が知る限り、そしてグランドセイコーが確認する限り)主ゼンマイを動力源とする時計として、世界でもっとも高い精度を誇る時計である。そう、これは水晶振動子を搭載したスプリングドライブムーブメントだが、年差±20秒(そう、1年間の誤差である)という数値はグランドセイコーが数十年にわたり積み重ねてきた努力の結実と言ってよいだろう。
1969年、グランドセイコーは月差±1分の初代V.F.A.(Very Fine Adjusted)ムーブメントを発表した。そして56年後の現在、Cal.9RB2(Ultra Fine Accuracy、略してU.F.A.)においてその36倍の精度を実現している。またグランドセイコーの現行機種で高精度を誇るCal.9R86と比較しても、その9倍の精度を持つ。このムーブメントは72時間のパワーリザーブを備え、サイズは直径30mm×厚さ5.02mmと極めてコンパクトである。2025年のWatches & Wondersではいくつかの発表を見逃してしまっている可能性があるが、この1本だけで今年のハイライトと呼ぶに値する。しかし、グランドセイコーはそれで満足しなかった。
新型ムーブメント、Cal.9RB2。
2024年秋、グランドセイコーの製造現場を視察するために日本を訪れた私は、セイコーウオッチの内藤昭男社長にインタビューした。用意していた質問をすべて終えたころには、約束の時間が迫りつつあった。すると内藤氏がこう尋ねてきた。「さて、本当に知りたいことは何ですか?」。私は、「そうですね、せっかく話を振ってくださったのですから、ブレスレットについてお聞かせください」と答えた。
内藤氏はもちろん、グランドセイコーのブレスレットがブランドの課題となっている、という顧客の声を十分に理解していた。彼はLinkedInの投稿で、特にマイクロアジャスト機構の導入を含めて改良が進行中であることを認めており、その発言は時計愛好家のあいだでちょっとした話題となったのだ。この件について、内藤氏は次のように語った。「まだ完全にモノにできているとは言えませんので、具体的なスケジュールは未定です。ただ、構想自体はあります」。今となっては、それはもはや構想ではない。現実のものとなり、しかも非常によくできている。
新たに導入された3段階のマイクロアジャスト機構は、新開発の高密度チタンブレスレットに6mmの可動域をもたらしている。またクラスプの内側、矢印の付近を指で押し込むとブレスレットのロックが解除され、スムーズにスライドし、所定の溝でロックされる仕組みだ。下の画像の時計は私の手首サイズには合っていなかったが、調整によって問題なく装着できた。
特筆すべきは、このブレスレットがすべてのモデルに即座に採用されるわけではなく、“雪白”、“白樺”、“春分”といったコレクターに愛される既存モデルに遡って搭載される予定もないという点である。また、このブレスレットのテーパーは20mmから18mmと控えめで、もう少し絞り込まれていたほうがよかったと感じる人もいるかもしれないが、私はこの仕様で十分だと感じている。グランドセイコーには、ロレックスにグランドセイコーのダイヤルを乗せただけのような存在にはなってほしくない。彼らには彼らなりのケース設計のバランスがあり、それはきちんと機能しているのである。
一見するとほかのグランドセイコーと大差ないように見えるために、SLGB003(およびブレスレットを備えないプラチナケースのSLGB001)に搭載されたふたつの重要な進化点を見過ごしてしまう人もいるだろう。これが好ましいことなのか、それともダイヤルにもう少し個性をもたせてほしかったと感じるべきなのか、私自身まだ判断がつかない。同様の疑問は2024年に発表されたIWCのエターナルカレンダーに対しても抱いたが、最終的にはその控えめなデザインに次第に惹かれるようになった。151万8000円(税込)という価格は、競合モデルと比較しても非常に魅力的である。
ダイヤルは、グランドセイコーのスプリングドライブを製作する“信州 時の匠工房”の東に位置する霧ヶ峰高原の樹氷を表現したものだと言われているが、見た目としてはヘリンボーン柄のようにも見える。ホワイトダイヤルのほうが汎用性が高く、販売実績も良好だという研究結果もあるが、私はこのムーブメントとブレスレットを用いて今後どのような展開がなされるのかに強い関心を抱いている。私が今回のリリースに特に期待を寄せているのは、時計そのもの(もちろん非常に完成度は高い)というよりも、これを起点とした将来的な可能性にほかならない。
U.F.A.スプリングドライブ Cal.9RB2については、Watches & Wonders特集が落ち着いたのちに改めて詳しく紹介したい。ここでは、まずその概要をお伝えする。本ムーブメントは72時間のパワーリザーブを備え、スケルトンローター越しにパワーリザーブ表示が確認できる構造となっている。ムーブメントには3ヵ月間にわたってエイジングされた水晶振動子が使用されており、新たに設計されたIC回路には各個体の時計および発振器に個別に対応した温度補正プログラムが組み込まれている。これらの発振器とICは真空密閉されており、温度差の影響を最小限に抑えるとともに、湿度、静電気、光などの外的要因から保護されている。その結果、極めて高精度な温度制御と安定した動作を実現しているのだ。さらにスプリングドライブとしては初めて、アフターサービス時に精度の調整を行うための緩急スイッチが搭載された。
緩急スイッチは、上方12時付近に用意されている。
振動子は1時位置のネジの近くにある。
パワーリザーブ表示。
SLGB001とSLGB003は、あえて直径37mm×厚さ11.4mmというサイズで設計されている。これは一般の消費者にとって、必ずしも実用的とは言いがたいものかもしれない。確かに日本国内では受け入れられるだろうが、北米市場ではむしろ39mm径のほうが好まれた可能性もある。だが私の視点から見れば、本質はそこではない。ポイントは、“小型の時計はここまで作れる”という技術的な実証にある。技術的にはさらに小型化も可能だったはずだが、グランドセイコーはあえてこのサイズにとどめ、チタンとプラチナという素材を用いながら、なおかつ10気圧の防水性能を確保してみせた。
SLGB001は興味深い時計であり、550万円(税込)という価格設定にもかかわらず、全80本がすぐに完売すると見ていいだろう。アイスブルーのダイヤルはひときわ目を引く色合いであり、ケースサイズも多くの人の手首に無理なく収まるバランスに仕上がっている。
実のところU.F.A.の活用例として、本作がもっとも適しているかというとそうでもないと思う。今後の展開に大いに期待したいところだ。では、グランドセイコーのコレクションのなかで装着性の面で最も課題を抱えているモデルは何だろうか? 私に言わせれば、それはダイバーズウォッチである。SBGA463は直径44.2mm×厚さ14mmと、かなりボリュームのあるケースサイズだ。だが、もしグランドセイコーのダイバーズが直径39mm×厚さ11.5mmのケースに100m防水を備えていたら? あるいは、直径40mm×厚さ12.5mmで200m防水のモデルだったらどうだろう? そこに超高精度ムーブメントと微調整機構つきクラスプが加われば……かなり本気で、グランドセイコーのダイバーを初めて購入することになるかもしれない。
スティール製で、ダイヤルはブラック、ベゼルはダイバーズベゼルだとしたらどうだろう。とても似合いそうだ。
今回のWatches & Wondersにおける2本の鮮烈な新作は、プロダクトそのものではなく、その先に広がる未来の可能性を感じさせる……、そんな稀有な例となった。SLGB001とSLGB003は、多くの顧客にとってまさに理想の1本となるだろう。だがそれ以外の人々にとっても、この先に続く展開には、大いに期待していいだけの余地が残されている。
詳細とスペックについては、Introducing記事をお読みいただくか、グランドセイコーの公式ウェブサイトをご覧いただきたい。
Watches & Wondersの今後の続報にも乞うご期待。こちらから新作情報をご覧ください。