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Hands-On F.P.ジュルヌのクロノメーター・フルティフは、長年“入手困難モデル”とされてきたクロノメーター・ブルーを超える存在となるか?

文字盤、ケースともに製造難度が高く、ムーブメントも素晴らしい。F.P.ジュルヌからまたしても強烈な1本が登場した。

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Photos by Mark Kauzlarich

F.P.ジュルヌには毎回驚かされる。いや、そもそも毎回驚かされているということ自体が、信じ難いことである。フランソワ-ポール・ジュルヌ(François-Paul Journe)氏という人物を思い浮かべるとき、私はどうしても、フランスとスイスの古典的な時計製造を現代的に再構築するその哲学と重ねてしまう。金色のムーブメント、精緻なクロノメトリー、思慮深いデザイン。これらは1歩間違えれば、無難すぎるブランドに陥りかねない要素である(具体的な名前は挙げないが、そうした例は確かに存在する)。トゥールビヨンやクロノメーター・レゾナンスという出発点から、彼がそのまま硬派路線に徹していたとしても不思議ではなかった。だが実際には、常に進化を続けてきた。そして70歳を目前にした今、フランソワ-ポール氏はかつてないほど“ブランドとしての個性”を楽しんでいるように見える。このクロノメーター・フルティフはその象徴的な存在であり、しかも素材はタングステンカーバイドだ。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

 まず触れておきたいのは、このクロノメーター・フルティフが(F.P.ジュルヌではしばしばそうであるように)Only Watchオークションのために製作されたクロノメーター・フルティフ・ブルーの開発を起点として誕生したという点である。この特別なモデルは絶大な人気を誇るクロノメーター・ブルーを踏まえた1本であり、タンタル製のケースとブレスレット、そしてブルーダイヤルを備えていた。あのモデルは、私がこれまで“ぶっつけ本番”で撮影したなかでも、最も難易度の高い時計のひとつだった。その記憶があっただけに、今回の新作(ミラーポリッシュ仕上げでアントラサイトのエナメルダイヤルを備えたモデル)を撮影するのがジュネーブでの最初の仕事のひとつだと聞いたときは、少々身構えてしまった。だが実物を目にした瞬間、思わず声が漏れた。それほどまでに圧倒的だったのだ。

 幸いにもその場にいたのは友人で、不快な思いをさせずに済んだ。だがそれでも、率直な感嘆が抑えられなかった。次に頭にかんだのは、「この価格差(クロノメーター・ブルーのおよそ2倍)にもかかわらず、クロノメーター・フルティフは、F.P.ジュルヌにおける“次なる主役”としてクロノメーター・ブルーの座をすぐに奪ってしまうのではないか」という考えだった。事実、クロノメーター・ブルーはあまりに人気が集中したため、すでに注文受付を停止している。そうなると、次にリストを閉じられるのはこのクロノメーター・フルティフなのだろうか?

 “オールブラック”の時計というと、PVDコーティングが施されたモデルをつい思い浮かべてしまう。たとえばポルシェデザインのクロノグラフ1から、百貨店のメイシーズで見かけるような超手ごろな価格帯のモデルまで、その印象は幅広い。近年ではセラミック素材を採用するブランドが増え、製造もより一般化したことで、かつては高価な存在だったセラミック製ウォッチも、どこか手が届きやすいものとして認識されつつある。ロイヤル オークのセラミックモデルが話題をさらっていた当時と比べても、その印象は大きく変わった。

 ここでいう“手が届きやすい”とは、価格そのものというより“オールブラック=安っぽい”というイメージが定着しつつあるという意味である。つまり“センスのない人が飛びつく安直なデザイン(cheap trick)”として捉えられたり、あるいは単に“見た目が安っぽい”と感じられたりすることが増えてきたのだ(もちろん、リック・ニールセン率いるロックバンドのチープ・トリックとは関係ない話である)。だがクロノメーター・フルティフは、そうした“ブラックの先入観”を見事に打ち破っている。価格も仕様も最上級でありながら、これまでにない極めて洗練されたかたちで“オールブラック”を成立させているのだ。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

 まず明確にしておきたいのは、この時計はコーティングされたものでもセラミック製でもないという点である。クロノメーター・フルティフは、サンドブラスト加工が施された直径42mm×厚さ9.5mmのタングステンカーバイド製ケースとブレスレットを採用しており、F.P.ジュルヌのラインスポーツコレクションの美学に則っている。ケースは丸みを帯びたポートホール(船の舷窓)型で、9時位置にはバンパー(ケースバックやベゼルリング、リューズと同じくタンタル製)が備えられている。ケースからなだらかに続く一体型の3連ブレスレットも特徴的だ。タングステンカーバイドは炭素とタングステンを高温で結合させることで生成される素材で、非常に硬く、サファイアに近い強度を持つ。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

 42mm径というサイズから受ける印象よりも、実際の装着感は控えめに感じられる。それはおそらくこのケースとブレスレットのずっしりとした重量によって、サイズ感よりも質量がこの時計の存在を主張しているためだと思われる。タングステンカーバイドはステンレスの約2倍、金に近い密度を持っており、実際に腕につけた感覚はプラチナ製の時計とブレスレットを身につけたときの感覚に近い。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

 そしてムーブメントだが、どこをどう見ても安っぽさとは無縁の仕上がりだ。Cal.1522はF.P.ジュルヌ初のセンターセコンドムーブメントでありながら、それだけにとどまらない深みを持っている。F.P.ジュルヌの素晴らしい点のひとつに、“ムーブメントの情報が本気で知りたい人”には惜しみなくそのすべてを開示してくれるというものがある。

 このムーブメントは手巻き式で、18Kローズゴールド製。パワーリザーブは約56時間(誤差は±2時間)で、完全に巻き上げるにはリューズを38回転させる必要がある。ムーブメントのサイズは直径33.5mm、厚さ5.9mm……、それだけでなく、巻き上げ機構の高さ(2.2mm)や巻真のネジ径(0.9mm)まで公開されている。多くのブランドは振動数(このモデルでは2万1600振動/時)を明かす程度にとどまるが、F.P.ジュルヌはリフトアングル(52度)や慣性モーメント(10.1mg・cm²)、さらには振り角(12時間後の文字盤上向きで320度、24時間後で280度)まで開示している。これらの数値は大多数の人にとって意味をなさないかもしれない。だがそれでもなお、時計に情熱を注ぐ者へのリスペクトの表れとして、これ以上ない姿勢である。

 これまでF.P.ジュルヌがセンターセコンドを避けてきた理由は、フランソワ-ポール・ジュルヌ氏自身のクロノメトリック(精度)への強いこだわりによる。センターセコンド機構には追加の歯車が必要であり、それが効率の低下につながるためである。だがこのCal.1522はその技術的ハードルを克服しただけでなく、パワーリザーブ表示とムーンフェイズ表示をケースバック側に搭載している。仕上げについても見逃せない。F.P.ジュルヌは装飾に全振りするブランドではないにせよ、このムーブメントはその哲学のなかで美しくまとめられている。地板にはサーキュラー・グレイン仕上げとグラン・ドールジュ(大麦の粒を模したギヨシェ)装飾、受けには面取りが施され、サーキュラー・グレインとコート・ド・ジュネーブが組み合わされている。スティール製の部品には、用途に応じてミラーポリッシュ、ヘアライン、またはサテン仕上げが施されている。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif
F.P. Journe's Chronomètre Furtif
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 この時計の完成度を支えている大きな要素のひとつがブレスレットである。しかしフルティフ・ブルーに見られたようなシャープな外コマのデザインは採用されていない。推測するに、素材の特性上、そのような鋭角な加工が難しかったのかもしれないが、現時点でその理由は確認できていない。両開き式のクラスプは機能的には問題ないが、やや扱いにくく少々無骨に感じられる部分もある。だが最後に触れたいのは、何よりも印象的なディテールだ。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

 Instagramでは多くの人から、クロノメーター・フルティフの視認性について質問を受けた。4層構造のアントラサイトカラーでっミラーポリッシュ仕上げのエナメル文字盤は、F.P.ジュルヌのなかでも次なるアイコンとなり得る存在である。光の加減によっては真っ黒に沈むことがあり、不意に自分の顔が映り込むこともしばしばだ。だが、それの何が悪いというのだろう。実際のところ、この時計は非常に視認性が高い。ポリッシュ仕上げのシルバー針が、どの角度からでも光を捉えてくれる。目盛りが見えなくても、針の位置だけで時間はわかる。少なくとも、私にはそうだ。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

 リストショットは思ったような仕上がりにならなかった。クロノメーター・フルティフに“してやられた”感じだ。とはいえ、ほかのメディアで見かけた写真と比べてもこの“フルティフ=隠された”という名にふさわしい文字盤は、実物のほうがずっと暗く沈んで見える。それはむしろ好ましいポイントであり、私はこの少し秘密めいた感じがとても気に入っている。そして全体として見たとき、このモデルは魅力的で日常的にも使いやすく、そして何よりクールだ。価格は8万5000スイスフラン(日本円で約1440万円)と決して安くはないが、それでも納得はできる。確かにクロノメーター・ブルーが絶大な人気を集めているのは、4万スイスフラン(日本円で約680万円)前後という価格帯で、製造難度の高い文字盤とタンタル製のケースを得られるという“バリューの高さ”による部分も大きい。だが、このクロノメーター・フルティフもそのすべての条件を満たしている。そして個人的には、このモデルがそれだけ魅力的であればこそ、価格を重視する層の関心がクロノメーター・ブルーだけに集中する状況を少しでも緩和してくれるのではないか。そんな期待を密かに抱いている。

F.P. Journe's Chronomètre Furtif

詳細はHODINKEEのIntroducing、またはF.P.ジュルヌの公式ウェブサイトを参照。