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DISSECTING THE ICON フランケンとして生み出されたマーフウォッチ

カーキ フィールド マーフは、もともと販売される予定のないワンショットのプロップウォッチだった。なればこそ、2019年に42mmモデルが市販された際には、爆発的な反響を呼ぶことになったのだ。その後に登場した38mmの小径モデルをはじめ、映画のプロップとプロットから日常に溶け込むプロダクトへと編集し直されていく一連の“翻訳作業”のなかで、“マーフ”という時計はどのようにその立ち位置を変えていったのだろうか。 #PR

ハミルトンと聞いて思い浮かぶ時計はいくつかあると思うが、そのグローバルの売り上げをけん引しているのがカーキ フィールド メカでもベンチュラでもなく、カーキ フィールド マーフ(以下、“マーフウォッチ”)であるというのはご存じだろうか。“マーフウォッチ”は2019年に、2014年公開の映画『インターステラー』の劇中で使用された時計の市販モデルとして発表されたものだ。初めに発表された42mm径のモデルはプロップウォッチの見た目を忠実に再現していたこともあり、主に同映画のファンに受け入れられる形で好調なセールスを飛ばしていた。その4年後の2023年にはより身に着けやすい38mm径が、その翌年には白ダイヤルのモデルとメタルブレスレットタイプが登場し、“マーフウォッチ”はこれまで堅実にそのコレクションを広げてきている。実は現在、店頭では『インターステラー』の時計としてではなく、純粋にそのデザインに惹かれて手に取る人々も増えているのだという。どこかクラシカルな文字盤を持つ、汎用性の高いスマートなデザインの同モデルは、いまや時計そのものの魅力によってハミルトンを代表する新定番へと成長しているのである。

 しかし、その出自が実は“フランケンウォッチ”であったという話はあまり知られていない。それ自体は時計コレクターのあいだで否定的な意味合いで使われることが多い言葉だが、ここではシンプルにハミルトンの複数のモデルを組み合わせて作られていた、という意味である。あらためて“マーフウォッチ”の起源は、映画『インターステラー』の劇中に登場したことにある。そしてこの時計は映画と同様、フィクションとして一度きりでしか存在し得ないものだった。それから10年と少々、編集的手法ででき上がったフランケンウォッチこと“マーフ”は、なぜここまで人々を魅了し続ける新たな定番となったのか。


一度限りのプロップウォッチで終わるはずだった“マーフ”

2001年公開の『パール・ハーバー』や『オーシャンズ11』、2002年からの『メン・イン・ブラック』シリーズなど、2000年代には映画史に名を残すビッグタイトルの数々で、ハミルトンの時計が立て続けに使用されていた。こうした流れもあって、このころからハミルトンと映画シーンとの結びつきは広く認知されていくことになる。リッチー・クレーマー氏が率いる映画『インターステラー』のプロップチームからハミルトンにカスタムウォッチの依頼があったのは、映画界へのこうした深い貢献によるものだったのかもしれない。このプロジェクトは、ハミルトンのプロダクトディベロップメント部門とプロップチームとの共同作業によって進行した。なお、映画のためにプロップウォッチをいちから制作するという取り組みは、1968年公開の『2001年宇宙の旅』以来、実に数十年ぶりのことであったという。

 『インターステラー』のプロップ制作チームは、ムードボードに加えて時計のデザインスケッチまで携えてハミルトンを訪れた。そこに描かれていたのは、ハミルトンのさまざまなモデルのインスピレーションを組み合わせて生まれた時計であったという。当時を知るブランドの商品開発責任者は、次のように語る。「プロップチームはオーダーのタイミングから、時計のデザインに関して明確なイメージを持っていました。特に彼らが重視していたのが、すでに世の中にある普通の時計のように見えること、そしてこの時計であると認識しやすいデザイン要素を採り入れることです。そこで私たちもまた、当時の既存ラインナップから着想を得ることにしました」。ハミルトンは要望に応じる形で、既存モデルから適切なパーツを引っ張っては組み合わせ、彼らが思い描いた時計に近づける方向性を打ち出した。映画と時計、それぞれのエキスパートが知恵を寄せ合った、まさしく“フランケンシュタインの誕生前夜”である。

カーキ パイロット パイオニア チームアース オート。インデックスと針が引き継がれた。

カーキ フィールド オート 42mm。仕上げ分けが美しいケースをそのまま採用した。

アメリカン クラシック パン ユーロ オート クロノ。特徴的な型押しストラップを参照。

 「当時はハリソン・フォードとのコラボレーションによるカーキ パイロット パイオニア チームアース オートが高い人気を博していました。そこで同モデルに特徴的な1940年代風の針とインデックスを、プロップウォッチの顔として生かすことにしたのです。結果としてそれらの要素は巧みに組み合わさり、本来は存在しない時計であるにもかかわらず“本物のハミルトンの腕時計”と言える完成度を獲得しました。まさに、プロップチームが求めたとおりの時計でしょう」

 具体的にそのコンポーネントの出どころを追ってみたい。針と文字盤は前述のカーキ パイロット パイオニア チームアース オートに由来し、パイロットウォッチならではの認識しやすいはっきりとしたフォント、視認性の高いコブラ針、ルミノバ加工はそのまま採用された。ただし、パイロットウォッチに備わっていた3時位置のデイト表示や、6時の“ANTIMAGNETIC”表記は省かれるなど、特別仕様のアレンジが加えられた。映画の小道具として不要な要素を排した可能性もあるが、機能表示が控えめだったヴィンテージウォッチの雰囲気をまとったようにも見える。

 ケースとリューズはカーキ フィールド オートの42mmモデルに由来する。これも映画『アベジャーズ』でクリス・エヴァンズ演じるキャプテン・アメリカが着用した実績を持つ時計である。そして、ラグ側センターにクッションの厚みを持つストラップは、パン ユーロ オートクロノと同一のものが取り付けられた。

 「とはいえ時間的な制約は大きなものでした。1カ月に満たない納期で11本の時計を完成させ、プロップマスターに納品する必要があったのです」。ブランドは明言していないが、フランケンウォッチという選択の背景には、このあまりにも短い制作期間も影響していたと考えられる。

主人公であるクーパー(マシュー・マコノヒー)が、人類の未来をかけたミッションのために宇宙へ旅立つ直前、娘のマーフに時計を渡している場面。

劇中でプロップとして使用されたもの。内部に直接配線をつなぐことで、CGに頼らず自由に針を動かせるようにした。

 なお、劇中で父である主人公クーパーが着用しているのはカーキ パイロット デイデイト オート 42mmである。この時計と“マーフウォッチ”を並べ、娘に対して自身の旅が長くなること、そして彼の行く先では時間がゆっくり流れることを語る。父が娘に時間を託す象徴的なシーンを支えた“マーフウォッチ”は、単なるプロップウォッチの域にとどまらず、映画を観た人々の強い共感を呼んだ。「作品の一部として手元に残したい」という声が多くのファンから挙がったのも当然であった。

 「この時計は当初、劇中用、映画のためだけに制作されたもので、開発や商品化は予定されていませんでした。しかし映画ファンから製品化を求める声が途切れることなく続き、ついには #makethemurph というハッシュタグまで生まれました。そこで私たちは2019年、コミュニティの声に耳を傾け、カーキ フィールド マーフをファンに届ける決断をしたのです。初回モデルには、映画『インターステラー』に登場する有名な“テッセラクト”に着想を得て、アカデミー賞受賞歴を持つプロダクションデザイナー、ネイサン・クロウリー氏がデザインした特別なギフトボックスも付属しました」

 同じケースを用いている以上、“マーフウォッチ”が市販シリーズとしてカーキ フィールド コレクションに組み込まれたのは自然な流れだったという。ただ、同コレクションはこれまで GG-W-113 などのアーカイブに範を取ったフィールドウォッチらしいデザイン(12時間表示に加え内周に24時間表示を併記したインデックスなど)を踏襲していた。そのなかにあって、パイロットウォッチの顔を持つ同モデルは異質な存在だったと言えるだろう。しかし、すでに述べたように“マーフウォッチ”は映画ファンだけでなく時計愛好家に至るまで幅広い層から支持を獲得した。それほどニューモデルとして、フランケンシュタインめいた違和感を感じさせない完成度に達していた。


スクリーンのなかのアイコンが、日常に溶け込んでいく

そして“マーフウォッチ”は、2019年の42mm径モデルを皮切りに、カーキ フィールドのレギュラーモデルとして販売が開始された。オリジナルのプロップウォッチとの違いは唯一、センターセコンドの秒針である。マーフが当初、幽霊の仕業だと思っていた、5次元の世界から父クーパーが送ってきたモールス信号にちなんで、“Eureka”の符号がオンタップ塗装で記されている。父と娘の絆を毎秒ごとに想起させる、気の利いたディテールだ。

 さらに2023年には、ひと回り小さな38mm径ケースの黒文字盤モデルが登場した。より幅広い層に響くサイズを求める声がユーザーから寄せられたことが理由であるが、このモデルには“マーフウォッチ”でありながら、42mm径のモデルと比べていくつかの変更点が見られた。

 まずセンターセコンドの秒針である。ベースモデルであるカーキ パイロット パイオニア チームアース オートに小径モデルが存在しなかった関係からか、別モデルのカーキ パイロット パイオニア オートから採られている。秒針にはモールス符号は入らず、カウンターウェイト側のスペード形状も42mmモデルより細く、全体の印象は軽やかである。一方で、デイト表示窓を省いた“KHAKI”と“AUTOMATIC”の2行表記によるすっきりした文字盤は継承された。またリューズのヘッドは“スパイキーH”と呼ばれる、2021年以降採用のイニシャルロゴへ変更されている。クラシックな“H”ロゴを頂く42mmモデルとは対照的なディテールである。

 ここで見られる変更点、とくにスパイキーHの採用やサイズダウンに伴う針の合理的な選択、モールス符号の削除には、オリジナルの42mmモデルとの差別化を図る意図がうかがえる。42mmモデルを映画『インターステラー』由来の象徴的モデルとして据える一方で、38mmの小径“マーフ”は忠実な“プロップウォッチ”の再現の文脈に縛られず、同コレクションの裾野を広げるための新しいアプローチとして設計されたモデルであると考えられる。この点についてブランドは、42mmと38mmを同列ではなく“異なる役割を担う存在”として明確に位置づけている。

 「カーキ フィールド マーフ 42mmは、映画シーンとの関係性を示すシンボルとして、そのままの姿を残すことを託されたモデルです。劇中に登場した時計とサイズやデザインは同一にし、秒針には映画との特別な繋がりを示すディテール(モールス信号)を施し、作品を支えた舞台裏の人々への敬意を込めたトリビュートとしています。ハミルトンが映画芸術に深くコミットしている証しとも言えるでしょう。まさに記念碑的な時計として、私たちは38mmモデルとは切り離して考えています」

 42mmに映画を象徴する“原点”としての役割を担わせて、38mmは日常使いの選択肢を広げるための現代的なバリエーションモデルとして存在している。こうした明確な住み分けこそが、“マーフウォッチ”全体の魅力と発展性を支えていると言えるだろう。

2024年には、前年に満を辞して発表された38mm径のブラックダイヤルモデル、そのブレスレットバージョンが登場した。

上記ブレスレットバージョンと時を同じくして、グレイン仕上げのホワイトダイヤルモデルもリリースされている。

 2024年には、38mmラインナップのさらなる拡充が行われた。前年に発表されたブラックダイヤルのブレスレット仕様に加え、グレイン仕上げのホワイトダイヤルが登場した。これもまたユーザーからの要望に応えた結果であるというが、とりわけ外観を大きく異にするホワイトダイヤルの投入は、オリジナルとの差をより明確にし、コレクションの独立性を高めた。“マーフ”のデザインコードとスピリットを継承しながらも段階的なアレンジを加えることで、“映画の時計”という枠を少しずつ解きほぐし、より多様なユーザー層に開かれたシリーズとして幅を広げてきたのだ。

 この現実世界への“翻訳”とも言うべき過程が、映画公開から短期間のうちに一気に行われていたなら、もしかするとマーフウォッチはこれほどのベストセラーには育たなかったかもしれない。ハミルトンは上でも述べたように、ファンの声に耳を傾けながら慎重に歩みを進め、映画ファンと市場がそれぞれ“マーフ”に求めるものを丁寧にくみ取っていった。その結果として、ふたつのサイズ展開という結論が導き出されたのである。オリジナルの42mmモデルがムービーウォッチとしての憧憬を保ちながら、“マーフウォッチ”は38mmの展開によりいまや好みのサイズやカラーで選べる魅力的なコレクションのひとつとなった。これからもその姿勢は揺らぐことなく、快進撃を続けていくことだろう。

 一度限りのプロップウォッチとして生まれた“マーフウォッチ”は、結果として“ハミルトンらしい”普遍性を体現するモデルとなった。そういえば来年、2026年は小説『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリーの没後175周年でもある。創意によって新たな生命を与えられた存在が、人々の記憶のなかで息づき続ける──“マーフウォッチ”の歩みもまた、その延長線上にあると言える。物語は時間とともに受け継がれ、その価値を深めていく。


カーキ フィールド マーフ コレクションギャラリー

Photographs:Tetsuya Niikura Styled:​Eiji Ishikawa(TRS) Words:Kazuhiro Nanyo