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カルティエのカスタムウォッチプログラムとして知られるNSO(ニュー・スペシャル・オーダー)は、少なくとも現在の形では終了する見込みだ。この名門フランスメゾンは、最上級顧客向けのユニークピース製作の体制を再構築しようとしているようだ。先週ジュネーブで開催されたWatches & Wondersにおいて、ヴァシュロン・コンスタンタンを10億ドル(日本円で約1460億円)規模のブランドへと成長させ、出展ブランドのなかでもトップ4に押し上げたルイ・フェルラ(Louis Ferla)氏が、カルティエの新たな最高経営責任者として着任した。彼は、最上級顧客がカスタムデザインの時計を注文できるこのプログラムについて、カルティエ幹部に対して再検討と再構築を要請した。
ルイ・フェルラ氏、カルティエCEO。Image courtesy Richemont.
この変更により、カルティエのNSOプログラムは、これまでのように顧客のためにユニークピースを製作することをやめることになる。最近のNSOピースは、オークションにおいて高額で落札されるカルティエの時計のなかで大きな割合を占めていたが、小売におけるカルティエ全体の生産量としてはごくわずかに過ぎない。
「スペシャルオーダーはメゾンにとって不可欠な存在です」と、カルティエのシニア・バイス・プレジデント兼最高マーケティング責任者であるアルノー・カレズ(Arnaud Carrez)氏は語った。
「私たちはNSO本来の目的、すなわち顧客を驚かせ、メゾンの遺産を豊かにする、真に卓越したピースの創出に注力するため、方針の見直しを開始しました。こうしたピースには、ユニークなメティエダールを取り入れた作品も含まれます」と、カレズ氏は付け加えた。
NSOプログラムの終了、あるいは凍結の噂は以前から流れており、今回の決定はその延長線上にある。というのも同プログラムでは、ブランドのアイデンティティを損なうような構成で多数の時計が製作され、一部の顧客に対して類似あるいはほぼ同一のカルティエタイムピースを提供していたとして、コレクターのあいだで批判の声が上がっていたからである。これらは本来、1点物であるべきと考えられていた。
プラチナ製ケースに“サイエンティフィック”ダイヤルを備えたカルティエ NSO タンク サントレ。Image courtesy of Menta Watches.
コレクターのアンドレアス・ワイナス(Andreas Weinås)氏は、2021年から2022年にかけて、ストックホルムのカルティエブティックを通じてNSOプログラムでサーモンダイヤルのホワイトゴールド製カルティエ クラッシュをオーダーした。「パンデミック下という、まったく異なる時期でした」と彼は語る。「しかしその数年後に、類似デザインの依頼が急増した時点で、NSOプログラムは制御不能に陥ったと感じました」
ワイナス氏は自身のピースと類似するNSOのカスタムオーダーが登場するのを目にするようになったという。「まずそれをオーダーできたこと自体が非常に幸運だったのはわかっていますが、それでも自分のためにデザインしたものです。ただ、ほぼ同一、あるいは完全に同一のものが毎年のように登場するのを見るのは、当然ながら特別感を損なうものでした」と話す。
これは決して一例にとどまる話ではなかった。自身のNSOピースに酷似した作品をInstagramや集まりの場で見かけ、失望や、ときには憤りを感じたと語る声も少なくなかった。ただしその憤りは、本質的にはやや的外れだったともいえる。多くのコレクターは、NSOプログラムを“1点物”の時計を自由にデザインできる場だと誤解していたが、カルティエはそうした約束をしたことはなく、それをほのめかすことすらなかった。
「特別注文であれば、それが排他的である、少なくともそうあるべきだというのが一般的な認識だと思います」と、コレクターの@horology_ancienneはHODINKEEへのコメントで述べている。カルティエがデザインの排他性や1点物であることを約束したことはなかったが、それでも多くのコレクターが、自ら提出したデザインをもとに製作されたNSOピースを手にしたのち、数ヵ月から数年のうちにほかの顧客向けに類似あるいは同一の時計が作られるのを目にするという経験を語っていた。
プラチナ製ケースにダークアンスラサイトのダイヤルを備えたカルティエ NSO クロシュ ドゥ カルティエ。Image courtesy of Phillips.
ワイナス氏のクラッシュと同様、ホワイトメタルにサーモンダイヤルというモチーフは人気の高い選択肢だった。「何本のプラチナケース×サーモンダイヤルのNSOをすすめられたか、もう数えきれません」と、ヴィンテージディーラーのマイク・ヌーヴォー(Mike Nouveau)氏は語る。
あまりに類似したNSOウォッチが多すぎるという問題もさることながら、コレクターたちはその総製作数に対しても批判の声を上げている。「あれだけ大量に製作していたら、“スペシャル・オーダー”の“スペシャル”感が台無しです」と、@horology_ancienneは言う。
モルガン・スタンレーのアナリストによる推計では、カルティエは年間約68万本の時計を製造しており、売上高ではスイス時計ブランドとして第2位の規模を誇る。そのなかで、NSOプログラムが占める割合はごくわずかでしかなかった。
「私が理解していたかぎり、NSOプログラムの本来の趣旨は、メゾンを支えてくれるコレクターたちへの感謝のしるしとして特別な何かをつくることだったはずです」と語るのは、コレクターでありディーラー、かつTalking Watchesにも出演経験のあるエリック・クー(Eric Ku)氏だ。しかし、Instagramのフィードを賑わせるNSOウォッチの影響で需要が高まるなか、その期待に応えようとするあまりカルティエが“スペシャル・オーダー”を作りすぎてしまったと多くの人は考えている。クー氏が言うところの“プログラムの希釈化”である。「コレクターのあいだでは、NSO製のクラッシュのほうが現行モデル(つまりボンドストリートサイズのもの)よりも多いのではないか、という憶測さえあります」と彼は語った。
カルティエ NSOによるクラッシュが2本。Images courtesy of Phillips.
“作られすぎている”という批判の声があがるなかにあっても、NSOウォッチ、特にクラッシュの例はオークションにおいて非常に好成績を収めてきた。最高額を記録したのはご想像のとおりWGにサーモンダイヤルを組み合わせたNSO製のクラッシュで、昨年5月、フィリップスにて29万8450スイスフラン(日本円で約5100万円)で落札された。さらに、より風変わりなスペシャルピースも入札者の関心を集めている。昨年6月にはイエローゴールド製でグリーンのインデックスを配したNSOクラッシュが、同じくフィリップスにて24万1300ドル(日本円で約3530万円)で落札された。
現在生産されているカルティエ クラッシュは、ロンドン・ボンドストリートのブティック限定で販売されており、プラチナモデルの小売価格はおよそ5万5000ドル(日本円で約800万円)。一方、一般市場では約30万ドル(日本円で約4390万円)で取引されている。NSOウォッチの価格は、通常そのモデルおよび素材の標準小売価格に対して10〜20%上乗せされた設定となっている(この価格設定は、プログラムがコレクターへの“感謝のしるし”として位置づけられていることと整合するものだ)。
カルティエのデザインは、かつてないほどの人気を博している。しかしブランドはNSOプログラムを再構築するなかで、カスタマイズが常に最良とは限らないという現実を認識し始めているのかもしれない。NSOピースが市場に増えれば増えるほど、コレクターたちはむしろ、カルティエの代表的なスタンダードモデルの通常生産品を好むようになっていった。「2025年にNSOウォッチで、市場価格を大きく上回るようなプレミアム価格を売り手が得られるとは、ちょっと考えにくいですね。現時点で中古市場はNSOウォッチに少々疲れてきている印象があります」と、ヌーヴォー氏は語った。
プラチナ製ケースにグレーフュメダイヤルを組み合わせたカルティエ NSO タンク サントレ。Image courtesy of Mr Watchley.
カルティエは今後も、最上級顧客向けにユニークピースや1点物の製作を続けていくが、その規模はこれまで以上に小さく、そしてさらに排他的なものとなる見込みである。
NSOプログラムの変更は、ヴァシュロン・コンスタンタンのレ・キャビノティエプログラムのような方向性への転換を示しているのかもしれない。このプログラムは“1点物に特化した部門”と明確に位置づけられ、アピールされている。フェルラ氏がヴァシュロン・コンスタンタンのCEOに就任した当初、レ・キャビノティエはカルティエのNSOと似たような運用がなされていた。しかし彼は、同プログラムを現在の形へと進化させ、ダイヤルカラーによるコレクターへの感謝といった側面よりも、芸術性、技術的専門性、革新性に重きを置いたものへと方向転換させた。そして昨年9月にカルティエCEOへと就任した彼は、どうやら同じ手法をNSOプログラムにも適用しようとしているようだ。我々のようなカルティエというブランドを愛する者たちにとって、それは非常に歓迎すべき変化である。
実務的な観点で言えば、すでに受理されているNSOプログラム内の注文についてはそのまま履行され、納品される予定である。ただし、世界屈指のブランドであるカルティエと直接やり取りし、唯一無二のプロダクトをつくりあげるためのハードルはこれまで以上に大きく引き上げられたといえる。
アナリストの推計によると、カルティエは2020年に売上高ベースでスイス時計ブランド第2位の地位に躍り出た。同ブランドの人気とタイムピースへの需要は、カルティエ タンクやサントスといった象徴的モデルの新たなバリエーションに注力することで、急速に高まったのである。
詳しくは、カルティエ公式サイトをご覧ください。
*Lead image courtesy of Hairspring.