“腕”時計という以上、時計のサイズは身体と密接な関係を持つ。特に近年は、ケースサイズの変更だけでも愛好家の間ではニュースになるほどだ。ブランド側でも、サイズについてはより慎重に検討を重ねるようになり、豊富なサイズ展開を用意し、男女分け隔てなくユーザー側に選択の自由を与えるようになりつつある。
その白眉となるのがカルティエだ。当初よりこのメゾンでは、歴史的な美しいフォルムをS、M、Lというサイズで展開してきた。しかしさらにミニサイズである、いわゆるXSを拡充しており、あらゆるサイズで時計を楽しむことができるようになっている。
しかもカルティエでは、このミニサイズでさえも”ユニセックス“と位置付けているのも興味深い。男性にとって、このようなミニウォッチを楽しむことはできるのだろうか? 2023年に発表されるや、バングルタイプのベニュワールを愛用するマーク・チョー氏との対話を通して、メンズのファッションにミニウォッチを取り入れるとしたら? という問いに、いくつかのスタイル提案を行っていく。
ミニウォッチを取り入れるなら、まず着こなしのバランスを考える
Mark Cho / マーク・チョー
1983年、英国ロンドン生まれ。米国ブラウン大学卒業後、投資会社を経て2010年、香港に「アーモリー」(The Armoury: 英語で"武器庫"を意味)を設立。同年には英タイメーカー、ドレイクスの共同オーナーに。アーモリーは、香港、ニューヨークに合計4店舗。ドレイクスは、ロンドン、東京、ソウル、ニューヨーク、パリに合計6店舗を構える。
「ベニュワール バングルウォッチは一目惚れでした」とマーク・チョー氏。”お洒落の天才“と称されるファッショニスタであり、その審美眼から選ばれた時計も、愛好家から熱い視線を送られる彼が、なぜ小さな時計を選んだのか?
「見て、触って、とても満足できたし、なによりもそのプロポーションがとても気に入った。時計とバングルがとてもうまく融合していると感じたのです。私は普段はアクセサリーをつけませんが、この時計に出会って、どうしてもつけたくなった。そのため、時計部分を手首の内側に収めることでバングルとしての存在感を強めています。その一方で、アクセサリーでありながら時計としての機能も持っている。アクセサリーと時計の両方を兼ね備えていることが、最大の魅力だと思います。オブジェクトとして素晴らしい存在です。手首の内側に時計があるので、さり気なく時間を確認する所作も含めて、この時計を楽しんでいます」
もちろん、男性がミニウォッチをつけるというスタイルが、これからの一大トレンドになると宣言するわけではない。むしろこれは一種の反抗的なスタイルでもある。派手な時計なんて今の気分じゃないよ。と、そう宣言しているのだ。
「ミニウォッチを取り入れる上で最も気を付けるべきは、“小さい時計をえらぶ”と考えるのではなく、自分に合っているサイズの時計を選ぶことを意識することです。もしも自分が小柄であったり、手首が細いのであったりしたら、絶対に小さい時計をつけるべきでしょうし、逆に大柄な男性が小さな時計をつけるのは、少々滑稽に見えるかもしれません」とマーク氏。しかしこの大前提さえおさえれば、ミニウォッチの楽しみ方はぐっと広がる。
「さらに男性がミニウォッチをつけるとしたら、他のアクセサリーと組み合わせて、少しボリュームを加えるといいでしょう。タンク ミニであれば、もう片方の腕にブレスレットやリングをプラスするとか。カルティエにはアイコニックなジュエリーがたくさんあるわけで、組み合わせを考えるのも楽しいと思います。いずれにせよ、ミニウォッチだけではボリュームに物足りなさを感じ、男性の体格に対してアンバランスを感じるでしょうから、何らかを追加する必要があるでしょう」
ケースの縦方向が長めのデザインを持つタンク アメリカンは、数あるタンクの中では、もっともメンズライクなモデルだ(といっても、タンクそのものが男性のために生まれた時計ではあるのだが)。だからこその存在感はミニサイズに改められてもしっかり残っており、男性が取り入れやすいモデルでもある。ストラップをマットな質感のものに変更するとシックな雰囲気が生まれ、よりメンズライクな雰囲気が強まるだろう。例えば、ビスを多用したクラッシュ ドゥ カルティエのように、印象強めのブレスレットとマッチさせるとよさそうだ。
カルティエのミニウォッチを楽しむ上で、ぜひスタイルの参考にしたいのが、アンバサダーであるティモシー・シャラメだ。彼はさまざまなイベントに参加する際に、パンテール ドゥ カルティエのミニサイズを着用している。しかも、きっちりブレスレットを調整するのではなく、やや緩めのサイズにしている。こうした“こなす”工夫も重要だと、マーク氏は指摘する。
「小ぶりな時計を緩めのブレスレットで楽しむというスタイルは、目新しいモノではありません。年配の人がヴィンテージ・ロレックスのブレスレットをかなり緩くつけて、アクセサリーのよう楽しんでいる姿は、随分昔から見られたものです。ヴィンテージウォッチの場合、ブレスレットのつくりが今ほどタイトではなかったので、身に着けたときにソフトな感じになりますし、手首まわりに抜けた感じの余裕のあるムードが加わる。現代の時計ブレスレットは、品質が高くて感触も向上しているためこうしたムードを演出するのは難しい。けれど、ミニサイズのカルティエの繊細なブレスレットであれば、ユルっとつけても自然にまとまります。こういった時計を楽しむことは、人生を謳歌する余裕にもつながるのではないでしょうか」
「私はベニュワール バングルウォッチを、スーツにもカジュアルにも合わせます。ただし、それはあくまでもアクセサリーとしてつけるので、定位置は右手側。そして左手首にはいつも別の腕時計をしています。その時計は、ベニュワールを引き立たせるものでなければいけません。僕の好みは薄型のドレスウォッチとの組み合わせですが、特に重視するのは素材感を合わせることです」
柔らかなオーバルケースのベニュワールの優美なフォルムを生かすなら、反対側には角型のタンクを組み合わせると、お互いの個性を補完し合う、美しいハーモニーが生まれるだろう。またラウンドケースのドレスウォッチもよい選択になると、マーク氏は語った。ロンド ドゥ カルティエで、丸いフォルムを強調するのも楽しそうだ。
右手のベニュワールは、時計面を手首の内側に隠すことで、あくまでもアクセサリーとして見せる。しかしもちろん時間を確認することもできる。その二面性が、時計の楽しみ方とスタイルに広がりを与えるのだ。
ミニウォッチに対する男性の向き合い方とは
男性がミニウォッチを楽しむ。それはまだまだマジョリティな時計の楽しみ方ではない。しかしティモシー・シャラメやマーク・チョーのように影響力を持つ人物が、こういった時計に興味を持ち始めているというのは、注目すべき傾向であることは間違いない。ファッションやライフスタイル、そして性別といった概念がクロスオーバーする多様性の中では、時計だって自由になるわけだ。既に女性たちが36mmなど大ぶりな時計を軽やかに楽しむことが一般化した。であるなら、我々男性がミニウォッチを選んでもいいはずだ。
2024年にカルティエがモダンにアップデートした話題作にトーチュがある。その興奮が冷めやらぬ中、コレクターズピースとしてミニサイズもリリースされたのは記憶に新しい。26.15×20.9mmと小ぶりなサイズながら、近年カルティエが注力するラッカー仕上げを用いてケースに装飾を施し、アイコニックなドットの意匠が与えられた。ちなみに、このデザインもアーカイブを参照したもので、トーチュ ミニが単に小ぶりでレディスだけに向けられた時計ではないことを物語っている。1912年に誕生したこのユニークなフォルムの時計は、ワンプッシュクロノグラフがどうしても注目を集めるが、様々なサイズで着け手の印象を変化させる可能性を秘めている。
先入観にとらわれずに時計を選び、アクセサリーとのミックス&マッチや、素材感の統一などの工夫を加えながら時計を楽しむ。それは男性のスタイルにも広がりを与え、これまで考えもしなかった個性を自分自身に与えられる可能性がある。
男性にとって、腕時計は“名刺”のようなものであり、時計が自分自身の趣味やセンス、時には懐具合までを雄弁に語る。ではミニウォッチからは、どんな人物像が読み取れるのだろうか? それこそが、何のバイアスもかからない、素のあなた自身ということなのかもしれない。
Words:Tetsuo Shinoda Photos:Akira Maeda Styled: Eiji Ishikawa(TRS) Hair&Make:Ken Yoshimura