メゾンの原点であるマニュファクチュールへ
本特集はHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.13に掲載されています。
いまやハイジュエラーとウォッチマニュファクチュールを分かつジャンルの壁は取り払われつつある。これに先鞭をつけたパイオニアのひとつがショパールだ。だが、それはメゾンの成り立ちからすれば当然の帰結と言えるだろう。
ショパールは、1860年に時計師ルイ-ユリス・ショパールが創業した。高精度を誇る時計工房として知られ、1937年にはジュネーブに本社を移転し、高級時計マニュファクチュールに特化する。一方、1904年創業のドイツの名門ジュエラー、カール・ショイフレは、早期からジュエリーウォッチを手がけ成功を収めたことから、そこに大きな可能性をみいだしていた。やがて戦後の新たな時代を迎え、両者は邂逅する。それぞれの事業の発展を目指し、1963年にカール・ショイフレ3世がショパールの経営権を譲り受け、新生ショパールがスタートを切ったのである。
ジュエリーと時計のマリアージュは、1970年代には早くも成果を見せる。エポックメイキングとなったのがハッピーダイヤモンドだ。そして1980年には、本格的なウォッチコレクションとしてサンモリッツを発表。この開発を指揮したのが現在、共同社長を務める当時22歳だったカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏である。この成功でショイフレ氏は大きな確信を得た。それは近い将来、機械式時計が歴史的な発展を遂げるということ。そして長期的な展望に立ち、今後のビジネスの基盤として、メゾンの原点である高精度な機械式時計製造を復興しようと考えた。
アルパイン イーグル 41 XPS Ref.298623-3003 456万5000円
当時、主流はクォーツ式ではあったが、機械式時計復権の萌芽はすでに見られていた。特に高級時計における伝統的な技術や審美性に加え、文化的な価値への評価が高まり、それこそがメゾンの目指すラグジュアリーと捉えたのだった。その第一歩として独自のムーブメント開発に取り組む。それまでケースやブレスレットは内製していたが、ムーブメントは外部供給に依存していたため、将来にわたってメゾンの独立性を担保するには自社ムーブメントが不可欠と考えたからだ。
1993年にプロジェクトはスタートした。メンバーは本人を含めてわずか4名。ミシェル・パルミジャーニ氏やジャン-フレデリック・デュフール氏、ダニエル・ボロネージ氏らの少数精鋭のチームによって極秘裏に進められ、開発目標に以下を掲げた。薄型の自動巻きであること、マイクロローターの搭載、ふたつの香箱によるロングパワーリザーブ、COSCクロノメーター認定の高精度、ジュネーブ・シール取得を視野に入れた仕上げ、将来的にクロノグラフやさまざまな複雑機構へと発展できる基本設計など、その内容は細部にわたる。いわゆる単なる汎用ムーブメントではなく、歴史ある名門マニュファクチュールが手がける名作ムーブメントに引けを取らないばかりか、さらにそれらを越えようという気高き志がそこには込められていた。
L.U.C 1860 Ref.168860-3005 436万7000円
一方、開発が進むにつれ、課題となったのは継続的な時計づくりを支える生産拠点の確保であり、アトリエ設立が急ピッチで進められた。適地として選ばれたのが開発室のあったフルリエ。その地では時計製造が代々行われ、時計製造の中心地であるラ・ショー・ド・フォンからも近く、熟練職人が周囲に存在していることが決め手となった。
1996年、プロジェクトの発足から3年をかけていよいよ初の自社製ムーブメント、L.U.C 1.96(現L.U.C 96.01-L)が完成した。L.U.Cはメゾンの創始者ルイ-ユリス・ショパールから命名し、1997年にこれを搭載した初代L.U.C 1860を発表。そして同時に本格的なショパール マニュファクチュールを創設し、高精度な時計づくりというメゾンの原点への回帰を高らかに宣言したのだ。
それから30年を経た2026年、L.U.C 1860 “アリューズブルー”が登場した。洗練に磨きをかけつつ、デザインと機構の基本構成は初代L.U.C 1860から大きく変わらない。それは理想の時計づくりを目指した英断が正しかったことの何よりの証明である。
記念すべきL.U.C第1弾のL.U.C 1.96。特徴であるマイクロローターと積層式の2重香箱によって、薄型設計と約65時間のパワーリザーブを両立し、美しいムーブメントをローターが隠すこともない。発表翌年にこれを搭載したL.U.C 1860が登場。初代モデルはスモールセコンドの下方にカレンダーを備えていた。
独立系を守り、ヘリテージを次世代につなぐ
L.U.C 96.01-Lは、直径27.4㎜、厚さ3.3㎜の極薄設計ながら2重香箱を内蔵し、約65時間の持続時間を備える。COSC認定クロノメーターの高精度を実現するほか、ジュネーブ・シールを取得する美しい仕上げとクオリティを誇る。
ショパール マニュファクチュールは、教育、養成、研究、継続的な投資によって専門のノウハウを蓄積する。メゾンの教育施設では毎年受け入れる約40名の見習い職人がその芸術的な職人技を受け継ぐ。
L.U.C 1860 “アリューズブルー”は、L.U.C 96.40-Lを搭載する。その基本は30年前に開発された初の自社ムーブメントL.U.C 1.96を継承しているが、名称を改めただけではなく、実は細部にまで多くの改良と熟成が施されている。巻き上げに必要な時間を短縮するため、ワインディング機構の効率を改善し、自動巻きローター回転時のノイズを抑えるためにローターのベアリングを変更した。また部品同士の組み合わせや連動性の最適化を図ることでムーブメント全体の精度をさらに高める。さらに歩度に影響を与える磁気への耐性を強化している点も見逃せない。
L.U.C XPS プルシアンブルーでは、幅広いモデルレンジに対応するキャリバー、L.U.C 96.12-Lを搭載した。7.2mmの薄さに対し、40mmに広げたケースはモダニティを演出し、1930年代のセクターダイヤルに、フルリエの歴史に由来する美しいブルーが際立つ。
現在ショパール マニュファクチュールでは、主にL.U.Cムーブメントの設計、主要部品加工、装飾、仕上げ、高級機の組み立てに加え、カリテ・フルリエ認証に関わる検査も行われている。また、生産能力を補完するため、2008年には近隣に量産ムーブメント製造に特化したフルリエ エボーシュ社を設立した。フルリエがムーブメントの技術と製造の中枢を担うのに対し、ジュネーブ近郊のメイランでは、ケース・ブレスレット製造、ゴールド鋳造、外装仕上げ、ジュエリーセッティング、最終組み立てを行う。これは州内での製造・組み立てが条件のジュネーブ・シール取
得においても不可欠な生産拠点だ。自社一貫製造体制を構築する一方、2020年には100年近い歴史を持つ文字盤製造の名門、メタレムを傘下に加え、さらなる品質向上と装飾表現の可能性を広げている。
(左)アルパイン イーグル 41 XP CS ローズゴールド Ref.295396-5001 1419万円 (右)L.U.C XPS プルシアンブルー Ref.168629-3002 200万2000円
メゾンの現在地を語るうえで、2019年に発表されたアルパイン イーグルは欠かせない。いまやメゾンのメンズウォッチを代表する新たなアイコンとして高く支持されている。アルパイン イーグル 41 XPSとアルパイン イーグル 41 XP CS ローズゴールドは、マウンテングローと名づけられた残光を浴びるアルプスの輝きを思わせるシャンパンカラーと、天然木の断面に現れる年輪のようなシェード オブ ウッドのブラウングラデーションが、自然界から着想を得た鷲の虹彩をほうふつさせる文字盤に映える。そしてスモールセコンドの有無に応じ、搭載するL.U.C 96.40-LとL.U.C 96.42-Lがエレガントな極薄スタイルに寄与する。
アルパイン イーグルは、1980年代にメゾンが本格的なウォッチメイキングに舵を切るきっかけになったサンモリッツを再解釈することからスタートしたコレクションだ。これを提案し、開発を進めたのがカール-フリードリッヒ・ショイフレの長男、カール-フリッツ・ショイフレ氏である。彼は、アルパイン イーグルの発案と共同開発を通じて、すでにショパールの時計づくりに確かな足跡を残している。現在はクラフツ、デジタル、顧客体験を横断する立場からメゾンの経営に参画し、父カール-フリードリッヒの時計製造哲学を次代へつなぐ過程にある。
ショパールの歩みを振り返ると、浮かび上がるのは家族経営による独立系メゾンならではの揺らがぬ哲学と美学だ。伝統的なスイス時計製造の技術や文化に敬意を表し、そのヘリテージを一族の歴史とともに次世代につなぐ。その根幹をなすのがショパール マニュファクチュールである。そこで継承されるのは、L.U.Cの意匠や設計をただ守ることではない。時計師が機構全体に責任を持ち、伝統的な仕上げと精度を担保しながら、既存の解を超えるまで開発と検証を続ける姿勢であり、何より徒弟教育と現場の対話によって技能を次世代へ渡す姿勢である。2006年、フルリエに時計製造の教育部門が設置(メイランには1989年に設置された)され、現在は時計製造、マイクロメカニクス、表面処理など年間約40人の徒弟を育成し、世代間の知識共有を研修方針に組み込む。ショパールはなぜ、自らつくる道を選んだのか? それは優れた自社製ムーブメントを生み出すためだけではない。それを手がける組織の構築。これこそがマニュファクチュール設立の際に描いた未来図であり、30年かけて一歩一歩、その夢を現実のものとしてきたのである。
Words:Mitsuru Shibata Photos:Jun Udagawa Styled:Eiji Ishikawa(TRS)