ラグジュアリースポーツウォッチの台頭が示すように、多様化する現代のライフスタイルに対応する時計の人気は以前にも増して高まっている。そうしたニーズに応え、昨年再始動したシリーズエイトは、独自のモダンスポーティなデザインに、第2種耐磁(磁気を発生する機器や磁石に1cmまで近づけてもほとんどの場合性能を維持できるレベル)対応の機械式ムーブメントを搭載。デイリーウォッチとしての高い実用性を併せ持つとともに、シチズンならではの高品質な作り込みが高く支持されている。その1周年を記念し、このたび限定モデルが発表された。
新作は、コレクションを構成する3ラインのなかでも、最もスポーティなテイストが強い870 メカニカルをベースに、ブラックのデュラテクトDLCを施したケースとカーボンダイヤルを組み合わせ、コレクション初のシースルーバックを採用する。全体をブラックアウトしたことで、都会的な洗練を増し、躍動感あるデザインがより際立つ。それはテーマとするモダンスポーティの新たな表現であり、コレクションの可能性を広げるとともに、今後のさらなる展開を示唆する。
時代の価値観を投影し、充足の味わいへ
シリーズエイトの誕生は2008年に遡る。「ステイタスよりスタイル。ラグジュアリーではなくスマート」というコンセプトの下、初代はエコ・ドライブを搭載し、都市建築をイメージさせる構築的なケースに一体感あるブレスレットを備えたブランドとしてスタート。これまでにないシンプルに徹しながらもデザインコンシャスなスタイルは、シチズンブランドに新たな息吹を吹き込んだが、2014年にひとまず幕を閉じた。
やがて時代は、時計に対して個人の価値観や充足感をより強く求めるようになった。シリーズエイトのコンセプトは再び輝きを増し、“8” の名をあらためて知らしめるかのごとく、それから8年目を迎えた2021年に再始動したのだ。
新生シリーズエイトでは、ストレスフリーの快適さを求めた初代のエコ・ドライブから機械式ムーブメントを採用したブランドへとシフト。機能の追求だけではなく、あえて手間をかける喜びや使うことで増す愛着や趣味性を追求する。これはアナログレコードやフィルム式カメラの人気にも通じる価値観の変化の影響が背景にあると言えよう。8年という歳月、そして機械式時計ブランドとしての再始動は、シリーズエイト本来のコンセプトと結びつくことで、多彩な表現の可能性を切り開くこととなった。
シースルーバックとブラックに込めた思い
オールブラックのデュラテクトDLCは、実は2008年発表の初代シリーズエイトでも限定採用していたものです。
– 伊藤惠己氏, シチズン時計 時計事業本部 商品企画センター 商品企画部 第一企画課 シリーズエイト商品企画担当 再始動から1年を振り返り、シリーズエイト商品企画担当の伊藤惠己氏はこう語る。
「これまでシチズンは、どちらかというとスペック中心のものづくりでしたが、シリーズエイトは私たちが意図したデザインやコンセプトをご理解いただき、私たちの予想以上にご好評いただいています。今回の限定モデルは、ブランドのコンセプトをより浸透させ、魅力を拡張するために企画したものです。オールブラックのデュラテクトDLCは、実は2008年発表の初代シリーズエイトでも限定採用していたもので、当時としては非常に珍しく話題になりました。本作ではそれを踏襲しながら、ブランドの革新性を表現しています」
高評価を得る一方で、まだまだ課題は実感すると言う。
「シチズン=エコ・ドライブというイメージは強く、シリーズエイトを機械式時計ブランドだと認識してもらうという点ではまだハードルがあります。そこで本作はお客様からも要望の高かったシースルーバックを採用し、機械式であることをよりアピールしました。これにはもうひとつ意味があり、1960〜70年代のシチズンの機械式時計では精度を特別に調整したムーブメントをオール金メッキに仕上げる習わしがありました。これに倣ってCal.0950のローターをゴールドカラーにしています。シースルーバックにすることで搭載するムーブメントがかつての特別調整品のように精度が高く、そして現代の時計にふさわしい優れた耐磁性を備えていることを誇示したのです」
かつてシチズンの機械式時計では特別調整品のムーブメントをオール金メッキに仕上げる習わしがありました。シースルーバックにすることで搭載するムーブメントがかつての特別調整品のような優れたものだと示したかったのです
– 伊藤惠己氏, シチズン時計 時計事業本部 商品企画センター 商品企画部 第一企画課 シリーズエイト商品企画担当 限定仕様にふさわしいものとして、デザイナーの徳山義介氏が選んだのはカーボンダイヤルだ。
「カーボンは航空宇宙産業を始め、軽さと強度が求められる工業製品に用いられる先端素材です。同時に実用素材でもあり、現代的な実用時計であるシリーズエイトに最適だと思いました」
そして、それはブラックの多彩な演出にも寄与すると語る。
「炭素繊維のカーボンはダークグレーに近く、さらに2体構造ベゼルは、ヘアラインとミラーの異なる仕上げによって、同じブラックのデュラテクトDLCでも前者は明るく、後者はより黒っぽい印象になります。さらにストラップはラバー特有のすべすべした黒。こうした素材や仕上げそれぞれで異なるテクスチャーや発色を意識したことで、シチズンが製作してきたこれまでのオールブラックウォッチとはひと味違う、変化に富んだブラックが表現できたと思います」
デザインに秘めた伏線が今後さらに展開する
全身を黒で統一したオールブラックウォッチは、洗練された都会的なモード感があり、スポーティな印象とともに人気も高い。シチズンではブランドを問わず、そんなオールブラックウォッチをいくつも製作してきた。シックなブラックに、重厚なブラック、はたまたカジュアルなブラック。なかでもシチズンにおいて、オールブラックのデュラテクトDLCによるそれは揺るがない意志を体現する色であり、自社が誇る表面硬化技術を象徴する色として特別な意味を持つ。だからこそ、特別な限定モデルである場合には、デュラテクトDLCによるオールブラックウォッチが多く作られてきたのだ。もちろんシリーズエイトも例外ではない。伊藤氏が語るように本作で用いられたデュラテクトDLCによるブラックは、かつての限定モデルを踏襲したものとなっている。
だが、オールブラックウォッチは手にすると意外に違和感を覚えることが少なくない。時計が手首で浮いてしまうように感じられるからだ。ひとつにはブラックによって無骨さが強調され、画像ではスタイリッシュなデザインが、立体感に乏しいのっぺりとした印象になってしまうからかもしれない。
シチズンにおいては、さらにダイヤルの表現において苦心した。特に光で発電して動くエコ・ドライブの場合、ダイヤルは光を透過する素材や、デザインでなければならないなど表現上の制約が少なくない。機械式ムーブメントの採用は、デザイン表現をそうした制約から解き放った。光を透過する必要のない全面カーボンダイヤルは、機械式だからこその選択であり、新生シリーズエイトの自由なデザイン表現を端的に表している。
加えて本作では、引き締まったケースサイズに、カーボンやラバーといった異なる素材、そして多彩な面と仕上げに象徴されるように国産ブランドならではの細やかな品質へのこだわりによって、立体感に乏しくなりがちなオールブラックの問題点を回避した。同じブラックに見えても、光を受けて部分によって異なる色相を演出するのだ。
ブラックラバーストラップを採用したのも功を奏している。シースルーバック化によってわずかだが厚みを増したケースでもそれを感じさせず、軽快なフィット感を与えてくれる。そのおかけでオフィスやカフェ、ジムなどシーンを選ばず、インフォーマルに使いこすことができるだろう。
シリーズエイトは、8年という歳月を経て進化した製造技術、そして高性能な機械式ムーブメントを得ることでより一層魅力的なブランドへと生まれ変わった。そして、再始動から1周年を迎えて登場した限定モデルはブランドが持つデザインの拡張性の一端を明らかにした。それは伏線となり、その魅力を今後さらに発展させることだろう。価値観の多様化に応え、アクティブな日常を彩る、つける人に本当に寄り添うことができるモダンスポーティウォッチを提示するのである。
Photos:Akira Maeda(MAETTICO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Model:KOU Words:Mitsuru Shibata
〇撮影協力
ゴールドジム渋谷東京
〇衣装協力
ジャケット10万6700円/ポール&シャーク、パンツ3万800円/タリアトーレ(ともにトレメッツォ 03-5464-1158)、その他参考商品