アメリカの工業的時計製造技術とスイスの伝統的な時計技術を融合させるために、アメリカ出身の時計職人フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズがIWCを立ち上げたのが1868年のこと。美しい懐中時計から始まり、1899年に初の腕時計を発表する。IWCの腕時計事業が本格化するのは、1936年のスペシャル・パイロット・ウォッチからだ。機能的なツールウォッチによって評価を得たIWCは同年、懐中時計用ムーブメントを用いた腕時計、ポルトギーゼを発表。これ以降、機能的なパイロット・ウォッチとエレガントなポルトギーゼが、IWCの旗艦コレクションとして育っていく。
特にパイロット・ウォッチは、1948年に誕生したマーク 11によってスタイルが固まり、進化とともに型番が積み重なり、2022年にはついにマーク XXへと到達した。どこが変わったのかは後述するが、70年以上にわたって同じ名前を冠し、型番によって進化の足跡を追いかけることができる時計シリーズは希有であり、その違いが愛好家を熱狂させ、そしてこの時計を語りたくなる。マークシリーズは、時計談義にうってつけの時計なのだ。
IWCにおけるパイロット・ウォッチの歴史は、1936年のスペシャル・パイロット・ウォッチに始まる。そして1940年に大型ケースのビッグ・パイロット・ウォッチ・キャリバー52 T.S.C.を経て、1948年のマーク 11へとたどり着く。イギリス空軍のためのパイロット・ウォッチとして開発されたこの時計は、名機Cal.89を搭載し、激しく揺れる機上でも針を読み取るためにダイヤルはシンプルにデザインされ、12時位置には上下を違わないようにする三角マーカーが入った。そして電磁波レーダーを受けても精度を低下させないように、軟鉄製のインナーケースでムーブメントを覆う耐磁設計となっていた。ケースも小ぶりで実用的な時計であったマーク 11は、IWCにおけるツールウォッチの軸となり、エンジニアリングと機能美デザインを熟成させていく主力コレクションとなっていく。
1994年にマークシリーズが初めて民生化され、マーク XIIが誕生。そして1999年にマーク XV、2000年にマーク XVI、2012年にマーク XVII、2016年にはマーク XVIIIが登場し、2022年にはマーク XXへと進化を遂げた。
今日のパイロット・ウォッチは“スポーツウォッチ”でもあり、マウンテンバイクやジョギングなど、多くのアクティビティに対応するタフなタイムピースとして求められています。
– IWC R&D ムーブメント開発責任者、ステファン・イーネン氏 「私たちのパイロット・ウォッチの歴史は、軍事的な用途に関わってきました。1948年に誕生したマーク 11の系譜に連なるマークシリーズは、その最たる例でしょう。しかし今日のパイロット・ウォッチは“スポーツウォッチ”でもあり、マウンテンバイクやジョギングなど、多くのアクティビティに対応するタフなタイムピースとして求められています。IWCのパイロット・ウォッチは、このような多用途性を備えつつ、世界中の多くの人々を魅了し続ける歴史も持つ時計なのです」とIWCのR&D ムーブメント開発責任者、ステファン・イーネン氏は説明する。
空のツールウォッチとして生まれたパイロット・ウォッチだが、現在は豊かなライフスタイルに寄りそう機能的な時計として愛されているのである。
熟成を重ねたマーク XXの真価とは
マークシリーズは本作で7代目となるが、何が変わったのだろうか?
「パイロット・ウォッチは、堅牢性や視認性などの機能的な要件を満たすように設計されたプロのための機器でした。しかし現在のパイロット・ウォッチは、身につけたいと思わせる魅力的なスポーツウォッチでなければいけない。象徴的なデザインを忠実に再現しつつ、汎用性を高めるために進化を遂げています」とイーネン氏。それはマーク XXに限ったことではない。初の民生化モデルとなったマーク XIIの誕生以降、読みやすいコックピット計器のスタイルで象徴的なデザインを忠実に再現しつつ、人間工学への適応と汎用性を高めるために多くの時間と労力を費やされてきたのである。
歴史を継承しつつ、現代的な価値を作る。そのためにディテールまでこだわって、マーク XXは作られている。といっても、マーク XVIIIからマーク XXへの外見上の変化は小さい。例えばケース径は40mmとそのままだ。しかし見えないところに進化が詰まっている。例えば搭載するムーブメントは120時間パワーリザーブを備えるCal.32111となったほか、軟鉄製インナーケースがなくなった。
「シャフハウゼンに新しい製造センターが完成したことでIWC製キャリバーの生産量が増え、多くのモデルに高性能なムーブメントを使用できるようになりました。マーク XXはムーブメント技術もアップグレードされています。Cal.32111は、高い精度と信頼性を備え、120時間のパワーリザーブを持つ自動巻きムーブメントです」
伝統的にパイロット・ウォッチでは耐磁のためのインナーケースを用いるため、ケースバックはクローズドタイプとなっている。マーク XXもクローズドケースバックだが、ケース構造を進化させた。
マークXXは軟鉄製インナーケースを装着しません。それによってケースの厚みがわずかに薄くなり、人間工学に基づいた装着感を実現できました。
– IWC R&D ムーブメント開発責任者、ステファン・イーネン氏 「マークXXは、耐磁性能のある軟鉄製インナーケースを装着しません。その代わりにシリコン製の調速脱進機を使用してムーブメント自体の耐磁性能を高めました。そしてインナーケースを使用しないことで、ケースの厚みが11mmから10.8mmへと若干ですが薄くなり、人間工学に基づいた装着感を実現できました」
ちなみにケース構造を改良したことで、これまでの6気圧防水から10気圧防水へと性能が向上。これはスポーツウォッチとして求められるスペックを追求した結果だという。
「ダイヤル周りのデザインも手を加えています。カレンダーディスクは白地に黒文字というスタイルに戻しました。これは初期のマークシリーズのスタイルを反映したものです。12・3・6・9のバーインデックスも少し長くし、針の仕上げをブラックマットからロジウムメッキに変更したのも視認性を向上させるためです」
機能的かつ実用的に進化させつつ。ベゼルはサテン仕上げからポリッシュ仕上げに変更して審美性を高めた。マットで武骨な世界観のなかにきらりと光るベゼルは、ツールウォッチというジャンルを超えていこうというマーク XXの所信表明にも見えてくる。
ライフスタイルに寄り添うスポーツウォッチ
メンズウォッチの歴史をひも解くと、その多くはツールウォッチとして生まれている。特に20世紀初頭は、飛行機や自動車などのテクノロジーが一気に進化した時代であり、そこに歩みを合わせるように、計器や道具としての腕時計が求められた。IWCのパイロット・ウォッチもそういった時代の要請から生まれた時計にほかならない。もちろん現代は優秀な電子機器があるので、腕時計をツールとして用いる必要はない。しかしそれでもなおマークシリーズが愛されているのは、視認性、耐久性、精度といった腕時計に求められる要素をすべて兼ね備えているという“揺るぎなき王道感”があり、もはやトレンドやスタイルに左右されることがなく、どんなシーンでもつけることができるメンズウォッチのアイコンへと昇華しているからだろう。
ブルーダイヤルは、パイロット・ウォッチ・マーク XVIIIの“プティ・プランス”エディションとして大きな成功を収めたものです。マーク XXコレクションでも提供することは明白でした。
– IWC R&D ムーブメント開発責任者、ステファン・イーネン氏しかしその上で、マーク XXは現代的な進化も果たしている。その一例がカラーだ。パイロット・ウォッチは光を反射し視認性を損なう明るい色のダイヤルを使用することはなく、基本的にブラックダイヤルが多い。しかしマーク XXでは、“プティ・プランス”エディションとして人気を集めたブルーや、トレンドカラーでもあるディープグリーンのダイヤルを用意した。これもマーク XXがツールウォッチからの脱却を図り、現代的なスポーツウォッチであろうという開発陣の意思の表れだ。
さらに強固さを売りとするマークシリーズに、ワンタッチでストラップが外せる「EasX-CHANGE」システムを採用したのも現代的な進化である。
「もはやパイロット・ウォッチはスポーツウォッチの一種であり、汎用性が最も重要な要件です。EasX-CHANGE®システムは、すでにビッグ・パイロット・ウォッチ 43などにも搭載され、好評を博しています。そこでマーク XXにもこのシステムを導入することにしました。ボタンひとつでレザーストラップとブレスレットを切り替えることができ、マークXXの日常的な使用用途がさらに広がるのです」
イーネン氏が言うように、特別な工具を必要とせず、ブレスレット、ストラップともにワンタッチで切り替えることができるEasX-CHANGE®システムにより、マークXXの活躍シーンが広がるのは間違いない。例えばレザーストラップで本来のパイロット・ウォッチが持つラギッドな雰囲気を生かしたカジュアルスタイルで楽しむ一方で、端正な装いが求められるシーンではブレスレットに付け替える。そうした切り替えを瞬時に行えるのだ。
ファッションもクルマも、オンとオフ、ハレとケ、フォーマルとカジュアルを自由にクロスオーバーして楽しむのが当たり前の時代となった。マーク XXはそれと同様に、自由にスタイルを楽しむための時計へとシフトチェンジしている。イーネン氏は語る。
「私たちは、プロフェッショナルな計器用時計を製造してきた豊かな伝統、そして機能工学のバックグラウンドを持っています。しかし、私たちはこれらの歴史的なデザインを適応させ、改良を加えることで、適切かつ現代的なデザインを維持することも行ってきました。そして、その変更は常に小さなディテールにまで及びます」
マーク XXの真価とは、大胆な変身を遂げるのではなく、弛まず進化、そして変化していこうとする姿勢にこそある。
パイロット・ウォッチ・マーク XXコレクション ギャラリー
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda