5月末、東京・青山のメゾン ド ミュゼで、ブランドの誕生50周年を記念して特別な顧客向けイベントを開催したクレドール。その歴史の道標となったヒストリックピースの数々に加えて、話題を呼んでいるクレドール50周年記念 ロコモティブ 限定モデルをはじめ、クレドールの現行コレクションの数々を披露した。特に主軸となる3つのコレクションとロコモティブの4モデルにフォーカスした曲木細工による美しいアートインスタレーションも実施され、訪れた人に時間の流れを忘れさせるような空間演出が成された。
このコラボレーションの中心にいたのは京都で木材店を営む家に生まれ、曲木造形作家としてアート作品を発表している亘 章吾(わたりしょうご)氏と、セイコーウオッチでクレドールの商品企画をてがける神尾知宏(かみおちひろ)氏だ。曲木を通じたアーティスト活動と腕時計づくり。それぞれ異なる分野に身を置くふたりがクレドール50周年の大きな節目に何を感じ、何を表現しようとしたのか? まずはコラボレーションに至った経緯から、ふたりに問いかけた。
伝統的な技術と現代的な感性の共鳴を軸とした、ものづくりの哲学
「神尾さんからお声がけいただいたのですが、最初は驚きました。お引き受けする意味、どんな作品を提案できるか。コラボレーションの意義をまず自問自答しました。自分が大事にする素材である吉野の檜は100年以上も生育に時間がかかりますが、年輪という目に見える形で時間が刻まれる素材です。時間そのものを感じられるものづくり、時間軸がキーになってリンクするんじゃないか? という思いに至りました。事前に仕上がりについて決められていたことはサイズぐらいで、本当に自由に創らせてもらいました」(亘氏)
「クレドールの50周年記念で、“The Creativity of Artisans”というメッセージを発信するのに、腕時計とは別のものづくりと結び合うほうがメッセージのコアがより伝わるのでは? と考えたんです。なぜ亘さんだったかといえば、木という伝統的な素材を用いつつも技術やアプローチが革新的かつ現代的で、まったく新しい情緒を生み出していくところ。そこがクレドールの価値観と共通するように感じたんです。作品を資料やサイトで拝見して、ぜひご一緒したいと思いました。最初は同い年だとは存じ上げませんでしたが(笑)」(神尾氏)
曲木は積層した木材を曲げるという点では、家具などに用いられるプライウッドと似ているが、亘氏の技法では厳選した吉野産の檜を1mm厚にスライスして接着剤を塗りながら積層して巻き込んでいく。立体的で精緻な表現であるためインダストリアルな工業製品とは本質的に異なる。「すべて自分の身体と手の感覚をダイレクトに木材に伝え、曲げて削り込んでということを繰り返して作り上げていきます。ですから、見た目としては型に制限されない複雑な曲線を実現できる点が特徴です」と亘氏は語る。
「腕時計の場合もミリ単位の世界で少しづつ作業を重ねていくところは曲木造形に通じるところがあると思います。完成したときに人の手で創られたからこその凄味が、やっぱりそこに表れてくるんですよね」
– セイコーウオッチ・神尾氏「そのメッセージ性、見る者の感情を揺さぶり動かすところが、亘さんとコラボレーションしたかった理由です。ウェブサイトやSNSを通じて拝見していたのですが、じつは作品を直に見たのはイベントが初めてで、近づくとやはり迫力、空間に置かれた際の存在感の力強さがまるで違いました」と語る神尾氏。彼は次のように続ける。
「先ほど亘さんに叡智Ⅱの絵付け体験をしていただきましたが、腕時計の場合もミリ単位の世界で少しづつ作業を重ねていくところは曲木造形に通じるところがあると思います。完成したときに人の手で創られたからこその凄味が、やっぱりそこに表れてくるんですよね」
「私は企画の立場としてすべての要素をコントロールするので、チームとしてデザイナーや技術者たちと二人三脚で進めていきます。これまで培ってきた技能やノウハウをベースに時代に最適なドレスウォッチを模索、提案しています。流行に追随するのでなくその時代の美的感覚を感じ取り、新しいデザイン表現を提供すること。創業者である服部金太郎が遺した“常に時代の1歩先を行く”という考えを、デザイン面で継承しているのです。ゼロから生まれる表現ではなく、それまでに培ってきたノウハウや伝統が必要不可欠ですが、クレドールでは優れた伝統技法を今に受け継ぐ職人の方たちと協働して新たな表現を生み出しています。それ自体が伝統と革新の融合と言えますね」(神尾氏)
クレドールは、日本の美意識と匠の技により生み出される日本発のドレスウォッチブランドを標榜しているが、そうしたものづくりの哲学はコレクションにおいてどのような具体的な表現として結実しているのだろう? 神尾氏は次のように語る。
「クレドールが体現する日本の美意識とは“作り手の精神性”だと考えています。先人が書画や俳句に美を見出したように、日本人の時代ごとの感性で美しいとされるものを具現化するのがクレドールのものづくりです。過去のプロダクトを振り返るとジュエリーコンプリケーションのように、華やかな空気感を纏う時代には特徴的なデザインでその精神性を提案してきました。あるいはソヌリやミニッツリピーターなどは時の知り方、時の楽しみ方を拡張した点で、多元的なものの見方や楽しみ方が広がる現代の空気感と重なり合います。最近ではゴールドフェザーのようなクラシック回帰といった、多様な表現がクレドールにはあるのです。その背景にはその時代のエレガンス、その時の美しいものをアルティザン的な技術で表現するという思いがある。クレドールにとって、それはとても大事なことなのです」
「今回、絵付け体験をさせてもらったからというわけではないですが、叡智IIの瑠璃青モデルはすごく心引かれるところがありましたね。限られた空間世界のなかに、釉薬の表面張力という自然物理の法則によって生み出された曲線美が存在すること。それをプロダクトとして形にしていることに驚きというか、感動を覚えました。『自然が創る曲線の世界、人間が創る直線の世界。相逢う先に生まれる美しさを追い求めています』という言葉を自身のウェブサイトで発信していますが、自分の作品作りも、自然と人間の関係性を追求するところがあるのでとても響いたのだと思っています」(亘氏)
それぞれに、これまで培ってきたノウハウや伝統がある一方、時代によって異なる美を追求する姿勢は共通している。作品やプロダクトに向き合うごとに変わらないこと、そして変えるべきこととは、何だろう?
「僕の場合は吉野産の檜という素材、用いる道具も伝統的なものですが、これらは工芸性の根幹にあると思うんです。ものを作るための素材がまずあって、その素材を最大限に引き出すために技術がついてくる。技術が高まってくると素材の魅力もより高められて、両者がともに引き立て合う魅力や美しさ、造形が、日本らしいものづくりに備わる美しさではないかと考えています。本当の完成形というわけではなく、ひとつ作品を完成させたら次に作りたいものが見えてくる。それを繰り返しているから10年20年先は一切考えず、今は次の作品のことしか考えません。変わるべき方向付けがされているわけじゃなく、手を動かして作品ができると、次にやりたいことが見えてくるんです」(亘氏)
時代ごとのエレガンスとは何か? という日本人が感じる美しさを具現化するために、どういったディテールや技術が必要になるかは、その時代ごとに変わっていくもの。
– セイコーウオッチ・神尾氏「クレドールは、造形やディテールが変わることをむしろよしとしているブランドですが、そこに込められた想い、思想となるものに気づいてもらえるようにしたい。個人的にもそう考えるだけでなく、何十年も昔の作り手が紡いできて、今はたまたま自分が預からせてもらい、さらに何年かあとに次の世代にバトンタッチする。それが自分の使命であり、受け継いで伝えたいことです。一方で、時代ごとのエレガンスとは何か? という日本人が感じる美しさを具現化するために、どういったディテールや技術が必要になるかは、その時代ごとに変わっていくもの。先ほども申し上げたとおり、やはりチームや、それぞれの分野のエキスパートたちと二人三脚で生み出すべきものだと考えています」(神尾氏)
時代の空気感が細部に宿り生まれる、クレドールならではの美の表現
新しい表現は必ずしも顧客や観る側から、全面的な指示や理解を得られない可能性もある。それでも新しい表現に挑む理由を、ふたりは次のように語る。
「確かに、例えばスペックや機能のような比較すれば理解してもらえることとは違い、デザインやディテールの新しさは理解されるのにどうしても時間がかかります。だからこそ、そのデザインにするために作り手がどう考えて、匠が技を用いて作っているか。その熱量の高さを伝えていくほかはないと考えています。幸い、クレドールの腕時計は少量生産で、手にしてくれる顧客との距離が近い。それはやはりクレドールの特徴ですし、独自の魅力なので大切にしていきたいですね」(神尾氏)
「やっぱりぼくの場合はひとりでやっているぶん、新しい造形を試すときの不安はゼロではないです。けれども、結局はブレずに発信し続けることだと思います。新しい表現でも届く方、ご縁があって共感いただける方に届くようにと。そこは我慢のしどころなんでしょうね(笑)」(亘氏)
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:kazuhiro nanyo