G-SHOCKにおけるフルメタルモデルの歴史は、2015年に発表された“DREAM PROJECT DW-5000 IBE SPECIAL”から始まる。G-SHOCKとしては異例ともいえる高級素材の採用によって同モデルは大きな話題を呼んだが、その後にコンセプトモデルで考案された金属外装をステンレススティールに置き換えたレギュラーモデルの開発が進行する。そしてゴールドG-SHOCKを端緒とする進化形ORIGINは、G-SHOCK誕生の35周年にあたる2018年にGMW-B5000Dという形で結実。以降、フルメタルG-SHOCKがブランドの新たな柱となっていったのはすでにご存じのとおりだ。
GMW-B5000Dは、1983年に登場したORIGINのデザインをフルメタルで再現するだけでなく、落下時の衝撃に耐えるファインレジン製の緩衝材を金属外装の下に備えている。この革新により、日本国内では古くからのファンはもちろん、デジタルウォッチに高級感を求める新たな層からも支持を獲得した。さらに、このフルメタルG-SHOCKの衝撃は海外の時計コレクターにも確実に届いていたようだ。そのひとりが、イタリア在住のコレクター、ジョン・ゴールドバーガー氏。世界中の時計愛好家の間で名を知られる存在であり、ヴィンテージウォッチを中心にコレクションを築いている彼がG-SHOCKの熱心なファンでもあるというのは、少し意外な一面かもしれない。
ジョン・ゴールドバーガー氏。世界的に著名な時計コレクター・研究者であり、ヴィンテージウォッチの専門家として知られる。代表的な著書に、『Patek Philippe Steel Watches』や『OMEGA WATCHES』などがある。
「G-SHOCKとの出合いは1989年のことです。当時の欧州において、カシオは腕時計ではなく電子計算機の分野で知られているメーカー。そのため、時計を扱っていたのは電気店でした。そこで手にしたAW-500は、アナログ×デジタルのコンビネーション表示や針の形状、つけ心地のよさなど、すべてが私の琴線に触れたのです。ひと目惚れでした」
その後、ゴールドバーガー氏はAW-500の復刻モデルAW-500GD-9Aやユナイテッドアローズの別注モデルAWG-M520UAの入手を機に、G-SHOCKのコレクションを開始。G-SHOCK誕生40周年を記念して製作されたGMW-B5000PSやチタン製の外装にカモフラージュ柄を施したGMW-B5000TCFなど、近年のモデルからも充実したラインナップだ。
「私の父はエレクトロニクス関連の会社を経営していました。その彼から言われ続けた言葉に『イノベーションにこそ投資を続けるべき』というものがあります。私はヴィンテージウォッチを蒐集していますが、G-SHOCKはそもそもがイノベーションが結実したプロダクト。今私の手元にあるのは、まさに父の教訓を体現したようなコレクションなのです」
ジョン・ゴールドバーガー氏が所有する、G-SHOCKコレクションの一部。
フルメタルG-SHOCKの初作となるGMW-B5000Dが発売されたのは、ゴールドバーガー氏がAW-500に魅せられてから約20年が経過した2018年のことだ。
「発売されてからすぐに、フルメタルG-SHOCKのことを気に入りました。樹脂製の外装はどうしてもカジュアルなイメージを与えてしまいますが、メタルの外装は高級感もあります。加えて、加水分解とは無縁で持続性を感じさせてくれます。G-SHOCKがフルメタル化したことを知ったときには、喜びを感じました。いまやプラスティック製のクォーツウォッチで世界的に知られるスイスのブランドでさえも素材を見直し、生分解性プラスティックやセラミックを使うようになっている時代です。ちなみに、カシオは素材としていち早く植物由来の成分を使用したバイオマスプラスチックを採用していましたね。こうした点を踏まえると、カシオはやはり先進性があるメーカーなのだと思います。また、フルメタルモデルはつけ心地も樹脂製のG-SHOCKとはまったく異なるもので、新鮮な印象を抱きました」
2018年に初出となるフルメタルG-SHOCKの処女作、GMW-B5000D-1JF。
ゴールドバーガー氏は発売直後よりフルメタルG-SHOCKを称賛していたものの、一方で周囲のコレクターやジャーナリストからのよいリアクションはあまり見られなかったという。
「GMW-B5000の登場時はまだ、彼らはフルメタルG-SHOCKの革新性や新しいイメージを理解していなかった。インフルエンサーやコレクターがソーシャルメディアを通じてフルメタルモデルの魅力を発信し始めたことで、ようやくその素晴らしさに気づいたのです。そもそもカシオは画期的な機能とそれをコンパクトにまとめる高密度実装技術、人間工学など、さまざまな観点から新しい可能性を切り拓いてきたメーカーです。とりわけ革新的なのが素材でしょう。時計のケースは装飾であるとともに、外部からの衝撃から中身を守る、鎧の役割を果たすエレメントでもあります。ステンレススティール製のモデルもそうですが、カシオは装飾性と耐衝撃性のバランスを取るのが非常にうまいメーカーです。また、時計の質感やデザイン、造形は使用される素材によっても決まります。たとえばコレクションのひとつであるGMW-B5000PSは再結晶化と深層硬化処理を施したステンレススティールを用いていますが、私はこうした最新技術を駆使した新素材にも非常に感銘を受けています」
その第1弾となったGMW-B5000D-1JFについてゴールドバーガー氏は、「オリジナルのデザインを見事に再現した」点を高く評価しているという。それは5000シリーズではORIGIN以来長らく採用されなかったフラットベゼルをはじめ、ケースの複雑な造形やバンドに施されているディンプル、製造に手間のかかるスクリューバックなど、今もなお熱心なファンに支持される、初号機DW-5000Cの象徴的なエレメントだ。
「樹脂外装がもたらす軽快なつけ心地も、もちろんG-SHOCKの魅力でしょう。一方でGMW-B5000Dは金属製ならではの確かな重量感と、美しい光の反射が魅力だと感じています。それは、アナログモデルにおいてはアプライドのインデックスや進化し続けているダイヤル表現にも表れていますね」
なかでも、ゴールドバーガー氏が特に魅了されたのがGM-B2100AD-2AJF。八角形のベゼルを備えた2100シリーズのフルメタルバージョンで、ダイヤルには鮮やかなメタリックブルーの蒸着を施したモデルだ。
「象徴的な八角形のベゼル形状もさることながら、G-SHOCK樹脂モデルのデザイン理念を反映している点が気に入っています。しかもインデックスには立体感があり、ケースは天面をヘアライン、斜面をミラーで仕上げていることで、機械式時計と見紛うようなエレガンスを放っているのも見事です。この光沢感は、フルメタルモデルならではのものですね。また、このモデルは日本のヴィンテージデニムとコーディネートしても映えそうです。メタリックブルーのダイヤルとも好相性でしょうから」
「フルメタルG-SHOCKはジャケットはもちろん、スポーティなスタイルにも、そしてタキシードでも着用できる時計だと思います。ヨーロッパの人たちは今も変わらず、エレガントなシーンでは頑なに機械式時計を手に取っています。しかしヘアラインとミラーの仕上げ分けやさまざまな素材を駆使するカシオの技術力が伝われば、フルメタルG-SHOCKが単に樹脂製の外装を金属に置き換えただけの時計ではないことが理解されるのではないでしょうか。クオリティにこだわる日本人らしさが、丁寧な表面処理に現れています。先日行われたアカデミー賞の授賞式でレッドカーペットを歩くスターの手首に光っていたのは、やはりクラシックな造形の時計ばかりでした。しかし近い将来、あのレッドカーペットでタキシードにG-SHOCKを合わせる人が現れてもおかしくはないと思っています」
そして、フルメタルモデルのラインナップはなおも拡充を続けている。初号機のスタイルを継承する5000シリーズとORIGINをモダンにアップデートした2100シリーズを軸に、得意のCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)デザインを駆使しながら、カシオは新たな表現へのチャレンジを絶やすことはない。GMW-B5000D-3JFは文字盤にグリーンのガラス蒸着を取り入れることで目を引きつつも落ち着きのある表情に仕上げ、一方のGM-B2100AD-5AJFはダイヤルをライトカッパーで彩ることで柔らかな雰囲気を持たせている。どちらもフルメタルモデルに新鮮な表情をもたらすとともに、今後の表現も期待させるデザインワークだ。
上から、GM-B2100AD-5AJF、GMW-B5000D-3JF。
アイコニックなデザインを踏襲しつつ金属外装をまとったフルメタルG-SHOCKは、間違いなく40年以上の歴史におけるターニングポイントであった。しかも複雑な造形を金属で再現したうえで面ごとの仕上げ分けも施し、G-SHOCKでありながら高級時計のようなクオリティを実現。樹脂製のカジュアルな時計というイメージはフルメタル化によって一転し、マルチパーパスかつ長きにわたって着用できるタイムピースへと昇華されたのだ。それはゴールドバーガー氏に代表されるヨーロッパの人々の心も掴み、今もなお世界に影響を広めつつある。
「樹脂製の時計を持続性のある金属で作り替えるというのは、とてもシンプルな発想です。しかし、非常に効果的なアイデアだったと思います。カシオはコンピューターの原点とも言える計算機の時代から、よりコンパクトなものを、より手に取りやすいものをというイノベーションを着実に形にしてきました。私はまだ写真でしか見たことがありませんが、当時製造されていた計算機にはとてもワクワクさせられます。このフルメタルモデルたちも、メーカーとして大切にしてきた革新の現れでしょう。また、手首につける計測機器としての進化もカシオには期待するところです。私のなかでは、腕時計といわゆるウェアラブルデバイスは異なるものだという認識があります。しかし、カシオは早くからエレクトロニクスと腕時計の融合に取り組み続けてきた数少ないメーカーです。魅力的なマテリアルを纏い、さらに未来的な機能を搭載した腕時計の開発に向けて、カシオにはこれからも技術を磨き続けて欲しいと願っています」
Photos:Jun Udagawa[still], Yas[interview] Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Yuzo Takeishi