本特集はHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.12に掲載されています。
古くから、中国大陸や朝鮮半島を結ぶ国際貿易の拠点として発展してきた神戸。明治維新を経て、1868年の開港以降は西洋文化の入り口として栄え、外国人居留地を中心に、多様な文化を受け入れる独特の気風が育まれていった。開港以降の神戸には、洋装や建築、食文化とともに、時計や宝飾といった西洋の生活文化も流れ込んだ。時計は単なる時を知るための道具ではなく、装いや美意識を映す存在として受け入れられていったのである。
神戸と大阪のあいだ、いわゆる阪神間は、古くから“阪神間モダニズム”と呼ばれる独自の文化圏として発展してきた。企業家たちの邸宅や別荘が立ち並び、西洋文化と日本文化、革新と伝統が自然に交じり合う土地。正規時計宝飾販売店カミネの4代目社長である上根亨氏は、「良いものを自然に受け入れる感覚がこの街にはあった」と語る。
1906年、この街で創業したカミネのルーツは、初代・上根銀助氏が金細工のかんざしや懐中時計の鎖などを扱い、港町・神戸の人々の装いを彩った。2代目の馨の時代になると、日本は太平洋戦争へ突入。128回もの空襲を受けた神戸は、市街地の大半が焼失した。カミネの店舗も被害を受け、預かっていた修理品の指輪や時計は大金庫の中で溶け、黒い塊になってしまった。それでも2代目は、預かっていた品と同じ価値のものを探し回り、顧客へ返すために働き続けた。そのときから「顧客に対する感謝の心」が、カミネのビジネスの柱となった。
1950年代頃の店舗。
同じ頃、出征していた3代目・保は、沖縄戦から命からがら神戸へ帰還する。実験物理学者を志していたが、焼け野原となった街と家業の状況を目の当たりにし、店を継ぐ決意を固めた。
3代目の時代、カミネでは商談卓に電卓を置くことを禁じていたという。価格よりもまず、人と人との会話を大切にしたかったからだ。また、お客様への感謝を伝えるためのダイレクトメール用機械を自ら開発するなど、先代の意志を受け継ぎ顧客との関係を何より重視していた。
3代目・上根 保(左) 。
高度経済成長とともに、日本における時計文化も変化していく。「1990年代初頭から腕時計はトレンド化し、その後、マニア化やヴィンテージ市場の広がりなど、時計文化も大きく変わっていきました」。上根氏はそう振り返る。「お客さまの時計に対する価値観も、虚栄から趣味、そして資産保全へと移り変わってきたように感じます」。クォーツ革命を経て、再び機械式時計への関心が高まり始めた1990年代。時計は単なる実用品から、工芸や文化として語られる存在へと変化していった。
上根氏もまた、スイスのジュネーブやバーゼルへ何度も足を運び、時計ブランドや時計師たちとの交流を深めていった。現地で目にしたのは、歴史や技術だけでなく、作り手の価値観まで含めて時計を楽しむ文化だったという。そうした経験を通じて、カミネでもブランドの背景や時計作りの思想を伝える取り組みが増えていった。時には時計師を神戸へ招き、顧客と直接交流するイベントも開催。まだ日本で広く知られていなかったブランドを早い段階から紹介してきた背景には、時計そのものだけでなく、その背後にある物語まで届けたいという考えがあった。
阪神淡路大震災の爪痕を残す、当時のカミネトアロード本店。
しかし1995年1月17日、阪神・淡路大震災が神戸を襲う。店舗は半壊し、店の営業もままならないなかで、街のために何かがしたいという一心で、カミネは被災者へ目覚まし時計を無償で配布したという。しばらくは仮設状態で店舗を運営し、震災から6年後にようやく現在のトアロード本店が完成。そのお披露目の日にまるで自分のことのように喜ぶ人々の姿を見て、時計店と顧客は単なる取引関係ではなく、喜びを共有する間柄であることを実感したという。
この街にあり、この街に育てられてきたからこそ今がある。そう強く感じています
– 上根 亨氏(4代目社長)現在、カミネは神戸・三宮から元町、旧居留地にかけて複数の店舗を展開している。あえて大型店舗へ集約しないのは、ブランドごとの表現を大切にし、神戸の街並みに溶け込む存在でありたいという思いからだ。時計を探しながら街を歩くこと。その時間そのものを楽しんでもらいたい。それが120年にわたって、港町・神戸とともに歩み続けてきたカミネの矜持なのだ。
カミネ120周年アニバーサリーモデル
2026年、創業120周年を迎えたカミネ。長い歴史のなかで、同店は数多くの時計ブランドや時計師たちと交流を重ね、日本における機械式時計文化の広がりにも少なからず役割を果たしてきた。まだ広く知られていなかったブランドをいち早く紹介し、ときには時計師やブランド関係者を招いたイベントを通じて、その魅力を伝えてきたことも、カミネの歴史の一部である。
今回製作された120周年記念モデルには、そうした積み重ねの時間が反映されている。グランドセイコー、Naoya Hida & Co.、そしてローラン・フェリエ。それぞれ異なるアプローチを取りながらも、いずれの時計にも神戸という街と、カミネが歩んできた歴史の記憶が刻まれている(すべて2026年6月上旬に発表)。
グランドセイコー エボリューション 9 コレクション SLGH037、限定60本:146万3000円(税込)
まず登場するのは、グランドセイコーだ。限定品としては珍しいエボリューション 9コレクションのハイビートモデルをベースとし、得意とする型打ちダイヤルで、初夏の強い日差しを受けて輝く神戸の海が表現されている。グランドセイコーでは、企画者や職人が日本の自然や風景、季節の移ろいのなかで感じ取った情景を、ダイヤル表現へ落とし込むことが多い。
今回のモデルでも、初夏の神戸港に差し込む光と、海に立つ白波のきらめきがモチーフとなっている。デザインディレクターの酒井清隆氏は、神戸について「故郷である横浜の港町にどこか似ている」と語る。ダイヤルには、神戸港の大海原を思わせる型打ち模様を採用。「海があり、山があり、西洋文化の薫りがする街。初夏の強い日差しが波に反射して、白波が立つ情景をイメージしました」。その印象は、ダイヤルの繊細な型打ち模様へ落とし込まれている。
Naoya Hida & Co. NH TYPE 1D-6、限定10本:396万円(税込)
続いて登場するのは、日本が誇るマイクロメゾン、Naoya Hida & Co.による限定モデルだ。飛田直哉氏とカミネの関係は、ブランド創業以前にまでさかのぼる。1990年代、時計輸入代理店時代に飛田氏が販売イベントで神戸を訪れたことが最初の接点だったという。「上根さんとはその頃からのお付き合いになります。2019年に最初のNH TYPE1Bを発表した際にも、個人的に購入していただきました」。7本のみ製作された最初期モデルのひとつを、上根氏は個人で所有している。飛田氏は、何世代にもわたって独立した経営を続けてきたカミネについて、「我々のような新しい時計会社から見れば、偉大な先達のような存在」と語る。
ベースとなったのは、9時位置にスモールセコンドを備える「NH TYPE1D」。ダークグレーのDLC加工を施したダイヤルに、オフホワイトのローマンインデックスを組み合わせて、6時位置には「KAMINE 1906」の文字が刻まれる。「ブランドロゴとの長さのバランスを考えながら、いくつかの表記を検討しました」。ローマンインデックスはすべて手彫り。外周の分目盛りとスモールセコンドにはアルゲンティウム・シルバーを採用し、静かなコントラストを生み出した。
ローラン・フェリエ クラシック トゥールビヨン LCF052.R4.BR4E1、限定1本: 4125万円(税込)
ローラン・フェリエ クラシック・マイクロローター LCF038.G1.GG1E1(グリーン文字盤)/ LCF038.G1.GG1E2(ブルー文字盤)/ LCF038.G1.GG1E3(ライトブルー文字盤)、各限定1本: 1738万円(税込)
そして最後を飾るのは、ローラン・フェリエによる4本のユニークピースである。実は、カミネとローラン・フェリエによる限定モデルは今回が初めてではない。110周年の際には、ガレ・マイクロローターを通常の40mmから39mmへ変更したワンオフモデルなど数種類が製作された。ケースサイズにまで踏み込んだ要望が実現した背景には、長年にわたる関係性があった。そして120周年を迎えた今年もまた、新たなモデルが生まれた。長い時間をかけて築かれてきた関係が、今回の時計にもつながっている。
今回のモデルでは、エナメル装飾の第一人者、アニタ・ポルシェが手がけたダイヤルに、神戸港の風景やリョコウバトが描かれている。「クラシック・トゥールビヨン」では、国際港として栄えた神戸の風景を南蛮絵のようなタッチで表現。一方、「クラシック・マイクロローター」には、旅、つながり、そして伝達を象徴する絶滅した鳥リョコウバトが描かれた。外国文化と日本を結ぶ港として発展してきた神戸。その土地が持つ文化的な背景と、長年にわたって時計文化を育んできたカミネの歴史が重なり合うことで、工芸品とも呼べるような時計が生まれた。
今回の3ブランドは、規模も性格も大きく異なる。日本を代表する大手ブランドであるグランドセイコー、独立系マイクロメゾンのNaoya Hida & Co.、そしてアニタ・ポルシェによるエナメル装飾を取り入れたローラン・フェリエ。実用性を備えた時計から、工芸や芸術作品に近いユニークピースまでが並ぶことは、カミネがブランドの大きさではなく、時計そのものの価値を見てきたことを示しているのではないだろうか。顧客に対してだけでなく、作り手やブランドとも誠実に向き合い続けること。その積み重ねがあったからこそ、120周年という節目に、これだけ性格の異なる時計が同じ物語のなかに並んだのだろう。
Words: Tetsuo Shinoda Photos: Tetsuya Niikura Styling: Eiji Ishikawa (TRS)