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第二次世界大戦中、米軍は登山とスキーに熟達した兵士から成る師団を編成するというプランを採用した。フランス、イタリア、ドイツの険しい山頂が重要な戦場となる可能性があったからで、高山での戦闘に熟達した部隊であればそうした場所を占拠し優位に立てる。かくしてロープワークや懸垂下降、登山、バックカントリースキーの訓練を受けたエリート兵士の集う第10山岳師団が編成された。兵士の採用は全米スキーパトロールが担当し、経験豊富なスキーヤーの中から選ばれた。これは既存の兵士に山岳訓練を施すよりも簡単な、全く新しい採用方法であった。師団の訓練の中心地は、人里離れたコロラドロッキーの中心部にあるキャンプヘイル。特殊技能を磨くには最適の場所だ。一部の兵士は戦後コロラド州に戻り、山についての知識と情熱をもって、アスペンやベイルといった場所で現代的なスキーリゾート建設運動を始めた。
コロラド州の第10山岳師団とキャンプヘイルの歴史に敬意を表するように、山中には山小屋がいくつも点在する。テンス マウンテン ディビジョン ハットとアルフレッド A.ブラウンハットの山小屋は、冬期にはスキーかスノーシューがなければ到着できない。しかし小屋自体は素朴な木造で、暖房用に薪ストーブがあり、寝台と調理用のプロパンコンロも備わっている。標高3300mにあるこのような山小屋を目指して冬の最中に登山をするというのは、リシャール・ミルの中でもひときわ「バックカントリーな」時計のレビューにふさわしい。それこそがランボー(Rambo)を演じたシルベスター・スタローン(Sylvester Stallone)からのインスパイアによる、RM 25-01 トゥールビヨン アドベンチャーである。
RM 25-01は巨大でかつ、あらゆる面で規格外だ。本体は直径51mm、厚さは24mmに届こうというまさに巨体。100m防水のケースはリシャール・ミルのTPTカーボンを使い、特有の溝が彫られたグレード5チタン製のネジで留めてある。本機は手巻き式クロノグラフムーブメントが搭載されており24時間表示、トゥールビヨン、パワーリザーブ、トルクインジケーター、そしてファンクションインジケーターなども搭載されている。これだけでも驚くべき機能が盛り込まれているが、時計の外部にはこれらがかすんでしまうような機構が組み込まれている。
RM 25-01には波形模様の入ったTPTカーボン製の回転ベゼルが付属している。方位マークと24時間目盛りを備えており、北半球と南半球の両方で、針を用いて方位の確認ができる(詳細は後述)。ベゼルを取り外せば、ヒンジカバー付きの液体コンパスモジュール(こちらもTPTカーボン製)への交換も可能だ。これには鏡と覗き窓がついており、ケース側面の気泡管水準器と併用すれば正確なナビゲーションが可能となる。
しかし、おそらく最も興味深く、しかも腕時計としては間違いなく世界初といえる機能は別にある。それこそが右側面の小さなバイアルに入った3つの浄水タブレット。これはどんな汚い水でも30分で飲み水に変えてしまう。
戦場ではヘリを飛ばし、戦車を走らせ、100万ドルの武器を任された。
それがここでは駐車係の仕事すらないんだ!
– ジョン・ランボー、『ランボー』生産数はわずか20本で、最初の1本は当然スタローンが既に身に着けている。ではこの浄水タブレット付きコンパス搭載クロノグラフの価格は? 1億106万円(税抜) 。その通り、これだけの価格で世界の終わりに備えるプレッパー向け高級時計が手に入る。お釣りでMRE食とケイバーナイフ、さらに汗のしみたバンダナだって買える。
あなたはきっとこう思っているだろう。この時計は巨大で、派手で、無用の長物で、しかも高い、と。こんなコメントも予想できる。「アップルウォッチとヨウ素の錠剤ひと瓶あれば同じ事ができる!」と。それはいったん置いておこう。結局、この並外れた時計のターゲット市場に入っている人はごく少ないと思われるので、批判的になって費用対効果の分析をする必要はない。だから、規格外のこの時計を純粋に賞賛しようではないか。
私は緊張のうちにめまいを感じつつ、RM 25-01とスノーシュー、そしてオルトボックス アバランチ トランシーバーを身に着け、アスペン郊外数kmの位置にあるマークリーハットに向けて、距離およそ4.8km、標高差330mの徒歩登山へと臨んだ。私が時計をテストするにあたって、北米リシャール・ミルの広報担当者は本社に特別な許可を申請した。幸運なことに数年前、私はカリブ海でRM 032ダイビングのテストを1週間にわたって行い、時計を無傷で持ち帰っていた。それでどうやら私は信頼に足ると思われたようだ。とはいえ1億円は1億円であり、このような時計を身に着けたのなら、D.B.クーパー(D. B. Cooper)よろしく大陸分水嶺に向かって行ってそのまま消息不明になり、時計ブログ界の伝説になってしまわないとも限らない。
私たちは、かつて銀山ブームで栄えたが今ではゴーストタウンとなった、アシュクロフトの外れにある登山口を発った。風が打ちつけ、前夜降ったばかりの雪が15cm積もっていた。勾配はゆるやかだが絶えず坂道が続き、しかも標高3000mを越えると空気が薄くなって歩みはさらに鈍った。道はヤマナラシの木立の間を縫うように進んでおり、白い樹皮にはときおり熊の爪跡が見られた。標高が高くなるにつれ、険しい谷壁の本当の姿が見えてきた。雪を頂くギザギザの山頂と、山崩れの痕跡だ。初冬であっても雪崩は非常に危険だ。そのため「万一に備えて」トランシーバーを身に着けているし、バックパックには埋もれた仲間を掘り出すための小さなシャベルを詰めた。地表に出た道を進んでいく。曲がった木の幹が過去の雪崩の痕跡をとどめる。少なくともこの時計を腕に着けていれば、予定時刻までに私が戻らなかった場合、リシャール・ミルが探しに来てくれるだろうと、そう思った。
腕に着けたRM 25-01からは何か特別な、バックカントリーを生き抜くランボーのような力が得られたと言いたいところだが、グローブの下からはほとんど何も感じなかった。実際の所巨大なケースはかなり軽く、さらに曲面になっており、つけていることを忘れるくらい快適だった。あまり軽いものだから、時々立ち止まってちゃんと腕に着いていることを確認したほどだ。冒険の残りの間、深く積もった雪を4.8km分掘り返して探すのは、かなり不愉快な時間の過ごし方だろうから。
ところで、想定された環境でダイバーズウォッチをテストするのは比較的シンプルだ。防水性、ヨシ。文字盤の視認性、ヨシ。経過時間のチェック機能、ヨシ。しかしRM 25-01を適切にレビューするにはもう一手間必要だ。まず、標準のコンパスベゼルを使った経路の探索。これについては、普通のアナログ時計の文字盤を使って方位を割り出すうまい方法がよく知られている。時針を太陽に向けた時、時針と文字盤の12時を結ぶ円弧の中間点が真南だ。GMT時計や24時間表示の時計を使えばもっと簡単で、24時針を太陽に向けると、12時の位置がおおよそ北を向く。念のため言っておくと、これは北半球での方法である。南半球では反対になる。RM 25-01のベゼルを使えばさらに簡単だ。使いたい半球の時間目盛りを時針と合わせ、それを太陽に向けるとすべての方角が自動的に示される。ヨシ。
ここでひとつ、コンパスを使った方位の測定とナビゲーションができる人は挙手を願いたい。グーグルマップのある世界で、私たちは軟弱になってしまった。ランボーはそれを良しとしない。そしてこの時計も彼にふさわしく、昔ながらの経路探索方法を勧めている。付属の液体コンパスモジュールには2通りの使い方がある。標準ベゼルと交換して使うか、本体には取り付けずそのまま使うかだ。その場合は首かけ用のラバーストラップがついたチタン製の縮尺定規に取り付けて使う。時計本体に取り付けた場合、モジュールを使わない時にフタを閉じてコンパスを保護することも可能だ。側面にある緑の気泡管水準器を使えばコンパスが水平に保たれているかどうか確認がしやすくなり、腕から外せば一層使いやすくなる。コンパスを目の高さに保って読み取りやすくなるよう内側には鏡がついており、覗き窓と照準線もついているので正確に方位を割り出せる。さらにこの鏡は、道に迷って救難ヘリを呼んだ際の信号装置としても使える。
ここで注意点をひとつ。極端な低温下や高地では、液体コンパスの気泡が大きくなる。標高3300m、気温-9.4℃の状況下では、RM 25-01のコンパスの気泡はかなり大きくなり、精度を損なう恐れがある。アスペンでこのことをリシャール・ミルの代表者に告げると、それについては把握しており、試作サンプルだから起こる現象だという答えが返ってきた。
今回の登山ではクロノグラフをあまり使わなかったが、触れておく必要はあるだろう。RM 25-01は右側面に球状の出っ張りがあるため、プッシャーは左側に上下反転して配置されている。つまり下のボタンがスタートとストップ、上のボタンがリセットとなる。左手首に着けた場合は親指で操作することになるが、実は人差し指より親指の方が素早く操作できる。
最後にテストする機能はもちろん浄水タブレットだ。しかし実は、溶かして飲める雪がふんだんにあったため山小屋でこれを使う必要はなかった。高地の雪は川や湖に流れ込む動物の糞尿に汚染されていないため、通常は安全に飲める。しかし抜かりがあってはいけないと、谷の下に小川を見つけ、その水をボトル1杯分汲み上げた。RM 25-01と一緒にリシャール・ミルから渡されたタブレットは、カタダイン製の標準的なマイクロパー ヨウ素タブレットだ。これはクリプトスポリジウムやランブル鞭毛虫、バクテリア、ウイルスをわずか30分で除去する効果が証明されている。使い方はタブレット1錠を1ℓの水に入れて待つだけ。本機が役立つ場面だ。浄水後の水はわずかにオレンジがかった色で苦みがあるが、体への悪影響が出なかったことを喜んで報告させていただこう。礼には及ばない。
ここで少しの間、高級時計のレビュー中に浄水について論じるという素晴らしいまでのバカらしさについて考えてみよう。これまで私はオリス アルティメーター、ブライトリング エマージェンシー、IWC アクアタイマー ディープ スリーなど、理解しがたい「複雑さ」を持つ風変わりな時計をいくつかレビューしてきた。その上で、浄水タブレットつきの時計をレビューすることはもう二度とないだろうと自信を持って言える。奇妙な満足感すらある。レイのアウトドアショップで働き、ギアパトロールでスキーやレインジャケットのレビューをしていた頃へと一周して戻ったような気分だ。
マークリーハットはバックカントリーの山小屋だが、決して質素ではない。Aフレーム構造のキャビンは機能的なミニマリズム設計で、巨大な薪ストーブ、広々とした調理場に大型のプロパンコンロ、さらに長い冬の夜にある程度の照明をもたらすソーラーパネルといった設備が整っている。食料と装備をすべて背負っての登山、さらにストーブの点火や薪割り、調理、そして寒い中での屋外トイレへの移動などからは、便利な現代の生活から離れることで得られる充実感がある。これは時計のゼンマイを巻いたり、機械式クロノグラフを起動させたり、あるいはコンパスと地図でナビゲーションをすることからくる充実感とそう変わりはないように思う。
星々が天球に満ちるバックカントリーの静寂な夜が明け、晴れた夜明けの谷の向こうには一層高くそびえる峰が姿を見せていた。装備を収納し、スノーシューを履き、帰り道を進む。地形が良く、下り坂の移動だったため、下山はかなり簡単だった。2時間もしないうちに車につき、その30分後には携帯電話の圏内に入った。主要なハイウェイに合流すると待ち構えていたように電話が鳴った。アスペンのホテルから、チェックアウトの時刻を過ぎたとの連絡だった。
戦場で生きるには、戦い抜くしかない
– ジョン・ランボー、『ランボー』リシャール・ミル RM 25-01の購入者は、実際にバックカントリーでのナビゲーションや川の水の浄水をするだろうか? シルベスター・スタローン本人はどうだろう? そうは思えない。ジョン・ランボーはこの時計を着けるだろうか? 何か着けるにしても、彼ならG-SHOCKにするだろう。RM 25-01は1億円の価値があるだろうか? 場合によりけりである。望んで買おうという人がいるなら答えはイエスだ。これはマイクロエンジニアリングと材料工学、独自機能、そして巧妙なマーケティングが絶妙に組合わさった一例だろうか? それは疑いようがない。これはTPTカーボンとチタン、ヨウ素、そして血と汗と、時計職人の涙が作った離れ業だ。今日においては特にそうだが、詰まるところ時計作りとは戦争なのである。
RM 25-01についてのさらなる情報はリシャール・ミル公式サイトへ。
Photos: ギシャニ・ラトナヤケ(Gishani Ratnayake)