「5、6歳のことだと思いますが、出張帰りの父親が可愛いディズニーの時計を買ってきたんです。思えばそこから、時計に興味を持ち始めたのでしょう。といっても、僕はまあまあの苦労人なので、憧れていたものを身につけられるようになったのは、40代後半ぐらいからですね」と松重豊さん。
しかしブランドや時計の成り立ち、機構の仕組みを勉強していくにつれて、マニュファクチュールの時計に引かれるようになった。「物語をたどっていくのが面白い。僕らは人様の前に出る仕事なので、きちんと勉強してから時計を選びたい。それはカメラや車も同様ですね。何を選ぶかが全部自分の物語になるので、そこを裏切ってはいけないと思うんですよ」
当時のブランパンCEO、ジャン=ジャック・フィスター。(©Blancpain,Jean-Jacques Fiechter,Blancpain CEO 1950-1980)
初代フィフティファゾムス(©Blancpain, The Original Fifty Fathoms)
そんな松重さんにとって、ブランパン「フィフティ ファゾムス」は常に気になる存在だったという。
「歴史を紐解くと1953年にデビューしたダイバーズウォッチの原点であるし、デザインも奇をてらっていない。ダイバーズウォッチは逆回転防止ベゼルがデザインの特徴になりますが、フィフティ ファゾムスはちゃんと主張しているけど悪目立ちしない。よくできた時計です。例えば車の場合、モデルチェンジごとにどんどん変化して、原型が分からないぐらいになる。でも例えばポルシェ911は、どこかにそれが残っているじゃないですか。フィフティ ファゾムスも同様ですし、そういうものを所有したいですよね」
しかも、モデル名も松重さんのキャリアともリンクする。この時計の開発者だったジャン=ジャック・フィスターは、時計とは関係のない名前を付けたいと考え、シェイクスピアの晩年の作品「テンペスト」にヒントを得た。妖精アリエルの詩「Full Fathom Five (五尋[いつひろ]の深みへ)」から、当時の防水スペックである「50ファゾム(約91m)」と組み合わせて「フィフティ ファゾムス」と命名したのだ。
『テンペスト』は、僕にとって芝居の原点みたいな作品。そこにダイバーズウォッチの原点というこのエピソードが出てくるっていうのはちょっと驚きましたね
– 松重豊信念をつくる手──職人と俳優、ふたつの現場
そもそも「フィフティ ファゾムス」は、フランス海軍の要請で開発が始まった。海中での過酷な軍事行動にも耐えうるタフな時計をつくるために、特許取得のケースバック密閉システムや二重防水シール内蔵のリューズ、ロック機構付き回転ベゼルを開発。その性能が評価され、フランス海軍だけでなく米海軍や独海軍などからも注文が相次いだ。その後製作された民生版はダイビングショップで販売するなど、正真正銘のダイバーのための時計だった。
「僕はクロノグラフやパイロットウォッチなど、特定の目的のために作られた時計が好き。ダイバーズウォッチもそのひとつです。海に潜る趣味はありませんが、潜水士のために生まれたものですから、いつまでもデザインが枯れずに、魅力的であり続けるのでしょう」
また、フィフティ ファゾムスが生まれたスイス、ジュウ溪谷のル・ブラッシュで時計をつくる職人たちにも思いをはせる。
「映画やドラマでは欠かせない照明部や技術スタッフの動きや所作が好きで、現場にいること自体が楽しいんです。日本人って、ものを作る現場の価値を理解していますよね。ブランパンは、スイスメイド。ただスイスで作られているだけでなく、心を込めて時計をつくっている職人さんの丹精込めた仕事が見えてくる。そうして生まれたものを身につけることは、自分の仕事に対しての姿勢にも繋がってくるでしょう。
長く愛されるものとは、作り手側の気持ちや哲学が込められているもの。僕らも映画を作るときは、そういった気持ちや哲学が作品に反映されているかを意識しますし、それが100年残る作品になるのか、今の時代に消えていくものになるかの分かれ目になる。映画であれ、時計であれ、何かを作るという点では、全部一貫していると思います」
ブランパンは今年で創業290年を迎え、一貫して機械式時計しか作らないというポリシーを守っている。そのブレのない哲学が、「フィフティ ファゾムス」からも見えてくる。
普遍と変化のバランス
現在のフィフティ ファゾムスは、3サイズで展開される。スタジオに用意された時計たちを、松重さんは興味深そうに試着する。
「フィフティ ファゾムスを本来の用途である潜水計器として使うつもりなら、やはり45mmケースのモデルを選びたくなるはずです。これこそが、この時計にとって“オリジナルな使い方”だと言えるでしょう。42mmケースは、誰にでも使いやすい汎用サイズ。バランスとして最良ですし、合わせやすいでしょうね。でも僕は、この38mmケースが気になりました。これなら普段使いの時計になる。夏は半袖着る機会が多いじゃないですか。そうすると大きなケースサイズは傷つけちゃう心配もある。この38mmケースなら腕馴染みも良いしそういう心配もなさそう。本当の意味で“普段使い”できることが、いい時計の条件ではないでしょうか」
哲学やデザインを70年以上も継承するフィフティ ファゾムスだが、だからといってオリジナルに固執しすぎることはない。豊富なサイズ展開は、柔軟さの表れでもある。それは松重さんの役者としてのキャリアの重ね方にも通じるところがある。
「演じる役のことを掘り下げて考えつつも、役作りっていうものに変にこだわりすぎず、こうでなきゃいけないなどと考えず臨機応変にやる。そういった役者としての精神性みたいなものは、40歳ぐらいから変わっていません。しかし作品の多くは“今の人”を演じなきゃいけないわけですから、技術的なものも含めて、“今を演じる”という必要がある。そういう所は、常に変えていかなきゃいけない。それはフィフティ ファゾムスを見れば、正しいことだとわかります」
1953年の時点では45㎜というケースサイズが最適解でしたし、技術的にも限界だったのかもしれない。しかし現代であれば、サビに強いチタンをケース素材に使うこともできるし、性能を損なうことなく38㎜という小さなケースに収めることもできる。このサイズなら女性にも似合うでしょう。そういったジェンダーレスな時計という提案も2025年らしい考えだ。
「ずっと同じものを作り続けることが正解ではない。時代性を反映させ、それでいて変質したとは思われないのはブレない軸があるから。そこが僕らの仕事とフィフティ ファゾムスの共通点であり、1番大事なところじゃないかな」
物語をまとう
時計はその人の個性を表す、もうひとつの顔になる。何を選び、どう使うのか。嗜好性が高い高級時計になればなるほど、その人の本質が見えてくる。だからこそ映画やドラマにおいて、小道具としての時計は大きな意味を持つ。
「僕が製作に関わる作品では、この人はどういう時計を持っているだろうかという想像は、かなり熱心にやります。分不相応な時計はおかしいけど、逆にそれが役として生きる場合もある。それこそ時計ひとつでお客さんに、その役の背景を分からせることもできますから、時計は本当に大事な小道具なのです」
では監督・松重豊が、ブランパン「フィフティ ファゾムス」を、俳優につけさせるとどうなるのか?
「フィフティ ファゾムスを選ぶというのは、意味を感じさせる必要があるし、物語が必要になる。だから安易には選べないなぁ(笑)。洋服や帽子、眼鏡、そして時計。この人物がどういう物語のなかで生きてきて、今ここに登場するのはどういう状態なのか。それを如実に表す小道具ですからね」
男は時計ひとつでも、うっかりしたものは身につけられない。しかしそういった部分にこだわることが、人生を豊かにすることでもある。
「僕がこれから生きていく原動力って、子供の頃から好きだったもの没頭することに尽きると思うんですよ。何をしている時間が本当に楽しいかと思ったら、YouTubeなどで車や時計など、機械が動いている様子を眺めている時間だった。だから残りの人生は、好きな時計や車、カメラに囲まれて過ごしたいですね。特に時計は、毎朝出かける時に今日は何をつけようかと考える時間が、また楽しい。たくさん持っているわけじゃないけど、それでも十分なんです」
松重 豊
1963年生まれ、福岡県出身。大学卒業と同時に蜷川幸雄主宰のGEKISYA NINAGAWA STUDIOに入団し、演劇活動を始める。1987年には「テンペスト」にも出演。鯉のぼりを使った衣裳が、本場ロンドンでも話題となった。30代後半からは映画やドラマへの出演も増え、“名バイプレーヤー”として知られるようになる。2012年から始まったドラマ「孤独のグルメ」が大ヒットし、2025年の「劇映画 孤独のグルメ」では、主演・脚本・監督を務めた。最新作はNetflix「隣の国のグルメイト」配信中。
フィフティ ファゾムス
Ref. 5007 1130 B64B
253万円(税込)
ステンレススティール製ケース、直径38.20 mm、厚さ12.00mm。30気圧防水。自動巻きCal.1150。100時間パワーリザーブ。ラバーストラップ(セイルキャンバス仕様もあり)。
フィフティ ファゾムス
Ref. 5010 12B30 B64B
280万5000円(税込)
チタン製ケース(SSモデルもあり)、直径42.30 mm、厚さ14.30mm。30気圧防水。自動巻きCal.1315。120時間パワーリザーブ。ラバーストラップ(セイルキャンバス仕様もあり)。
フィフティ ファゾムス
Ref. 5015 1130 52B
249万7000円(税込)
ステンレススティール製ケース、直径45.00 mm、厚さ15.50mm。30気圧防水。自動巻きCal.1315。120時間パワーリザーブ。セイルキャンバスストラップ。
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Photos:Akira Maeda(maettico) Styled:Yoshie Masui Hair&Make:Ikumi Takahashi Model:Yutaka Matsushige Words:Tetsuo Shinoda