ジュネーブ ウォッチ グランプリ2021(GPHG)授賞式の壇上には、「AIGUILLE D’OR(金の針賞)」のトロフィーを手にしたブルガリグループCEOのジャン−クリストフ・ババン氏の晴れ姿があった。この最も権威ある大賞を受賞したのがオクト フィニッシモ パーペチュアル カレンダー。極薄・超複雑機構の世界記録を7度にわたり樹立してきたシリーズの最新作だ。
2012年に誕生したオクトコレクションは、わずか10年足らずでブルガリのみならず、スイス時計を代表するモデルになった。しかしローマは1日にしてならず。オクトの偉業を辿るには時計の針をさらに戻す必要があるだろう。
ローマのハイジュエラーとして1884年に創業したブルガリは、1920年代には時計製作を始め、1977年発表のブルガリ・ブルガリでウォッチメイキングにおいてもその名を広く知らしめた。やがて1980年代初頭にブルガリ・タイム(現ブルガリ オルロジュリ)を設立。2000年のダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタの吸収を皮切りに、ケースとブレスレット、文字盤、パーツそれぞれの専門工房を傘下に収め、時計製造すべてのプロセスの垂直統合を目指す。2010年にこれを完了し、ブルガリは遂にウォッチメーカー宣言を掲げたのである。そしてマニュファクチュール体制の構築後、記念すべき第一歩となったのがオクトなのだ。
ローマの旧市街を歩くと、歴史的な建造物に圧倒される。そこには古代ギリシャ発祥の建築様式がローマに伝わり、より実用的な理論や技術へと進化を遂げた軌跡が刻まれている。それはまたブルガリ創始者ソティリオが故国ギリシャからローマに渡り、才能を開花させた歴史を想起させるのだ。
2012年に登場したオクトに注がれるのもそうした伝統が息づく構築的なデザインだ。ジェラルド・ジェンタが考案したフォルムをモチーフに、四角と丸が融合した八角形が偏在する。中世ヨーロッパではそのコンビネーションは完璧を表し、天と地、人間と神の関係性を意味した。さらに数字の8は無限大の記号に通じることも象徴的だろう。
デザインがローマで培われた審美性に基づくのに対し、ムーブメントに注がれたのはダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタを核とする技術だったことは言うまでもない。2014年に発表した手巻きキャリバー フィニッシモでは、これまで複雑機構を得意としていた両者の技術をあえてシンプルな薄型に収斂し、独自の方向性を打ち出した。2.23㎜という極薄にも関わらず、毎時2万8800振動の安定した精度と約70時間のパワーリザーブを併せ持ち、従来の薄型時計を凌駕したのだ。
しかも36.6㎜径という大振りのキャリバーは余地を残し、それは始まりに過ぎないことを物語っていた。はたして同時に発表したオクト
フィニッシモ トゥールビヨンは史上最薄を達成し、その称号は以降7つを冠することとなり、現在もなお続くのである。
これまでオクト フィニッシモが樹立した世界最薄記録は、手巻きトゥールビヨン、ミニッツリピーター、自動巻き、自動巻きトゥールビヨン、クロノグラフGMT、スケルトンクロノグラフに上り、まるで複雑機構のショーケースを見るようだ。そこに新たに加わった7番めのレコードブレーカーが、オクト フィニッシモ パーペチュアルカレンダーだ。
ケースは40㎜径に5.8㎜という極薄を誇る。薄さを追求するため、カレンダーはすべて針表示だが、日付とリープイヤーにはレトログラード式を採用し、デザインに変化を与えるとともに独自の個性を演出する。
搭載するキャリバーBVL305は、すでにオクト フィニッシモ オートマティックが内蔵するマイクロローター式のBVL138をベースにする。とはいえモジュールの積層ではなく、永久カレンダー機構を統合し、新たに一体設計。厚みはBVL138の2.25㎜に対し、わずか0.5㎜増の2.75㎜に抑えられている。パーツ点数では、前者が193点なのに対し、378点(うち173点が永久カレンダー機構)になり、2倍に近いパーツを極薄を崩すことなく組み込む。これも拡張性を見据えた優れた基本設計によるものだろう。
調整を必要とせず、正確に自動日捲りするパーペチュアルカレンダーは、機械式時計の深遠を伝える一方、極めて実用的な複雑機構だ。これに極薄という軽やかさを備えたことでその魅力はさらに増す。“永久”の真価をいつでも、いつまでも実感できるのだ。
10年足らずでオクトをブランドアイコンに育て上げ、7つの世界記録樹立へと導いたキーマンがグループCEOのジャン−クリストフ・ババン氏だ。今回のGPHG大賞受賞の瞬間の喜びをこう語る。
「信じられないほどの喜びとともに、まず10年間関わってくれたチームのことを考えました。受賞は夢見ていましたが、それもおそらく今回だけの栄誉というわけではなく、これまでのフィニッシモの歴史に与えられたものだと思います。7年前に始まった挑戦の積み重ねであり、この間フィニッシモは60もの国際的な賞を受賞し、成功を確信しました。今世紀を代表するような時計になったといえるでしょう」
ババン氏は前職タグ・ホイヤーでもマイクロガーダーで同賞を受賞している。62歳になったいま、自分のキャリアのなかで2度の受賞を成し遂げられたのはとても嬉しいと感慨深げに答える。とくに今回は“より軽く薄く小さく”という芸術性を追求し、ブルガリらしいエレガンスを表現したという。
ハイエンドのウォッチメイキングに今後も取り組み、来年はふたつのサプライズを予定しています。それは新たな試みとともに、既成概念を覆す表現であることをお約束します。
– ブルガリCEo ジャン-クリストフ・ババン 「ファッションの世界では、イタリアからスリムフィットというニュースタンダードが生まれました。これはカジュアルとエレガントを兼ね備え、コンテンポラリーで現代的なライフスタイルにマッチします。薄型時計もフィット感に優れ、魅力は通じますが、従来はクラシカルなものが多く、オクト フィニッシモはそこに新たなスタイルをもたらしたのです。だからこそどの世代、どの国の人にも受け入れられるのでしょう」
イタリアンエレガンスを語る上で薄さは切り離せませんからね、と微笑みつつ、だからこそ単なる記録だけが目的ではありませんでしたと力を込める。
さてオクトの物語はいよいよ10年という節目を迎える。そんな2022年への抱負をHODINKEE読者に向けて特別に語る。
「フィニッシモムーブメントの特徴でもあるマイクロローターは、1970年代からあるものと同じものではありません。パーツのひとつひとつを見直し、現代の技術で進化させているからこそフィニッシモへと結実したわけです。ムーブメントは小さいほど優れていて、エレガンスを体現することが可能になります。毎年続けていくことは本当に難しいことですが、ハイエンドのウォッチメイキングに今後も取り組み、来年はふたつのサプライズを予定しています。それは新たな試みとともに、既成概念を覆す表現であることをお約束します。どうぞご期待ください」
オクト フィニッシモの快進撃が始まった2014年はブルガリ創業130周年に当たり、その節目を祝すとともに、ウォッチメイキングにおける新たな視座となったのは明らかだ。さらにその2年前に遡るオクトの誕生には、10年に及ぶ垂直統合という周到な準備をかけた。それらが意味するのは、ブルガリという歴史あるブランドならではの時間軸であり、目標に向けて一歩ずつ着実に前進する強い意志である。
極薄という技術も一朝一夕にはならない。どんなに薄くできたとしても、精度と持続時間、耐久性といったデイリーユースの実用性を備えなければならず、しかも技術革新がどれだけ進もうとも、ムーブメントの組立やアッセンブリ、調整には伝統的な熟練の技が不可欠だ。
こうした数々のハードルをクリアし、さらに極薄とは対極の複雑機構を実用機能として融合する。その優美なまでの調和にGPHG大賞という喝采が送られたのだ。スポーティかつインフォーマルなスタイルにエレガンスが宿るオクトは、2022年に誕生10周年を迎える。極薄時計の金字塔の記念すべきアニバーサリーイヤーに期待がさらに高まるのだ。
Hero Image:Tetsuya Niikura(SIGNO) Words:Mitsuru Shibata