ラグジュアリースポーツと呼ばれるジャンルの人気は依然高く、各ブランドからそれぞれ力のこもったモデルが揃う。そのなかでもひと際気炎を上げるのがショパールのアルパイン イーグルだ。だが、それを十把ひとからげに括ることはできないだろう。なぜならルーツは1980年に発表された名作サンモリッツにあり、その正統な後継にほかならないからだ。
サンモリッツは若き日のショイフレ氏がブランド初のスポーツウォッチコレクションとして開発を進言し、ショパールで初めてステンレススティール(SS)を採用したことでも話題を呼んだコレクションだった。結果、サンモリッツはブランドの代表作となり、以降L.U.Cの開発を始め、現代に続く本格的な時計製造へのエポックメイキングとなった。そのサンモリッツに魅せられ、新たな時計づくりを決意したのは息子であるカール-フリッツ氏だ。彼らの情熱は祖父のカール・ショイフレ3世をも巻き込み、こうして3世代の手によって誕生したのがアルパイン イーグルである。
アルパイン イーグルコレクションは2019年に36mm径と41mm径の2種類のケースサイズの3針モデルから始まり、翌20年には44mm径のフライバッククロノグラフ、そして21年には5万7600振動/時(8Hz)の高振動キャリバー Chopard 01.12-Cを搭載した限定モデルを発表し、魅力の幅を広げた。昨年は33mm径のケースバリエーションとCal.L.U.C 96.24-Lを採用したフライングトゥールビヨンのコンプリケーションによってさらなる新境地を開き、これに続くべく今年はCal.L.U.C 96.40-Lを搭載した極薄モデル、アルパイン イーグル 41 XPSも発表された。多彩な布陣は次世代のブランドアイコンと呼ぶにふさわしい。
そして新たに加わった日本限定エディションのローンチイベント会場に選ばれたのは国立競技場であった。都会の中心にありながら神宮の杜に位置し、多くの天然木をあしらい、最新鋭の競技施設に日本建築の伝統を宿す。それと共鳴するかのように、日本限定エディションは“SHIKKOKU(漆黒)”という名にふさわしい情緒的なブラックを纏い、禅へのオマージュとともにシンプリシティを極める。さらに新アンバサダーとしてラグビー選手の稲垣啓太氏の就任が発表され、この地を舞台に日本中を包み込んだ熱狂と感動を再び思い起こさせたのだった。
サステナブル・ラグジュアリーへの旅
スポーツシックと位置づけられたアルパイン イーグルの人気は世界でも日本が最も高く、今回の限定エディションはその感謝の気持ちから実現したものだとローンチイベントの壇上に上がったショイフレ氏は語った。さらに3世代が関わったコレクションの開発現場では、自身の父と息子が特に仕上げについてサテンとポリッシュで意見が分かれ、結局、その両方を取り入れたらいいじゃないか、と折衷案で取り持ったという微笑ましい裏話も披露。彼は「ふたりともせっかちで、私がいちばん忍耐強いんです」と会場の笑いを誘う。
アルパイン イーグルは、ブランドに継承され一貫する時計づくりを象徴する存在であると同時に、次世代に向けた革新的な技術が注がれている。それがスティールをリサイクルしたルーセントスティール™である。先のWatches & Wonders 2023でも、ショパールは2023年内にこれをすべてのSS製ウォッチに採用すること、さらに現在は80%以上に留まるルーセントスティール™のリサイクル率を2025年までに90%以上に引き上げる目標を掲げ、サステナブル・ラグジュアリーのさらなる強化を宣言するほど、ブランドにとって極めて重要な意味を持つ。
かつてサンモリッツが当時の先進素材だったステンレススティールに注目し、ブランドで初採用した前例に倣うなら、ルーセントスティール™ほどアルパイン イーグルにふさわしい素材はないだろう。はたしてその採用は必然だったのか。ショイフレ氏に話を伺った。
「サステナビリティに取り組むなか、すでに実用化していたエシカルゴールドに続き、ステンレススティールのリサイクルについて研究と開発を進めていました。このプロジェクトが先行する一方、アルパイン イーグルのプロジェクトがスタートしました。当初から採用を考えていたわけではないですが、結果的にいいタイミングで両者が揃ったというわけです」
そして着実にコレクションを拡充するアルパイン イーグルと歩みをともに、ルーセントスティール™の生産技術も進化を遂げてきた。
「私たちは毎年25tのステンレススティールを使用しています。かなりの量になりますが、ある程度導入の目処が立ったので新たな目標を掲げました。期限を決めた大きなチャレンジですが、リサイクル率を90%に上げれば通常の工程でステンレススティールを製造する場合と比較して、二酸化炭素を4割ほど削減できます。ぜひ実現したいですね」
このルーセントスティール™は、新作のL.U.C 1860にも採用され、初代L.U.Cをモチーフにしたタイムレスなスタイルをより現代的にアップデートする。ルーセントスティール™の価値はいまやL.U.Cと肩を並べ、未来を見据えた革新性と揺らがぬ哲学を象徴するのである。
フロンティア精神を体現するアルパイン イーグル 日本限定 エディション “SHIKKOKU”
「じつは最初、日本チームからアイデアを提案された時は懐疑的だったんです」とリミテッドエディションについてショイフレ氏は言う。というのも、深遠なブラックのダイヤルにトーン・オン・トーンのインデックスと針を備え、瞬時には時間が読み取れないような仕様だったからだ。その“SHIKKOKU”と名づけられ、日本文化と伝統が育んできた漆工芸品を思わせる艶やかな黒は、禅の美学と端正な粋を極める。ダイナミックなアルプスの大自然から着想を得てきたコレクションの世界観とは印象が異なったのだろう。
「角度によって時間が見えたり見えなかったり。でも次第にそこがとてもミステリアスでユニークだと感じました。もしかしたら、ときには時間が見えないほうがいいのかもしれない。今ではとても気に入ってますよ」と微笑む。
ムーブメントは、現行シリーズが採用しているクロノメーター認定のCal.Chopard 01.01-Cをベースに、ミニマルな美しさを極めるため、あえてカレンダー表示を外したCal.Chopard 01.15-Cを搭載している。
実機を見ると、ルーセントスティール™ならではの品格あるホワイトゴールドのような光沢感に“SHIKKOKU”独特のフェイスが際立つ。正面からはまるで時間さえも存在しないブラックホールを思わせるのに対し、少し角度を変えると鷲の虹彩をイメージした独特のテクスチャーが浮かび上がる。腕につければその表情や色相もより多彩に変化するのだ。
針やインデックスにはクールグレーのスーパールミノバ®️を配し、暗所ではグリーンの光を灯す。またケースバックにはコレクション初となるティンテッドガラスによるシースルーバックを採用し、フェイスと共通した印象を与えている。
「こうしたミステリアスさと視認性を両立させるため、針は5種類から、表裏のサファイアクリスタルも3種類を試作しました。特にこだわったのはどのように見えるか。光や微妙な陰影が日本の文化ではとても重要だと思いました。求めたのはスクリーン越しに時間を見るようなイメージです」
漆黒に見え隠れし、移ろう時の表現をとおして、図らずも“陰影礼賛(いんえいらいさん)”の境地に達したのかもしれない。
創造、そしてその継承に情熱を注ぐショパール
2013年から始まったショパールの“サステナブル・ラグジュアリーへの旅”は、段階的に進めてきたエシカルゴールドの使用も2018年には100%を達成し、翌年にはルーセントスティール™の導入へと至った。さらに年内には全SSモデルへの採用と2025年までにリサイクル率を90%以上に引き上げることを宣言したのは前述のとおりだ。
こうした次世代に対する責任あるモノづくりは、いまやラグジュアリーブランドの責務であることは言うまでもない。だがそれにも増して、ショパールの積極的な取り組みは独立系ブランドとして永続させるというオーナーファミリーの強い意志を感じさせる。
L.U.Cの技術やアルパイン イーグルといったアイコンモデルも同じく、長期的な展望に立ったブランド像や継承すべき時計づくりの哲学がそこにはある。その重要性を深く理解し、牽引役になっているのがショイフレ氏だ。自身はヒストリックカーをこよなく愛し、自ら再興したワイナリーでワイン作りにいそしむ。そこにはタイムレスへの憧憬とともに、モノづくりには時間が必要であり、時間をかけてこそ真価は研ぎ澄まされるという思いがあるのだろう。現代においてそうした視座に立つ時計ブランドは希有と言っていい。だからこそ、ショパールが生み出す時計はひと際輝きを増すのである。
Photos:Koji Yano(WATCH)、Jun Udagawa(EVENT) Styled:Toshiki Aoyama Words:Mitsuru Shibata