異文化を融合した国産時計の新境地
「ザ・シチズン」は1995年に誕生したシチズンのフラッグシップコレクションである。腕時計の本質を追求するというコンセプトのもと、先進技術を採り入れつつ、“生涯満足できる時計”を目指し、初代から時計業界では類を見ない長期保証や無償定期点検など充実したアフターサービス体制を貫いてきた。ネーミングに企業名を掲げたのも、それに恥じないモノづくりへの強い決意を象徴している。
2010年には同社でもおよそ30年ぶりになる自社機械式のCal.0910を採用し、コレクション初の自動巻きモデルを発表。今回の新作では、さらに11年を経て新開発した機械式ムーブメントCal.0200を搭載した。特筆すべきは傘下に収めたスイスのムーブメント企業ラ・ジュー・ペレ社との協業であり、シチズンが設計・組立、地板や受けの装飾はラ・ジュー・ペレ社が担う。技術のみならず、両国の時計製造文化と相互理解によって誕生した次世代ムーブメントである。
時代のトレンドである、ステンレススティールの硬質感を生かしたケースとブレスレットの一体感あるデザインにモダニティが漂う。その存在を唯一無二とするのが、大胆な面で構成されたラグのないケースであり、潔くカレンダーも省いた2針+スモールセコンドのシンプルなフェイスだ。この際立つ個性に、ブランドの矜持とともに国産時計の新境地を開拓する作り手たちの情熱が注がれている。
機械式のモダニティをデザインする
時計は実用ツールという以上に、自己主張や承認欲求を満たすアイテムとしての比重が増している。なかでも機械式は実用性を担保しながらも、それ以上に所有し、愛用する満足度が求められる。ザ・シチズンのメカニカルモデル キャリバー0200が目指した価値観も、まさにそこにある。そして、それは大いにデザイナーの創造性をかき立てたようだ。シチズン商品開発部チーフデザインマネージャーの大場 晴也氏はこう語る。
「機械式の面白さは人間の頑張りを感じさせるところにあります。自転車を漕ぐような。技術というのは進化するほどデジタルのように無音無色になっていきますが、機械式はむしろデザインの関わる領域がより広いと思います」
同じくチーフデザインマネージャーの井塚 崇吏氏が続ける。
「すべてはリューズからスタートするわけです。巻き上げる瞬間、指に伝わるゼンマイの感触から針の動き。さまざまな感覚がそこにあります。そういうのが見捨てられないし、人間が忘れちゃいけない部分なのでしょう」
そうした機械式の醍醐味をシンボライズするのがスモールセコンドだ。それは精度を追求したCal.0200の設計思想をシンプルに表現するとともに、美しい輪列は時計の原点に逆らわないというムーブメント開発者の強い思いも込められている。
「でも悩みましたよ。スモールセコンドは本来クラシックな雰囲気が合う。でもシチズンのイメージは先進性ですからね。それをいかに調和させるか。思い至ったのが高い精度を想起させるメーターの感覚でした」と大場氏。さらに井塚氏は「スモールセコンドの大きさや位置は難しかったですね。特に精度を象徴する針はできるだけ長くしたいというムーブメント開発陣の意見もありました。細くシャープにしたことで、それこそメーターのような繊細さや精密感が表現できたと思います」
もうひとつの個性がラグを省いたケースだ。それは1973年に登場したシチズン初のクォーツウォッチ「クリストロン(発売当初はシチズンクオーツ)」を彷彿とさせ、先進性やチャレンジ精神を象徴する同社らしい意匠である。
でもそれほど意識してなかったんですよ、と大場氏は振り返る。「決してデザインの復刻ではないし、精度の高さを表現するうえで同じような発想の手順を踏んだ結果といえます。当時は旧来からのラグをなくすデザインに独創性を意図したのかもしれませんね」
「今回はラグレスケースに、デザインや仕上げを統一したブレスレットを採用しました。ただケースとエンドピースとのつながりが難しく、あえて鏡面仕上げで1本のラインを入れたのです。このワンクッションによって斜面が生き、一体感がありながらもそれぞれ独立した存在感を際立たせる効果をもたらしました」と井塚氏。確かにケースの縁はシャープに面取りされ、角度によって光を受けて煌めく。まるでケースが浮き上がるような印象とともに、全体の統一感はあっても決して一体型ではない。さり気ない高級感を漂わせ、そこに現代的な洗練を感じさせるのだ。
表現したのは“日常の最高級”
ケースとブレスレットは、シャープな面を粗い筋目のヘアラインとミラーで仕上げ、そのコントラストがハードな素材感に美しさを演出する。しかも内に秘めた機械式ならではの温もりを表出させ、しなやかに調和させるのだ。
手に取ればその印象はより深まるだろう。それは無機質なインダストリアルデザインではない。そして手首に馴染む自然な着け心地は、見た目の重厚感からすると意外に感じるはずだ。
「ブレスレットの取り付け位置を下にずらし、手首との接地に余分なスペースをなくしました。こうすることでケースがよりフィットし、軽く感じることにもなるのです。通常、国産時計はこの位置が意外と高めですが、これもつけ心地を求めた結果です」と大場氏。さらに視覚的にも薄さや軽快感を与えるようにデザインしたと井塚氏が加える。
「ケースサイドもフラットのみでは厚さが強調されてしまいますが、下部に斜面を入れて、見た目も装着時のバランスも向上しました。ケースはすべて精密な切削技術で稜線がしっかり出ています。この工程を入れるだけで見違えますし、形状がすっきりと見えるのです。まるでハイレゾの画像を観たようにピントが合う感覚でしょうか。」
こうして完成したデザインの本質、そして思いをあらためてそれぞれの言葉で伝える。
「無駄な線というのはなく、すべてに目的があります。仕方がない、何かをごまかそうというような細工はなく、すべてが意図したデザイン。使う視点に立った時計の原点です」(大場氏)
「この形状で表現するためにやるべきところはすべて注ぎ、それ以外は徹底して排除しました。妥協なくきちっとやればいいカタチになる。そんな手応えがありますね」(井塚氏)
ザ・シチズン メカニカルモデル キャリバー0200は、腕につけることで得る充足感や、人生に寄り添う時計のあり方を目指した。大胆さに繊細を秘め、つけ心地にもこだわる。そして奇抜さを狙うのではなく、むしろ控えめといっていい佇まいは、タイムレスかつエイジレスな普遍性を醸し出す。ともに過ごすほどに愛着が湧き、さらに新しい魅力を発見していくだろう。そんな満足こそが真の豊かさであり、“日常の最高級”という高級時計の新たな視座を示唆するのだ。その進み続ける針が、さまざまなシーンを特別な時間に変えていくに違いない。
Photos by Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled by Eiji Ishikawa(TRS) Words by Mitsuru Shibata