チェコとの国境を成すエルツ山地の谷間に位置する小さな町グラスヒュッテは、時計ファンなら誰もが知る、ドイツ時計産業の中心地である。その始まりは、1845年に遡る。この年、一人の時計マイスターがアトリエを開き、その後、彼を慕う優れた時計師らが移住。いくつもの時計工房や部品会社、そして時計学校が生まれ、スイスと比肩する時計の一大生産地となったのだ。しかし第二次世界大戦後の東西冷戦時代、同地にあった全ての時計関連会社は、国営企業グラスヒュッテ・ウーレンベトリーブ(GUB)に統合されてしまう。そして1990年、東西ドイツが統一されると、GUBは民営化され、グラスヒュッテ・オリジナルとして新たなスタートを切った。グラスヒュッテ時計製造の伝統を受け継ぐ同ブランドは、自社製造する精緻な機械式時計だけを世に送り出している。
オリジナルのSpezimatic RP TS 200は、ドイツ時計博物館に所蔵・展示されている。GUB製の自動巻きCal.75を搭載。その石数と“耐衝撃性”を意味するプリントをダイヤル6時位置に刻む。アラビア数字とバーとを交互に置くインデックスとアロー型の分針はいかにも巨大で、外観を大きく特徴づける。
現代に新コレクションとして蘇ったSeaQ
2008年に市の協賛を得て、ドイツ時計ミュージアムを開設したグラスヒュッテ・オリジナルは、自社の歴史も精査した。そしてGUBであった期間を暗黒の時代とはせず、当時作られた時計にスポットを当て、丁寧に再解釈してきた。2019年に誕生した新コレクション「スペシャリスト」は、そうした歴史的遺産を背景とする。その記念すべきファーストシリーズとしてグラスヒュッテ・オリジナルは、1969年に発表された「Spezimatic RP TS 200」を歴史の大河から掬い上げた。これは、当時最先端にしてドイツ製初となるダイバーズウォッチであり、スポーツダイバーのみならず、軍にも納品された優れた耐久性と高精度を持ち味とする。旧東ドイツらしい、無骨な魅力を湛える外観をトレースしたこの「SeaQ」シリーズは、ブランドの既存モデルになかったスポーツウォッチを補完し、新風を吹き込んだ。そして今の時計界で大きな潮流を成すレトロ・ダイバーズウォッチ市場に、グラスヒュッテから大きな一石を投じる。
シリーズのベーシックモデル「SeaQ」は、ケースサイズこそわずかに拡大されたが、その外観はオリジナルと酷似する。ケースに施す同心円状のヘアライン仕上げも、当時と同じ。そして巨大なインデックスと針の意匠もなぞらえて、オールドラジウム風のスーパールミノバを施すことでヴィンテージ感を一層高めている。一方で逆回転防止ベゼルの黒いインレイには、耐傷性に優れるセラミックを採用。グラスヒュッテ・オリジナルは、現代の技術でヘリテージを見事に再現してみせたのだ。と同時に、国際標準化機構ISOとドイツ規格協会DINがそれぞれ定めるダイバーズウォッチ規格、ISO6425とDIN8306の両方に準拠。レトロなSeaQは、ダイバーの安全を守るというダイバーズウォッチ本来の使命をまっとうする。
SeaQ パノラマデイトというモダンダイバーズの品位
SeaQシリーズには、上位モデルとしてグラスヒュッテ・オリジナルを象徴するパノラマデイトもラインナップされる。搭載する自社製Cal.36-13は、フリースプラングで携帯精度を高め、100時間のパワーリザーブが備わる現代的な設計である。また外観の多くのディテールはオリジナルに範をとるが、43.5mmとケースを大型化することでモダナイズした。とりわけ新作のバイカラーは、トレンド感もあってスタイリッシュな雰囲気である。インデックスはガルバニックゴールドの植字で、同じくガルバニックゴールド製とした針が、新色のサンレイグレーのダイヤルに映える。レトロモダンな外観が、素材と色の操作でエレガントな雰囲気をまとっている。むろん本機もISO6425とDIN8306に準拠。プロフェッショナルダイバーでも、安心して使える。
過去と未来を一直線につなぐ「ダブルG」アイコン
SeaQは、明確なルーツをもつジャーマン・ダイバーズの正統的な後継者である。そしてレトロなベーシックモデルも、モダンなパノラマデイトも、ムーブメントは独自のバヨネットマウントで頑強に固定され、オリジナルがダイヤルに誇った耐衝撃性も継承する。自動巻きローターに掲げるダブルGのロゴは、GUB時代を含めたグラスヒュッテの時計製作の歴史を1845年から一度も途切れることなく未来へとつなぐとの決意の表れ。外装も含め、約95%という高い内製率が、それを実現可能としている。
ムーブメントの設計も、スイス製がブリッジを割ることを好むのに対し、頑強な4分の3プレートで覆うグラスヒュッテ・スタイルを堅持。フリースプラングであっても、テンプの受けには、やはりグラスヒュッテ伝統のスワンネックが備わる。同時にワイヤー放電加工機をいち早く導入するなど現代的な精密加工技術にも秀で、そこに丁寧な仕上げを施すことで機能性と高品質、そして優れた美観とを併せもつ時計となるのだ。グラスヒュッテ・オリジナルの時計は、過去の伝統と現代的技術が重なることで生まれるのである。
問 グラスヒュッテ・オリジナル ブティック銀座
03-6254-7266
Photos: Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words: Norio Takagi