神の手を持つ時計師と称される、ミシェル・パルミジャーニ氏。彼の時計修復工房をルーツとするブランドがパルミジャーニ・フルリエだ。ブランドとしては小規模ながら、精密な仕上げやこだわりのムーブメントの開発などにより、時計愛好家が好むブランドとして知られている。
2021年にデビューしたトンダ PFシリーズは、近年特に注目を浴びる存在だ。同シリーズは現在にいたるまで、得意とするマイクロローターを搭載したエレガンス薫る2針のドレスウォッチから、スケルトン、世界初の機構を搭載したGMTモデルと根底に流れるコンテクストを忠実に踏襲しつつ、その世界を順調に広げつつある。そして今回、パルミジャーニ・フルリエの新たな挑戦として、同コレクションにスポーティなデイリーウォッチ、トンダ PF スポーツが加わることとなった。2020年の登場からメゾンのルネッサンス期を担ってきたトンダ GTを進化させたモデルであり、確立されたデザインを守りながら慎重に構築された同作は、週末の優雅な時間を表現するスポーツウォッチに仕上げられている。
新作トンダ PF スポーツについてより深く理解するためには、まずは“トンダ PF”とは何かを知る必要があるだろう。2021年にデビューしたこの時計は、奥ゆかしさとラグジュアリーという、相反する個性を併せ持つ時計としてデザインされた。そのデザインコードは、ブランドの頭文字をとった“PF”だけのシンプルなエンブレム、ダイヤルを埋めるギヨシェの装飾、シースルーのデルタ針、短く取られたインデックス、そして複層ダイヤルの5つからなり、それらすべての要素がトンダ PFの美しさを作り出す源泉となっている。ドレスウォッチ然とした薄型ケースも特徴的だ。また、2022年の話題作であるトンダ PF ラトラパンテや、今年の新作であるトンダ PF ミニッツ ラトラパンテにように、ブランドが“世界初”の機構を搭載する際に用いられるのもトンダ PFシリーズの特性といえる。
では、新たに生まれたトンダ PF スポーツとはどのようなモデルなのか? パルミジャーニ・フルリエCEOであり、トンダ PFシリーズの仕掛け人としても知られるグイド・テレーニ氏が以下のように語っている。
「トンダ PF スポーツは、既存のトンダ PFファンの余暇に寄り添うために考案され、デザインされています。日常のルーティンから抜け出し、自然のなかで、あるいは趣味の時間を楽しむときに使っていただきたい。どこでどのように身につけるかは所有者が決めることですが、私たちはパワーと精神を充電できるさまざまなアクティビティ、おそらくアウトドアで、理想的なパートナーとなるようにこの時計を考案しました」
このコンセプトを端的に表しているのが、従来のトンダ PFシリーズには見られなかったラバーストラップだろう。これはアウトドア環境下での快適な使用を実現するべく考案されたものだ。タフさを担保する表面のコーデュラファブリックは独自の光沢を放ち、洗練されたルックスを表現。裏面には耐水対策としてウルトラマット加工を施した肌触りのいいラバーを貼り込み、ハンドステッチで仕上げている。芯のインサートを包み、ケースの輪郭に沿うように縫製されたストラップは、ラバーインジェクション製法のものに比べて5倍以上のコストがかかるという。だが、ブランドはトンダ PFのエレガンスを維持するべく一切の妥協を許さなかった。
ベゼルにも目立った変化が見られた。1周220本の刻みが入っていたベゼルのローレット加工はピッチを広げることでひとつずつの刻みがサイズアップし、ボリューム感が強調されている。素材は、ケースと同じステンレススティール(SS)製に変更。既存モデルで使用されていたプラチナと比較し、SSはポリッシュが美しく仕上がる素材だ。そのため光を受けたときの印象も大きく異なり、まさに日光の下でこそ輝くモデルとなっている。そしてベゼルやストラップの素材変更によって、時計全体の重量はやや軽くなり、着用感も向上した。ここにも、アクティブな週末に似合う時計というコンセプトが表れている。
ケース径は、3針モデルで41mm、クロノグラフで42mm。12時位置のロゴはやや大きくし、その一方で6時位置のデイト窓は小さくするなど、カジュアルとエレガンスのバランスを巧みにコントロールしている。
そしてダイヤル装飾にはクル・トリアンギュレールのギヨシェを入れているが、その刻みをより細かく設定することで、ともすれば古めかしいイメージのあるギヨシェをスタイリッシュなテクスチャとして昇華してみせた。これら細かなディテールの積み重ねにより、トンダ PFの世界にふさわしいスポーツテイストが加味されている。「シンプリシティと最高峰のウォッチメイキングが重なり合うことで生まれるデザインの純粋さ、そして快適なつけ心地は、非の打ちどころがありません。ディテールは繊細ですが存在感も放っており、独自のスポーティさを生み出しているのです」とグイド氏は語る。
トンダ PF スポーツのクロノグラフには、特にグイド氏の強いこだわりが内包されている。搭載するCal.PF070は一体型のムーブメントであり、マニュファクチュールとしての誇りが詰まった名機だ。「一体型クロノグラフは、この複雑機構を表現するうえでもっとも高貴な方法でしょう。そしてCal.PF070は業界全体のなかでももっとも美しく、信頼性の高いクロノグラフムーブメントのひとつです」と氏は自信を表す。
3万6000振動/時のハイビート仕様であるため10分の1秒までの計測が可能であり、垂直クラッチやコラムホイールの採用により針飛びもなく操作感も軽やかだ。磨き込まれたパーツのエッジは、光を美しく反射する。COSC認定クロノメーターも取得しており、審美性と機能性の両方で高いクオリティを備えたクロノグラフムーブメントとなっている。
もちろん、こだわりはデザイン面にも及ぶ。ディテールは上記トンダ PF スポーツの3針モデルに準ずるが、スポーティな雰囲気を強めるためにダイヤルはクロノグラフの定番である“パンダダイヤル”を採用した。トンダ PFの既存モデルにはミラノブルーやグレーなどニュアンスを楽しむ色が多かったが、トンダ PF スポーツでは3針、クロノグラフともにしっかりメリハリを利かせた配色とすることでコンセプトを強固に補完している。
その一方でタキメーターをはじめとした計測目盛りがないために、パルミジャーニ・フルリエらしい奥ゆかしいムードも漂う。このバランス感も、今作がトンダ PFの文脈にあることを示している。
2021年に発表されたトンダ PFの成功を受け、パルミジャーニ・フルリエの売り上げは約3倍にまで拡大したという。しかしCEOのグイド・テレーニ氏は、ブランドとして時計業界のメインストリームには属していないと考える。成熟した顧客層に向けたある種のニッチさを残しているからこそ、デザインや仕上げにおいて独自性を探求できる。それはパルミジャーニ・フルリエのようなブランドにとってメリットでもあり、同時に手にしたオーナーを満足させる唯一の手段だ。
「トンダ PF スポーツは、エクストリームスポーツのための時計ではありません。そのためタキメーターもダイビング用のベゼルもありませんが、100mの防水性能にねじ込み式リューズ、クロノグラフにおいては10分の1秒単位の計測など、機能性と技術面においては最高レベルです。私には、オーナーが週末にセーリングで余暇を楽しみ、本を読みながら湖上を静かに漂う姿が目に浮かびますね」
今なお多くの時計愛好家は、新しいスポーツウォッチを求めている。目利きたちの関心を集め、パルミジャーニ・フルリエの価値を広く知らしめたトンダ GTは今年6月に生産中止となり、歴史的なコレクターズピースへの道を歩み始めた。今後は、その役割をトンダ PF スポーツが担うことになる。トンダ PF シリーズの世界を拡げるべく誕生したニューモデルは、陽の伸びた夏の夕暮れまで友人と過ごす時間や、いるだけで高揚感が高まるシーサイドなど、我々日本人にとって湖上に代わる時間を豊かにしてくれるだろう。
Photos:Yuji Kawata Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Hair&Make:Jun Matsumoto(tsujimanagement) Model:Alban Rassier(donna) Words:Tetsuo Shinoda
○衣装協力
シーン1:パーカー12万3200円、ショーツ12万4300円、サングラス4万1800円、バッグ30万6900円/すべてゼニア(ゼニア カスタマーサービス☎︎03-5144-5300)
シーン2:シャツ21万7800円、ニット16万8300円、パンツ12万3200円/すべてゼニア(ゼニア カスタマーサービス☎︎03-5144-5300)