ダイバーズウォッチの起源は、防水時計の誕生に遡る。腕に装着し、生活を共にするようになると時計の防水性はより重要になった。それは精緻を追求するロンジンにとっても急務だったのだろう。1937年に防水機能付きプッシュボタンを備えた、世界初のフライバッククロノグラフ(Ref.4270)を発表している。このプッシュボタンの防水技術は1938年に特許を出願し、同年に登録されたことが資料にも残る。こうした実績から1942〜43年にイギリス海軍の依頼で開発されたのが、軍用ダイバーズウォッチのH.Sだ。
H.Sとは“ハイドログラフィック サーヴェイ”を意味し、イギリス海軍の航海用海図を作成する部門を指す。海図制作の基本となる海洋測量には正確な地点と航行可能な水深の把握が不可欠で、この作業を支えるツールがH.Sだったのである。H.Sの信頼性と機能を評価したイギリス海軍は、同時期に開発されたCOSDと共にH.Sを攻撃隊にも採用し、小型潜水艇で移動する水中破壊工作隊が着用した。
第二次大戦後、新たな時代の幕開けと共に、世界的な海洋探査と開発が始まった。ここでもロンジンは深海への人類の挑戦に寄与した。1953年、スイスの科学者オーギュスト・ピカールと息子のジャックは、深海潜水艇トリエステ号に搭乗。ティレニア海で深度3150mまで到達した。この時彼らが着用しただけでなく、コックピットにも備え付けられ、潜行中の重要な計測を担ったのがロンジンの時計だった。奇しくもオーギュストの名はブランド創始者と同じ。大いなる探求心が、時を超えて二人を結び着けたのかもしれない。以降もロンジンはピカール親子の深海への挑戦を支えたほか、さまざまなダイバーズウォッチを世に送り出すこととなる。
アイコニックなスタイルを今に受け継ぐ、ヘリテージダイバーズ
1950年代に入ると、マリンスポーツへの人々の関心が高まった。特に知られざる海中の世界へと誘うダイビングは世界的なブームとなり、ダイバーズウォッチもかつての軍用から民生用へと、そのステージを変えていくこととなる。1958年にロンジンが発表したノーチラス スキンダイバーも、こうした背景から生まれたものだった。
ブランド初となる一般ダイバー向けに開発されたノーチラス スキンダイバーは、水深に応じて気密性を高めるピケレスSAのコンプレッサーケースを採用し、12気圧の防水性を備えた。ねじ込み式ケースバックにはダイバーのレリーフが刻まれ、40mm径のケースには、1万8000振動/時の自動巻きムーブメント、Cal.19ASが採用された。
ピケレスSAは、当時スイスに存在したケース専業メーカーだ。同社は1939年に設立され、水圧に応じて膨張する特別仕様のOリングガスケットを用いたコンプレッサー技術で特許を取得。当時、多くの時計ブランドが同社のケースを用いたことでも知られる。ロンジンも同社の防水ケースを採用する一方、アローシェイプの時針や3・6・9・12のアラビア数字を組み合わせ、現代にも受け継がれるロンジン ダイバーズのアイコニックなスタイルを確立したのである。
そして1959年、ピケレスSAはそれまでケースの外側に設けられていた回転式ベゼルをダイヤル外周に内装し、2つのリューズを備えたスーパーコンプレッサーケースを発表した。1964年、ロンジンはこの新しいケースを使用したダイバーズウォッチ Ref.7042をリリース。それまでの120mから200mへと防水性が向上し、その性能に磨きをかけた。
さらに1967年に発表したスキンダイバークロノグラフでは、ロンジン伝統のクロノグラフにボルドーカラーのベゼルを組み合わせることで、防水性だけではないダイバーズウォッチの魅力をさらに広げた。スタイリッシュなカラーリングは日常にも映え、そのDNAは最新作にも受け継がれている。
前述したとおり、スーパーコンプレッサーケースは、ぶつけやすく破損や損傷につながる回転ベゼルを内装し、その設定用と通常の時刻表示用の2つのリューズを備えた。この個性的なスタイルを現代に復刻したのが、ロンジン レジェンドダイバーだ。2007年の初登場からフルブラックやブロンズなど数多くのバリエーションを重ね、新たな魅力としてグラデーションカラーのブルー、そしてブラウンダイヤルが加わった。ボックス型風防や長くテーパードしたラグをもつケースといったオリジナルのスタイルを崩すことなく、心臓部には最新のキャリバーL888.5を搭載。これはETA A31.L11をベースにロンジン専用供給されたムーブメントで、シリコン製ヒゲゼンマイを採用し、72時間パワーリザーブを誇る。
一般的なダイバーズウォッチがスポーティさをより強調するのに対し、ロンジン レジェンドダイバーはインナーベゼルを採用したクラシカルなスタイリングで、本来の機能を損なうことなく普段使いにも応えるデザイン性の高さを備える。新色のブルーダイヤルは、周縁へ向かってブラックに変化する美しいグラデーションを描き、まるで青の洞窟を思わせるようなエレガントな印象を醸し出す。一方、カラーバリエーションのブラウンダイヤルは、柔らかなトーンのグラデーションがエイジングの風合いをさらに強調する。ヴィンテージライクなそのスタイルは着けた瞬間から手に馴染み、カジュアルからドレッシーまで幅広いスタイリングで着けこなせるだろう。
スポーティなスタイルを強調する、コンテンポラリーダイバーズ
ツールウォッチは、最新の技術革新を取り入れ、決して進化を止めることはない。特に自然を相手に時には生死をも左右するダイバーズウォッチは、経験値を重ねることでさらなる完成度を追求する。60年代初期にスタイルを確立したロンジンのダイバーズウォッチもその例外ではない。
1967年に登場したウルトラクロンダイバー(Ref.7970)は、3万6000振動のハイビートムーブメントCal.431をダイバーズウォッチで初めて搭載。200m防水に加え、日差2秒の高精度を誇った。翌年、これにピケレスSAのケースを組み合わせ、防水性能を300mへと向上した進化形が、ウルトラクロン “スーパーコンプレッサー”(Ref.8221)だ。1970年には、最先端の音叉式クォーツムーブメントCal.6312を搭載した200m防水のウルトロニックダイバー(Ref.8484)を開発し、新たなダイバーズの時代の先鞭をつけた。
こうした連綿と続く進化の系譜の先に生まれたのが、ハイドロコンクエストコレクションだ。創業175周年を迎えた2007年、スポーツウォッチコレクションの一新に伴い登場した。先進技術を注いだモダンダイバーズのスタイルに、“水の冒険者”のネーミングには自然への敬意と環境保全の意思を込める。300m防水にセラミックのインサートベゼルを備え、6・9・12のアラビア数字を際立たせた視認性の高いダイヤルや、アローシェイプをモダンにアレンジした時針には、ロンジン ダイバーズの伝統が息づく。ロンジン レジェンドダイバーと並べれば、その違いに進化の歴史は一目瞭然だ。しかし、深海への飽くなき好奇心は変わることなく、両者のブルーダイヤルに通底するのである。
ハイドロコンクエストは、ブラック、ブルー、グレー、グリーンのカラーバリエーションに加え、新作ではゴールドPVDを用いたツートンカラーも登場した。そのスタイルはダイバーズの枠にとどまらず、コンテンポラリーなスポーツテイストを強く打ち出す。ジムに通ったり、ドライブに着けるにも違和感なく、ジャケットスタイルにも自然に溶け込むだろう。一方のロンジン レジェンドダイバーはグラデーションダイヤルのエレガントな佇まいに、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる。両者は、ダイバーズウォッチをベースにした新たなスタイルを提案し、ライフスタイルに合わせてそれぞれ異なる個性を選ぶことができるのだ。
現代のウォッチトレンドのキーワードになっているのが、インフォーマルとデイリーユースである。従来のドレス、スポーツといったジャンルにとらわれず、日常生活で気負うことなく着けられる、そんな機能とスタイルが求められている。それは、エフォートレスなカジュアル志向やヘルシーなライフスタイルを反映するファッションとも通じ、まさにロンジンの新作ダイバーズもそうしたユニバーサルなスタイルといえるだろう。
もともとダイバーズウォッチに求められる堅牢性や防水性、高い視認性といった機能は、腕時計に必要な基本要件でもある。それは決して海中だけでなく、陸上でも有効だ。だからこそロンジンは、ダイバーズウォッチとしての機能を担保する一方で、多様化する現代のライフシーンにふさわしいスタイルをも追求する。どんなシーンにも自然と溶け込む“ユニバーサルダイバー”の魅力が、多くの時計ファンを虜にするのだ。
ロンジン レジェンドダイバー&ハイドロコンクエスト ギャラリー
Photos:Jun Udagawa Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Mitsuru Shibata