モンブランがドイツ・ハンブルグで創業したのは1906年のことである。その名声は世界を駆け巡り、100年以上を経た今も、万年筆をはじめとした高級筆記具のブランドとしてのモンブランの名前は絶対的だ。世界的な評価はもはや筆記具の領域だけでなく、イタリア・フィレンツェで製作される革製品の数々も、一流品として知られる。
そして全量をスイスで製作する腕時計での成功は、モンブランのステイタスを盤石にした。ドイツ・イタリア・スイス各国で、それぞれが得意とする製品を造り、そのすべてがソリッドなブランドイメージを共有する。モンブランを持つことが誇らしいのは、地球上のどこでも共通だろう。腕時計の製作がはじまったのは1997年のことだ。
誠実な造りのレファレンスを積層していったモンブランは、世界的な評価を背景に時計造りを次第に高度化し、コンプリケーションに挑み、自社製ムーブメントを要するマニュファクチュールの位置に登った。しかも、1858年創業のスイス時計の名門マニュファクチュールであるミネルバが、モンブランの時計部門に合流した。2006年の秋から翌年のことだ。モンブランはスイスでも屈指の時計ブランドとしての地位を揺るぎないものにしている。
完全無酸素を実現したゼロ オキシジェン技術
モンブラン アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810。Ref.MB133268 130万200円(税込)。ケース内から酸素を排除した43mm径チタン製ケースであり、4810m防水というオーバースペックを実現した。
2022年に登場したモンブランのアイスシーコレクションは、氷河の美しさと冒険心をテーマにしたダイバーズウォッチである。このアイスシーに初搭載された“ゼロ オキシジェン”はモンブランの独創的な技術のなかでも群でレベルを抜き、超越的な能力を発揮させるものだ。“酸素ゼロ”というその名のとおり、機械式ムーブメントの中からいっさいの酸素を排除するという発想と実現は、時計の大敵であり、歴史的に時計の作り手とユーザーを困らせてきた難題を解決した。
ひとつには酸素による酸化からムーブメントが守られるということだ。金属部品も潤滑のための油脂も、酸化によって品質はダウンしていく宿命にある。そうした悪影響を及ぼす酸素をゼロにし、逆に悪影響の心配がない窒素を充填して密封することで、ほかのいかなるムーブメントよりもパーツにとっていい環境をつくることができたのである。
もうひとつ、ゼロ オキシジェンによる恩恵は結露しないということだ。ムーブメントを取り巻く気体には、冷えれば固まって水滴となる水蒸気はまったく含まれていない。どれだけ外気温が下がろうとも、決して結露はしないのである。モンブランがこの技術を搭載した最初のモデルは、世界最高の登山家ニルマル・プルジャ氏の装備として帯同された。アルプス最高峰の名をブランドとするモンブランにとって、最高の“山の時計”は勲章であった。
そしてこの技術は、今度は地球の深奥部方向に向かう。モンブランの標高と同じ4810mの防水性能を持つハイパークオリティのダイバーズ“モンブラン アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810”に、過酷な環境下で正確に機能し、急激な気温変化による曇りを防ぎ、酸化による部品の劣化を止める技術が採用されたのである。
グレイシャー模様のダイヤルはグラッテボワゼという技法で表現。仕上げにスフマート効果で強調された深いブルーで仕上げた。
高い防水性の確保のために、モンブランでは外部パートナーと共に特別な加圧システムを備えた機械を開発し、使用した。この機械により、各部品は6000mの深度を想定した圧力でテストすることが可能になり実行に移された。すべてのケースはこのテストに合格することがモンブラン アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810に課され、発売するための条件となっている。
マテリアル選びもダイバーズの信頼性に関わる機械的強度、耐久性、そして延性のバランスを考慮し、強靭で軽量な素材であるグレード5チタンが選ばれている。
裏蓋は、ダイバーが氷の下に潜った際に見える景色を3Dであしらっている。
メール・ド・グラース氷河の下。
普通のダイバーズウォッチは、当然のことだが太平洋や大西洋、その他世界の“普通の海”を想定している。一方この時計のインスピレーションの源泉はモンブラン山の最大の氷河のひとつである“メール・ド・グラース(氷の海)”なのである。数千年間凍り続けたままの海は、氷の結晶が連なって織りなす視覚で人を魅了する。しかしそれは、決して潜ることはかなわない、底まで凍りついた氷河である。その人を寄せ付けない大自然を、文字盤に映し取った。
ひび割れたような氷河の視覚的印象は、表面を木材等で擦ってニュアンスを与える彫金技法のグラッテボワゼ技法で表現され、スフマート効果で強調された深いブルーで仕上げた。ベゼルはブラックの陽極酸化加工を施したアルミ製で、ドットと目盛りは暗所で青色発光する。裏蓋はマット仕上げとポリッシュ仕上げで立体的に表現したレーザー彫刻のカラーレリーフにブルーのグラデーションを駆使した。描かれたのは、あの氷の海をもしダイバーが潜ったら見ることができるだろう幻想的な世界の光景である。
夕日をテーマに温かみのある仕上げとしたアイスシーコレクション
モンブラン アイスシー オートマティック デイト。(左)Ref.MB133300 56万2100円。(右)Ref.MB132291 48万9500円(ともに税込)。
同じくアイスシーコレクションには、今年2モデルの“アイスシー オートマティック デイト”が仲間入りした。アイコニックなグレイシャー模様のダイヤルを継承する新作は、ブロンズトーンのケースにブラック文字盤と、バーガンディ文字盤の魅力的な表情を持つ。
ダイヤル上で存在感を放つアイスシーロゴ。
銅アルミニウムのケース。アイスシーコレクションとしては新採用である。
氷河に沈む夕日のカラーを表現したのが、ブロンズ製と思わせるトーンのモデル。実はこのケース素材は、特別な合金である銅アルミニウムを新採用したもの。色合いは銅とスズの合金である標準的なブロンズと見分けがつきにくい、魅力的な温かみを持っている。一方この銅アルミニウムは、ブロンズに比べて耐久性が1.5倍高く、腐食やサビに対する耐性も強い。ブロンズを超えた特性を持った新マテリアルは、しかもエイジングの楽しみ=経年により美しい緑青が発生するのはブロンズと同様なのである。最初の15分でブラウンとブラックを切り替えたツートンベゼルは陽極酸化アルミニウム製だ。
バーガンディトーン文字盤は、氷河に当たる夕日の深紅のカラーにインスパイアされたのだという。こちらにはブラックセラミック製の逆回転防止ベゼルが装備されている。いずれのモデルも、ヴィンテージのミネルバの輸出シールにインスパイアされたという新しいアイスシーロゴを掲げている。
モンブランは海洋と山岳の世界を結びつける新たな領域に挑戦し、そして深海探査における新たな基準を打ち立てた。4810m防水というごく少数の時計メーカーしか挑戦していない深度に耐えられるように時計を設計し、その性能は極限の環境下でも信頼たる相棒となる。
ブランドの伝統と革新が融合したこの時計は、単なるアクセサリー以上に、持ち主の冒険心を象徴する存在となるだろう。深海のイメージとともに時計の精巧な技術が織りなすストーリーは、これからも多くの人々を魅了し続けるに違いない。
モンブラン アイスシーギャラリー
モンブラン アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810
MB133268 130万200円(税込)
43mm径、19.4mm厚、チタンケース、自動巻きCal.MB 29.29(2万8800振動/時)搭載、パワーリザーブ約120時間、4810m防水
モンブラン アイスシー オートマティック デイト
MB132291 48万9500円(税込)
41mm径、12.9mm厚、ステンレススティールケース、自動巻きCal.MB 24.17(2万8800振動/時)搭載、パワーリザーブ約38時間、300m防水
モンブラン アイスシー オートマティック デイト
MB133300 56万2100円(税込)
41mm径、12.9mm厚、ブロンズケース、自動巻きCal.MB 24.17(2万8800振動/時)搭載、パワーリザーブ約38時間、300m防水
Words:Koichi Namiki Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS)