あまねく道具は実際に使い込まれることで熟成を重ね、経験則により完成度を高めていく。それは時計も変わらない。特にダイバーズウォッチのような日常とは異なる使用環境と用途に特化したジャンルであればなおさらのこと。昨年誕生70周年を迎えたフィフティ ファゾムスこそその証左といえるだろう。
フィフティ ファゾムスは、深海の水圧に耐える防水ケースやリューズをはじめ、潜水中の経過時間を表示し、誤動作を避けるロック機構付き回転式ベゼル、耐磁性や堅牢性を備え、暗い海中でも視認性に優れる大径ケースなど当時画期的な機構や仕様を導入した。その革新性は時代を経ても色あせることなく、スタンダードとして在りつづける。モダンダイバーズのパイオニアと称賛される理由はそこにあるのだ。
だが誕生はけっして突飛な発想やリアリティを欠いたものではなかった。まさにスキューバダイビングの黎明期、ミリタリーとアマチュアという領域を超えて未知の技術を追求し、経験と試行錯誤を繰り返した開発者たちの情熱の結実にほかならない。だからこそフィフティ ファゾムスは、フランス海軍をはじめ極限ともいえる要望をかなえるだけでなく、民間ダイバーからも理想的なツールとして高く支持され、誕生から3年後にはデイリーユースや女性ダイバーに向けてバチスカーフが登場したのである。
これまで45mm径が中心だったフィフティ ファゾムスに、レギュラーモデルとして待望の42mm径が加わったのもこうした歩みを踏まえてのことだ。布石となったのは1953年のオリジナルサイズを再現した70周年記念モデルAct 1だ。これに続く新作は、初代へのオマージュに加えて、現代のライフシーンに応え、コレクションの本質であるモダンなダイバーズのあり方を示唆するのだ。たとえケースがコンパクトになっても本来の機能は損なわない。それはツールウォッチであるダイバーズの使命でもあるからだ。内蔵する自社製Cal.1315は、2007年に新生したコレクションを象徴し、トリプルバレルを搭載した5日間のパワーリザーブと安定したクロノメーター精度を備え、シリコン製ヒゲゼンマイによる耐磁性や正確な時刻調整のできるストップセコンド機能にはミリタリーの伝統が宿る。これを42mmケースに搭載するため、ケースとダイヤルを再設計し、最適かつシームレスに収める一方、デザインの基本を崩さず、調和の取れた全体のプロポーションを実現したのである。
デザインでは、特徴でもあるサファイアベゼルは風防との一体感を増し、サファイアクリスタルでフェイス全面を覆っているような印象を与える。文字盤は45mm径がセンターとアワーインデックスのリングを異なる仕様で仕上げたのに対し、サンバーストで統一し、スマートな洗練を感じさせる。ゴージャスなローズゴールドケースと初代オリジナルから着想を得たテクスチャードラバー製トロピックストラップの意外なコントラストに加え、チタンの軽量性を生かしたブレスレットも新たな魅力を添えるのだ。
程よいケースサイズへの注目が高まるなか、新たなサイズ展開はフィフティ ファゾムスの可能性をさらに広げる。本来的な時計としてのジャンルの垣根を越え、完成度の極まったこの時計が人々の冒険心をかき立てる。日常を彩るというのは、ダイバーズウォッチのさらなるチャレンジなのである。
Words:Mitsuru Shibata Photographs:Yuji Kawata Styling:Eiji Ishikawa(TRS) Hair&Make:Ken Yoshimura