ステータスよりスタイル、ラグジュアリーでなくスマート、という新たな価値観を掲げ、現在のシチズン シリーズエイト(Series 8)の前身として2008年に誕生したシリーズエイト。先鋭的なクリエーションが生まれ、クールを象徴する都市、東京からの発信としてモダン コンフォタブル デザイン ウォッチをブランドとして標榜していた。引き算の美意識から導かれるシンプル&モダンデザインと独自技術であるエコ・ドライブとの融合を追求し、当時は801、802、803という3シリーズが並べられていた。
よりパーソナルな価値観や充足感の希求を受けてさらにコンテンポラリーな空気を纏い、ブランドは2021年に再始動。名前はそのままに、870 メカニカル、830 メカニカル、831 メカニカルという3シリーズを伴って登場した。エコ・ドライブ搭載モデルが中心だったラインナップは刷新され、いずれも機械式ムーブメントを搭載。第2種耐磁を備えることで磁気に囲まれた現代のデジタル社会での需要に応えるモデルとなっている。そしてコンセプトである“モダン・スポーティ”を強く打ち出したデザインは、引き算の美意識の表現に加え、厚みを抑えたケースによる快適性という点からも初代のコンフォタブルなコンセプトを継承していた(新生シリーズエイトとしての始動、シチズンが追求したデザイン思想については記事中盤、末尾のボタンから対談動画も確認して欲しい)。こうしたブランドの系譜に誕生した新たなGMT機能搭載モデルが、880 メカニカルである。
アテッサ Ref.ATV53-2832※販売終了
ベーシックな3針とカレンダー機能の搭載から始まった新生シリーズエイトは、第2世代を迎えるにあたり初のGMT機能を取り入れた。しかしGMTウォッチとしての操作性や視認性を高めるためのデザインは、シンプル&モダンを表現した先行モデルとは異なる印象を与えかねない。その問題を解決するため、塊感のあるソリッドな造形、仕上げの美しさ、モダニティといったシリーズエイトらしさを崩すことなく、ブランドイメージを一貫させることを念頭に置いた設計が行われた。そのうえでデザイナーは8角形を象った830 メカニカルのケースフォルムや、ベゼルの3時と9時にアクセントを持たせた870 メカニカルの別体構造というそれぞれの個性を掛け合わせ、GMT機能にふさわしい躍動感ある独自のデザインを構築してみせた。
シチズンによれば、担当デザイナーにインスピレーションをもたらしたのは、意外にもアテッサの20周年記念モデルであるRef.ATV53-2832だったという。特にケース本体をツーピース化し、ベゼルを取り巻いて内側からブレスレット中列につながる造形は、880 メカニカルにわかりやすく受け継がれた。確かに幅広でシャープな面構成のベゼルや、存在感あるブレスレットの接続部にも共通項が伺える。さらに着想源となったモデルはアテッサでも初となるワールドタイム電波機能搭載機種であり、世界を目指す技術という点でも両者は通じ合いながら今回のオマージュへとつながったというわけだ。
880 メカニカルは、別体構造のセンターケースに中央から伸びた第2時間帯を示す24時間針、そして昼夜を示すツートンカラーで色分けした24時間表示ベゼルを備え、それを両回転式にすることで第3時間帯まで読み取ることを可能とした。その滑り止めのノッチも24時間の目盛りに合わせて刻まれており、細部に行き届いた機能美が感じられる。
世界的なパンデミックの落ち着きに伴い、以前と同様に観光やビジネスで世界を行き来する日常に戻りつつある。そんななかGMT機能は、今もっとも求められる機能のひとつといえるだろう。こうしたタイミングに加え、グローバルな展開をミッションにするシリーズエイトの構想では、GMT機能はパンデミック以前から元々ロードマップ上にあったものだという。それはクロノグラフやムーンフェイズ以上に実用的であり、アクティブなライフスタイルにおいて日常的に使う機械式時計というコンセプトにも合致する。そこでまずは先の3シリーズでブランドとその世界観の認知を広めながら、今回満を持してのデビューになったというわけだ。
とはいえ、定番的なGMT機能でいかにシリーズエイトらしさを表現するべきか。その答えのひとつが、文字盤に表れている。そこには東京のビル群の夜景をモチーフに、異なる大きさの窓のイメージと日本的な市松模様を組み合わせた連続する幾何学パターンが施されている。こうしたモダンと和テイストを融合した文字盤の装飾は、すでに830で取り入れられた三層構造の文字盤、その文脈にあるのだろう。
そしてカラーにも注目したい。特にブルーダイヤルのモデルでは、ベゼルのブルーとレッドをヴィンテージなトーンで仕上げ、70年代テイストを演出している。スタイリッシュなルックスでアピール度も高く、世界を舞台に躍動するダイナミズムを印象づけてくれるのだ。
880 メカニカルではGMT機能の実装に伴い、新たにCal.9054が搭載された。これはシチズン プロマスターのダイバーズで採用され、831 メカニカルでも使われている信頼性の高いCal.9051にGMT機能を追加するとともに、パワーリザーブも42時間から50時間に引き上げられている。
時針単独修正方式を採用する本格的な機械式GMTモデルとしても、シチズンでは初である。時差修正は時針のみを1時間単位で進ませることができ、このあいだも通常の分秒針は動き続けるので高精度が維持できる。ユーザーフレンドリーを追求した選択であり、実際に使ってみるとその簡易さをより実感できるだろう。さらにその操作感にもこだわっており、飛行中の機内などでもストレスなく確実に設定できる。
第2種耐磁もシリーズエイトに共通する特徴だ。1万6000A/mの高耐磁性を備え、磁界発生源に1cmまで近づけてもほとんどの場合性能を維持できる。しかもインナーケースによる外装的なアプローチではなく、ムーブメント単体で耐磁性能を確保しているので、重量や厚みの増加もなく装着感を大きく損っていない。さらにシースルーバックの採用により、新開発のムーブメントを余すことなく観察することもできる。
ムーブメントの動きを視覚的に楽しめるシースルーバックは美観を含めた精緻さの証であり、時計愛好家ばかりでなく、ビギナーでも味わえる機械式ならではの醍醐味だ。高耐磁性というデイリーユースに応える本格機械式をアピールするにはベストな選択といえるだろう。
880 メカニカルは3針、カレンダーを搭載した870、830、831に、シリーズエイト初のGMTモデルとしてポートフォリオに加わった。デザインは870と830、それぞれのニュアンスを取り入れ、ブランドとしての統一感を貫いている。その一方、付加機能によって厚くなったケースには、別体構造やブレスレットとの一体感あるデザインを採用することでむしろその厚みをオリジナリティへと転化させた。さらにブレスレットも直線的なこれまでの仕様から比べて強くテーパーをかけており、装着感の向上と洗練されたスタイルへと熟成を重ねている点も見逃せない。
シリーズエイトは、多様化する現代のライフシーンにふさわしい機能と実用性を併せ持つモダン・スポーティデザインに、GMT機能の拡充によって世界を視野に入れたグローバルブランドとしての方向性を明確化した。これまでプロローグに過ぎなかったそのストーリーが、いよいよ本格的に幕を開けたのである。
Photos:Jun Udagawa Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Mitsuru Shibata