時計といえば、チクタク動く。そんなの当たり前だって? 赤ん坊ですら、この一音節の組み合わせを聞いて時間の経過を感じるのだ。
その音は、アンクルとガンギ車による永久に続くロック時の衝撃音に由来している。良くも悪くもチクとタクという音は、我々の脳裏に時計製造の音を刻み込んでいる。時計の原理を知らなくても、その音を聞けばそれが何なのかがわかるからだ。
どんな機械式時計も音を出すが、それは誰かが予想するようなチクタクという音ほど単純なものではない。また、訓練された耳を持つ人であれば、ムーブメントの動作音だけで、内部でどのような脱進機が機能しているかを正確に言い当てることが可能だ。
40年以上前、ドイツの若き時計職人ベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)氏は、脱進機が発する柔らかな音に取り憑かれたように魅了された。その日から、彼はその音を完全に理解したいと願い、時計製造に人生を捧げることになった。そして今日まで、レデラー氏はある脱進機がほかの脱進機と比較して持つ利点と欠点に特別な魅力を感じているのだ。
組織の下で大半のキャリアを経て60代半ばとなった今、レデラー氏は“マスターズ・オブ・エスケープメント”シリーズを発表し、その独創的な時計技術を披露しようとしている。このコレクションは、今後数年間に発表される6つのモデルで、それぞれが脱進機の究極の姿を示そうとしている。
レデラー氏が“マスターズ・オブ・エスケープメント”コレクションで最初に発表したのはジョージ・ダニエルズの独立二重脱進機をベースにしたセントラル インパルス クロノメーターで、2021年のGPHGにおいてイノベーション賞を受賞している。セントラル インパルス クロノメーターは、素材ごとに25本限定で生産されており、ケースはRGまたはWG、サイズは44mm×12.2mm、希望小売価格は12万8000スイスフラン(約1785万円)である。セントラル インパルス クロノメーターの完成に6年の歳月を要したというレデラー氏だが、これは彼のキャリアの集大成であることは明らかだ。
私はこの数ヵ月間、何度か彼に会い、彼の革新的な(そして圧倒的な)創造物について話を聞いた。
ここで、その内容を紹介しよう。
(次の専門用語については、リンクで確認してほしい:脱進機、ナチュラル脱進機、デテント脱進機、ルモントワール。また、HODINKEEの2020年の記事「現代的なエスケープメントは、どのようにして今に至ったのか」を読むか、読み直すことを強くおすすめする)。
ナチュラル脱進機は時代の先端を走っていた。誰もがそう主張している。19世紀初頭にアブラアン-ルイ・ブレゲが考案したこの脱進機は、ひとつの輪列のなかにふたつのガンギ車を配置し、油や潤滑油を使わずに直接テンプにインパルス(衝撃)を与えることが、いわゆる“ナチュラル”な能力と呼ばれる所以だ。
現代の製造技術とシリコンのようなハイテク素材があれば、アブラアン-ルイ・ブレゲが考案した潤滑油のないナチュラル脱進機を、歯車の歯の小さな隙間に起因する噛み合わせの問題なしに実現することができるはずだ(ここは強調しておく)。一見問題なさそうな小さな隙間は、第2のガンギ車へのエネルギーをロスさせるため、最終的にはバックラッシュ(遊び)を発生させる傾向がある。精密な計時を追求するには、公差を小さくすることこそが重要なのだ。
現代では、カリ・ヴティライネン氏、F.P.ジュルヌ氏、ローラン・フェリエなど、多くの時計師がバックラッシュの問題を解決すると主張しているが(それぞれのアプローチの比較は、HODINKEEの古い記事を参照してほしい)、話はそれだけでは終わらない。
「ナチュラル脱進機は完璧には機能しないシステムです」とレデラー氏は言う。「その理由は物理的な(エネルギーの)ロスです」
歴史的に、ナチュラル脱進機では駆動輪列がガンギ車に動力を伝え、同軸上に、さらに2本目のガンギ車と噛み合う歯車がある。すると、1組の駆動輪列で通常の1本ではなく、合計4つの歯車を駆動させなければならなくなる。そして歯車の数が倍になると、同じ加速度を維持するために必要なエネルギーは4倍になる。つまり4本の歯車で同じ加速度を得るためには、1本の場合と比較して16倍のエネルギーが必要なのである。
「どこからそのエネルギーを確保するのでしょう?」とレデラー氏は問う。「さらに軸やシステム全体に過剰な“負荷”をもたらすことなく、16倍のエネルギーを加えることが可能でしょうか? それはメチャクチャなものになるでしょう」。
軽量なシリコン部品を使っても、この問題は変わらない。シリコンの部品がひとつでも、4つでも、加速する必要があれば、歯車同士が連携して16倍のパワーが必要なことに変わりはない。やはり16倍のエネルギーが必要なのだ。
「重さがゼロと仮定すれば、ナチュラル脱進機のアイデアは素晴らしいと思います」とレデラー氏は言う。「もし、ガンギ車に重さがなければ、完璧な加速度が得られ、うまくいくでしょう。しかし、歯車が一定の重さを持つ物理的な材料で作られた途端に、1本の歯車だけを加速させるシステムと比較して不利になるのです」
ブレゲは自分の脱進機が持つ慣性の問題を認識していたようだ。ブレゲが製作したナチュラル脱進機のプロトタイプを見ると、ガンギ車の歯数を減らし、駆動輪列上の第2ガンギ車に組み込んでいるものがある。ブレゲは、あらゆる手段を講じて安定してテンプに動力を伝えようとしていたのだ。ガンギ車と駆動輪列の慣性に歯車のバックラッシュが生じると、ブレゲのナチュラル脱進機は不安定になり、実用に耐えられなくなった。
ジョージ・ダニエルズはブレゲがどこで失敗したのか理解し、後の21世紀の時計職人とは異なり、そのアプローチから大きく逸脱したのである。
ブレゲ(およびヴティライネン、ジュルヌ、フェリエ)は、ナチュラル脱進機の駆動に単独の駆動輪列を用い、第1ガンギ車が直接第2ガンギ車に駆動させる方式を採用している。1970年代、ダニエルズは2本のガンギ車を導入し、それぞれがふたつの独立した駆動輪列とふたつの独立した主ゼンマイによって独立して駆動するようにした。
「彼は、“4つの歯車を駆動させるのはやめよう”と言いました。彼の挑戦は2つ目のガンギ車を追加して連結することなく、同期させるシステムを考案することだったのです」。レデラー氏は私にそう語った。
ダニエルズは、脱進機の黎明期におけるもうひとつの設計であるデテントから、同期のための解決策を導き出した。
ジョージ・ダニエルズの懐中時計“スペース・トラベラー”に採用されたことで有名なこの脱進機構は、ダニエルズと同世代のイギリス人時計師、故デレック・プラットの協力のもと開発され、ガンギ車、主ゼンマイ、駆動輪列が分離しているが等しく、ガンギ車からテンプへの駆動の伝達はデテントによって制御されている。
真空中では、デテントは驚くべき機構である。ガンギ車からテンプに直接動力が伝達されるため、ナチュラル脱進機の主要な目的のひとつである潤滑油を必要とせず、非常に効率的なのだ。しかし、一般的には衝撃に弱いという欠点がある。デテント脱進機を腕時計に採用した時計師もいるが(ウルバン・ヤーゲンセン、ラウル・パジェス、クリストフ・クラーレなど)、18世紀イギリスの時計師ジョン・アーノルドとトーマス・アーンショーのマリンクロノメーターに最もよく見られる方式だ。
スペース・トラベラーでは、デテント機構(ダニエルズ自身は脱進機パレットと呼んでいる)がひとつのガンギ車を解放し、ローラー上のふたつのツメ石のうちのひとつに動力を与えてから、ロック用のツメ石のひとつでロックすることを可能にした。このとき、デテントが回転して反対側のガンギ車とロック用のツメ石をフリーにする。このガンギ車は何の動力も与えずに回転し、上側の中央のツメ石にロックされる。そして、ヒゲゼンマイによって反対方向に回転するとき、同じガンギ車が直接動力を与えるのだ。
動力を伝えてはロックのあいだで絶えず揺れ動くというわけだ。このように、ギクシャクした仰々しい動きをしつつ、デテント機構はひとつの歯車だけがその役割を果たせるように、常時1秒1秒を調整しているのである。
「ナチュラル脱進機とダニエルズの独立二重脱進機の主な違いは単純です。ナチュラル脱進機には4つの歯車がありますが、ダニエルズには任意の瞬間に駆動を必要とするひとのガンギ車があるだけです」とレデラー氏は言う。「私のセントラル インパルス クロノメーターも同じ考え方です」。
レデラー氏の脱進機は、ブレゲとダニエルの発明の派生型であり、改良版であることが多くの観点で証明された。
私は現代的なエスケープメントは、どのようにして今に至ったのかのなかで、理想的な脱進機として5つの条件を挙げている。
まず自動巻きであること。そして摩擦を最小限に抑え、油などの潤滑剤を使わずに作動することが理想的だ。また両方向とも、できるだけ均衡点に近いところで動力を発生させること。また外部からの衝撃に対して脱進機が確実に固定されるよう、高品質の耐震機構を備える必要がある。そして最後にテンプの自由振動を可能な限り妨げないことである。
ジョージ・ダニエルズが構想した独立二重脱進機は、その5つの条件をほぼクリアしている。唯一の欠点はデテント機構の2段階のロック解除にあり、連続したビートを刻むたびにエネルギーが消費されるため、理論的にテンプの振角に影響を与える可能性がある。さらに重要なことは、この脱進機が懐中時計のサイズからさらに小型化され、より小さい腕時計の内部で効果的に作動するとはダニエルズは考えていなかったことである。
そして長いあいだ、彼は正しかった。
2010年代後半になって、偶然にも、この考えを覆し、ダニエルズの独立二重脱進機を腕時計に進化させた2種類の腕時計が登場した。まず、2018年に英国から登場したチャールズ・フロッシャム ダブル インパルス クロノメーター(詳細は後述)、そして2020年に初公開され、本日の記事のきっかけとなったベルナルド・レデラー氏のセントラル インパルス クロノメーターである。
セントラル インパルス クロノメーターは、レデラー氏の研究開発プロセスがいかに過酷で困難なものであったかを物語るように、その構造に数々の付加機能を与えている。この時計の開発期間が試行錯誤の連続であったことを、膨大な数の安全対策が物語っているように私には見える。ダニエルズが2011年に亡くなるまで、彼はダニエルズと何度も話すことができ、その短い会話がのちにCal.9012やセントラル インパルス クロノメーターの製品開発を継続させるのに役立ったと教えてくれた。
レデラー氏の作品の特徴は、4番車と5番車のあいだにあるふたつの輪列のそれぞれに1対のルモントワール機構を導入したことだ。この機構は、それぞれのガンギ車に一定のエネルギーとトルクを供給し、より安定した速度、ひいてはより高い精度を達成することに貢献している。レデラー氏は、このモデルの開発にあたり、ジョン・ハリソンの1759年製H4 マリンクロノメーターの構造を参考にしている。同モデルは、特別に設計されたアンカーによってパワーリザーブ間隔を管理するルモントワールも搭載しているのだ。
レデラー氏によれば、定力装置付きルモントワールと二重脱進機構が組み合わされたのは初めてのことだという。セントラル インパルス クロノメーターでは、10秒ごとに作動が一巡するため、ルモントワールは5秒ごとにエネルギーを供給していることになる。ルモントワールはコンスタントフォース(定力装置)であるため、ガンギ車に均等なトルクを与え、それがテンプに直接エネルギーを供給するのだ。
Cal.9012は、ムーブメント全体に低慣性部品を使用し、ガンギ車の形状を見直し、ガンギ車と戻り止めに硬化チタンを採用することで、ガンギ車の機能を維持しながら超軽量を実現している。またスペース・トラベラーの構造と比較し、テンプとガンギ車の連結角度を100°から120°に変更し、エネルギー変換をよりスムーズにすることで長期安定性を向上させた。
さらに、二重化されたルモントワールとテンプにダイレクトな動力を伝達する低慣性かつ軽量なガンギ車を組み合わせた結果、ガンギ車の軸に沿ってシームレスに配列されるようになったことだ。つまり、それぞれの駆動輪列が1秒間に動力の半分をテンプに供給しているのだ。さらにテンプは4つの調速ウェイトと4つの偏心ウェイトを備えた、カスタマイズされた可変慣性モーメント仕様となっている。
まさに完璧なバランスを保っているといえよう。
これまで、各脱進機と駆動輪列を接線方向に動作させるためのアンクルを、デテントとして解説した。しかし、レデラー氏は自らの機構をCal.9012の“メトロノーム”と形容することを好む。つまり、この機構があるからこそ、時計は時間どおりに鼓動し続けることができるというわけだ。
“メトロノーム(アンクル、デテントの別称)”は、独立二重脱進機の成功に不可欠であるだけでなく、レデラー氏が脱進機の構造全体に最も重要な調整を施した機構でもあるのだ。
レデラー氏は当初、ダニエルズの構造をより小さく、より精密に再現すればよいと単純に考えていた。しかし、少し動かしただけで、パワーリザーブの残量がわずかとなったときの振角の小ささや、外部からの衝撃に対して脆弱であるという一貫した問題があることに気づいた。
「ひとつの歯車が解放されると、ガンギ車の歯がテンプの上にあるアンクル受けの前で滑ってしまい、ガンギ車の歯がひとつ、あるいはふたつ欠けてしまい、精度に影響が出るのです」と、レデラー氏は言う。「私にとっては、これが難題でした」
同じ形式の二重脱進機をベースに2018年にダブルインパルス クロノメーターを発表したチャールズ・フロッシャムは、最後に完全に巻き上げてから約36時間後に必ず発生する、振角が小さくなる危険地帯に達すると時計のパワーリザーブを完全に切り離すことにした。フロッシャムの理論では、テンプが完全に停止していれば、時計は低い振角を見舞われることがない、というものだ。
「私の見解では、時計がこれで問題にぶつかることはなくなりました」とレデラー氏は言うが、問題そのものを解決したわけではない。
彼は結局、幾何学的にこの問題を解決した。メトロノームの中央にあるルビーのツメ石を、彼は “ウェイティングパレット(待機用のツメ石)”と呼ぶ凹面を追加して修正した。これはガンギ車の歯とテンプのアンクルの歯が接触する瞬間を早めるためのものである。
レデラー氏の“メトロノーム”は、2種類のアンクルを搭載している。まず、2本のガンギ車にそれぞれ接続された1組のアンクルがある。ウェイティングパレットは、両側のガンギ車と連動する“メトロノーム”にあたる中央のパレットで、ここで衝動を与えるガンギ車が、エネルギーをテンプに伝達するためにパレットのロックが解除されるのを待つ。アンクルの表面はわずかに湾曲しており、ガンギ車が反動で落下するのを防ぐとともに、すぐに正しい回転を再開できるようになっている。
歯先が“ウェイティングパレット”上に乗っているとき、脱進機の“メトロノーム”の緩やかな往復運動は非常にわずかになり、歯先は持ち上げられた面に沿って滑り、小さな振幅で“メトロノーム”を介してテンプに間接的に動力を伝達することができるのだ。
歯先がウェイテングパレットの終端に達すると、脱進機の設計により、アンクルがガンギ車の歯より前に残るようになっている。間接インパルス面に沿ってスライドした歯が解放された瞬間から、動力を受け取るアンクルが動力を与える歯の前に必ず存在することを確保している。
ウェイティングパレットの接触面を短くし、間接的に動力を伝達する面を追加することで、最終的にロックが解放される前に動力を発生させたガンギ車が動き出す。これにより、ガンギ車がインパルスパレットに到達するまでの移動距離を大幅に短縮することができるのだ。従来の構造では、ガンギ車はまず反動を克服し、動力を受け取るパレットに追いつかなければならなかった。
歯が早く外れる可能性のある低振幅の場合でも、追加のインパルス面が“メトロノーム”を横に押しやり、アンクルを歯の前に押し出し、テンプに間接的な動力を発生させる。この場合、スイスレバー脱進機と同じような動作をする。レデラー氏が言うには「待機中のアンクルは、スイスレバー脱進機の間接的な動力のように“メトロノーム”を押し出します。“メトロノーム”は、フォークとテンプを持つレバーのようなものです」。
正確に測定するのは難しいが、Cal.9012の振角が80°以下か、歯がインパルスパレットの表面に触れているときに、この現象が起こるはずだ。この追加の押し出しにより、振幅が小さい場合でも、インパルス用ツメ石が動力を与えるガンギ車の歯の前に位置するようになる。そうでなければガンギ車が進んでしまうのだ。
しかし、時計が80度以上の振幅を持つとすぐに、“メトロノーム”は素早く横に押され、連結された歯が動き始める。この時、“メトロノーム”は反対側にあり、ふたつの部品はもはや互いに接触していない。“メトロノーム”の回転速度が歯車の加速度より高いため、歯はリフティング面に到達することができない。
このようにして、レデラー氏の二重脱進機は、直接および間接的なインパルスを組み合わせて提供することができることを解説した。
テンプの角度を120°にすることで、ガンギ車からのエネルギーの移行をスムーズにし、セントラル インパルス クロノメーターの理想的な等時性を実現しているのだ。
スイスの時計産業は、クロノメーターという言葉をマーケティングツールとして使っている。時計の精度を証明するクロノメーターは確かに素晴らしいが、精密な計時を行う上で、それがすべてではない。
そんなことは百も承知だった。しかし、スイスがこれほどマーケティング分野に深い穴を開けていたとは。ベルナルド・レデラー氏はいずれも手を出さなかったようだ。
セントラル インパルス クロノメーターのプロトタイプを発表したとき、COSCやMETASなどの外部機関の精度保証を一切つけずに“クロノメーター”と名付けたことは、大きな反感を買ったという。
スイスでは、クロノメーターは保護された表現であり、そのような証明書を受け取った時計だけが名乗ることができるのだ(ドイツ人であるレデラー氏は、そのことを知らなかった。彼は自分の時計をクロノメーターと呼んでいた。クロノメータータイプの脱進機を搭載していたからだ)。
先ほどのデテント脱進機を覚えているだろうか? これは別名クロノメーター脱進機という。このように考えると、マリンクロノメーターが高精度な計時の絶対条件であった時代には、デテント脱進機が一般的で、必ずしも計時試験や特定の認定を受けていたわけではなかった。しかしマリンクロノメーターは非常に高い評価を得ていたため、“クロノメーター”という名称はその精度の高さを十分にアピールすることができた。そこでスイス時計産業が精度の基準を打ち出そうとしたとき、クロノメーター/デテント脱進機ではなくスイスレバー脱進機を使用していてもクロノメーター証明書を持つタイムキーパーだけを表示するような法律を制定し、この用語の保護を推し進めたのだ。
もちろん、レデラー氏は現在、COSCやブザンソン天文台で“クロノメーター”としての認定を受けている。セントラル インパルス クロノメーターには、その両方の資格があるのだ。
セントラル インパルス クロノメーターの最大の特徴は、文字盤上に2本の秒針があり、それぞれが反対方向に回転していることだ。
これは、駆動輪列の秒針が独立した4番車、3番車、2番車、ガンギ車に搭載され、すべてが完全に同期しているためだ。
ダイヤル側からは、Cal.9012の内部を直接見ることができる。ほぼ8の字型に配置されたふたつの開口部は、ふたつの輪列の一部を見せ、ガンギ車と10秒ごとにルモントワールを巻き上げるためのユニークなルーローの三角形(正三角形の各頂点を中心にして、辺の長さを半径として、円弧を描いたときにできる形)を強調している。
2層構造のダイヤルに施されたオープン加工と、回転する2本の秒針が、このセントラル インパルス クロノメーターにクールな躍動感をもたらしており、離れた場所からでも熟練の時計愛好家であればレデラー氏の作品だとわかるほどである。
トゥールビヨンが複雑機構であるかどうかについては多くの議論があるが(ネタバレ注意)、コンスタントフォース(定力装置)についてはどのように語られているのだろうか? たとえ複雑機構の“技術的定義”に当てはまらないとしても、コンスタントフォース機構は驚くほど複雑だ。ジョン・ハリソンのH4 マリンクロノメーターを考えてみてほしい。この時計はルモントワール(およびデテント脱進機)を搭載していたが、長い月日の航海のあいだ、驚異的な精度を保つことが可能だった。18世紀の半ばに、日差0.6秒の精度を実現していたのだ。スゴい。
「脱進機の最高峰はルモントワールです」とレデラー氏は断言する。「どんな構造であれ、時計の精度はテンプの振幅の規則性で決まります。200°で一定に保てるなら、それでいい。100°で一定に保てば完璧です。300°で一定に保てば、振幅はどうでもよくて、過不足なく同じであることが重要なのです」。
レデラー氏がこだわったのは、まさに精度である。だから当然、彼は相対する秒針がダイヤル上で一直線に並んでいることを確認しなければならなかった。しかし、これはクロノメーター脱進機であるため、秒針は1秒ごとに一致させることはできない。1秒おきに交互に刻む必要があるのだ。
それはそれでいいのだ。しかし片方の主ゼンマイのパワーリザーブが尽き、もう片方の主ゼンマイが少し残っていた場合、ふたつの秒針は完全にずれてしまう。そうなれば、2本の秒針は完全に狂ってしまう。
レデラー氏はその可能性を嫌った。
「そこで、ムーブメントの構造を変えて、ふたつの針がずれることなく、あるべき姿に収まるようにしたのです。時針と分針を動かすルモントワールのなかに、小さな機構を作り、それを配置しました。もしエネルギーがなくなると、小さなバネが飛び出してきて、テンプをブロックしてしまうのです。このルモントワールが巻き上げられなくなった瞬間、時計は動きを止めます。このルモントワールがその役割を果たす限り、時計は動くのです」。
このように、Cal.9012に搭載された一対のルモントワールは、セントラル インパルス クロノメーターがどんなことがあっても精度にこだわり続けるための、非常に複雑で入り組んだ保険と見ることができる。
ウィッチ(Witschi)とは、時計のビートエラー、精度、振幅などを計測するための装置だ。時計メーカーやコレクターは必ずと言っていいほど持っている。スイスレバー脱進機を使用している時計であれば、素晴らしい装置だ。
レデラー氏の場合は、セントラル インパルス クロノメーターの時計から発せられる多様な音のために、ウィッチのタイムグラファーを使用することができない。5秒間隔で、ルモントワールが解放され巻き戻るときのうなり声や、“メトロノーム”が二重脱進機に噛み合う音などが常に鳴り響くからだ。ファンキーな音色を奏でる時計。それに対し、ウィッチはどうすることもできないのだ。
そこで、Cal.9012を正式にテストするために、レデラー氏はドイツのハイルブロン大学を訪れ、独自の高精度レーザー装置を用いて、ガンギ車のスポークがビームを遮る速さを正確に追跡し、動作周波数を証明することに成功した(ちなみに、セントラル インパルス クロノメーターの振動数は2万1600振動/時で、ダニエルズのスペース・トラベラーより少し速い程度だ)
私は、この時計がどんな音なのか興味があった。そこで、レデラー氏にこの時計について説明してもらった。チクと音がするのか? タクと鳴るのか?
「説明しづらいですねぇ。実際に聞いてみないとわからないでしょう。でもスイスレバーとセントラル インパルスの音を聞き比べれば、その違いがわかるはずです。その違いを表現するのは私の能力を超えていますけどね」
ベルナルド・レデラー氏のセントラル インパルス クロノメーターは、RGまたはWGケースで、25本ずつ生産されます(希望小売価格:12万8000スイスフラン、約1785万円)。
ベルナルド・レデラー氏とセントラル インパルス クロノメーターについて、詳しくはこちらでご覧いただけます。