アンティークウォッチを含めて国産時計が海外でも注目を集めている昨今、ついにシチズンから衝撃的な世界戦略モデルが発表された。ラグのないブレス一体型ケースの面構成や、国産では珍しい筋目の強いヘアラインとミラーによるシャープな仕上げ、ダイヤルのイーグルマークなど、往年の機械式時計黄金期に見られるアイコニックな意匠を随所に投入した「ザ・シチズン メカニカルモデル キャリバー0200」である。好事家ならずとも、腕に着ければ自然に気分が上がってくるに違いない。光を受けてきらめく外装の質感と存在感は、さすがシチズンを牽引するコレクションと言える。
2010年以来となる新型の自動巻きCal.0200は、既存の延長線ではなく、全くの新設計だ。長期にわたって高精度を維持しやすいフリースプラングテンプや、LIGA工法を用いて部品精度を高めた脱進機を採用するなど、ハイレベルな仕様で約60時間のパワーリザーブを誇る。傘下に収めたスイスのラ・ジュー・ペレ社(LJP)との技術交流によって培った知見を昇華させ、審美性も高められている。シチズンの“新章”を予感させる、まさに出色の出来映えだ。
シチズンが誇る設計思想と部品加工技術に、ラ・ジュー・ペレ社の技が加わり、日本とスイス両方の時計文化が薫るCal.0200が誕生した。精度はクロノメーター規格を超える平均日差-3秒~+5秒を実現し、美しい面取りなど装飾がなされた。
世界の時計ブランドに、機械式とクォーツ式の汎用ムーブメントを供給している世界最大手のひとつが、じつはシチズン グループであることをご存知だろうか。コストパフォーマンスに優れた機械式Cal.82系は40年以上前から継続販売されており、およそ30年ぶりの新型機械式となった2010年のCal.09系は、その上位機種にあたる。さらに11年を経て今回発表されたのが、シチズンにとって歴史的なチャレンジとなるCal.0200である。
外装に70年代風の懐かしいデザインコードを散りばめながらも、ザ・シチズン メカニカルは特定のアーカイブを復刻したものではない。完全な新作として果敢に攻めたモデルなのである。目指したのが“工芸品としての最高”ではなく、身に着ける人の人生に寄りそうことができる“工業製品としての最高”という点だ。市民に愛されるよう願いを込めて、最初の市販モデルに「CITIZEN(市民)」の名を与えた1924年当時と同じく、新たな国産機械式時計の楽しさを広く体感してもらうため、現代のシチズンが試行錯誤の末にたどりついた“次世代への第一歩”なのである。
機械式黄金期から続くシチズンの血統を感じます
– antique mecha BQ 本田義彦氏シチズンの前身となる尚工舎の初号機「16型懐中時計」(1924年)を原点に、シチズンは数多くの時計を世に生み出してきた。1956年に国産初の耐震装置「パラショック」で“技術のシチズン”を世界に示し、1958年初出の「デラックス」は国産史上初の販売100万個を突破する大ヒット作となった。そして当時の高精度技術を集大成したのが、「いまでもアンティーク市場で人気の高い“シチクロ(シチズン クロノメーター)”です」と語るのは、国産時計をメインに扱うアンティークウォッチサイト「antique mecha BQ」のオーナーにして時計愛好家の本田義彦氏だ。
「シチクロは、シチズン初の“スイスクロノメーター優秀級”相当のレベルに仕上げた傑作で、当時のサラリーマン初任給の2倍以上となる2万5000円~2万8000円の価格設定でした。現在のアンティーク相場は30万円台後半ですが、常に入手困難となっています」
コストを度外視して最高を目指したシチクロに対して、量産ベースのアプローチに軌道修正したのが、「1967年に登場した“シチズン クロノマスター”です」と本田氏。「重厚で風格のあるデザインと高精度を誇るフラッグシップの血筋は、1971年に登場した毎秒10振動の“レオパール ハイネス”や“グロリアス シチズン(GC)”に受け継がれ、今回の新作“ザ・シチズン メカニカルモデル キャリバー0200”へと続いていくのです」
だが、1973年に誕生したシチズン初のクォーツモデル(後にクリストロンと改称)によって、シチズンのハイエンド機械式時計の系統は2010年までいったん途切れることになる。
傘下のラ・ジュー・ペレ社との技術交流による、スイス時計との融合
2012年にシチズンが傘下に収めたスイスのラ・ジュー・ペレ社は、1980年代に創業し、他ブランドにもムーブメントを供給する著名なスイスのムーブメント企業である。また、“1モデル1キャリバー”の方法論で知られる高級時計ブランドのアーノルド&サンも保有し、その独創的で美しい輪列や複雑機構を含めて、各モデル専用のムーブメントを自社製造している。
シチズンは株式を取得して以降もラ・ジュー・ペレ社のやり方に口を出さず、互いに尊重し合う良好な関係を築いてきた。実際に両社の技術者が行き来して、積極的な技術交流も行われている。ラ・ジュー・ペレ社を通してシチズンはスイス時計の仕上げのレベルを体感し、そのノウハウを蓄積してきた。地板や受けの装飾はラ・ジュー・ペレ社が行う一方、一見スイス製と見紛うようなテンプや歯車の仕上げ、ネジの磨きなどは高いレベルを目標にシチズンが独自開発したものだ。
工業製品としての審美性を追求した、「手に取れる最上品」Cal.0200
休日にシースルーバックからCal.0200をゆっくりと眺める時間は、オーナーに格別な喜びを与えてくれるに違いない。装飾の美しさはもちろん、ムーブメント全体の世界観まで考えながら設計したという歯車のレイアウトは、結果的に2番車を中心に置き、大型の香箱から6時位置の4番車へと続くスモールセコンド輪列となった。
本田氏も時計愛好家ならではの視点でスモールセコンドに注目する。
「1960年代のシチズン機械式時計は、系統立てて進化したというより、技術的にできることに挑戦した時代。結果的に“シチズン、面白いね”と、その実力をファンに認知させました。ただ、当時は中3針が人気でしたが、1950年代まではスモールセコンドが主流。ちょっとしたトレンドの行き違いによっては、1960年以降の機械式黄金期もスモールセコンドが中心になっていた可能性もある。今回の新作を見て、そんな“もう一つの歴史”が思い浮かびました」
本機の製造工程においては、シチズンが設計と組み立て、部品製造は同社とラ・ジュー・ペレ社のそれぞれのノウハウを最大限に活用し役割分担されている。この斬新なスキームで作り上げたザ・シチズン メカニカルモデルが、日本を代表する高級時計として定着するのは間違いない。願わくば、今後も華美な装飾に向かうことなく、日本人好みの凛とした骨太の美しさを維持して欲しい。厳重なケースにしまっておくのではなく、いつでも手が届くよう机の上に置いておきたくなる、そんな“日常の最高級”のままに。
Photographs:Fumito Shibasaki(2S) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Takahiro Ono Special Thanks:Yoshihiko Honda