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Core in the Standard: カシオブランドの根幹をなす時計たち

10年売れ続ける時計を作ること。このシンプルな目標のもとに生み出されてきた時計はやがて世界的ベストセラーとなり、カシオの時計製造そのものを形作っていった。かつてブランド名すら持たなかったスタンダードジャンルは、カシオの時計製造に求められる普遍的な価値を体現し続けている。 #PR

カシオにはG-SHOCK、オシアナスなど確固たるコンセプトのもと企画されるブランドのほかに、近年まで“明確なブランド名”を持たないまま展開されてきた時計たちが存在する。時計店よりも家電量販店やホームセンターで見かけることが多いそれらの時計は、カシオ社内において“カシオ スタンダード”、“スタンダードジャンル”と呼ばれてきた。本稿ではそれを踏まえ、スタンダードジャンルの名称で語っていきたい。

 その始まりは、1974年にカシオが初めて時計事業に参入し、世界初のオートカレンダーを搭載したカシオトロンをリリースしたころにまで遡る。誰でも手に取れることを是とした「安価で壊れにくい時計」は学生のファーストウォッチとして、発展途上国でのステータスシンボルとして、さらにはセレブリティのセカンドウォッチとして長い時間をかけて浸透してきた。ローマ法王やバラク・オバマ元米国大統領、ビル・ゲイツ氏といった著名人の愛用例も知られるところだ。近年は日本の若年層のあいだでも“チープカシオ”の名で親しまれ、SNSに数多く投稿されるなど、ファッションアイコンとしても注目度を増している。

左からF-91W、A159W。ともにスタンダードジャンルにおけるデジタルウォッチとして、1989年の発表から世界で愛され続けるロングセラーである。

 カシオのスタンダードジャンルはしかし、決して保守的なものではなかった。70年代は樹脂ケース採用のF-100で金属ケースが中心であった当時の時計市場に一石を投じ、1980年にはその後のデータバンクに連なるカリキュレーターモデルであるC-80をリリース。その他、ペースメーカーや英和和英辞書、温度センサーなど腕時計としては斬新な機能を次々と実装、世に送り出していった。風防のガラスにタッチセンサーを内蔵し、手書き入力に対応した計算機能付きのジェナスリードセンサーといった時代を大きく先取りしたモデルもあった。カシオが得意とする、多機能を小さな時計に凝縮するテクノロジーこと高密度実装技術は、このときにはすでに形になっていたと言える。その後も1984年のデータバンク、1985年のFS-10(通称、PELA)などスポットで大きな話題を呼んだが、G-SHOCKやオシアナスといったメジャーブランドの陰に隠れ、表舞台で語られることこそ少なくなっていく。しかしスタンダードジャンルとしての累計販売数は極めて大きく、カシオの名を世界に知らしめた存在となった。

 海外でもその存在感は揺るぎない。展開エリアも現在に至るまでに、アジアから北米、欧州、中南米、アフリカまで、グローバルに浸透してきた。スタンダードジャンルは、カシオが旨とする実用性と堅牢性、そして低価格という価値が、時計に求められる普遍的な基準であることを示しているようでもある。

1984年にはデータバンクが登場。計算機を時計に組み込んだ、カシオらしい発想が光る。

1985年発売のFS-10“ペラ”。厚さ3.9mmの極薄設計で時計業界初のミリオンセラーとなる。

アナログウォッチにデータバンクを融合させた、ユニークな発想の“フリップトップ”。

アナログとデジタルを融合させた“ジェナス”。現在のヒットモデルAQ-230の元となった。

 スタンダードジャンルの多くは時代の波に飲まれて姿を消していったが、なかには30年以上にわたり現在も店頭に並び続けているモデルもある。世界中で販売されている1989年のベストセラー、F-91Wは言うまでもないが、1987年に登場したアナログウォッチMQ-24、1995年のアナログ・デジタルコンビネーションモデルAQ-230などは、流行とは異なる次元で存在し、カシオウォッチのアイコンとして認知されている。

 そして何を隠そう、MQ-24やAQ-230をはじめとするスタンダードジャンルの名品を世に送り出してきた人物こそ、“Father of G-SHOCK”こと伊部菊雄氏である。伊部氏はこのジャンルについて次のように強調する。

 「スタンダードジャンルは単なるローエンドモデルではありません。カシオの時計作りの根幹そのものです」


カシオのレジェンドが振り返る、スタンダードジャンル

初代G-SHOCK開発者・伊部菊雄氏

スタンダードジャンルがもっとも活気に満ちていた時代、商品企画部には“Father of G-SHOCK”こと伊部菊雄氏が在籍していた。G-SHOCKの開発者として知られる伊部氏は、第1次G-SHOCKブームが訪れる数年前にスタンダードジャンルの部署に移籍、以降、このカテゴリーの企画にも深く関わるようになっていたのだ。

 「当時のスタンダードジャンルは決して花形とは言えず、あまり誰もやりたがらない仕事でした。しかし、カシオは時計の世界では後発の会社です。だからこそ、他社が手を伸ばさないこの領域にこそ勝機があると考え、私は積極的にこの仕事に取り組みました」(伊部氏)

 しかし、異動後しばらくは模索が続いたという。「ブランド名もコンセプトもなく、あったのはスタンダードという呼び名だけ。そこでまず、取り組むにあたって『最低でも10年売れ続ける時計を作ること』という明確な目標を設定したんです。その実現のために導き出したルールは3つ。第1に高品質であること。第2に誰でも買える価格であること。そして第3に、いつの時代でも好まれる普遍的なデザインであることです」。伊部氏が導き出したこの3つのルールが、その後のスタンダードジャンルの基本理念となっていった。

伊部氏が手がけたMQ-24をはじめとする、1980〜90年代のカシオウォッチ。

 しかしいざ着手したところ、製品の“価格”が最大の壁となって立ち塞がった。「当時のカシオウォッチの中心価格帯は、1000円から高くても3000円ほど。そのため、原価管理が非常に厳格で、『3円までは許容できても、5円のコストアップはダメ』といったギリギリの制約下でデザインや設計をまとめなければなりませんでした。資材調達部門と衝突することもしばしばで、このままでは思うような時計作りができないと思っていたときに、偶然にも資材部門の仕事を兼任することになりました」

 こうして商品企画と資材調達の両輪を担う存在となった。「海外の部品メーカーとの取引を拡大してもらい、大幅なコスト削減を実現しました。しかし私に取って大きな収穫だったのは、部品のコスト構造や調達の実情を深く理解できたことでしたね」。いかに少ない追加コストで機能を付加できるか。このノウハウは新モデルの企画に生かされ、スタンダードジャンルの成功を支える礎となった。

 その当時の伊部氏のスタンダード哲学は、時計というプロダクトと向き合い、必要な要素だけを残してそれ以外を削ぎに削ぐことにあった。「安いだけの時計では、いずれ飽きられて売れなくなるでしょう。売れ続けるためには時代やトレンドを超越した普遍的なデザインである必要があります。そこでデザインの流行を追うのをやめ、身のまわりにある電化製品や日用品などを観察しながら、10年後に残るデザインとは何かを考え続けたのです」。そして辿り着いた結論は、シンプルこそが真実であるという事実だった。「デザイナーは斬新なデザインを提案してくれるのですが、それが10年後も残るかというと、なかなかそうはなりません。今、格好いいと思えるものは長くは残らない。多少野暮ったくても構わない。機能をそのままデザインに起こしたような、無駄のない製品がスタンダードとして残る可能性が高いという結論に至ったのです」

極限まで要素を削ぎ落とし、アナログウォッチとしての機能を全面に押し出したMQ-24。

 伊部氏が手がけてきたモデルのなかでも、MQ-24はその思想をもっとも端的に体現した存在だという。「無駄を徹底的に削ぎ落とし、部品点数を最小限に抑えた設計は、スタンダードジャンルの基本思想を具現化したものです。丸型ケースと3針という、極めてシンプルなデザインに視認性・軽量性・耐久性を兼ね備えました。これによりコスト削減が可能となり、価格も2000円台前半に抑えることができました」。1987年に発売されたこのモデルは、すでに40年近く売れ続けている。その事実こそが、プロダクトとしての完成度の高さを如実に物語っている。

 興味深い余談として、この徹底したコスト管理が、皮肉にも初代MR-G誕生の契機となったという。「ローエンドの時計でコストを削ぎ落とす作業を続けているうちに、スタンダードチームのあいだで“いつかは制約に縛られない時計をつくりたい”という欲求が高まっていきました。コストストレスが積み重なっていくのです。そこで思い切ってコストを度外視し、理想の時計を形にすることにしました。それが初代MR-Gでした」。現在G-SHOCKの最上位に位置づけられているMR-Gは、再結晶チタンやコバリオンといったハイテク素材、さらに山形カシオで行われる職人による研磨仕上げなどを取り入れながら成長を続けている。しかしその始まりには、スタンダードジャンルにおける厳しい制約下で培われた創意工夫の積み重ねがあったのだ。

 この逸話は同時に、スタンダードジャンルの設計がいかに過酷であったかを示すものでもある。コストの縛りを受けながら、高耐久かつ高機能な時計を作り上げることは、熟練の企画者にとってさえ容易ではなかったと、伊部氏は振り返っている。

1982年のジェナスをベースに、伊部氏が手がけたデジタル・アナログコンビネーションモデル。クラシカルなデザインが特徴的だ。

AE-1000W。本モデルも伊部氏と企画メンバーが企画したものだ。ワールドタイムをはじめとする、デジタルウォッチに求められる機能を全て搭載したコンプリートウォッチとして企画された。

 今回の取材では、伊部氏とともにスタンダードジャンルを支えてきた商品企画部の衣笠 裕(ゆたか)氏にも話を聞くことができた。1986年に入社し、設計部門を経て1988年に商品企画部へ異動。以来30年以上にわたって、伊部氏とこのジャンルを担当してきた。

 衣笠氏もまた、当時のカシオが国内の時計市場で後発的存在であったことを鮮明に覚えている。「私がスタンダードジャンルに携わり始めたころは国内での販売は低調で、一部で“落ちていても拾われない時計”と言われるほどでした。ところが出張で訪れたシンガポールでは、まったく逆の光景を目にしたんです。現地の市場ではF-91Wが袋詰めされた束の状態で売られていて、旅行者や行商人がまとめ買いして自国へ持ち帰るんです。所得の低い国々では型番そのものがブランド化し、数カ月分の給料を投じてでも欲しいと思うステータスシンボル的な存在だったんです」

左は衣笠氏がF-91Wにアレンジを加えたF-94WA、右のF-91Wと比べ、表示部右肩のサークルが加わったことでデジタル感が強調されている。

6時位置の“LIGHT”ボタンが明確に機能を示すイージータッチ。発表時には、社内から「こんなに大きな時計が売れるのか」という反発もあったという。

 この経験は衣笠氏に時計を作る意義を強く感じさせた。以後は企画に没頭し、90年代にはイージータッチを世に送り出した。「10年後も残るデザインを自分なりに考えたモデルです。最大の特徴であるELバックライトを強調するため、思い切って正面に大型ボタンを配置しました。押しやすく、手袋を着けたままでも使える実用性の高さが支持され、世界的なヒット商品になりました」(衣笠氏)

 スタンダードジャンルはコストをギリギリまで削減した時計であるがゆえに、カシオの他ブランドのように広告に頼れない。「売り場に並んでいるその姿だけで、アピールしなければなりません」と衣笠氏も語る。しかしその代わりに、時計そのものが特長を語るデザインを追求した結果、イージータッチもまた30年以上売れ続けるロングセラーとなった。機能をデザインで示すという伊部氏のデザイン規範を、衣笠氏は別の視点からプロダクトに落とし込んだのである。

伊部氏と長い時間をともにしてきた、時計BU商品企画部第二企画室・衣笠 裕(ゆたか)氏。

 伊部氏はその後、スタンダードジャンルを続けながらも2004年の初代オシアナスことOCW-500、2015年のバーゼルワールドでお披露目されたドリームプロジェクト第1弾である金無垢G-SHOCKを手がけていく。「もちろんそれらのプロジェクトも簡単なものではありませんでしたが、ブランドとしての指針もないなかで低価格、高機能な“最低10年売れる時計”をずっと作り続けてきた経験は確かに生きていました。オシアナスにもG-SHOCKにも、きちんとコンセプトがありますからね。スタンダードジャンルで培ってきた設計思想を、それぞれのブランドにアレンジしてどう落とし込んでいくか。その価格帯に見合う価値を提供できているかを、常に考える。そういった意味で、スタンダードジャンルはカシオブランドの企画にあたり根幹を担うものになっているのだと思います」(伊部氏)

カシオブランドに受け継がれるスタンダードジャンルのスピリット

G-SHOCK DW-5000R。初代であるDW-5000Cのフォルムを現代に忠実に蘇らせた2024年のモデルである。そのフォルムのルーツを辿っていくと、スタンダードジャンルの初期にみられた8角形のデジタルウォッチに行き着く。

カシオ計算機 時計BU商品企画部長であり、チーフプロデューサーを務める齊藤慎司氏もまた、伊部氏のスタンダード・イズムを継承する人物のひとりである。1998年に入社後、BABY-Gのモジュール開発を担当。2000年からスタンダードジャンルに参加し、約8年間にわたって海外市場向けのモデルを中心に企画を手がけてきた。現在は商品企画部の部長として、G-SHOCKやMR-G、オシアナスといった上位ブランドも統括している。

 「伊部さんから言われていたのは単純明快、“強い時計を作りなさい”ということでした。強い時計とは、ショーケースに置かれただけで、ユーザーに魅力を訴えることができる時計のことです」(齊藤氏)

 当然ではあるが、齊藤氏もスタンダードジャンルを手がけるうえでコスト削減という壁に直面した。「当時のスタンダードジャンルは主に海外市場向け。北米ではウォルマートなどの大型量販店で19ドルや29ドルといった価格帯で他社と競争しなければなりませんでした。実際、数百円単位の価格差で売り上げが大きく左右されるんです。コストを1円単位で詰め、液晶の大きさやボタンの押しやすさ、文字盤の表記など、時計そのものが商品力を語るよう工夫しました」。こうして誕生したもののひとつに、タイドグラフ機能を搭載したFT-100Wがある。サーファーでもある齊藤氏にとって、思い入れ深い一本だ。「潮の満ち引きを示す機能は、サーフィンや釣りに役立つだけでなく、グラフィカルな表示によって時計に独自の個性を与えることに成功しました」と振り返る。

2004年に発売された初代オシアナス、OCW-500。伊部氏の企画。

 齊藤氏がスタンダードジャンルで学んだのは、限られた条件下で最大の価値を提供する姿勢だった。「その考え方は、オシアナスやエディフィスといった高価格帯のモデルの企画にも生かされています。ともに数万〜数十万円レンジのプライシングが許されるブランドですが、必要なのはその価格に見合う価値があるかの実証です。特にオシアナスにおいては、高密度実装技術による薄型化や電波ソーラー、チタン素材やDLC加工など、他ブランドにはないポイントと“なぜ高いのか”を明確に説明できる時計作りを常に心がけてきました」

 現在、氏のチームではその理念を共有した企画者達が在籍しており、ブランドを横断しながらプロダクトへと落とし込んでいる。

OCW-S7000D。標準電波受信機能、スマートフォンリンクなど各種機能を搭載しつつ、カシオが誇る高密度実装技術により9.5mmという薄さを実現している。

 その哲学はいまや100万円を超えるモデルも擁するG-SHOCKの最高級ライン、MR-Gにも受け継がれている。「今でこそ数十万円の時計も珍しくないMR-Gですが、その始まりは数万円のフルメタルウォッチでした。しかし当時はそれでも、一部から高すぎるという声も挙がっていたのです。そのため、単に高いだけの時計にはならないようにと考えています。ハイテク素材を駆使したフルメタル外装や国内(山形カシオ)での生産、ケースパーツを細分化しての研磨など、どのモデルにも価格に見合う価値を確実に盛り込んでいます」。筆者の目から見ても、MR-Gは初号機である“5000”の再現や希少な伝統工芸との邂逅、他分野からのハイエンドマテリアルの導入などにより、少しずつ、しかし確かにブランドとしての価値を高めてきたように思う。10万円、20万円から数十万円に至るまで、確実にプライスレンジは上がりつつも、高すぎる、と感じることはあまりなかった。この価格に対する納得感、誠実さには、先にインタビューを行った伊部氏のマインドが息づいているように感じた。

左からMRG-B5000B、MRG-B2100D。ともに49万5000円、57万2000円(ともに税込)とG-SHOCKに対する既成概念を覆す価格帯ながら、素材、作り、機能の面で明確な価値を提示することで確かな支持を得ている。

「G-SHOCKが“陽”なら、スタンダードジャンルは“陰”の存在かもしれない。でも、それでいいんです」。伊部氏はインタビューにおいてこう語ってくれた。1990年代、出張で訪れた東南アジアで目にした光景が忘れられないと氏は言う。現地の労働者がF-91Wを巻いていたが、バンドが壊れてしまったのか、針金で手首に固定していたのだ。「私は壊れても惜しくない、買い替えも容易な時計を作っているつもりでした。けれど、実際には、ずっと手放したくないと思ってくれる人もいる。そういう人たちを裏切ることはできません。品質も価格も決して妥協できない、と強く感じました」

  カシオは時計の分野では後発だった。だから、我々しか生み出せない時計を作らなければならなかった。3人はこの点においてまったく同じ意識を持っていた。カシオの時計に人々が惹かれるのは、そんな時計作りへの真摯な姿勢が一本一本の時計から伝わってくるからだろう。スタンダードジャンルの歴史はまるで一本の樹木のようである。伊部氏が確立した時計作りは大地に根を張り、衣笠氏と齊藤氏らによって幹は力強く成長を遂げた。やがてその養分は脈々と枝へと広がり、G-SHOCKやMR-G、オシアナスという果実を実らせたのだ。“10年売れ続ける時計を作る”という目標から始まった究極の実用時計は、今なお進化を続けながら、カシオの根幹を支え続けている。スタンダードジャンルはきっと、100年後もカシオの時計作りのシンボルツリーであり続けていることだろう。


G-SHOCK MRG-B2100D-1AJR / OCEANUS OCW-S7000D-7AJF 

MRG-B2100D-1AJR
57万2000円(税込)
直径49.5mm、厚さ13.6mm。チタンカーバイト処理を施した64チタン製ケース、コバリオン製ベゼルトップ、バンドはDAT55G製。マルチガードストラクチャー構造。20気圧防水、JIS1種耐磁性能。タフソーラー、標準電波受信機能(マルチバンド6)、フルオートカレンダー、針位置自動補正機能、パワーセービング機能、LEDライト(スーパーイルミネーター)、Bluetooth®によるモバイルリンク機能搭載。時計の詳細はこちら

OCW-S7000D-7AJF
19万8000円(税込)
直径47.5mm、厚さ9.5mm。ケース、バンドはチタンカーバイト処理を施したチタン製、サファイアガラス製ベゼルインサート。10気圧防水。タフソーラー、標準電波受信機能(マルチバンド6)、フルオートカレンダー、ストップウォッチ、針位置自動補正機能、パワーセービング機能、バッテリーインジケーター表示、Bluetooth®によるモバイルリンク機能搭載。時計の詳細はこちら

Photos:Tetsuya Niikura Styled:​Eiji Ishikawa(TRS) Words:Ryota Osujo