今でこそ、マイクロメゾンが多くの愛好家の注目を集めているが、約20年前は全く状況が異なっていた。歴史ある多くのブランドが、巨大コングロマリットの傘下に入り、資本の集約が進む一方で、テクノロジー面では携帯電話からスマートフォンへと移行する成熟期であり、時刻を確認する道具として腕時計が必要なのかという議論が生まれていた。高級時計を取り巻く環境が先行き不透明な時代にあって、2005年に新たな時計ブランドを立ち上げたのが、当時21歳だった実業家のサスーン・シルマケスと、プロダクトデザイナーのアントニオ・テラノヴァであった。両者はスイスの伝統的な時計技術と未来的なデザインを融合させるという挑戦的なコンセプトを掲げ、時計ブランドの名称を、ラテン語で“時の守護神”を意味する 「CVSTOS(クストス)」とした。
クストスでは、“ハイテク”“スポーティー”“エレガンス”“プレシャス”という4つの価値を重視しており、その価値観は、6つのコレクションに反映されている。
独自開発の4つの香箱を用いた構造や、世界初のハイビートダブルトゥールビヨン(2万8800振動/時)などウォッチメイキングの限界に挑む「コンプリケーション」、プライベートジェットの構造美と機能美を表現した軽量ケースの「ジェットライナー」、ヨットやクルーザーのデザインを取り入れ、ダイヤルにチーク材を用いる「シーライナー」、チタンやカーボンなどの先端素材を用い、スケルトンダイヤルで迫力を加える「クロノ」、F1マシンの思想をスピード感や構築美として結実させた「レーシング」。そして都市から着想を得た幾何学的なブリッジが特徴の「メトロポリタン」。これら6つのコレクションを通じて、クストスは一貫してチャレンジというメッセージを掲げ、実際にハイテク素材や大胆で美しいムーブメント、さらには磁石を使った秒針の構造など、独創的な提案を続けてきた。その結果、ブランド発足から21年を経た現在、スイス時計界に確固たる地位を築いている。
新たなチャレンジが始まる
クストスにとって、チャレンジを続けることは、息をするように自然なことだ。だからこそ、時計づくりの表現領域を広げる新たな挑戦に乗り出した。
このブランドはすでにモータースポーツ分野でのコラボレーションやアスリートたちとの協業を通じて、新たな機構や構造にチャレンジしてきたが、今回はアート領域に進出。日本人アーティストの青山哲士氏を抜擢し、時計をキャンバスとした。
アーティストの青山氏は、アルバイト生活の傍らで、彫金技術を独学で習得し、自身が手がけたアクセサリーを販売するショップをオープン。順調にファンを獲得していたが、自分の夢に挑戦するためにアクセサリーショップを閉店し、アーティスト活動に専念するようになったという異才の人物である。
青山哲士(アオヤマテツジ)
1971年、愛知県生まれ。アーティスト。26年間ジュエリーデザイナーとして活動したのち、画家になる夢をかなえるため、2019年から独学で絵画制作を開始。作品は1960〜70年代の映画や音楽に着想を得ており、鮮やかな色彩とポジティブなメッセージを特徴とする。2020年、全国放送の大型テレビ番組のアート企画で高い評価を受けたことをきっかけに注目を集める。以降、国内外で精力的に作品を発表し続けている。
「普段、私は大きなキャンバスに向かって作品を描いています。その作品が、腕時計の小さなダイヤルの中に入る。そう聞いたとき、どのような仕上がりになるのか、すぐには具体的に想像できませんでした。でも、想像できないからこそおもしろいと感じました。大きな作品が、小さな時計の中でどんな表情を見せるのか。絵画として見ていたものが、手元で時を刻む存在になったとき、どのように変わるのか。そこにこのコラボレーションならではの魅力を感じたのです」と青山氏は語る。
自分の作品が時計という新しいフィールドでどう変化していくのか、その過程も含めて楽しんだという青山氏だが、時計でアートを表現する際には、自身のキャリアが役立ったという。
『時の守護神』
「絵画は部屋や空間のなかで存在しますが、時計やジュエリーは、もっと身体に近い手元や指先にあり、その人の動きや服装、日々の時間と一緒に存在していくものです。身に着けるものなので、主役になりすぎてはいけない。けれど、控えめなだけでもおもしろくない。その人の一部になりながら、どこで自分らしく主張するのか。そこにジュエリーづくりと近いおもしろさを感じました。この時計はアートとジュエリー、そして機械式腕時計が重なったような感覚があります。絵画としての色彩やメッセージを持ちながら、身に着けるものとしての存在感もある。そこに、この腕時計ならではのおもしろさがあります」
チャレンジ ジェットライナー “アート” テツジ アオヤマ
世界限定30本(11月1日発売予定) 396万円(税込)
画家・青山哲士とのコラボレーションモデル。原画『時の守護神』に描かれたモチーフをダイヤルや針など随所に振り分け、時計のディテールに合わせて再構成している。作品の世界観を腕時計全体で新たに表現した。SSケース。ケースサイズ縦53.7mm、横41mm。100m防水。自動巻き(2万1600振動/時、約42時間パワーリザーブ)
このチャレンジ ジェットライナー “アート” テツジ アオヤマの製作では、まず青山氏がキャンバスに原画を描いた。クストスはそれをそのままダイヤルに移すのではなく、時計のダイヤルとして仕立て直している。キャンバスに描かれた作品の世界が、今回は小さなダイヤルのなかに凝縮されているのだ。だからこそ青山氏は、原画となるアート作品『時の守護神』に“時”という魂を宿らせることを意識した。
「腕時計のダイヤルは、とても小さな世界です。大きなキャンバスに描いた作品をそのまま小さくするだけでは、作品の力は伝わりにくい。だからこそ、形が変わっても作品の中心にある想いは残したいと考えました。原画の『時の守護神』に込めたのは、時間を大切にしてほしいという想い。時間をどう使うかで、人生は大きく変わります。今日という時間をどう過ごすのか。今という瞬間をどう未来につなげていくのか。そのことを時計を見るたびに少しでも感じてもらえたらうれしいです」
「もうひとつ大切にしたのは色彩です。私の作品にとって、色はとても大切な要素です。色には人の気持ちを明るくしたり、人生を華やかにしたりする力があると思っています。小さなダイヤルの中でも、その色の力を残したかった。手元で時を刻む時計として、身に着ける人の1日を彩るような表現にしたかったのです」
自分自身を前進させる時計
青山氏が描いたアート作品『時の守護神』は、チャレンジ ジェットライナー “アート” テツジ アオヤマとして時計のダイヤルになる際に、時・分針が加えられた。手をかたどった短針は運をつかむことを、そして稲妻をかたどった長針はひらめきや刺激を表現しているという。
「人生には、たくさんの運が転がっていると思っています。よく“運をつかむ”と言いますが、その運をただ待つのではなく、自分でつかみにいくことが大切だと思うんです。稲妻のようなひらめきがあり、その力によって運をつかみ人生が動き出していく。時計の針が回り続けるように、人の時間もまた少しずつ動いていきます。機械式腕時計は、人が身に着けることで動き、時を刻んでいきます。そこには人の鼓動や動きとつながっているようなおもしろさがある。時計を見るたびに、運をつかむことやひらめきを受け取ることの大切さを思い出してもらえたらうれしいです」
ベースとなるチャレンジ ジェットライナーは立体的な造形のケースや軽やかなスケルトンダイヤルなど、機械式時計としての魅力に富んでいる。そこにアーティスティックなダイヤルを組み合わせることで、ハイテクやスポーティーといったクストスの世界のなかに新しい表情が生まれている。
このチャレンジ ジェットライナー “アート” テツジ アオヤマは、誰からも愛されることを目指したものではない。アート作品と同じように誰かの心を揺さぶり、チャレンジする気持ちに火を付ける。それでいいのだ。
いまや時刻を知るためだけの実用品ではないからこそ、手元に収まる腕時計には、ある種のメッセージ性が宿る。チャレンジ ジェットライナー “アート” テツジ アオヤマは、自分の時間を少し前向きに動かし、チャレンジしたいという思いに応えるもの。そして自分らしい人生という時間を刻むものでもある。それこそが、現在の高級腕時計に求められている本当に大切なことなのかもしれない。
Photos:Hironobu Maeda(Watch Images) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda