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Cars シトロエン 2CVコンセプト発表。“移動の自由”を創った名車が、現代のクルマ社会に提示するアンチテーゼ

10月半ばもパリで開催された世界最大級の国際自動車見本市、「モンディアル・ドゥ・ロート」において、シトロエンが「2CVコンセプト」を発表した。フランスの国民車たる2CVの再来自体がニュースであることに加え、2年後に約1万5000ユーロからの価格で市販を目指すとあって耳目を集めている。

HODINKEE Japanでは2026年10月30日(金)から11月5日(木)まで、Car & Watch Week 2026としてクルマやそれに関する時計に焦点を当てた特集を公開している。このウィークのために用意した新規取材記事をサイト上で毎日配信していく予定だ。すでに公開されたコンテンツについてはこちらから確認してほしい。

2026年10月、シトロエンの膝元たるフランスはパリで発表された「2CVコンセプト」は、自動車業界に大きな話題を提供しただけでなく、久々といっていいほどポジティブなインパクトを与えた。奇妙に聞こえるかもしれないが、シトロエンは決して過去の2CVを現代に蘇らせようとしているのではない。オリジナルの2CVが備えていた価値観を、現代の求めに応じて再び問いかけるからこそ、2CVであるというのだ。

 いつごろから、2CVを再びとり上げるプロジェクトは動いていたのか? シトロエンの開発陣に訊ねたところ、2025年初頭から2CVを復活させたいという案が上がってきて、同年5月に元々シトロエンのマーケティング部出身ながら、2010年代にフォルクスワーゲンのフランス法人に移籍していたグザヴィエ・シャルドン氏がトップとして舞い戻り、オリジナル2CVの精神により近づける方向で開発要件を調整したという。それは欧州車に定着してきた「ネオ・レトロ」的手法に、異なるアプローチを試みるというものだった。 

 オリジナルの2CVは、合理的で無駄のない設計が転じて魅力的でもあった。そこを規範に今の時代にふさわしい一台として、シトロエンのチーフデザイナーであるピエール・ルクレルク氏は、オリジナル の3.85mよりも約10cm短い全長3.76mという体躯に使い勝手の簡便さと手の届く電動モビリティを表現した。乗員を乗せては、様々な荷物を運ぶこともでき汎用性の高さと実用性、これらを通じて軽快に移動の自由を享受できること。しかも路上で走らせたなら、並ぶもののない快適性をも提供しなければならない。そこが「2CV」のコンセプトなのだ。

 大衆車をアイコン化するのと、アイコンとなる大衆車を作り出すことは、ニワトリと卵のどちらが先かと同じで、微妙に意味が違う。2CVコンセプトの市販化とは、昔日の2CVを成功に導いた考え方を今の時代に再現することであり、シンプルで容易な電動モビリティが生きる歓びを新たにする、そんな特別な存在こそが2CVであるとシトロエンの開発陣は述べる。これは2年後の2028年いっぱいを目途に、1万5000ユーロからで車両価格の100%電気自動車として市販化を目指すという、野心的なプロジェクトでもある。ベースとなるプラットフォームについての明言は避けられたが、欧州Aセグメント(もっとも小さなカテゴリー)として今日の規制や衝突安全基準に基づいた電気自動車になるとのことだ。


極限の合理化の末に誕生した、自由の象徴

2年後の市販化を目指すという目標は、シトロエンとしてはきわめてロジカルに設定したアジェンダでもある。というのもオリジナルのシトロエン2CVがパリで発表されたのは1948年10月、グラン・パレにおけるサロン・ドゥ・ロートモビルで、ちょうど78年前のことだ。必要最低限の鋼板プレスで構成されたボディは、こうもり傘に4輪を備えたようだと揶揄され、展示車の前に集まった人々はほとんど失笑を禁じ得なかったというが、それこそフランスの人々の韜晦(とうかい)趣味というものだ。大衆の多くが未だ経験していなかったモータリゼーション、つまりエンジンによる移動や運搬の自由が確保された生活を予感させる存在として、2CVは初めての国民車として熱狂を集めることになった。

1966年に撮影された、シトロエン 2CVのプロモーション写真。Photo by Hulton Archive/Getty Images

 オリジナルの2CVは戦後の大衆車と思われやすいが、その元になったTPV(Toute Petite Voiture 、ごく小さな車という意味)計画は1930年代に着手されていた。TUVと並行してシトロエンはTUB(Traction Utilitaire type B、前輪駆動の実用積載車タイプBの意味)という開発プロジェクトをも進められ、1939年に市販された。戦前、フランスの自動車産業はドライエやドラージュ、ブガッティやタルボといった高級車やスポーツカーの存在感が大きく、シトロエンは当時、フランス最大の自動車メーカーだったとはいえルノーやプジョーらと同じく、大衆車と呼べるものはまだなかった。大型もしくは中型車を自営業者が入手し、平日は荷物運搬車両に、週末は3列シート化して家族を乗せる「コメルシアル」がそれに近い存在だった。

1948年製のシトロエン 2CV初代モデル。オランダのジャーナリストが「醜いアヒル(=Ente)の子」と評したことから、エンテと呼ばれる。1973年9月30日号の雑誌に掲載された。Photo by ullstein bild/ullstein bild via Getty Images

 タイプAたる2CVも、TUBとほぼ同時に生産に移され、市販を待つばかりだったが第2次世界大戦が勃発。かくしてリブで補強されたアルミニウムのボディに前照灯は1灯、エンジン始動は手動クランク仕様といった数台の2CVのプロトタイプは、パリの西方、フェルテ=ヴィダムのテストコース管理棟の屋根裏に隠された。1922~1932年にかけて、自動車による初のサハラ砂漠縦断、アフリカ大陸縦断、ユーラシア大陸横断を成し遂げたシトロエンの最新車両が、ファシストの手に渡ることは当時、是が非でも避けねばならないことだったのだ。

1950年、フランスはパリで開催されたショーに出展したシトロエン。Photo by KEYSTONE-FRANCE/Gamma-Rapho via Getty Images

 TUV計画の紆余曲折を経てオリジナル2CVは戦後に日の目を見たわけだが、その開発が推進された背景には、先述の大陸横断を完遂させた創業者アンドレ・シトロエンが没したのち、財政的危機にあったシトロエンがミシュラン傘下で立て直しを図った影響は無視できない。シトロエンとミシュランを結び合わせたのはほかでもない、債権者たる銀行だった。タイヤメーカーなら高級車よりも台数が出る大衆車の開発を、必ず優先課題として経営するだろうという読みだ。戦前の、高速道路はおろか舗装路さえもほとんど整備されていなかったフランスの広大な農村地帯をモータライズするために定められた、かの有名な2CVの仕様要件は、この辺りに端を発している。

農場の庭に停められた2台のシトロエン 2CV。Photo by Jean-Erick PASQUIER/Gamma-Rapho via Getty Images

 いわく、乗員4名を乗せて60km/hで快適に走れること。女性ドライバーでも扱いやすく運転が容易であること。帽子を被ったまま乗り込める広さであること。積載性については、サボ(木靴)を履いた農夫2名が、じゃがいも50㎏もしくはワイン樽を載せられる空間があること。またカゴに入れた卵を割ることなく、悪路を走れるほどの快適性が確保されていること。燃料消費については100km走行あたり3リッター、価格はシトロエン・トラクション(当時の最多販売モデル)以下とする等々。ちなみに1949年から本格的にデリバリーを始めたシトロエン 2CVは、世界初のラジアルタイヤを採用した市販車でもあった。たわみや変形が少なく剛性に優れ、安定した接地面や燃費が得られる特性は、大衆車という新しいカテゴリーになくてはならない特徴だったのだ。

シトロエン 2CVの生産ライン。Photo by SSPL/Getty Images

 2CVは当時のフランスの農村地域での実用性を満たすために合理性を突き詰めて開発されていたにも関わらず、都市部でも人気を得た。というのも、2CVとはフランスではエンジンの出力に応じて課税される税法上の料率クラスのことでもあった。水平対向の空冷2気筒エンジンは、当初の排気量はたった375ccで、後に425cc、435ccと徐々に出力を向上させ、最終版は602ccとなった。いずれ、冷却ラジエーターがない簡素な構成で手が入れやすいこと。また前後車軸を2本のダンパーとリーディングアームで繋ぐサスペンションによる、深々とロールする独特の乗り心地も相まって、2CVは実用的な大衆車の範囲を大きく超え、ファミリーの購買欲だけではなく、若者たちの遊び心をも刺激したのだ。

Photo by Suzanne FOURNIER/Gamma-Rapho via Getty Images

1972年より、若者向けに安価で参加できるモータースポーツとしてフランスで2CVクロスというダートレースが始まった。Photo by National Motor Museum/Heritage Images/Getty Images


大衆車は文化の一部へ。時代を超えて愛される遊び心

1955年、モータージャーナリスト・写真家であるベルナール・アンリ・カイエ所有の2CVに乗るフアン・マヌエル・ファンジオとその恋人。Photo by Bernard Cahier/Getty Images

幅広い層に浸透していった稀代の大衆車は、やがて自然にカルチャーの分野にも進出していく。F1の世界でフォト・ジャーナリストの草分けとして知られるベルナール・アンリ・カイエは、レースの週末の度、サーキットのパドックに2CVで駆けつけた。シートがそもそも取り外しやすく、キャンバストップの屋根からハンディなカメラと自身の頭を出すことが容易かつ乗り心地もフラットな2CVは、ヌーヴェル・ヴァーグやクロード・ルルーシュら、この時代の若い映画監督らに好まれた、手軽な撮影車両でもあった。

1972年公開の映画『危険がいっぱい(Les félins)』の撮影現場で、2CVに乗る名優ジェーン・フォンダ。Photo by REPORTERS ASSOCIES/Gamma-Rapho via Getty Images

 この時代、シトロエン2CVは、決して速くはないがフランス式の移動の自由を象徴する、あるいはどこにでも行けるツールだった。そのため1960年代以降のオルタナティブ・カルチャーや反骨精神を象徴する存在として、ゴーゴー族からサイケ、ヒッピーにまで好まれた。またフィクションの世界では、1964年の映画『危険がいっぱい(Les félins)』で、アラン・ドロン扮する主人公が2CVを駆って派手なカーチェイスを演じた。見かけによらず、実際には80km/hぐらいは425ccのエンジンでもストレスなく出せるのだが、いかにも速くなさそうに見える2CVで、いかに派手なカーチェイスをこなすかがキモでもあった。それを決定づけたのはフランスのコメディ王として名高いルイ・ド・フュネスの憲兵シリーズだ。シスター・クロチルドという古風な名前の修道女が2CVのステアリングを握るたび、警官たちを右往左往、あるいは悶絶させるほど爆走するシーンは、このシリーズのお約束だった。それを下敷きに、1981年には『007/ユア・アイズ・オンリー』でロジャー・ムーア演じる007がキャロル・ブーケと、スペインの山間の農村をときに転げ回りながら、悪役のプジョー504と対峙する。撮影次いでプロモーションに用いられたイエローの2CVの1台は、今もシトロエンのアーカイブ・コレクションに収められている。

1981年の映画『007/ユア・アイズ・オンリー』では、ジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)が2CVを駆る迫力のカーチェイスを堪能できる。写真は、プロモーション時の様子。Photo by Bertrand Rindoff Petroff/Getty Images

 かくしてフランスのポップ・アイコンとして君臨したシトロエン 2CVは、パリ近郊のルヴァロワ・ペレ工場やジャヴェル河岸の工場で、ほかにも英国やベルギーなど欧州各地、次いで南米やベトナムでOEM生産された。1990年、386万7932台目となる最後の2CVをラインアウトしたのはポルトガルのマングアルデ工場だった。1950年代のパリではタクシー・ドライバー組合が「安っぽ過ぎる」として採用を拒否したが、マダガスカルでは国民的タクシーとして長らく活躍し、今ではパリで観光タクシーとして「再利用」されているのは、どこか皮肉めいている。

1957年のパリ。助手席を折りたたんで荷物置きにできる構造はタクシーとして合理的だったが、運転手組合からの「十分な安全性が確保できない」などの猛反発に遭い、当時普及には至らなかった。Photo by Keystone-France/Gamma-Keystone via Getty Images

現代のパリの様子。市街のいたるところでタクシーとして走る姿を見ることができる。Ruy Barbosa Pinto/Gamma-Keystone via Getty Images

1963年3月6日、詩人ジャック・リゴーとその妻が2CVに乗り込み、5万kmに及ぶアジア諸国遠征に旅立つ際の写真。Photo by Keystone-France/Gamma-Rapho via Getty Images


新2CVコンセプトが提示する、現代社会へのアンチテーゼと未来

シトロエンはオリジナル2CVの時代、ハイエンドのDSと併せて、「フランスの大統領から農民まで」、あらゆる社会階層にモータリゼーションの恩恵を提供してきた。新しい2CVが目指すテーマに、電動モビリティを万人の手に届きやすいものとすることは当然、含まれるが、ただ安価な電気自動車ではないことを、2CVコンセプトは主張している。昔と同じハンモック状でも最新のアドバンストコンフォート仕上げのシートや、開口部の広いキャンバストップルーフ、脱着可能な収納バスケットといったオリジナル2CVに直接インスパイアされた装備もあれば、8インチの控えめなタッチモニターや、ダッシュボードを横断するように配されたインフォメーション表示など、ミニマルに削ぎ落とされた装備も目立つ。

 しかしやはりシトロエンが新しい2CVで示したいのは、バッテリーEVやデジタル化によるミニマルな装備やシンプルな使い勝手以上に、それらに支えられた新しくも変わらないシトロエンというフランス車ならではの「la vie à bord(ラ・ヴィ・ア・ボール、車上での生活感の意)」だろう。それはしばしば乗り心地や快適性、居住性などと混同される概念であるが、車上という動的で移動し続ける空間で過ごす、時間そのものでもある。大きく重く、複雑な機能のアドオンで価格が上がり続けるクルマに囲まれ、我々は何を見失っていたのだろうか? その回答を目の当たりにする2年後が待ち遠しい。

Photo by Blick/RDB/ullstein bild via Getty Images