trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

Watch Spotting 勝新太郎、千代の富士、長嶋茂雄―昭和の男たちが愛用した腕時計

そのほか湯川秀樹、盛田昭夫、三國連太郎、十二代目市川團十郎。昭和を彩った7人の男たちに注目。

昭和という時代を彩った人々の手首には、それぞれの個性を映し出す時計があった。今回注目するのは映画界を代表する俳優から、日本を熱狂させた大横綱、学問の世界で功績を残した科学者、そして日本を代表する企業の創業者まで、活躍した分野も歩んだ人生もさまざまだ。彼らはどんな時計を選び、身に着けていたのか。昭和を生きた7人の愛用時計を通して、その人物像と時計との関係をひも解いていく。


湯川秀樹(1907–1981)

photo courtesy: Getty Images/Bettmann

 1949年、日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹氏。素粒子の一種である「中間子」の存在を理論的に予言し、のちにその正しさが証明されたことで世界に名を残した。そんな彼が、ノーベル物理学賞の受賞発表から5日後に撮影されたと思われるポートレートで身に着けていたのは、ブランド名すら確認できない時計だ。

アメリカ軍用時計

Photo Courtesy: Lucky Loupe

 ステップベゼルやシリンジ針などの特徴的なデザイン要素から、軍用時計に詳しい人物から、エルジンのアメリカ海軍向けモデル R88-W-800ではないかとの指摘があった。軍用時計は、過酷な環境下でも正確に時を刻むことを求められた、実用性を重視する道具である。受賞前年に客員教授として渡米していたことを考えると、これは戦後にアメリカで手に入れたものだったのかもしれない。とはいえ時計の来歴や、彼がそれを選んだ理由は定かではないため、そこに本人の思想を結びつけることはできない。それでも、装飾や権威よりも、物事の本質を見つめた物理学者の姿を思えば、飾り気のない実用時計がよく似合って見える。


盛田昭夫(1921~1999年)

1988年、新製品であるWM-505の発表の場にて。photo courtesy: Getty Images/Frederic REGLAIN

 江戸時代初期から続く名家の15代当主であり、ソニー創業者のひとりでもある盛田昭夫氏。優れた技術者である井深氏が独創的な製品を生み出す一方、盛田氏はその可能性を世界市場へと広げ、ソニーをグローバル企業へと成長させた。

セイコー ワールドタイム M158-5000

photo courtesy: My Retro Watches

 そんな盛田氏が愛用していた時計のひとつが、セイコーのワールドタイム M158-5000だ(遺品にはセイコー ファーストダイバーも確認されている)。1977年に登場したこのデジタルウォッチは、当時の先進技術であったクォーツ、液晶表示、そしてワールドタイム機能を備えていた。少なくとも1981年から88年にかけての報道写真では、新製品の発表時でさえ、彼がこの時計を着用していることが確認できる。日本のみならず米国でも活躍した彼にとって、世界各地の時刻を知ることができる機能は実用的だったのだろうか。それとも単に、革新的な機能を備えた時計そのものに心を躍らせていたのか。いずれにせよ、技術革新をビジネスへと結びつけ、世界へ挑み続けた盛田氏の歩みと、この先進的な時計の姿はどこか重なって見える。


三國連太郎(1923–2013)

photo courtesy: Getty Images/Junko Kimura

 『飢餓海峡』や『釣りバカ日誌』などで知られる俳優・三國連太郎氏は、役のために自らの歯を抜いたり、台本にないにも関わらず土を口にしたという逸話も残るほど、演じることを徹底した人物だ。

日本限定1000本のブレゲ アエロナバル 3807ST/J2/SW9など

ブレゲ アエロナバル Ref.3807ST/J2/SW9。photo courtesy: udedokeisenmonten gmt

 とある取材記事によると、三國氏は90年代後半、探していた1994年登場のジャガー・ルクルト レベルソ デュオをようやく手に入れたという。一方、同じく90年代後半に「人からもらった」という当時の新作時計を着用していた。『月刊現代』の当時の連載 “貌”に映るその1本は、日本限定1000本のブレゲ アエロナバル Ref.3807ST/J2/SW9とみられる。自ら探し当てたレベルソと、人から贈られたアエロナバル。時計の出合い方には決まった形がなかった。だがどんな出合い方、どんな時計であれ、着けこなす。あるものを自分のなかに落とし込む様は、いかにも三國氏らしいと言えるのかもしれない。


勝新太郎(1931–1997)

photo courtesy: Aflo/Yoshitaka Nakatani

 長唄三味線の名門に生まれ、俳優、映画監督、歌手までこなした勝新太郎氏。1954年に大映で俳優デビューしたのち、『悪名』『座頭市』で、型に収まらない個性を開花させた。

パテック フィリップ Ref.2591/2Gなど

パテック フィリップ Ref.2591/2G。photo courtesy: ISHIDA BEST VINTAGE

 豪快で型破りなイメージが強い勝氏だが、その装いには意外なほどのエレガンスがあった。1973年の『海軍横須賀刑務所』製作発表では、ダイヤモンドベゼルを備えたパテック フィリップ Ref.2591/2Gを着用。さらにホテルでの会見ではタキシードに華奢なドレスウォッチを合わせ、妻・中村玉緒氏との会見では、グリーンダイヤルのゴールドウォッチを身に着けるなど、派手さや豪快さだけでは語れない一面が垣間見える。その27年後、2023年には、かつて勝氏が着けていたと思われる1本が、玉緒氏の手首で確認された。どのような経緯で受け継がれたものなのかは定かではないが、長い年月を経て同じ時計がふたたび姿を見せたことに胸を打たれる。残された時計やその選び方からは、型破りな人物の内側にあった、繊細で艶やかな美意識が浮かび上がる。


十二代目市川團十郎(1946–2013)

photo courtesy: Aflo/Natsuki Sakai

 歌舞伎の大名跡を継いだ十二代目市川團十郎。その肩書きだけを見れば、伝統を一身に背負った人物を想像する。しかし私生活に目を向けると、意外なほど好奇心旺盛な人だった。

Photo Courtesy: Louis Vuitton

ルイ・ヴィトン 初代タンブール

 天体観測を趣味とし、パソコンにも早くから興味を持って自らプログラムを組む。料理も好きで、魚をさばいて寿司を握ることまであったという。そんな十二代目市川團十郎が身に着けていた時計のひとつは、ルイ・ヴィトンのタンブールだった。受け継ぐべきものが山ほどある家に生まれながら、自分で見て、触って、試してみることを楽しんだ人だったのだろうか。伝統芸能の世界に生きながら、当時まだ新しい存在だった黄色い針を備えた初期型とみられるタンブールを選ぶ。そうした選択も、彼の旺盛な好奇心を思えば、どこか納得できる。


千代の富士(1955–2016)

photo courtesy: Getty Images/Fairfax Media

 「ウルフ」の愛称で親しまれ、31回の幕内優勝を果たした第58代横綱・千代の富士。土俵では鋭い眼光と鍛え抜かれた肉体で相手を圧倒したが、土俵を離れると、骨董や美術品を愛し、陶芸にも親しむ一面を持っていたそうだ。

ブレゲ クラシック トリプルカレンダー ムーンフェイズ Ref.4937Aなど

 強さを極めた彼の美意識は、腕時計にも通じている。ゴールドのパテック フィリップ カラトラバ Ref.3520、ブレゲのクラシック トリプルカレンダー ムーンフェイズ、カルティエ バロンブルー エクストラフラットなど、いずれも力強さを誇示するというより、端正で優美な佇まいを持つものばかりだ。土俵では誰よりも強く、手首には静かな美しさを。その対照が、千代の富士という人物のもうひとつの魅力を物語っている。1987年に撮影されたと思われる上写真に映る1本は、ブレスレット構造やケース形状・薄さからIWC ヨットクラブIIにも見えるが、定かではない。現在、彼が愛用した時計の一部は、ご子息へと受け継がれているという。時計の魅力は、ただ時間を刻むだけでなく、その人が過ごした時間まで次世代へ引き継げる点にもあると改めて感じさせられる。


長嶋茂雄(1936–2025)

1962年のニューヨークにて、左からロジャー・マリスと長嶋氏。日米のホームラン王が並んだ貴重な1枚。photo courtesy: Getty Images/Bettmann

 「ミスター」の愛称で国民的人気を集めた長嶋茂雄氏。数々の記録を残した野球選手でありながら、独特の言葉遣いや振る舞い、サービス精神まで含めて“長嶋茂雄”という人物そのものが愛された稀有なスターだった。現役引退後もあらゆる活躍を見せ、その華やかさは衰えることがなかった。

ピアジェ ポロ 45 クロノグラフなど

Photo Courtesy: JackRoad and Betty

 そんな長嶋氏はロレックスやフランクミュラー、セイコーアストロンなど、さまざまな時計を身に着けていたが、晩年、彼の手首で目立つようになった時計のひとつが、ピアジェ ポロ 45 クロノグラフ Ref.GOA34002だった。2013年の国民栄誉賞授与式でも着用していたこの1本は、スポーティなポロをベースに、クロノグラフやGMT、日付表示を備えた存在感のある時計だ。いかにもスポーツマンらしい時計に見える一方で、そこにはピアジェらしいエレガンスも確かにある。華やかさとスポーティさ、洗練と実用性。そうした相反する要素を自然に併せ持つところに、何事も自分のスタイルにしてしまう彼らしさを感じ取れる。

hero image courtesy: Getty Images/David Madison